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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
31.戦い済んで、朝が来て
しおりを挟む※長々しい説明回ですが
これを見なくても次の話になんら支障は有りません ☆~(ゝ。∂)
「いえね、最初は半信半疑だったし、別件でこの島を調べていたのよ」
そう言いながら、目の前の美しい老女がティーカップを傾ける。
俺達のテーブルには、金持ちだけが常食する白くて柔らかい小麦のみのパンと、果実のジャム、それに芋団子が置かれていた。
あの料理長、さっそく島外の問屋に芋を注文してメニューに入れたらしい。
俺の作ったヤツよりちょっと雑な味だけど、美味しいな。
その団子を朝っぱらから摘まみながら、俺は緑茶で甘くなった口を洗い流した。
「その別件って……なんスか?」
「リュビー財団本部からの要請で、不審なお金の流れについて調べてたの。複数の支部で妙な資金の増減があって、それを辿る内に、その幹部達が何度かパルティア島に渡っていた事が解ってね……彼らの資金源や謎の出費の正体が掴めるかもしれないと思って探っていたの」
「で、なんで僕達を巻き込んだんだい」
不貞腐れたような顔をしながら、ブラックは白パンを頬一杯に詰め込んでいる。
ぶすっとしてはいるけど白パンは好きなようだ。健全な白パンが好きなら文句は言いませんよ、ええ。食べ方ちょっと子供っぽいけど。
シアンさんもブラックの様子に呆れているのか、苦笑しつつ肩を竦めた。
「パルティア島に渡ったのはいいけど、どう調べたら良いのかがさっぱりでね……私達も守護獣達の療養所とクラレットが怪しい事は解っていたんだけど、それ以上探る事が出来なかったの。なにせ、あそこは関係者以外立ち入り禁止だし……例え姿を消して侵入しても、モンスター達は部外者の私達に気付いてしまうから。……そこで……」
「そこで?」
身を乗り出すブラックに、シアンさんはにっこりと笑った。
「地下遺跡で何かしら見つけてくれた貴方達なら、あの場所に上手い事潜入して、何か見つけてくれるんじゃないかな~と思って」
「は……?」
「連想ゲームよぉ。丁度ブラックも怪我をしててくれたし、貴方達きっと治療院にでも行くでしょ? その治療院でもしかしたら関係者と出くわすかも知れないし、ツカサ君は森に行って関係者に出遭うかもしれない。そうすれば、貴方達は関係者をある程度調べて、私を頼る形で報告してくれる。相手も、貴方達が【世界協定】と繋がってるとは思わないから、油断して色々教えてくれるでしょうし……ねっ」
ねっ、てそんなハートマーク付きそうな声で。
俺とブラックは顔を見合わせつつがっくりと肩を落とした。
「思い通りにならなかったら、どうするつもりだったのさ……」
「その時はまあ、普通に療養して貰うつもりだったけど」
「あの、そんなお気楽でいいんですか」
「だって、もう既に関係者は解ってるんですもの。あとは証拠を掴むだけだし、相手がこっちの動きを呼んで逃げたなら、それを証拠としてしょっ引けるから、焦る必要もないわねえって」
成程、そういう事か。
悪い事をした奴はもう把握しているのだから、後はそいつらが動くのを待つだけで良い訳だ。としたら、別に俺達が証拠を掴もうが掴まなかろうがどうでもいい。俺らが動かなくても、シアンさん達にはなんの痛手もなかったのだ。
別に市民の税金が使いこまれてるんじゃないし、この調査はリュビー財団が内部を正すための個人的な依頼に過ぎないもんな。
なので、長い時間をかけて待っても別に構わなかったのだ。
……って事は、俺達は「見つけられたらラッキー☆」程度のコマだったわけで。
俺達の頑張りは別に必要な物だったわけじゃないんだな……。
いや、まあ、色々頼まれたり聞かされてたなら、俺はどのみち獣人達を助けてただろうけどね。でも、俺達の意思で動いた結果が「そうなったらいいな」の想定の範囲内だったってのは、ちょっと悲しくなる。
お釈迦様の掌の上で踊らされる孫悟空ってこんな気持ちだったのね。
一気に脱力する俺達に、シアンさんはにこにこと笑って頭を揺らす。
「そう落ち込まないで。貴方達は予想以上の働きをしてくれたんだから。……特に、あの古代遺跡のトンネルとシーポート炭鉱での黒籠石の件。あれはきっと、内部告発でもない限り解らなかったでしょう。あの鉱山の周囲はもう廃れてしまって人も寄り付かなかったし……アスカー州は【廃墟の国】と呼ばれるくらい人が少ない場所だったから」
