異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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パルティア島、表裏一体寸歩不離編

25.シーポート炭鉱窟―再会―

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 どのくらい走っているだろうか。曲がりくねっている一本道のせいで、自分達がかけている時間が解らない。
 必死の形相で走りつつ、俺はブラックに問いかけた。

「なあっ、あとっ、どんくらい……っ?」
「ええと……もうすぐだとは思うけど……あ、ほら、耳を澄ませてみて」

 何かに気付いたのか、ブラックが真正面を差すように顎を動かす。
 耳を澄ませるって、さっきから俺の煩くて情けない呼吸と、ペコリア達が走る時に出してる「むひむひ」って言う音しか聞こえないんすけど。
 何か変化が有るのか、と言われるがままに集中してみると。

「…………これ、何かぶつけるような……あっ、ツルハシの音か?!」

 硬い岩壁に金属を打ち付ける音。規則的に響いてくるリズムを意識した様な音は、人間じゃないと起こせない物だろう。
 音が近いって事は、近付いてきたのか?

「ちょっと危ないかも知れないから、ペコリア達は少し後ろに下がっててな」
「クゥ~」
「グゥ~」

 大人しく俺達の背後に回るペコリア達にちょっとキュンとしつつも、気合を入れ直して先に進む。最早呼吸も辛いが、まだだろうか。
 運動不足の俺には辛い、辛いんです。数か月やそこらじゃ、スタミナつけるのも無理だって。っていうか強くなるぜって宣言したのまだ数週間前だしね!!

「あっ……道が……」

 やがて見えてきた少し長いカーブが、前方を隠す。
 カップを合わせたかのような高い音が、徐々にはっきりと聞こえるようになってきた。もうすぐか、とカーブを抜けると。

「うわっ!! でっか!!」

 カーブの先に現れた物に、ブラックが思わずのけぞる。
 さもありなん、何故ならそこにはブラックよりも大柄な男が三人横に並び、汗を流しながら一心不乱に岩壁にツルハシを突き立てている光景が有ったのだから。

 ……うん、俺もびっくりしたけどな!

 いや、俺はでっかい金毛の猿とか隻腕の虎とか先に見てたから覚悟してたんで、ある程度は想像してたけど……それでも、三人の体つきは恐るべきものだった。
 ブラックが大体百八十センチくらいの身長だとすると、三人の体は二メートルはある。この炭鉱は天井がそこそこ高いが、それでも頭がつきそうだ。
 あまりの大きさに、またペコリア達が「くきゃー」とか変な悲鳴を上げて大きな毛玉になっている。

 思わず立ち止まった俺達に気付いたのか、こちらに背を向けていた三人が振り返った。おう、そういやこいつら上半身全裸だぞ。

「っ!」

 金髪を腰まで長く流した美丈夫が、俺を見て驚いたような顔をする。三人の中で一番大きな体で、どことなくゴリラっぽい……って、この人が金毛の猿か。

 じゃあ、当然左腕のない青い髪のシブいおじさんがあの青い虎で、短く刈り込まれた灰色の髪のお兄さんが三つ目の狼か……ってやっぱ額に横一線の傷っぽいのがあるな。あれが元々「第三の目」があった場所なんだろうか。

「俺のこと解るか?」

 ちょっと離れた場所からそう言ってみると、三人はこくこくと頷く。
 よかった、覚えててくれたらしい。
 早速駆け寄って、俺達は事のあらましを説明した。それと、あんまり時間がない事も。すると三人は快くオッケーしてくれて、とにかく早い内にと言う事で、三人の契約をブラックに上書きして貰った。

 そうそう、ちなみにの話なんだが、この「ちょっとした裏技(ブラック談)」を使った契約の上書きは、ブラックのような上級曜術師がやるから出来るのであって、普通の人間じゃこうはいかない。なので、俺が彼らを助ける事は出来ないのだ。
 ブラックは俺にも出来るとは言ってたけど、習得には少し時間が掛かるそうなので、それはまた後日と言う事で今はブラックに任せている。

 ハイオンから解放され、やっと口が使えるようになった三人は、ツルハシを放り出して、体を伸ばしたり肩を回したりしていた。
 ひぃ、三人ともマッチョだからなんか怖い。タックルされそう。死ぬぞ俺。

