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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編
8.美味しい料理と不味い話1
しおりを挟む※久しぶりの「お料理&異世界文化披露するだけ回」です( ・ω・)
調理場と器具は寮の台所を貸して貰うとして、まずは材料だ。俺達は寮の管理人の了解を得て、調理場の食材を使わせて貰う事にした。
その代わりに寮全体の食事まで任されてしまったが、大鍋で煮込む事になるのだからこの際三十人程度増えたってどうってことない。
調理場にあった冷蔵庫を開くと、流石は大所帯の寮、沢山の食料が貯蔵されていた。冷蔵庫の仕組みは、上部のスペースに氷の塊を入れて冷やすっていう如何にもアナクロな物だったが、電気を使わない世界だしこれが普通だよな。
ガサゴソと漁っていると、多量に備蓄されている鳥の胸肉のような食材と、実に興味深い野菜を発見した。
「なあブラック、これ鶏肉?」
「鳥? そんな贅沢な……いや、これはあれだね。アクアフロッグの足肉」
「あくあふろっぐって……」
「カエル。綺麗な川の水草とか食べてるから、食べても心配ないよ。飼育しやすいから、ヒポカムの次に良く食べられている肉なんだ。……でも、言われてみれば、確かに鳥肉に味が似てるかも」
ああ、カエル。
そうですね、カエルって鶏肉っぽい味がするって言われてたよね。
形状的には物凄く鳥の胸肉に似てるし筋もないんだけど、深くは考えまい。これは鶏肉の代用品だ。美味しければいいんだ。必死に脳内のカエルを散らして、俺は野菜を手に取る。
「なあブラック、これは?」
橙がかった赤色の、歪んだ球体をした果実。
なんだか持った時の感触と言いヘタと言いトマトを連想させるそれを掲げると、ブラックは当たり前のような顔をしてさらっと答えた。
「ああ、それはトマトだね」
「え!?」
マジでトマト……?
慌てて最近ご無沙汰だった携帯百科事典を開いて調べてみると、百科事典の方にトマトの事が書かれていた。植物図鑑しかみてなかったから全然解らなかった……どうやらこの植物図鑑、色々と抜けがあるらしい。
この世界のトマトはどういう物なのかと読んでみたが、不思議な事にトマトは俺の世界の物とあまり変わらないようだ。
【トマト】
植物自体の名前はソルフィサリス、またはヨイカガチ。
これの果実内部にある球体をハーモニック周辺ではトマト、東部周辺国では
カガチと呼び、赤い物を特にアカカガチと呼ぶ。
野生のものは乾燥した大地や雑草の無い道端に唐突に生えている。
袋状の実をつけ、その内部にある球状の果実を食す。毒性はない。
南の国で栽培されており、原種は確認されていないが非常に歴史の古い植物。
その袋状の皮の中に在る果実は古来より神の血の塊として認識されており
文献などによると南方の古代国家では儀式などに良く使用していた。
一般的には【万病散らし】と呼ばれるほど力の付く食べ物として認知されており
ハーモニック連合国のみではあるが、一般人の主食として食されている。
青臭さもあるが水分が多いため、荒野を歩く者には「神の恵み」とも呼ばれる。
「へー……そういやトマト食べた事なかったな」
「酒場とかではあんまり出されないからね。青臭さがあるし、他の国から来た人間は食べようとしないから」
「そうなのか……ちょっと失敬」
小さめの物を一つ貰って食べてみると、俺の世界の物より若干青臭さが残るが、トマトはトマトそのものだった。うむ、ちょっと字面がややこしい。
てか、確かトマトってすげー体に良いんだっけ?
