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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
22.シーポート炭鉱窟―契約―
しおりを挟む「ぐうう……まだ喉の奥がイガイガする……」
「そういう時はね、水じゃなくてネバネバを取るものを摂取するのが良いんだよ。粘つくものを再び一気に流し込んでもいい。だからね、ツカサ君。また僕のペ」
「ブラック、それ以上言ったら二度とお前と会話しねえからな」
「ハイ」
はいじゃねーんだよ。ねばねばにネバネバって何の拷問だ。
二度も他人の精液飲んでたまるか……って言うかお前まだヤる気だったんかい。絶倫なの。ブラックには絶倫のスキルが付いてるの?
そのスキルは是非別の人に発動して下さいね。
とか言ってる場合じゃないか。出来るだけ身支度は整えたし、あんまり時間も無い。早く獣人達を解放しなくっちゃな。
俺とブラックは早速会議室に戻ると、兵士達が眠っている事を確かめた。
薬は確かに効いているようで、体を少し乱暴に抱え上げても全然目が覚めない。ブラックが軽く頭を殴ったが、それでもスヤスヤ夢の中だ。
あれからそう時間は経ってないけど、十人以上兵士がいるんだ、事は迅速に行わなきゃならない。俺達は足の速度や跳躍力を高める術である【ラピッド】をかけると、兵士達を二人ずつ移動させた。こうすれば、少しは早く歩けるからな。
けど、足が軽くなったとしても、俺にかかる負担は消えた訳じゃない。
ブラックは楽々運んでるが、兵士達全員と比べても一回り体が負けてる俺は一人背負うだけでひいこらだ。相手が重いってのもあるけど、ブラックに比べたら俺は機動力がないからなあ……機動力は多分たったの5だよ。ゴミだよ。
体力付けたいとは思ったけど、こりゃ長い道のりになりそうだ。
溜息を吐いたが、小屋はまだ遠い。荷物をずるずる引き摺りながら歩いていると、先行していたブラックが不意に振り返った。
「ところでツカサ君、適当に兵士を連れ出してきちゃったけど……大丈夫なの? ハイオンって奴以外にも、複数の守護獣と契約している奴が居るんじゃないか?」
「居てもおかしくないし、契約してない奴もいるとは思う。だから数時間眠らせる量の薬を入れたんだよ。誰が主人かは獣人達にしか解らないんだ、小屋から出ないように命令されてるんだから、俺達が兵士を連れて行って首実検するしかない」
「ツカサ君、きみよくそんな言葉知ってるね」
「まあ昔の話とか婆ちゃんに教えて貰ってたからな! っていうかこっちでもあるんだな首実検! こええよ!」
時代劇を婆ちゃんと見てたからです、とか言っても解んないだろうから、適当に答えておこう。て言うかこの世界にも生首テイクアウトとかあるのね。
いや、まあ、この世界は交通手段が限られてるし、アイテムボックスも無いから仕方がないんだろうが。でも大抵の小説のアイテムボックスって死体とか入れられなかったりするよな。モンスターの肉はしまえるのに不思議だ。
某ゲームの「死んだらいきなり出て来るでかい棺桶」くらい理不尽な気がする。あれ本当どっから出てんの。ゲームにイチャモン付けてもしょうがないが。
「ここに獣人達がいるんだね。……しかし……ボロっちい小屋だなあ」
「昨日俺がばっちり掃除したから不潔ではねーよ。ほら、行くぞ」
数十メートルの遠さだったけど、俺は既に汗だくだ。
涼しい顔をしているブラックには凄くムカツクが、今は怒ってる場合じゃない。俺達は小屋にいる獣人達に最初の二人を見せた。すると、昨日までは寝たきりだった男二人が名乗り出てくる。
どちらも髪と髭で顔が解んないけど、とにかく当たりだったみたいだな。
「じゃあ、契約の上書きを行おうか」
兵士を乱暴に床に降ろして引き摺るブラックに、獣人達はビビりながらも興味津々で首を伸ばす。自分達にも関わる事だからか、気になってしまうらしい。
髭モサだったり髪ぼさだったりの男達が中年を取り囲む光景は中々シュールだが、みんな純粋な目で見ているので異様さはあまりない。
「な、なんかやりづらいな」
「言ってる場合か。さっさとやれよ」
「うーん……じゃあやるよ?」
納得いかないような顔をしていたが、ブラックは兵士の手を無理矢理首輪に付けて、自分の指の腹を噛み切って血を出した。
そうして、滴る血を首輪にこすり付ける。
「この血を以って汝を古き契約から解き放ち、新しき絆を結ばんことを誓う。古代に名を刻むシキの王・ハルヤの名において、我らが欲の全てが叶わんことを……」
ブラックの不穏な言葉に、兵士が触れている場所が仄かに光りはじめる。するとその光は首輪を巡って、ブラックの血を啜っている場所から再び光が一巡した。
それを見届けて、ブラックが兵士を「用済みだ」とばかりに適当に放る。
やけにアッサリしてるけど……もしかしてこれで上書き終わりなの?
