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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
29.シーポート炭鉱窟―抵抗―
しおりを挟む「お前、さてはこの鉱山での出来事も全て……」
「……そこまで言う義務はないな。お前が俺の下に就くというなら別だが」
「は……!?」
下に就くって……もしかして、俺を部下にするためにクロウを操って連れて来たってのか!? でも、そう考えれば色々とギアルギンには都合が良い事になる。
俺の拉致はクロウのせいって事にしておけば、ギアルギンが疑われる事も無い。
クラレットもギアルギンの思惑に気付いていなかったようだし、このまま連れ去られてしまえば俺の足取りは誰にも掴めまい。
こ、こいつ……策士だ……!
でも、どうして俺を。ブラックが欲しいってんならまだ解るけど、俺はペコリアしか召喚してねーぞ。【レイン】だって、あんなもん木の曜術師なら誰でも出来るだろうに。
「何で俺がお前の部下にならなきゃいけないんだよ!」
「お前の木の曜術師としての能力が、我々には必要だからだ。この世界で唯一薬を生成できるのが木の曜術師だからな。ハイレベルでしかもフリーと聞けば、放っておく手はないだろう。強い奴はいくらでもいるが、能力が有る奴は少ないからな」
黒曜の力を隠しても隠さなくても、結局こうなるのか……。
チートかどうかはまだ解らないけど、確かに俺の作る薬は自他ともに認めるハイクオリティなアイテムだ。それを低コストで簡単に手に入れられるとなれば、そりゃ欲しくなるだろう。この世界じゃいつ怪我で死んでもおかしくないし。
でも、ここに連れて来る意味ってなんだ。俺を攫って逃げるなら、ギアルギンはもっと遠くに逃げておくべきだろう。ここが加工場だとして、ここに居たらいずれは追手がかかると解ってるはず。
なのにここに居るって事は……もしかして、ここで加工してたモノを火事場泥棒する気なのか?
「おい、お前まさか……ここにある物を全部掻っ攫って逃げるつもりじゃ……」
「察しが良くて助かる。この鉱山はバカばかりで、一から十まで説明しなきゃ行けなくて辟易してたからな。……来い、クロウクルワッハ」
「おっ、おいちょっと!!」
慌てたが、いや待てよと俺は思い直す。
ここで何の鉱石が取れるかは今まで謎のままだった。だけど、今ならその正体が分かるかも知れない。洞窟で原石を見せ貰った時も、俺は結局どれが件の鉱石かは解らなかった。だから、加工された完成品を見る事が出来れば、それが黒籠石かどうかわかる。
幾らなんでも、ただの水晶でした……ってな事はなかろう。
でも、俺が黒籠石を知ってるってのは絶対に言わないようにしなきゃな。
ブラックが説明してくれた事から考えるに、あの石は今の時代かなりマイナーな部類に入ってる鉱石っぽかった。うっかり「知ってるぞ、それ!」なんて言えば、どうなるか解らん。
ギアルギンは狡猾な策士だ。自分の手を汚さず完全に陰に徹していた。と言う事は、こいつはかなり慎重で神経質な人間と言う事。何が引き金になって「こいつは生かしてはおけないぞ」となるか解らない。
俺は一応悔しがっているような顔を装いつつ、クロウに抱えられたままフロアを移動した。
クロウは完全に操られている。ということは、ギアルギンにはクロウよりも強い「なにか」が有って、尚且つ恐ろしくレベルが高い人間って事なんだろうな。
でも、どうしたら良いんだろう……クロウを助けられなければ俺達の「勝ち」にならない。
焦る俺に構わず、ギアルギンはクロウを引き連れてとある場所で立ち止まる。
そこをみて、ギアルギンは感動したかのように肩を震わせていた。
「おお、素晴らしい……! これだけあれば、一人でもどうとでもなる。……おい、クロウクルワッハ。こいつは俺が捕まえておくから、コレを袋に詰めろ」
ギアルギンが指さすのは、木桶だ。
首を伸ばして中を見て見ると、水に浸された水晶が数十個見える。
水晶……やっぱり黒籠石なのか?