万病散らしって凄い名前だな。なんにせよ、これを使わない手はないな。
あとはお馴染みのタマネギモドキなタマグサと、ヒポカムの肉。エールやら酒やらがあって、干し肉とかつまみが置かれている。後は……蕎麦っぽい平たい麺と、良く見かける香草に塩胡椒くらいかな。
っていうかあの、お野菜少ないですね。
「なんで肉ばっかり?」
「ほとんどの人が外食するからじゃないかな。肉は朝食用のトマト煮込みとかそう言う物で使うんだと思う。何日分も常備してあるのはどうかと思うけど」
うーん、多分たくさん買うとお得になるからだと思う。
ウチの母さんも安かったからって死ぬほど玉ねぎ買ってきて、一週間玉ねぎ地獄を味わわされたし。家事する人って特売とか激安って言葉に弱いよな。
「しかしこれだけとなるとなあ……マジでトマト煮込みしか出来なくないか」
「それでいいんじゃない? この麺使えばお腹に溜まるだろうし」
とはいえ、それで美味しいかと言われると謎である。
何かダシとか効かせた方が良いとは思うが、何を作るべきか。
トマトがメインなら多少失敗してもそれなりにウマく出来そうだし、とりあえず母さんが作ってくれた料理でも思い出すか。
「あ、ちょっと待ってツカサ君」
「なに?」
「神族にも食べさせるんなら、カエルの肉以外は使わない方が良いよ」
「え……なんで?」
「彼らは基本的に菜食主義者なんだ。あと、土の中の物は絶対に食べないよ。川の中のもの……魚とかカエルとかは、神域にもいるから食べるんだけどね」
なるほど、そういや地域によって食べる物が違ってたもんな。パルティア島の人はイモを食べる習慣が無かったし、宗教上の理由で食べられないって人がいるのも無理はない。エルフは菜食主義設定のキャラも結構いるし、失念してたなあ。
人族の世界なら、好き嫌いとかじゃなくて育たないし輸入が面倒だから食べない……なんて感じなので、今まで気にした事なかったよ。獣人達は野菜や肉を「草食野郎のくいもんだ」とか「肉かあ」とか言いつつも食べてたしな。
まあでも今回はカエルの足肉があるから大丈夫だろう。
んじゃ、いっちょやって見ようか。
「ブラック、大鍋四つ用意して。ありったけの足肉使うから」
「はいはい」
でっかい煉瓦造りのかまどに大鍋を突っ込んで、水を入れて火を点ける。
まずはその中に下ごしらえした足肉と香草を入れ塩胡椒を加えて、茹で肉を作る所からだ。肉はダシが出たら引き上げて、少し冷ましておく。
この茹で汁は言わば鶏がらスープだ。カエルの肉は鶏に味が似ているだけあって、ダシもわりと美味しい物が取れた。
油が少なくてさっぱりしすぎてるけど、その代わり味が濃いから、これを使えばヘタに作っても多分それなりに美味しくなるだろう。
茹で汁はアクを取り再度濾して、トマトと香草、各種調味料を入れて煮込む。
トマトはちょっと酸っぱかったので、砂糖と蜂蜜と酒で味を調節しつつ、ソースっぽくなるまで掻き回す。
その間に、ブラックには大鍋で蕎麦っぽい麺をゆでて貰った。
後は、味を調えたトマトソースに、冷ました肉をバラして入れて再び煮込んだら完成だ。何も難しい事は無い、ソースを麺に掛けて出すだけでいい。
そう、これは擬似パスタだ。麺とトマトがあるからついやっちまった。
「ツカサ君、これって麺料理?」
「えーと……偽ミートソースパスタ……です」
「ニセってなに」
「いや、本当はもう少しまともに作りたかったんだけど、俺ミートソースの作り方全然知らなかったんで、見よう見まね」
ごめんね、俺ミートソースはカンカンに入ったものしか見た事ないの。
味見してみたけど、なんか甘味とかパンチが足りない気がするんだよなあ。多分コンソメとかニンニクがあれば完璧に近かったんだろうけど……植物図鑑ではまだニンニクっぽい物を見つけられてないから作れなかったんだよう。
綿兎の森で似たようなの見つけたけど、アレは流通してないし……。
でも、このソースは俺の世界のミートソースに近い味には違いない。
あんまりに似てるので、作ってる途中で思わずホロリとしてしまった。
ケチャップの美味しさを思い出すよお婆ちゃん。
「試食してみていい?」
「うん。味がおかしかったら言ってくれ」
ブラックに麺とソースをよそってやると、ブラックは目をぱちぱちと瞬かせながら、二股のフォークで麺を引き上げて口に入れた。
「うん、美味しい! 麺がわりと主張してるけど、ソースに絡めたら気にならなくなるね。っていうかこのソース凄く美味しいよ……トマトの青臭さもないし、これなら何杯でも食べられる!」
人懐こい笑みでまくしたてるブラックに、なんだか照れくさくて俺は頬を掻く。
いつも思うけど、本当コイツ手放しで褒めて来るから困るよ。
手放しでこんなに持ち上げられたら、俺ってば調子に乗っちゃうじゃんか。
「……そっ、か。そりゃよかった」
「ツカサ君、本当いいお嫁さんになれるよ」
「その一言が無かったら俺も絆されてる所なんだけどなあ」
ああもう、どうしてこのオッサンは俺が素直になれないような事ばっか付け加えるのか。もうちょっと普通に褒めてくれるだけだったら、俺もまあ、ノってやらんことも無いのに。まあ、そんな事言っても仕方ないけどさ。
ブラックは、ブラックなんだし。
……でも、そんな相手を許容してるんだから、俺も救えないよなあ。
溜息を吐きつつ、俺は配膳の為の食器を取りに動いた。
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