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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
シーポート炭鉱窟―乱闘―2
しおりを挟む「あ……ここか?」
ブラックの声を聞いて、俺はつんのめりつつ立ち止まる。
どこだよと前方を見て見ると、右側になにやら厳重そうな鉄の扉が有った。確かにあそこっぽいな。でも鍵が掛かってるだろうし、どう開けたらいいのやら。
「別にもうコソコソしなくて構わないよね」
「え?」
そう言った瞬間、ブラックがいきなり鉄の扉にフレイムをかました。
見事に命中し、ちゅどーんと派手な音を立てて焼けつき倒れる鉄の扉。
うん、凄い。すごいけども。
「アンタ後始末とか……」
「え? どうせここぶっ潰されるんだから良くない?」
確かに全員逮捕されてココの実態が知れれば、シアンさん達が何とかしてくれるだろうが、それにしたってお前さん、昨日は「ハデな事出来ないなあ」って抑えてたのに、本音出し過ぎじゃないですかね。
もしや最近ずっとインドアだったから、鬱憤が溜まりに溜まってるんだろうか。
その鬱憤を俺に向けて来るなよ頼むから。
ブラックの状態に戦々恐々としつつも、俺達は扉の奥へと進む。
扉の真正面は壁だ。どうやらここで通路が折り返しているらしい。右を見ると、ずらっと扉が続いていた。試しに近い扉を一つ開けてみる。
そこには俺がクロウと出会った部屋の様に、粗雑に檻が作られた空間が有った。
獣の姿は見えないが、床を爪で引っ掻いた痕や獣の毛が散らばった後、そして血と獣の臭いが薄っすらと残っている。
ここで何が有ったかなんて、考えたくもない。
獣人達の様子からすると喪った仲間はいない感じだったし、ここに入れられていた獣人も自己治癒能力で回復したんだろうけど……だからって許せないよな。
後で治るんなら何してもいいのかよ。本当最低だ。
クラレットなんて一発ぐらい殴っても許されるんじゃなかろうか。いや、それは俺が考えるべき事じゃないけど、やっぱムカツクじゃん。
「ここじゃないみたいだね」
「他の部屋にもこんな設備が有るとか気分悪いけどな」
気分が悪くなりつつ、俺達は次々に部屋を開けて行った。
そして、突き当りに在る最後の部屋を開けると。
「クロウ!」
「ん……? お前、今日はそっちから来たのか」
ぐうう、と獣の声を漏らしながら、檻の中のクロウは伏せたまま俺を見ている。相変わらず短い鎖で動きが制限されているが、驚いてる以外は昨日と変わりない。
そうだな、いつもは窓からだったからびっくりだよな。
檻の側に近寄ると、クロウは首を上げて俺に鼻を向けた。
「うん。……うん? お前、その男は誰だ」
「お前お前って、ツカサ君の亭主じゃないんだからソレ止めてくれないかな」
ちょっとの事でイラっとしたのか、ブラックがクラレットを引き摺りながら俺達の間に割り込んでくる。いや、お前って言われるのはね、俺が名前言ってなかったからでしてね。
そんな説明をしようとするも、ブラックは新たな敵を見つけたかのように大いに眉を顰める。だが、クロウは眠たそうな目をしょぼしょぼするだけで。
「アイツの名前はツカサというのか。知らなかった、良い名だ」
「なんか君に言われるとイラッとするな」
「奇遇だな、俺もお前のような女々しくて煩い男は嫌いだ。ツカサの方が柔らかくて可愛くて小さくて美味しいので好きだ」
「ツカサくーん、熊肉って中々珍味でイケるって知ってた?」
「食うな――――!!」
お前俺が突っ込むの狙って喋ってる!?
なんで会話三週目でそこまで険悪になってんの!
