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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
シーポート炭鉱窟―実行―2
しおりを挟む「そう言えば……クラレット……さまって、どっから来てるんスか?」
「ああ、あの方は今ハーモニックに長期滞在中なんだ。元々はオーデル皇国の人間だけど、商談とか色々なさってるらしくてね。ここ十年くらいはラッタディアにいらっしゃるようだよ」
「そ、そうですか……」
あれ、じゃあ先にクラレットをとっ捕まえた方が……いやいや、このタイミングだったら逃げられてたか。やっぱりここでまず先に獣人達を解放するしかないな。解ってはいたけど本当に難しい。
難しいっていうか、泣きたい。
だって俺の今の格好は、青の縦ストライプワンピースにフリルエプロンだもの。完全に女装なんだもの。それでいて今外に出てるんだもん。
兵士達と一緒に。兵士達にニヤニヤされたり口笛吹かれたりしながら。
ああもう、本当この場にブラックが来てたらどうしよう。こんな姿絶対に見せたくないんだけど、どう考えても後から色々嫌な事されるに違いないんだけど!!
でもオッケーしちゃったもんはしょうがないし、ここでどうにかして兵士達全員に薬を盛らないと、結局チャンスは無いわけだし。
だけどもさあ! 下着まで女物って!
面積少ないんスけど!
なにこれ何でちゃんと足の付け根まで布ないの!?
やむを得ない事情で穿く昔のブリーフよりぴったりしてて心許ないんだけど!
俺トランクスデビューしちゃったしもうこんな下着無理ですよ!
ていうか一番問題なのは俺のご本尊がうっかり出てこないかって事なんだけど、そもそもなんで下着までこんな事に。何故だ。何故なんだ。
「自分の姿を顧みたら、なんかもう今軽く死にたくなってきた……」
「だ、駄目ですよクグルギさん! ほ、ほら別の話しましょう、負けないで!」
「なにに負けないでですか。下着の小ささに負けないでってことですか」
「ち、違いますぅう! あ、あのほら見て! 来ましたよ!」
うまい具合に話をそらされたけどもうしゃーない。
ていうかもう来ちまったのかよ、腹をくくるしかないか。
俺は色々ボロを出さないように気合を入れると、馬車の車輪の音が聞こえ始めた方向を見やった。それは、炭鉱の端。緩やかな下り坂の山道だ。
その山道を駆け上がって来たやけに豪華な馬車を見て、俺は足にぎゅうっと力を込めた。うう、生足すげえ気持ち悪い。
「全員ーっ、敬礼!」
責任者のハイオンが、号令をかける。
その掛け声に合わせて一斉に姿勢を正す兵士達に、俺は思わずビクついた。
や、やっぱり兵士だけあってこういう事はきちんとしてるのね……。
「クグルギさん、ほらっ」
「あっ、は、はい」
馬車が目の前に停まったのを見て、俺は慌てて姿勢を正した。
くっそーこんな初対面とか本当無理!!
「ハイオン、作業はつつがなく進んでいるか」
下卑た声、これこれ。最初に聞いた時とまるで変わらない声だ。
頭を軽く下げつつ、馬車から出てくる相手を待つ。すると、戸の開く音がして足音がこちらへ近づいてきた。
「は、はい、それはもう……! 炭鉱夫も確保できましたし、その炭鉱夫のための看護員もザイアンに連れて来て貰ったので……」
「なに? 看護員だと? ……ほほう、こいつか」
足音は、二つ。
まだ相手の顔を見ていない俺に、クラレットが居丈高に命令した。
「おいお前、顔を上げんか」
「は、はい」
言われるがままに、おっかなびっくり頭を上げる。
そうして姿勢を正した俺の目の前には、期待通りの男が立っていた。
鷲の嘴のようにでっかい鼻を持った下卑た顔のオッサンと、黒いローブを目深に被った謎の人物が立っていた。
……うーわー、ありがちすぎィ。金持ちヒヒジジイと謎の策士。
でも予想通りで良かった。これでイケメンだったら逆に焦ったわ。
内心胸を撫で下ろす俺に、デカっ鼻のクラレットは矯めつ眇めつの様相で俺の事を上から下までじいっと観察する。
ぐう、やっぱり慣れない……。
やめて欲しくて視線をちょっと逸らすと、相手はそれが気に入ったのかにぃっと厭味ったらしく笑った。
「ほほう、いい看護員を雇ったな」
「左様でございましょう! それでですね、今回は長旅でお疲れのクラレット様をねぎらうために宴会を開こうと思っておりまして……! ご迷惑でなければこの者に酌をさせようかと」
「ほっ!? そ、そうか、それは良いことだな。よし、良いぞ、褒めて使わす! それで宴会はいつやるのだ」
「それはもうすぐにでも……! 用意は出来ております、さ、ささ……!」
腰を低くしてへこへこしまくるハイオン。その後ろで作り笑いで同じように腰を低くする兵士達に、俺はそれだけでげんなりしてしまう。
分かり易過ぎるだろ、あんたら。
しかしクラレットはそんな見え透いた媚びへつらいすら嬉しいようで、上機嫌で俺の肩を抱いて歩き出した。
あの、ちょっと。俺コンパニオンじゃないんですけど!!