「おい、どうしたクロウクルワッハ」
「…………」
あれ、そう言えばクロウが動かない。
不思議に思ってクロウの顔を見上げるが、相手は無表情のままだ。業を煮やしたギアルギンが俺を引きはがそうとするが、クロウは腕を動かさない。
それどころか、脇に抱えた俺をぎゅっと腕で締め付けて来た。
「いででででで!」
「なっ……おい、離せクロウクルワッハ! クソッ完全に掌握したはずなのに!」
な、なにどういう事。訳が分からなくて、叫びながら足をじたばたさせていると、後ろからロクがよじよじと肩に上って来た。ギアルギンはどうやらロクに気付いていないらしい。
どうしたのかと唸りながら振り返ると、ロクが額に頭をぶつけて来た。
これって、ブラックにやって貰ったテレパシーの……。
そう思った瞬間、俺の脳内に直接音がぶち込まれてきた。
「うぐっ……!」
なんだこれ、頭が気持ち悪い。【アクア・レクス】を使った時みたいだ。
だけど、その術で慣れていたからか耐えられない程じゃないぞ。
反響して理解しがたい音になっているそれを、集中して訊こうと努める。
すると、頭の中にクロウとギアルギンの声が聞こえてきた。
『何故だ……こいつの意識は暴走した時に封じたはず、なのに何故操れない!』
『なぜ、オレからツカサを離そうとする。何故だ。取ってきたらダメだったのか』
だが、これは彼らが実際に発している声ではない。
これは……もしかして、心の声ってやつか……?
『出来んからこそ、お前らのような汚らわしい獣人をわざわざ捕まえて来たというのに……このポンコツ、肝心な時に役立たずに成り下がりやがって……!!』
『体が動かん。なんだこれは。なんだ、オレは何をしている。眠くなってきたな』
『動け、このっ、動けこのポンコツが!』
『なんか腹減った』
…………うん。ギアルギンに声が聞こえなくて良かったな、クロウ。
っていうか、心の声が聞こえるって事は、クロウはまだ意識を失ってないんじゃないか。これって、力量差のせいなのかな。
だとすれば、クロウが止まっている原因は、クロウの意思とギアルギンの命令がせめぎあって、その結果動けずにいるからかも知れない。
じゃあ、首輪を解除するとまでは行かなくても、クロウを元の姿に戻して意識を回復させてやることは可能なんじゃないか?
その為には、クロウに意識を強く持って貰わなきゃいけないんだけど……。
そう思っていると、俺の頭の中に二人の声とは別の感覚が流れ込んできた。
言葉にはなっていないが、なんとなくその思いが解る。これはロクだ。
ロクが、俺に話しかけている。
その内容は、まるで人間であるかのような理性的な提案で。
いや、理性的と言うのか。これは、ロクも同じ「モンスター」という種族だから理解して提案したのかもしれない。
どちらにしろ、ロクの提案はとても有益だった。
話を聞く限り、これはロクにしか出来ない。
だけど、その前に俺がクロウを押さえなきゃダメなんだ。
その為にはギアルギンをどうにかしなきゃ行けないんだけど……。
と、そこまで考えて、俺はふとある事を思い出した。
もしアレが本当に黒籠石なら、手はあるかも知れない。
『ロク、俺を放すようにクロウに話しかけてくれないか』
『キュー?』
『大丈夫、いつまでもお姫様ポジに収まってる訳にもいかねーからな。バクチ打ち結構、しくじったら次の作戦を考えるまでだ』
『キュー!』
そうこなくっちゃ、とばかりに脳内で喜ぶロクが可愛い。
一人じゃドキドキして出来なかっただろうけど、ロクと一緒なら出来る。
俺は覚悟を決めて、ロクにクロウへと呼びかけるように頼んだ。
ロクの頭が俺の額から離れて、無表情な浅黒い顔を見上げる。
俺はいつでも動けるように重心をずらしてその時を待った。
「ええい、こいつを放せと言っている!!」
ギアルギンが苛ついた声でヒステリックに叫んだ、その瞬間。
クロウの腕がいきなり俺を解放した。
「よっしゃ!」
待ってましたとばかりに俺は地面へ華麗に降り立ち、驚いているギアルギンの横をすり抜ける。相手は俺が逃げた事に気付いたが、もう遅い。
ギアルギンの背後にあった桶に飛びつき、俺はそれを持ち上げた。
水と水晶の重みが腕に襲い掛かったが、そんなことに負けていられない。
「なっ、お、お前ッ!!」
「そんなにコレが欲しいなら……自分で取りに来いよ!!」
そう言って、一気に水晶をギアルギンにぶちまけた!