「そうですかね、案外吐いたんじゃ……」
「ダメダメ。ああいう人達はね、自分が捕まる前に、出来るだけ関係者の口を塞ぐものよ。まあ私達は悪人が減ればそれでいいけど……生きて捕まった奴はまだ使える金蔓を離さないから、口を割らないでしょうしね……先に叩いて潰してしまえば、相手も口を割り易くなるからラッキーだったわ」
この世界はシビアな所だから、被疑者死亡でハッピーエンドなんて事も普通だ。だから、シアンさんは「仲間割れして死んでも構わない」と言っているのである。
俺の世界では、全員を生きたまま捕まえて、裁判にかけて証拠品も押収して……なんてきっちりやるが、ここでは「死んだらそれでよし」だ。綺麗な人からこういう言葉が出るのはちょっと怖い。
やっぱ異世界だから死生観もちょっと違うんだろうか。
「……ま、そんな訳でまた二人には助けて貰っちゃったわね」
「シアンを信用しようと思った僕が間違いだった……騙された……」
「ホホホホ、私は貴方達を騙した覚えはないわよ」
そうだね、シアンさんはただ俺達にパルティア島で静養しろって言っただけだし、島の事を探れとも何とも言ってないもんね。
今回の事は、俺達が勝手に巻き込まれただけだ。
俺がサリクさんの治療院を選んだのも偶然なら、ザイアンさんに声をかけられたのも偶然。捕えられていた獣人達と心を通じ合わせた結果、彼らにクロウを頼まれた事だって、シアンさん達が予測した事ではなかったのだ。
それが結果的にシアンさんを助ける事になった訳で。
非常に納得がいかないが、全ては収まる所へ収まった。
犯されかけたりセクハラされたりしても頑張った事を「全ては予想の範囲内」と片付けられるのは納得が行かなかったが、こればっかりは文句を言っても仕方ないだろう。
てか予知能力全然関係なかったのね。
「じゃあ、クラレット達は黒籠石を密売して金を得ていたんですね」
「ええ、ここからはクラレット達の証言をまとめたものなんだけど……」
そう言って、シアンさんは一息つくためにお茶を飲む。
一度口を潤すと、彼女は簡潔に説明してくれた。
全ては、ギアルギンがクラレット達に話を持ちかけた所から始まったと言う。
当時クラレットはアスカー州で傭兵斡旋の仕事をしており、リュビー財団に属していたとはいえ没落寸前の貴族と言う肩書のせいで、かなり貧窮していたらしい。
そんな時に、黒いローブの男……ギアルギンが屋敷を訪ねてきた。
彼はシーポート鉱山で黒籠石が出た事をクラレットに教え、巧みに取り入った。そうして、その当時まだ稼働していた鉱山を、毒ガスによって無理矢理閉鎖に追い込んだのだと言う。
そのせいでシーポート鉱山周辺の町は全て衰退し、人々は土地を離れたが、それもギアルギン達の作戦の内だった。人が少なければ、盗掘はやり易くなるからな。
というわけで、ギアルギン達はアスカー州を治める統治者に話をつけて、鉱山を監視すると言う名目で奪い取った。
「でも、炭鉱夫が居なければ採掘は出来ない。ギアルギンは、その人員を確保する案もちゃんと計画に入れていたのね」
その人員が、港でたむろっていたクロウ達……獣人だ。
彼らは人族の大陸に来てまだ数か月の“おのぼりさん”で、人間の狡賢さを良く知らなかった。
ギアルギンはそこに目を付けて、隷属の首輪を利用したらしい。クロウも言っていたが、おのぼりさんの彼らを嵌めるのは簡単だったみたいだ。
何故大量の首輪を用意できたのか、そして、どうして首輪の欠陥を突いたズルを思いついたのかは、クラレット達にも解らないそうだが……なんとも嫌な奴だよ。
……とにかく、そうして彼らは炭鉱夫を楽々手に入れ、採掘を開始した。
そして採取した黒籠石をあの場所に建てた加工場で水晶にし、別の場所で売りさばいて利益を得ていたのだと言う。
不審な金の動きのある奴らは、その事を聞きつけて、クラレットの悪事に乗っかった奴らだ。首謀者は、あくまでもクラレットとギアルギンだった。
クラレットの話によると、療養所の事もギアルギンの提案だったらしい。
アスカー州からパルティア島に黒籠石を運んでしまえば、表向きは何もなかったように見える。遺跡に人が出入りすると言うのも不自然だったから、この方法が最も安全だと思ったようだ。
要するに、守護獣達の療養所は、黒籠石を運び出すための港だったと言う訳。
お人好しの島民は守護獣の保護と言われれば頷くし、お世話になってるリュビー財団の働きかけならすぐに頷いてしまう。
それに、表向きは療養所と言う事にしておけば、大きな馬車を入れたりしても「守護獣を運搬するため」と言って誤魔化せるしな。あくまでも保護区内の事だし、港に話を付けておけばフリーパスだ。密輸にはいいことづくめって奴だな。