「それにしても助かったぞ、少年。君があの場所へ来てくれなければ、我々は一生このままだっただろう」

 ブラックの二倍も有るだろうデカい手で握手を求めてくる金毛の猿のおっちゃんに、俺は苦笑いをしながら手を差し出す。
 あははー、全然握手になんねえ……。

「えっと、ツカサでいいですよ。それより怪我とかしてませんか」
「いや、君が薬をくれたおかげで、今のところ大きな怪我はない。ありがとう。私の事はスクリープと呼んでくれ。敬称はナシでいい。あっちの青髪はタオウーで、三つ目のがシーバだ」

 渋い青髪の虎耳おっさん……タオウーさんが、それを聞きつけて近寄ってくる。

「タオウーだ。俺もタダの“タオ”と呼んでくれ。大変な事を頼んでしまい、本当にすまなかった……貴方のような愛らしい少年にこんな事を頼むのは無謀だと解っていたのだが……我があるじを助ける為にと、藁にもすがる思いだったのだ」
「あっあいらし……」

 しかもこのオッサン無謀って、褒めてんのかけなしてんのかハッキリしてくれ。
 開いた口がふさがらない俺に、スクリープは困ったように頬を掻く。

「タオは良くも悪くも正直者でな、申し訳ない……」
「それにしてもツカサ殿は本当に愛らしい。クロウクルワッハ様を助け出せたら、是非とも我がにしたいほどだ」
「ちょっとそこ、僕の支配下ってこと忘れないでね!!」

 ガルルルルと威嚇しながら、ブラックがタオとの間に割り込んでくる。
 毎回面倒くさいオッサンだけど、今回ばかりは正直助かった。
 ナンパとかだったら普通に「お断りします」って言えるんだけど、隻腕のシブいオッサンに真面目にアホなこと言われたら返答しきれないし。

「っていうか、急ぐんでげしょ……坊ちゃんが困ってらっしゃるんだから、やめてやんなさいよ、お二方」

 ……ん?
 なんか今物凄い声と口調が耳に入って来たけど、誰かな?

「そうだぞ、シーバの言う通りだ。それに、一時的でもブラックさんは主だ。主の恋人を寝取ってはならないし、彼相手ではうっかりしたら死ぬぞ」
「そうだな、ブラック殿はツカサ殿の尻を触った瞬間に相手を殺す感じの男だ」
「解ってるんだったらさっさと行くザンス。ね、ツカサさん」

 うん。……うん?
 今のあの、ス○オみたいな声、俺の目の前にいるこの狼耳イケメンが出した?
 げしょとかござんすとか言いそうな口調のスネ○みたいな声を、狼耳が付いてるクールそうなイケメンが出したの?

「し、しーばさん」
「はい、なんざんすかお坊ちゃん」

 あ゛ーーーーーーー。

「つっ、ツカサ君どうしたの! なんでいきなり引きつけ起こしてんの!?」
「げっ、現実がっ、現実が受け入れられないいぃ」

 俺イケメン大嫌いだけど、腐男子とかでもないけど、これはダメでしょう。
 ギャップ萌えにしても中々つらいものが有るよ。どう考えても玉にキズ案件だよ!
 なんでこの灰色の髪のイケメン狼耳お兄さんが声○ネオなの!

 いや、ス○オは俺も好きだが、今時のイケメンと融合させたらあかんでしょ!?
 外見だけなら一番女子にウケるタイプだろこの人、俺はイケメンなんか嫌いだけど、これは流石にギャップの範囲でも許されないと思うんですけど!

「大丈夫ツカサ君!? キスする!?」
「しねえよお前も何言ってんだぶっ飛ばすぞ!!」
「どうでもいいから、さっさとずらかるザンスよお坊ちゃん」
「だからそれやめてえええぇ」

 やーだー。もうワガママ言わないからムカツクイケメンはイケメンでいてー。
 びいびい泣いてる俺に構わず、シーバさんはボンと煙を立てて狼になる。あの、みなさんその服とかってどうなってるんですか。いつも疑問なんですが。

「ツカサ殿、ブラック殿、我らの背に乗ってくだされ。時間がないと言うのであれば、我々を足として使って下さい」
「えっ、じゃ、じゃあ遠慮なく……」

 正直、あの長い道のりを行くのは辛かったのでありがたい。
 じゃあ遠慮なくとばかりに伏せるタオに跨ろうとすると、後ろからがっしと肩を掴まれた。
 誰だと思ったら、ブラックが怖い顔をして俺を凝視していて。