「がっ……あ……!」
陽の光に煌めいた透明な水晶達が、放物線を描いて一気にギアルギンに降りかかる。ギアルギンはその水晶を恐れるように腕で顔を庇った。
なんでそんな事をするんだ。
目を見張った俺の目の前で、水晶が怪しい光を帯びる。
でも、あれは陽の光の反射じゃない。黄金のような光と、青の光が見える。
その二つが混ざり合い、水晶が二つの光を呑む込むように吸い込んだ、刹那。
「……――――!!」
水晶から、真っ黒な煙にも似た光が一気に湧きあがった。
「あ゛ぁああ゛ぁ゛あ゛あああ!!」
ギアルギンがけたたましい悲鳴を上げる。何が起こったのか解らず顔を歪める俺の前で、ローブに落ちた水晶がシュウシュウと音を立てて煙を噴き上げていた。
その音に怯えたかのように、ギアルギンが腕で水晶を振り払う。
だが、一気に力を失ったかのようにがくりと膝をついた。
「や……やっぱり……黒籠石だったんだ……」
あの黒い煙は『瘴気』。ということは、水晶は間違いなくギアルギンに何か害を及ぼした事になる。でも相手はまだ倒れたとは言い難い。
俺はクロウを見て、まだ動き切れないのを確認すると眠り薬を取り出した。
体の支配権を取り戻す為に、ロクにはクロウの心の中に呼びかけて貰っている。意識を強く持って抗ってくれれば、クロウが命令の呪縛から抜け出せる可能性があるからだ。
けど、クロウはまだ正気を取り戻せていない。
ならば先にギアルギンをどうにかしなければ。
眠り薬を無理矢理飲ませる、なんて芸当が俺に出来るかどうかわからないけど、やって見るしかない。
俺は残っていた種を全部ばら撒くと、術を掛けて走り出した。
「この場の全ての植物よ、声に応えて敵を縛めろ……行けっ――【レイン】!!」
俺の叫び声に、植物のいくつかが反応する。既にグロウを掛けられていた植物は一気に成長し、各々動き回りながら俺を追い越してギアルギンに跳びかかった。
のた打ち回るギアルギンは、それでも植物の動きに気付いたのか振り払おうとする。俺はそれを見て、タクトを振るように指を動かした。
無数の植物の蔓が、俺の意思に合わせて無軌道に動く。その予測のつかない動きに負けたのか、ギアルギンは地面にしっかりと根付いた植物に捕えられてしまった。
「クッ……き……貴様ァアア……!!」
しめた、これでどうにか眠り薬を飲ませる事が出来るかもしれない!
「よっしゃ、貰った!」
「助けろ、クロウクルワッハ!!」
その鋭い言葉に、クロウの体が急に動く。ロクを肩に乗せたままこちらへ向かってくるクロウの目は、先程の様に赤く光っていた。
ヤバい、どう見ても正気じゃない。
だけどもう引けないんだ、水晶を避けて、早く。早く今の内にギアルギンを。
焦る俺と、ギアルギンと、クロウが、ばら撒かれた水晶の中へと入る。
黒い煙をかいくぐった俺達が、近付いた。それと、同時。
「ッ……――――!?」
水晶が一斉に光って――――その場の全てが、白に呑みこまれた。
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