「ツカサ、この男はなんだ。えらく失礼な奴だな」
「ツカサ君この熊なんで慣れ慣れしいの。まさか、君こいつと……」
「わーっ何もない何もないから! と、とにかくさっさとクラレットをクロウに」
ひっつけて解除させよう、と言おうとしたのだが。
「ちょっと待て、昨日の話だとオレはこの男に使役されるのか? それは嫌だぞ。罪滅ぼしもあるし、どうせなら俺はツカサに使役されたい」
「何を生意気な……ちょっと待って、罪滅ぼしってなに」
「ひぇっ……」
ヤバい、俺が必死に隠してるのにクロウが喋ろうとしてる。
そんなこと真っ正直にバラしたら、お前本当に熊肉にされちまうぞ。慌てて二人の間に割り込もうとしたが、しかし。
「……お前には教えん。お前、ツカサを襲っただろうケダモノめ」
クロウがわずかに眉間を顰めて威嚇するような顔を見せる。
一瞬、クロウの言った意味が解らず固まってしまったが、ブラックは相手の言葉の意味を理解しているのか、フンと勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「襲った? 君達と一緒にしないで欲しいね。僕はただ、ツカサ君の可愛い口で、ご奉仕して貰っただけだよ。そう、ツカサ君が自らの手で僕にね!」
ご奉仕。ご奉仕って……あれか。さっきのあんまり思い出したくないアレか。
っていう事は、クロウは俺達がやった事に気付いたって事か。
……は? なんか知らんけど知られちゃったってこと?
ふぁああ!?
「ツカサにお前の臭いが強くこびりついている。オレの鼻はごまかせんぞ。お前は嫌なにおいがする。どうせツカサに襲い掛かって許して貰った悪人だろう。そんな野蛮な人族に使役なんぞされたくないぞ」
「ほう、口調の割に随分お喋りじゃないか。敏感に精液とかの臭いを嗅ぎ取れるような穢れた熊に、僕らの仲を色々言われたくないね。僕とツカサ君の相思相愛さを知らないくせに、勝手に僕を悪者にしないでほしいなあ」
「わざわざ相思相愛だなんだと口に出すのは、その関係が確かな物か不安だからだ。と言う事は、お前はやはりツカサの恋人ではない。ずうずうしい奴め」
「ああ言えばこう言うねえ、君も……」
「お前もな。少々苛ついて来たので食い殺したくなってきた」
もーなんでこの世界の中年ってこう喧嘩っぱやいの。
涙目で耳を塞いでいる俺の前で長文で戦うのやめてくれる?
にしてもチクショウ、もっと口ゆすぐべきだった……。
どうしてフェラしたってバレたんだよお。他人にフェラしてたのバレたって凄く恥ずかしいんですけど!
俺が顔真っ赤になってるの早く気付いて。本当そういう話題やめて。
そもそもクロウはまだ助かってないでしょうが、お願いだからブラックを煽るなよぉお!
「お願いだから二人とも仕事してぇ……」
「ツカサ君なんで泣いてるの」
「ツカサどうした、舐めてやろうか」
「その舌引っこ抜くぞクソ熊。舐めるなら僕が……」
「あーもー舐めんでよろしい! どうでもいいからさっさと上書きしてくれよ!」
変人が二倍で苦労も二倍だよぉ!
