異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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パルティア島、表裏一体寸歩不離編

27.シーポート炭鉱窟―暴走―

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 な、なんだ。何が起こったんだ。
 光がまぶしくて何が何だかわからない。思わず目を瞑った俺だったが、ブラックの驚くような声に気付いてすぐさま目を開けた。すると、そこに居たのは。

「え……」

 熊じゃない、人の姿をした鬼。それが、クロウが居た場所に立っていた。
 鬼と言ったのは、人の形を取ったクロウの頭から、悪魔のような捻じ曲がった角が生えていたからだ。それ以外は、熊の耳もあるし、相変わらず荒れたボサボサの髪をしていて、角以外は何も変わってはいない。

 だけど、その表情は……俺が知っているクロウとはまるで違っていて。
 っていうか、あの。

「な、なんでクロウ目が赤く光ってんの……」

 目が光る、しかも赤く発光するとかどう考えても普通じゃない。
 ありがちだけど、まさか暴走モードとか……。

「クロウクルワッハ、その男を殺せ!」

 クラレットが勝ち誇ったような声で、クロウに命令する。
 もしかして、さっきの言葉でクロウがこんな風になっちまったのか?

 だとしたら、まだクロウの契約は上書きされてないのか。
 それに、クラレットがこんなに自信満々に命令しているって事は……この状態の時だけは、クロウの事を操れるのかも知れない。
 じゃあ、マジでヤバいんじゃ……。

「ぶ、ブラック逃げろ! ヤバいって!」

 思わず叫ぶ俺に、ブラックは険しい顔をして剣をさやから抜く。

「どうせ逃げても一緒だよ。なら、戦わなきゃね……。まあ大丈夫だよ! こんな事になってしまったんなら、殺してしまっても文句は言われないさ!」

 それじゃ助けに来た意味が無いだろ、と言いたかったが、クロウの尋常じゃない様子を見ていると何も言えなくなる。ど、どうしたら良いんだろう。
 俺をがっちりホールドしているクラレットは、俺達の余裕が崩れた事が嬉しいのか、高笑いを続けていた。笑う度に俺の背中にクラレットの腹が当たってキモい。

 いや、そんな場合じゃないか。捕まってても俺が出来る事はある。
 何か情報が掴めないかと、俺はクラレットに恐る恐る問いかけてみた。

「あ、あの、アレ何なんですか。どうして、く、熊が……」

 あぶねえ、クロウとか言っちゃってたら知り合いだと勘繰られる。
 しかし相手は俺のどもりを怯えだと勘違いしたのか、得意満面で鼻を鳴らした。

「ふふふ、あれぞ私の切り札だ。あやつは獣人族の中でも最高位の力を持っておってな。普段は言う事をきかんが、ああして力を解放してやればこの通りよ!」

 えらい重要な事ペラペラ話してくれましたね。こいつアホなのかな。

「あの……解放させたらいう事聞くんですか」
「いや、普通に暴走する」

 やっぱコイツただのアホだ――!!
 悪い事やってる奴らの親玉がこれでいいの!?

 別の意味で青ざめた俺だったが、ブラックもクラレットの話を聞いていたのか、呆れたような気が抜けたような顔をしていた。ああ、さもありなん。

 だが、暴走モードらしきクロウだけは止まる事は無い。
 それどころか何故か白く色が付いた息をフシュゥウウと吐き出しながら、何やら気合を入れるような蟹股ポーズをし始めた。え、なに、何するんですか。

「くっ、クロ……」
「アァアアァアア……」

 俺の言葉など聞こえないように、クロウは気合のオーラを出さんばかりにその場で叫び始める。あの、お兄さん、どっかの格闘ゲームのキャラみたいですよ。
 とか言ってたら、クロウの周囲がどんどん円形にへこんできた。
 あれ、これってまさか。

「やっ、やばい、ブラック逃げろ!!」
「言われなくても!!」

 そう言って、ブラックが檻の格子を剣で切り裂いて囲いの中から逃げ出す。
 おいっそう言うの先にやってくれよな!!
 しかし俺もクラレットに引き摺られてしまい、檻の中から連れ出される。円形のへこみから抜け出した俺は、クロウの方を再度振り向いた。

 獣のような形相のクロウが、風に髪を揺らしながら叫んでいる。その姿がなぜかとても苦しんでいるように思えて、俺は手を伸ばそうとした。だが。

「ガアアァアアア!!」

 クロウが牙を剥きながら思いきり叫んだ。その、刹那。
 円形にえぐられた周囲から、尖った岩の群れが一気に突き出した。

「ひぇえええ!?」
「ぎゃっはあああ!!」

 あまりの事に俺はクラレットと同時に跳び上がる。
 いや、だって、土の欠片も無い木の床からおもいっきり牙みたいな岩が突き出て来たんだぞ、驚かずにはいられないだろ!

「ツカサ君こっち!」
「あっ、あわわわわわ」

 地面からザクザクと湧き出て部屋を侵食し始める岩の間を縫い、俺はブラックの方へと逃げる。あれ、俺いつのまに自由になったの。
 道の半ばで振り返ると、岩の隙間で泡を吹いているでかっ鼻が見えた。
 わー! あいつとんでもない事やっといて何してんの!!

