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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
23.シーポート炭鉱窟―迷宮―
しおりを挟む炭鉱の中は、この前は行った時と同じくひんやりとしていて薄暗い。
二本のレールはずっと先へと続いていて、存外広い坑道は静まり返っていた。
昨日確認した時も猿達はずっとココに居たみたいだけど……もしかして、小屋に戻らずに夜通し採掘をさせられていたんだろうか。
だとすると本当にムカツク。労働基準法違反じゃんか。この世界に労基法なんてないけど、徹夜で採掘なんて危ないにもほどがある。
なんでこう、中途半端な悪人って言うのは人材の使い潰しをするんだ。
有名な某悪役軍団だって、敗北した部下でも普通に雇用を続けるくらい人材大事にしてるのに。負けたら自動的に死んじゃう人多いけど。
「いや、あれはあれである意味使い潰し……?」
「え? 使い潰しってなんの事?」
「あ、いや、何でもない」
ごめん、めっちゃ個人的な事なので気にしないで下さい。
それはともかく、あの三人大丈夫かな……。もし徹夜とかだったら相当疲れてるよな。飯とかどうしてたんだろう。何か持ってきた方が良かったかな。
「なあブラック、索敵の術で三人の居場所解るか?」
「さっきやって見たけど、だいぶん奥にいるみたいで良く解らないね……。遠くの方に生物の反応が三つくらいあるのは確かだけど、遠距離になると索敵はぼんやりした事しか解らなくなるから……」
「そっか……元気かどうかは解るか?」
「うーん、動いてはいるから平気だとは思うけど……そこまでは」
索敵も万能って訳じゃないんだな。でも、生きててくれてるかどうかが判れればそれでもいいや。回復薬はまだ在庫が有るし、契約の上書きさえ終わってしまえばこっちのもんだ。
「そう言えば……ここでは石炭以外の鉱物が採掘されてるんだって?」
ブラックの言葉に、俺は頷く。
「そう。なんか石炭と同じ黒い鉱石らしいんだけどさ、それがクラレットに莫大な利益を齎してるっぽいんだ。だから、クラレットも躍起になって獣人達を働かせてるんだけど……俺もそれが何の鉱石なのかはよく判んないんだよなあ」
「ふーむ……黒い鉱石ね……」
ハイオンを軽々と抱えているブラックは、顎を擦りつつ上を見上げている。何か思い当たる事でもあるのかな。
しばし黙って歩いていると、ブラックは難しい顔をして顎を擦った。
「盗掘してまで掘り出す価値のある鉱物なんて、宝石くらいだけど……黒に見える物は嫌われるし、鉱物にもそんな高価なものは無いんだけどねえ」
「え、そうなの?」
「うん。あ……唯一、金になる物があるとすれば……いや、でもあれはあの場所でしか採掘出来ないはずだし……」
「なんだよ、教えろよ」
勿体付けんなと睨むと、ブラックは数秒考えたようだったが、やけに真剣な顔をして俺に振り返った。
「黒籠石って、覚えてる?」
黒籠石。
忘れる訳がない。それは、俺に良くしてくれたリタリアさんを苦しめていた元凶なんだから。確か、黒籠石は水晶に加工する事で、気や曜気を無尽蔵に取り込む事が出来るんだよな。でも、加工した水晶に色んな気や曜気が交わると【瘴気】っていう毒みたいな気を吐き出して、人に害をなすんだ。
まてよ。毒ガスって、まさかこの瘴気の事なんじゃないか?
それにライクネスの国家転覆を狙った貴族のゼターが黒籠石を手に入れたのも、この南方の地……ハーモニック連合国だ。
だとすると、もしかして取引って言うのは、黒籠石を売買する取引か?
ゼターはクラレットから黒籠石を買ったと言う事なんだろうか。
「じゃあ……ゼターが買った黒籠石って、ここから……?」
「いや、それはどうかな……。黒籠石っていうのはね、ある地域でしか採取されない鉱石なんだ。だからこそ今まで流出を防いできたし、近世に入ってからは黒籠石による被害もなくなった。黒籠石は特殊な場所で生まれるからこそ、その力を持つんだ。なのに、こんな普通の炭鉱で発見されるわけはない」
良く解らないけど、地域特産みたいなものか。
もしくはその土地の特殊な土壌がないと育たない野菜みたいな?
とにかく、特別な場所じゃないと育たないって言うのは解ったぞ。
でも、だったらどうして石炭しか出なかった鉱山に。
「この山がなんか特殊だとか?」
「いや、別に変な感じはしないし……それに、毒ガスっていうのが本当に瘴気だとすれば、僕達はこの炭鉱の周囲にすら近寄れないはずだ。だから、その鉱物は黒籠石ではありえないはず……なんだけど」
煮え切らない言葉だが、ブラックも計りかねているんだろう。
黒籠石って言うのは珍しい鉱石らしいし、幾ら知識が有っても未発見の事なんか正確に推測できるはずがないもんな。
なにか特殊な環境だと、加工していない原石でも瘴気を発するのかも知れないし、それは微弱で耐えられる程度の物なのかも知れない。
確認してないんだから、それも充分あり得る事だ。
試した人も体験した人もいないんだから、安易に気のせいだ間違いだと否定しない方が良いよな。想像出来ない事が起こるのが人生だし。
って事は、黒籠石がここに埋まってる可能性もあるんだけど……。
「なあ、ブラック。黒籠石の原石って、人が触っても平気だったりするのか?」
「僕も知識としてしか知らないけど……原石大丈夫なはずだよ。だけど、黒籠石は普通の石の内部に形成されているものだから、土の曜術師以外の人間には見つけられない。獣人は曜術を使えないから、黒籠石が採掘出来るはずないんだけど……」
「えっ!? 獣人って曜術使えないの!?」
「曜術っぽい能力が使える獣人は居るみたいだよ。でも、彼らの根本はモンスターと同族だからね。人族や神族のように曜気を取り込んだり曜術を使ったりは出来ないんだ。でも、その代わりに彼らはどんな種族よりも身体能力が高いから、曜術が無くても大丈夫なんだけどね」
そう言えば、獣人達は自己治癒能力が高かったな。身体能力が並はずれているって事は、肉弾戦専門の特攻戦士タイプなのかな。
じゃあクロウに襲われた時の俺は、別に運動音痴だから捕まった訳じゃなかったんだな。はー、ちょっとホッとした。
「ん? いや、じゃあ……あの三人が今採掘させられてる理由ってナニ?」
ここに来た時、炭鉱の入り口にあったトロッコには土塊が盛られていた。
ってことは、ずーっと採掘は行われていたって事だよな。でも、この場所に土の曜術師っぽい人は居なかったし、俺が眠らせた兵士達は曜術なんて使えないような感じの人ばかりだった。
大体、曜術師の力が必要なら、一緒にココに潜ってるよな。
でも、ブラックの索敵には獣人達以外には何も引っかからなかった。
これって……どういう事だ?