思わず嘆きたかったが、この空間でまともなのは俺一人しかいない。
俺は二人を睨み付けると、だらんと力なく揺れるクラレットの腕を取った。
「ほらっ、二人とも四の五の言わずに上書きする! 後で解除すればいいんだからクロウもブラックも文句いわないの!!」
「ツカサ、涙目で顔が真っ赤だ。可愛い」
「同意せざるを得ない」
「無駄な意気投合すんなよお前らぶっ飛ばすぞ!!」
もういい加減にして。アンタら仲悪いの良いのどっちなの。俺もう疲れたよ。
さめざめと泣きたい気持ちに襲われつつも、必死に我慢して俺はブラックに鍵を壊して貰い檻の中に入る。そうして、引き摺って来たクラレットの腕を、クロウの首輪に触れさせた。あとはブラックに解除して貰うだけだ。
「用意出来たぞ、ブラックほら早く!」
「はーあー、こんな奴にワザワザ血を使うとか……」
「ツカサ、オレの主は本当にお前じゃ駄目なのか」
「だー! いい加減にしないと怒るぞ!!」
もうツカサは怒ってる……と言いそうになったクロウのでっかい口を塞いで、俺はブラックを睨む。早くしないともっと怒ると言わんばかりに怖い顔を披露すると、ブラックはやれやれと言った様子で首輪に手を触れた。
そうして、また呪文を呟く。
「この血を以って汝を古き契約から解き放ち、新しき絆を結ばんことを誓う。古代に名を刻むシキの王・ハルヤの名において、我らが欲の全てが叶わんことを……」
仄かな光がクラレットの触れた場所から生まれ、一巡するかのようにゆっくりと首輪を回り始める。しかし、その光がブラックが血を垂らした場所へと到達した、刹那。
クラレットの体が、びくりと震えた。
「ひっ!?」
思わずクラレットの腕を落とすが、その腕は確かに力を持っていて、今度は逆に俺の手を掴んできた。こ、これってまさか。
「な、んだ……お前ら……」
「馬鹿な……術が解除された!?」
ブラックの驚く言葉に、クロウが驚いたように目を丸くする。
その数秒の間にクラレットは完全に覚醒したのか、俺達の驚きを余所に平然と起き上がった。うそ、何で。今まで何しても目が覚めなかったのに!
「き、さまら……!」
「ツカサ君っ、あぶない!!」
「えっ」
なんか、首根っこをがっしり掴まれた気がする。
あれ、この感覚触れ覚えがあるぞ。なんかこういう構図、ずっと前に見たよね。
「お、お、お前ら動くな! こいつがどうなってもいいのか!」
……あ、俺、もしかしてクラレットに捕まってます?
うわーどうしよう。通算二度目じゃん。
またかよ俺進歩ねーなあって言ってる場合か。
今更汗がどっと流す俺を見て、ブラックとクロウは険しい表情で固まっている。
どう出たらいいか解らないとでも言わんばかりで、本当に申し訳なく思った。
ど、どうしよう。檻の中じゃヘタに曜術ぶっぱなして逃げる訳にもいかないし、そもそも契約の上書きが途中だったんだ、クロウの契約が解けてるか確認しないとどうしようもない。
ぐっと首を絞めてくる腕に顔を歪めると、ブラックが言葉を吐き捨てる。
「ツカサ君を離せ、この外道……」
「き、貴様らこそ……さては、私を眠らせてコイツとの契約を無効にしようとしていたな……ふっ、ふはは……こういう時の為にと術をかけておいて良かったわ!」
「術だと……」
「ギアルギンに感謝せねばな……護法と言いコレと言い、本当に使える男よ!」
「そのギアルギンとやらだけど、一人で逃げちゃったみたいだよ」
ブラックの呆れたような声にも、クラレットは驚きもしない。
それどころか今の状況をすぐに把握したらしく、醜悪な笑みを浮かべて懐から取り出した短刀を俺に付きつけた。あー、この世界には銃がないから短刀なのか。でも首に当てられると痛いからやめてほしい……。
俺への脅迫を見て段々と顔を陰に侵食させていくブラックに、クラレットは震えてはいるがまだ余裕をもった声で笑った。
「構わん、あやつは私の力の増幅器にすぎんからな……それよりクロウクルワッハよ、お前は何をしておる、さっさとそこの男を殺さんか!」
クラレットが何事か呟く。すると、クロウの首輪に付けられていた鎖がいきなりはじけた。もしかしてアレにも曜術がかかってんのか。
目を剥く俺の上で、クラレットが嘲笑う。
「外が騒がしい、と言う事は暴動が起きておるのだろう。お前らは私の炭鉱を奪取しようと画策しておったのだな。さては、先程の方法で獣人達を味方につけたか」
「理解しているなら話は早い。もうお前達の言う通りになる獣は居ないよ」
「それはどうかな……? こうなれば致し方あるまい……クロウクルワッハ、お主の真の力を見せる時だ! 解放せよ、その罪悪たる力を!!」
クラレットが唐突に叫ぶ。
何を言っているんだと、俺達が目を丸くしたと、同時。
鼓膜を突き破るかのような咆哮が聞こえて、その場を光が包んだ。
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