「あっ、つ、ツカサ君そっちじゃないってば!」
「だって、このままだとでかっ鼻死ぬだろ!」

 慌てて戻り、クラレットの足を引き摺って必死に岩の間を縫って進む。
 途中ガンゴンガンゴンとか言うリズミカルな音が聞こえたが、そんな物に構ってる暇はない。必死でブラックの元に辿り着くと、俺とブラックは窓から脱出した。

 すぐに岩の巣窟そうくつとなった管理棟から離れ、森へと転がるように逃げ込む。
 あ、窓割ってません。普通に開けて出ました。ノット余罪。

「はぁ~……助かった……」
「いや、そこの雑魚は助かってないけどね」
「え?」

 何がよ、と振り返ると、足をひっつかんで助けてやったクラレットがボコボコになっていた。うわあ、なんかド○クエの爆弾岩みたい。

「ツカサ君意外と酷いねきみ」
「え、悪人だしこの程度は許容範囲内じゃね。って言うか起きろおらっ! クロウの事はどうしてくれんだよ!!」

 バシバシ平手打ちをして、クラレットの目を覚まさせる。
 非常事態なんだからこのくらいは許されるはずだ。最早半死半生のクラレットを揺さぶっていると、相手は唸りながらがくんと首を仰向けに反らせる。

「わ、わだじは、しら……」
「寝惚けてんじゃねーぞこら! お前のせいでクロウが暴走して管理棟壊れかけてるじゃねーか、木に縛り付けて簀巻きにして川に流してやろうか!!」

 【レイン】を使って操ったつるでクラレットをしっかりと木の幹に縛り付けつつ、俺はガラ悪くクラレットに脅しをかける。お前のせいでこっちは色々被害を被ってんだ、容赦しねーぞこの野郎。
 もう一度引っ叩いてやろうかと手を上げると、クラレットはついに音を上げた。

「わ、分かった、分かったからもう許してくれぇえ」
「おいテメェ、何しやがったか吐きやがれ、あと護法とのアレってなんだ! クロウに関係ある事だったら話せよな!」
「管理棟が突岩で崩れ始めてるから手早くね」

 ヤクザのようにメンチを切る俺と、にっこりと人懐っこい笑顔なのに寒気を覚えるような雰囲気のブラックに、クラレットは項垂うなだれつつ答える。
 今の状況では長ったらしい話はダメだと思ったのか、クラレットは今までの態度が嘘のように素直に喋ってくれた。

 要約すると、こうだ。
 クロウを凶暴化させた原因は、ギアルギンがクラレットにかけた術にある。
 その術は守護獣のリミッターを解放させる術との説明だったが、どんな名称で、どう作用するのかなどの詳細は教えてくれなかったらしい。だから、クラレットは「アレ」と呼ぶしかなかったようだ。

 その「アレ」は、ギアルギンには「切り札としてお使い下さい。ただし、制御は出来ません」と言われたので、今まで使わなかったとの事だが……あの野郎、何故そんな術を授けたのか。これってもしかして自爆スイッチのようなものなの。

 あと、護法については、クラレットの身を守る為ってのに加えて、もう一つ意味が有った。クロウを少しでも思い通りにするために、身体能力を底上げする理由で掛けていたらしい。ブラックが言うには、護法はかなり高度な術で、常時発動させるので術師はかなり精神力を使うので、保つのも大変なんだと。
 それに「守る」という意思が無ければ、護法はすぐ解けてしまうらしい。

 今も解除されずに護法が発動してるってことは、ギアルギンはまだクラレットを守る意思が有るのだろう。だけど、そうなると……ギアルギンは護法を使いながら、あんな巨大な風の術を使ってたわけだよな。
 じゃあ、もしかして……護法を解除して気が散る物が無くなったギアルギンだったら、俺達もかなり危なかったんだろうか……。

「こ、これで全部話した、早く逃がしてくれえええ」
「逃がすかよこの極悪人! まだ聞きたい事は山ほどあるけど、今はクロウを元に戻すのが先だっ! 早くしないとアイツ、管理棟をぶっつぶしてしま……」

 ガラガラガラ、どかーん。
 ……なんて音がして、思いっきり強い砂嵐に体を押されちゃあ、もう何が起こったか解るよね。うん、解りたくないけど俺解っちゃったよ。
 アレだよね、俺が言う前にアレなんだよね。
 ゆっくりと背後を振り返って、俺は惨状に思わず間抜けな声を出してしまった。

「あぁあああ……管理棟がガレキの山に……」
「うわー……爽快……」
「わっ、私の基地がぁあああ!!」

 三者三様の声に応えるように、がれきの山から一際大きな岩がまた飛び出す。
 思わずヒッと声を出す俺達の目の前で、その岩の横から何かが這い出てきた。
 あ、あれって。