「黒籠石だとしたら、その石を探せない獣人達だけで採掘できるはずがない。けど、黒籠石じゃなかったら、金になる鉱物ってのが見つからない。それなのに、獣人達は命令されて無理矢理採掘を続けさせられている……」
なんだかよく解らなくなってきた。
色々とピースが足りない気がする。クラレットに掛けられた【護法】についてもよく解ってないし、第一クロウと大きな力量差が有るクラレットが、何故獣人達の中で一番強いクロウを従えているのか。悪の親玉で偉いからって、非効率的な事をやる必要は無いような。
それに、言いなりにならないクロウを大人しくさせない理由は?
そもそも、ここに黒籠石が有ったとして、クラレットみたいな小悪党にこの場所を教えたのは誰なんだ。クラレット一人でココを見つけたのか?
「あーもーよくわからんっ!!」
何だかもうこんがらがっちゃって。
ガシガシと頭を掻き回す俺に、ブラックは溜息を吐いて頬を掻いた。
「獣人達を助けるだけじゃ、何だかスッキリしなくなってきたね……。こうなりゃ毒を食らわば皿までだ。加工場も当たってみようか」
「ブラック」
「僕も、少し気になる事が有るからね。もしここで本当に黒籠石が採取されているのなら……」
「いるのなら、どうする?」
ブラックの言葉を遮ったその台詞に、俺達は一瞬動きを止めた。
……今の台詞は、俺が言ったんじゃない。勿論、ブラックが抱えているハイオンが喋った訳でもない。だって、その声は――――背後から聞こえたんだから。
俺の声でもブラックの声でもない、綺麗で艶っぽい声が。
「誰だッ!!」
咄嗟に振り返る。
そこは炭鉱の入り口へと続く道。俺達が今まで通ってきた場所だ。
既に外の光が見えなくなったその道の真ん中に、一つの影が立っていた。
「…………やってくれたな、お前達」
「お前は……ギアルギン……!? なんで……!?」
アンタさっき眠り薬で眠ってたじゃないか。
俺の言葉に、フードを目深に被った黒いローブの男が笑う。
だけど、その笑みはどこか険を含んでいた。
「生憎、俺はそう言うモノに順応する体を持っているからな。……さあ、その男を渡して貰おう。獣人達にはまだやって貰わなければならない事が有る」
「嫌だと言ったら?」
ブラックが挑発的な笑みで言葉を放る。
既に敵だと判別している相手に対しては、ブラックは容赦がない。だけど今回ばかりはブラックと同意見だ。ここでハイオンを置いて逃げるなんて御免こうむる。
俺は獣人達と「必ず助ける」って約束をした。
ここで退いたら男の名折れだ。
ギアルギンは既に覚悟を決めた俺達を見て、笑みを収めると一歩近付いてきた。
「拒否すれば、力尽くで渡して貰う事になる」
「その前にこっちが獣人達を呼べば、お前は攻撃する暇もないが?」
「フン、やはりお前が従えていたか……だが、それは出来ん。俺がこの場にバリアを張ったからな」
えっ!? ば、バリア!?
慌てて奥の方へ走っていくと、バンと言う音がして顔が思いっきり何かにぶち当たった。うわ、これ壁だ。見えない壁!
解ってて見えない壁にぶつかりに行った俺もわりと間抜けだけど、こればっかりは体感しないとどうしようもない。
つーかマジでバリアかよ、逃げられない。ヤバいじゃん……!
「クッ……こんなに大きな障壁だと……!?」
「それだけではないよ」
ギアルギンが、こちらへ手を向ける。
その手に光が集まるのを見て、俺は目を見開いた。
「ぶ、ブラック、なんか来るぞ!」
俺の声に、ギアルギンがまたニヤリと笑う。
その手の光は勢いを増し、やがて障壁の中で風が生まれ始めた。
これってもしかして……気の付加術か……?
だけど、こんなに強い風を起こせる奴なんて見た事ないぞ!?
思ってもみない相手の力に、ブラックがハイオンを放り投げる。無言で腰に差した剣を抜こうとしている姿は、既に相手を只者ではないと認識している証だ。
ということは、アイツ相当強いのか。
無意識に息を呑む俺をあざ笑うかのように、ギアルギンは再び口を歪める。
「……殺しはしない、お前達にも捕えるべき意義があるからな」
冷たいその言葉は、やけに恐ろしい物に聞こえた。
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