「黒籠石は、特例以外の持ち出しや所持は禁止されているわ。悪用が見つかれば最悪死刑よ。なんてったって強力な呪物を作れますからね。だから、世界の上層部の人や私達のような世界協定の関係者は、黒籠石の流出を防ぐ為にその特徴を知っている。黒籠石が密輸されていないか、調べる術も心得てるわ。だけど、凶暴化した守護獣を乗せた馬車までは調べないから……本当に盲点だった」
言い忘れていたが、パルティア島の謎のトンネルを発見したのもギアルギンだ。
クラレットはただ、彼の奸計に乗ったに過ぎない。軒を貸しただけなのだ。
だから、結論から言えばギアルギンこそが真犯人であり、マジで裏ボスだったと言うワケだけど……そう考えると取り逃がしてしまった事が悔やまれる。
シアンさんはあの場合仕方ないと言ってくれたが、クロウを正気に戻せさえしていれば、捕まえる事も出来ただろうに。
これは、俺の力不足としか言いようがない。
俺がクロウをどうにか出来るくらい強ければなあ……。
と、そこまで考えて、俺は重大な事を忘れていたのに気付いた。
「あっ……あのシアンさん、クロウや獣人達……あとザイアンさんは……」
そういやザイアンさんどこにいたんだろう。
まさか管理棟にいたんじゃないよな。
今更青ざめつつ恐る恐る問うと、シアンさんは安心しなさいと口を緩めた。
「獣人達は全員無事。首輪もちゃんと解除したわ。ザイアンという人も、管理棟が壊れる前に目が覚めて脱出したから、安心して」
「ああ、よかった……でも、ザイアンさんもやっぱ……捕まったんですよね?」
そう、彼も鉱山の事情を知っていた。
ってことは無罪で済まされる訳はない。
思わず顔を歪めてしまう俺に釣られるかのように、シアンさんも悲しそうに首を振る。
「彼は、本当に療養所を管理するために呼ばれていたみたい。獣人達の怪我の手当てを押し付けられた事で、結果的に共犯者みたいになってしまったけど……まあ、仕方がないわね。でも、療養所の守護獣達を救おうとした事は考慮されるでしょうから、二年程度の投獄で済むでしょう」
やっぱり牢屋には入れられてしまうのか……。
こういう時に「ファンタジーらしい温情沙汰ってないの」って思っちゃうけど、罪は罪だもんな。擁護したくても、獣人達の姿を思うと黙る事しか出来なかった。
でも、ザイアンさんが獣人達の怪我を心配していたのは本心からだと思う。
クラレットからの支援が打ち切られたら、療養所は潰れてたんだろうし……。
従うしかなかったんだろう。きっとそうだ。
「療養所はどうなるんです?」
「世界協定が改めて支援をします。守護獣達にだって、居場所は必要ですからね。それに……ツカサ君はきっと、そうして欲しいと言うと思ったから」
笑われて、俺は思わず照れて俯いてしまう。
うーん、本当シアンさんには色々見透かされてばっかりだ。
しかしブラックはそんな俺の態度が気に食わないようで、うんざりしたような声で片肘をついて手に頬を乗せた。
「で、事は終わったの? 全て解決したんだよね?」
もういい加減説明はうんざりだ、とでも言いたげな言葉に、シアンさんはちょっと困ったように頬に手をやって首を傾げた。
「その事なんだけど……ちょっと困った事になっててね」
「またあ……?」
「貴方達にも関係が有るのよ。ほら、クロウクルワッハっていう熊の獣人さん……あの人、ギアルギンが逃げたからまだ首輪が解除出来てないでしょう」
「あ……そういえば……」
「えー。もう面倒だし、あのまま海に放り込めば?」
だーまたこの人でなしオッサンはそんなことを言う!
チャチャを入れるなと睨んで、俺はシアンさんに話を促した。
「クロウの首輪の事で、なにか困った事が?」
「ええ、あの人の首輪が解除されない事には、獣人達も帰らないと聞かなくてね……だから、貴方達にまた頼みたい事が有るのよ」
えっ……またですか……。
さすがの俺も「またシアンさんの良いように操られてしまうんじゃないのか」と警戒してしまうが、彼女はそんな俺の態度をものともせずに、悲しそうな顔で両手を合わせた。
「お願い、ツカサ君……クロウクルワッハさんを首輪から解放するために、等級を上げて裏世界にスパイしに行ってくれない?」
もちろんブラックと一緒に。
そう言われて、俺とブラックは「ハァ?」と言わんばかりに顔を歪めた。
等級上げるって、裏世界って、どういうことっすか。
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