「く、クロウクルワッハ……!」
「グルルルルル……」

 人間がどうやって発しているのかと思う程の唸り声を鳴らし、クロウがゆっくりと立ち上がる。その姿は本当に鬼のようで、俺達は瞠目したまま動けなくなってしまった。
 その鬼の赤い目が、髪の間から俺達を見止める。

「チッ……どうやら僕らを目の敵にしてるみたいだね」

 ブラックが、俺とクラレットを庇うように前に立った。
 その手には刃が欠けた剣がしっかりと握られており、クロウと戦う事を覚悟しているのが感じられた。戦わないと殺されると、ブラックは確信しているのだ。
 それが解っているからこそ、俺は何も言えなかった。

 俺達は助けてくれって頼まれたのに、こんな事になるなんて……。

 ブラックの体の影から、少しだけ顔を出してクロウを見る。
 すると、相手は。

「ひっ」

 相手は、確かに俺を見て、にやりと笑った。
 クロウの視線を感じ取って息を呑む俺に、ブラックが気を取られたほんの数秒、目の前が真っ暗になった。いや、これは暗くなったんじゃない。
 何かがいきなり近付いて来て、視界をさえぎられたんだ。

 思わず上を見上げると、そこにはクロウの鋭い爪を剣で受け止めているブラックが居た。だが、刃に立ち向かえる爪を持った怪力に、普通の人間が敵う訳がない。
 剣は押され、ブラックの体は次第に後ろへと退く事を余儀なくされる。

「グァアァア!!」

 間近で見るクロウの形相は、獣の時の怒り狂った顔と何ら変わりはない。
 ただ、目は赤く光り、歯を剥き出す様はあまりにも恐ろしい。
 無表情だが穏やかだったクロウの顔を思い出してしまい、俺は顔を歪めた。

 術のせいで、クロウはこうなってしまったんだ。
 本当は、もっと大人しくて、良い熊だったはずなのに。
 クラレットが無理矢理に命令して、こんな事をするからクロウは。

「くっそ……おいクラレット、暴走を収める方法はねーのかよ!!」
「ひ、ひえっ、私は止める方法は聞いてないんだぁああ!」
「だーもー使えない鼻ー!!」

 だけどせめて動きくらいは止められるはず。このままクロウを放って置いたら、まだ乱闘してる獣人達の方に行くかもしれない。彼らもただでさえ頭に血が上ってるんだ、逃げられなくて巻き込まれたら申し訳が立たないよ。

 せめて、落ち着くまで逃がさないように出来ないか。
 俺は咄嗟に地面に両手を付き、クラレットを縛った時のようにクロウを縛ろうとした。俺のレベルじゃクロウを止められないだろうけど、妨害にはなるはず。
 なにより、ブラック一人だけに任せたくない。

 曜気を集め、【グロウ】で強く耐久性のあるつるを作る。
 その蔓を両手の下に潜ませて、何十本もの蔓が勢いよく飛び出しクロウの手足をしっかりと捕えられるようにと、俺は頭が痛くなるほどイメージした。
 頼むからうまくいってくれよ。そう願いながら、俺は呪文を叫ぶ。

「行け……っ! 【レイン】!!」

 勢いよく射出するような音がして、俺の両手の下からいくつもの蔓が飛び出す。
 その蔓はブラックを迂回して、クロウの両手と足を縛める。
 上手く行った!
 俺はその蔓をしっかりと掴み、クロウの体勢をどうにか崩そうと全力で引いた。とにかくブラックをこの状態から解放しなくちゃ。

「ブラック、抜け出せ!」
「すまないっ」

 蔓のお蔭で一瞬力が弱まった手を剣でいなし、ブラックは蔓の上を飛んでクロウの真正面から抜け出す。思わずホッとした、が。
 ぐいっと引っ張られて、今度は俺が大きく体勢を崩した。

「おわああ!?」

 倒れ込む。しかし、それは地面へではない。
 俺のひ弱な体は、地面じゃなくて……なんと、クロウに引き寄せられていたのだ。

「ぎゃ――!? うっそぉおお!?」
「ツカサ君!」

 うわああ食べられるやんけえええ!!
 悲鳴を上げる俺を助けようと、ブラックが蔓に向かって剣を振り下ろす。
 青ざめながらも蔓から手をはなすが、しかし、一歩遅かった。

「グァアアア!」

 あー。捕まるの三度目ですぅうう。
 蔓に縛められているにもかかわらず、驚異的な速さでブラックの件を飛び越え……クロウは俺の体をがっちり捕まえた。ええ、勿論、米俵式で。

「お、おいこら熊! なにをっ」
「ガァアアア」

 勝ち誇るかのような雄叫びをあげ、クロウは俺を抱え上げたままその場から軽く跳躍する。その高さと言ったら、遊園地のフリーフォール並で。
 一度の跳躍でその炭鉱の敷地全てを見渡せるほどに飛んだクロウのせいで、俺はあっけなくブラック達と引き剥がされてしまった。

 あ、あの……これ、どこいくんですか……。
 その高さに思わず息を呑んだ俺は、悲鳴すら上げる事が出来なかった。














※あと二話か三話で島編さくっと終わるよ(`・ω・´)
 
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