「ブラック、あの……それで終わり?」
「うん。本当はお互いの真名を名乗らなきゃいけなかったりするんだけど、ちょっと裏ワザ使ったからね。……ふむ、君は猿族のバスティア君と言うのか……よし、今からすべての言語を使う事を許可する」
そう言うと、今まで首輪に触れられていた相手がゆっくりと口を開いた。
「…………契約とは、こんなに簡単に解除できるのか」
少し若々しい声。驚いた俺を余所に、ブラックは得意げな顔で鼻を鳴らした。
「僕はこの場の兵士や君達よりも強いからね。それに、この呪文は誰もが使える物じゃない。並の人間じゃこう簡単にはいかない事は覚えておいた方が良いよ。これで再び首輪を付けられても安心だ……なんて思わない事だね」
「……重々承知した。感謝する」
なんだかつっけんどんな言い方だな。
ブラックは興味の無い他人を助けるなんて面倒だと思ってるって事なんだろうけど、それにしても言い方ってもんが有るだろうに。
本当自分の好き勝手にやるオッサンだよ。
「しかし、自由に喋れるなんて久しぶりだ……ありがとうクグルギ君、そして彼の恋人よ。君達が私達を助けてくれた事に、深く感謝する」
「い、いやそんな……! まだ全員助けたって訳じゃないし、安心できないし……とにかく一つ言いたいんですけど、コイツは恋人じゃないですから!!」
これだけは、これだけは否定しておかないと!!
必死で言い返す俺に、バスティアという大柄な猿の獣人は首を傾げる。
「そうなのか? うむ……小屋に居て鼻が鈍ったかな……まあいい。他の兵士も、ここへ連れて来るのだろう? 私は今君達のしもべだ。兵士を運ぶのを手伝おう」
そっか、バスティアは今ブラックの守護獣になってんだもんな。ブラックが命令すればどこへだって付いて行けるはずだ。
こうして契約を上書きした獣人を増やしていけば、短時間で終わるかも!
俺とブラックはもう一人の獣人も解放し、兵士達を運ぶのを手伝ってもらう事にした。兵士を帰しては運び、運んでは返しを繰り返し、徐々に開放した獣人を増やしていく。獣人達の中には兵士を二人同時に抱えてくる猛者も現れて、あっという間に兵士達が契約した獣人達は解放された。
爆睡したハイオンも力持ちの獣人にとっては軽い物だ。牛族のマッチョな獣人に軽々と運ばれてきたハイオンは、リザードマン達に睨まれつつその役目を終えた。
獣人達は用済みのハイオンをリンチにしたがったが、そんな事をしちゃいけないと俺が必死で止めたのはご愛嬌。いくら悪人でも、スプラッタとか嫌だもんね。
みんな素直に言う事を聞いてくれてよかった。が。
「何でお前まで獣人達に混じってハイオン殴ろうとしてんのかな、ブラックさん」
「だって、僕より先にツカサ君に女装させたのとか殺したいくらいムカツクし」
「アホー!! それくらいで殺すとか言うな! ていうかその話すんなって言っただろうがあああ!」
だーもー獣人達が「女装?」「女装って何?」って騒ぎ始めたじゃんかこらー!