「ダメ。ツカサ君はシーバ君に乗って」
「アタシっすか。ちょっとゴワゴワすると思いますが、それでもよろしかったら」
「…………」

 うん、タオさんさっき俺に「つがいにしたい」って言ったから、ブラックが凄く警戒するのは解るよ。解るし、俺もシーバさんが嫌いとかそう言う訳じゃないが、でも耐えられるかな。
 シーバさん上から涙とか鼻水とか落ちて来たらごめんね。
 複雑な心境でシーバさんに乗ると、スクリープが己の筋肉質な胸に手を当てる。

「では、私が先導しましょう。私は元々前衛だったので、多少の攻撃には耐えられます。制限がない今だったら、ここの兵士程度は簡単に蹴散らせるでしょう」
「分かった、もしもの時の前衛は頼んだよ。じゃあ、行こうか」

 ブラックはタオさんに乗って、合図のように片手を上げる。
 隻腕だというのに、青い虎は三本の足でしっかりと立ってブラックを乗せている。腕が一本無くなってるなんて、嘘みたいだ。
 シーバさんも俺の体重なんか気にもしないように平然と立っていた。

 その周りを、わたがしみたいなペコリアがモフモフと動いている。
 三つ目の狼であるシーバさんが普通のロバーウルフとは違うのに気付いて、興味津々らしい。可愛い。
 シーバさんも小さい物が好きなのか、なんだか嬉しそうだった。
 ちょっと和む光景を見つつ、俺達は再び走り出す。

 今度はとても快適で、今まで必死で歩いていた道がどっと後ろへ流れて行った。
 おお、これなら早く脱出できそうだ。
 シーバさんのたてがみをぎゅっと握って必死に落ちないようにしている俺に、シーバさんが問いかけて来た。

「ええと、これから殿下を助けに行くんでござますよね? その間アタシ達は何をすれば良いザンスか? 恥ずかしながらよく聞いてませんで……」
「ングッ……え、えとですね、もう既に皆さんの契約は上書きしたんで、もし兵士が襲ってくるようだったら、もう一斉に取り押さえちゃって下さい……出来れば、殺さずに。その間に、俺達はクロウの所に向かいます。その前にクラレットを連れて来なきゃいけませんけど……」
「はぁ、なるほど……。しかし、うまく行くんざんしょか」

 どことなく不安そうな声に、俺も口をぐっと引き締める。

「解らない……。だけど、ここまで来たらやらなくちゃ。俺はスクリープさんに獣人を助けてって約束されたんです。喋れなくたって、それくらいは伝わってる。だから、上手く行かなくったって、シーバさん達が助けたいクロウを絶対に解放してみせます」

 そう、どんな事をしても助けなきゃいけないんだ。
 こんな状態になってしまったら、もう目を付けられるだの後が面倒だのと言っていられない。今はもう、作戦の外の出来事になっているのだ。
 黒曜の使者の術は隠しておくにしても、派手に暴れる覚悟はしておかなくちゃ。この事態を招いたのは、俺の調査不足が原因だ。
 護法についても、クラレットについても、俺は何も知らなかった。

 だから、取り返さなきゃならない。
 ギアルギンは逃げてしまっただろうが、こうなりゃ毒を食らわば皿までだ。
 俺達の「勝ち」にするには、シアンさんの遣いが来るまでに、全員をひっ捕らえて逃がさないようにするしかない。唯一の救いは、ブラックがクラレットの睡眠を確かなものにしてくれた事だけだ。
 本当、俺だけじゃやりようがない事だよな。

「…………やっぱ、一人じゃ無理な事ってあるよな」

 頼るのは嫌だ。だけど、今の俺は誰かに頼らざるを得ない程に浅くて弱い。
 強くなろうったって、一人でやってやろうったって、実力が伴ってないとどうしようもないんだ。ブラックは怪我してるから、だなんて尤もらしい理由を付けて、格好つけるんじゃなかった。
 俺はまだ、ガキなんだな……。

「グゥッグゥッ」
「あの、さっきから気になってたんザンスが……この綿毛のような兎はなんザンスか、お坊ちゃん」

 戸惑う様なシーバさんの言葉に、微苦笑して俺は肩を竦めた。

「俺を助けてくれる、大事な仲間だよ」

 そう言うと、ペコリア達は嬉しそうにぽんぽんと跳ねる。
 シーバさんはそんな俺をちらりと見たが、笑うように口を歪めた。










 
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