いやこの格好で言っても説得力ないけどね!?
「こんな場所にお前のようなものがいるとは、本当に幸運だったのう」
「あ、あの、俺……わ、私お酌とか初めてでして……」
「構わん構わん、寧ろ少年はその初々しさが良いのだ、のうギアルギン」
あ、やっぱ後ろからついて来てる人ギアルギンだったんだ。
っていうかそのギアルギンさん引いてるんだけど! やっぱ引いてるんだけど!
ほらー普通に見たら俺の格好ダメなんじゃん、ドンビキなんじゃん!
せめてカツラとか化粧させてくれよ本当……。
しかし俺の切なる願いは届かず、俺はクラレットに肩を抱かれたまま、会議室のような少し広い部屋に案内させられてしまう。
そこにはもう宴会の準備が整っていて、あとは俺が酒と料理を運ぶだけとなっていた。因みに料理はもう煮込んであるので、あとは出すだけだ。
クラレットが一番豪華で偉そうな席にすわると、ハイオンがその後に兵士達を座らせる。ハイオンはギアルギンの隣、ザイアンさんは俺の横の席だ。
で、俺はもちろん、クラレットの隣な……。
思わず顔が歪みそうになったが我慢我慢。眠らせちまえばいいんだ。
料理に盛る眠り薬は、皿に盛ってからじゃないと均等に配分できない。ブラックに使った事で判ったけど、薬は味以前に配分を間違うと眠る時間が解らなくなる。ちょっとでも間違えば、誰かが早く起きてしまう可能性が有るのだ。
だから、この行動は今じゃないとできないんだけど……。
この俺の隣のデカっ鼻ジジイは、そんな俺の都合など全く知らずにグラスを押し付けてくるわけで。
「もっと近うよれ、ほれ、さっそく酌をせんか」
「あ、あの、お料理が……」
「料理なんて後からでも良い、ほれほれ!」
こんのクソジジイ調子に乗りやがってぇ~……!
お前らが眠ってくれないとどうしようもねーんだよ!
……ってなことは言いませんけどね。ええ、素直にお酌しますけどね。
「クラレット様、料理を持ってまいりますので……」
「なんだ、私の命令に逆らうと言うのか?」
「い、いえ、あの……」
困ったなあ……ギアルギンもずっとこっち見てるし、ハイオンとザイアンさんがハラハラしてるし……でも、全員眠らせない事にはな……。
仕方ない、やりたくないが、やらねば。
俺はちょっとだけ女っぽく肩を竦めると、それからクラレットの顔色を窺うようにしおらしく上目遣いで相手を見やった。
「あの……俺が作った料理なので、食べて頂きたくて……」
どーだ、俺自身は気持ち悪くて仕方ないが、俺みたいなのでも構わずにホイホイ食っちまおうという奴には大打撃を与える必殺技!!
決まったか、と内心ドキドキしながら、俺はクラレットを潤んだ目で見つめる。
しかし相手は俺をじっと見たまま動かず、うんともすんとも言わない。
やばい、失敗したかな。
だったら、次はどうしようかな。焦って考え始めた俺に、クラレットはようやく動き出して、何をするのかと思えば――――それはそれは嬉しそうに下卑た笑みを見せつけ、俺の太腿を嫌らしい手つきでさわさわと触ってきやがった。
ひぃいいい!! と、鳥肌が……ッ!
「そうかそうか、お前の料理か……! よいよい、持ってくるがいい。クグルギとか言ったな、可愛いお前の料理是非とも味わってみたいぞ」
「あ……ありがとう、ございます……」
ふ、ふ、ふともも撫でないでくださいぃい。
もうやだーこんな事ブラックにもされた事ないのに! いや、あいつはこんな事せずにすぐさま飛び込んでくるからだけどね!
とにかく、そんな事を悪党の下衆男にやられてるもんだから、気持ち悪くてたまらない。俺は出来るだけ笑顔でその手から逃れると、ゆっくりと部屋を出た。
太腿にはまだ触られた感触が残っていて、居ても立っても居られない。
ウィンナーみたいにぶっとくて嫌らしい指の感触が気持ち悪い。クロウにされた時より何万倍も肌が嫌がっている。
俺はその感覚を振り切りたくて、脱兎の如く厨房へと走って逃げた。
距離的には近い物だったけど、誰もいない厨房はそれだけでありがたい。
慌てて中に入って、俺はドアを閉めた。
ひい、もう、本当に勘弁して下さいよ。
ラスターの時はまだなんとか長時間我慢できたけどさ、あれは無理だって。
悪者だし悪人顔だし手つきがセクハラオヤジのそれじゃん。無理だって。
セクハラものは好きだけど、それは現実ではダメ絶対でしょ。
っていうか俺がそれをされるなんて思いませんでしたよ。
俺仮に会社に勤めるとしてもサラリーマンだから。レディじゃないから。
パワハラは有ってもセクハラなんて受ける事は無いと思ってたのにー!