なんで余計な事を言うかなあこの野郎!
「とっ、とにかく! 後は炭鉱の中で待機してる三匹と、クロウだけだな」
「クロウ……? ま、まさかクロウクルワッハさまの事ですか…!?」
リザードマンのリックが驚いたかのように俺に聞いて来る。
く、クロー……さま?
「え……サマってどういう事?」
「あっ、え、い、いや……あの、俺達はあのお方に仕えている身でして……本来、我らが主人と言うべき人はクロウクルワッハ様なのです」
「って事は……そのクロウクルワッハという獣人は、君達の首領のような存在なのかい。でも、獣人族ってのは基本的に同族で群れるもんだったはずだけど」
ブラックの言葉に、リック達は少したじろいだように後退り、顔を逸らす。
隠しているような事が有るって感じの素振りだな。獣人達はどうも素直すぎるらしい。俺とブラックは顔を見合わせたが、そんな場合ではないかと考え直し、言わなくていいと首を振った。
「深い事は訊かないから安心して。……でも、それくらいアイツの事が大事なんだな。違う種族が仲良くしてるのって良い事じゃん」
「は、はい。……ありがとうございます、クグルギさん。俺達を手厚く看護してくれただけじゃなく、ここまで助けて頂いて……」
リックがそう言うと、途端に周囲の獣人達が涙ぐみ始めた。
おいおい素直すぎだろ。大の男がそんなにすぐ泣いちゃってどうするの。
「大丈夫、大丈夫だから。とにかく、アンタ達の大事な四人は必ず助けるから……少しの間ここで待っててくれよな」
「俺達は同行しなくて大丈夫ですか」
付いて行きますとばかりに近寄ってくる獣人達に、ハイオンを抱えたブラックがしっしと手を振る。
「炭鉱に入るんだからそんなに沢山付いて来られたら邪魔だよ。あとは僕達がやるからそこで待機してて」
ブラックの言葉に、獣人達の体が強張る。
すると、みんな姿勢正しく背筋を整えて自分のベッドに座り込む。命令された所ってちゃんと見た事なかったけど、こうなっちゃうんだな……。
てか、これってブラックの力が凄いから獣人達がこうなってしまうのか。
兵士達に命令されてた時は、獣人達もこんな風に問答無用で従わされるって感じじゃなかったし。
じゃあブラックってもしかして、俺が思ってるより凄いのか……?
ヤバ……ブラックがやり方知ってるからって、全員を契約させない方が良かったかな……獣人達の身が心配になって来た。
い、いざとなったら俺が守らなきゃ。
色々考えつつも、小屋から出てハイオンを引き摺りながら炭鉱へ向かう。
その途中で、ブラックがまた俺を振り返った。
「ツカサ君、あとは炭鉱の中にいる三匹だけなんだよね?」
「あ、ああ。そしたらクロウ以外は全員解放される。あとはブラックが首輪を解除してくれれば良いだけだ」
「そっか……でも、それも案外難しいかも知れないね」
「え?」
呆けた顔でブラックを見ると、相手はやけに真剣な顔で目を細めた。
「いや、クラレットを投げ飛ばす時にね、ついでに視て見たんだけど……あの男、何故か強力な【護法】が掛かってたんだ」
「ごほー……?」
「簡単に言えば、ありとあらゆるものから体を守る術だ。それを掛けられてる人間は、毒も薬も効かないし、身体能力もかなり向上する。ただ、それはあんな下衆な人間にホイホイかけられる簡単な術じゃないんだけどね」
「それって……どういうこと?」
「解らない。ただ、クラレットの後ろには僕達が考えつかないような人間が潜んでいるかも知れない……とにかく、簡単に解決すると思わない方が良いと思う」
なるほど、護法という術が掛かっていたから、クラレットには眠り薬が効かなかったのか。他の人達には速攻で効いてたから、おかしいとは思ってたけど……。
でも、何故あんな男にそんな高度な術が掛けられていたんだろう。クラレットに高度な術を掛けて得する人間がいるっていうのか。
言い知れない気持ち悪さを覚えたが、俺達はその感覚を振り払うように炭鉱へと足を踏み入れた。
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