どうせ受けるなら年上の美熟女とか眼鏡美女のお姉さまに受けたかったなあ……Mっ気は無いけど、男の夢だったのにな……。
「いや、そんな事考えてる場合じゃないか……」
嘆いていても仕方がない。今はやれることをやろう。
俺は弱火でコトコト煮込んでいたシチューもどきを確認すると、今一度味を見てみた。クラレットが来るまで時間が有ったから、試作してみたんだよコレ。
今日はバロ乳が沢山出たからって六瓶くらい貰ったし、丁度良かったっちゃあ良かったんだが……こんな事が無かったら今頃チーズ作ってたのになあ。
食べたかったなあ、チーズ……。
悲しみを覚えつつも、美味しく出来た事に俺はガッツポーズをする。
調理実習で習ったけど、シチューって牛乳とコンソメと野菜、そんで肉の旨味が重要なんだよな。コンソメは野菜と魚やら肉やらで簡単に作れるし、バロ乳は煮ればチーズの風味が強くなるから、乳製品を入れる手間はない。
と言う訳で、俺は自家製コンソメを作って試しに使ってみた訳だが。
「ふむ、俺が食ってたシチューよりも薄味だし、旨味が有るかと言えば微妙だけど……まあ急ごしらえでコンソメも試作品だからな。似てる味が出来ただけでも良しとしよう。第一俺が食べる訳じゃねーしな」
今更な思い出した事だけど、コンソメはこれから役に立つぞ。
これからちょこちょこ改良して、固形コンソメを作ろう。今は後回しだがな。
食事を運ぶための台車を持ってきて、俺は人数分の皿を並べる。
そこにシチューを注いで白パンを並べ、俺はナース服になってもしっかり装備していたウェストバッグから眠り薬を取り出した。
中瓶に二個しか作って無くて不安だが仕方ない。
俺は全員が三時間ほど寝てしまうように分量を調節し、平等に皿に薬を盛った。ザイアンさんは何もしてないけど、申し訳ないが安全のために眠って貰う。
全ての皿に薬を盛った頃には、瓶は残り一瓶になってしまった。
しかも、中身は半分以下だ。これはちょっとヤバいな。
いざという時に使うとしても、三人くらいにしか使えないかも。
「うーむ……まあ、ここで考えてても仕方ないか」
俺の服も早くどうにかしたいし、ここにずっといるのも不快だ。
嫌な事はさっさと終わらせてしまうに限る。俺は台車を押しながら再び会議室へと向かった。
しかし……ブラックの奴、一体何をしてるんだろうか。
今なら兵士達は全員会議室にいるし、管理棟に入るのは簡単なはずなのに。
「お待たせしましたー……」
しゃーない、あいつが来るまで一人で頑張ろう。
と、俺が会議室のドアを開けると。
「わはははは! バカめ!」
「いやーお強いですねクラレットさま~」
「敵いませんなあ、あっはっはっは」
会議室は、乱痴気騒ぎになっていた。
酒の瓶が舞い飛び、兵士達はもう出来上がって騒いでいる。その中でクラレットと兵士が飲み比べをしていて、兵士がオーバーリアクションで「参りました」と頭を下げていた。これは完全に出来上がった宴会じゃないっすか。
なんで数分でこんな事になってんの。
これ、俺が薬盛らなくても全員寝るんじゃない?
唖然としつつも、俺はシチューをみんなに配膳する。
それを合図に一旦騒ぎは収まり、全員が静かに俺の料理に口を付けた。
「やっぱクグルギ君の作るメシはうめえなあ……」
「本当だよ、スープなんてまずいモンをこんなに美味しく作れるとは……!」
「はぁ……胃に染み渡るぜ……」
それぞれが嬉しい感想を述べてくれるが、おめーら昨日俺に散々ひでえセクハラしただろうが。ぜってー懐柔されてやんねーからな。
クラレット達も俺のシチューに口を付けて、何やら驚いている。
酒で真っ赤になった顔に何度もスプーンを運び、あっという間にシチューは空になってしまった。ふと見ると、ギアルギンの皿も空になっている。
わお……。お、お貴族様のお気に召しましたでしょうか。
驚く俺に、クラレットが手招きをする。席に座ると、クラレットは鼻が引っ付くほどに近付いて来て、俺に真剣な目を向けた。
「クグルギ、これは何と言う」
「え、えーと……シチューと言います」
「シチュー!? これがか!? 馬鹿な、シチューとは獣の乳を煮込んだ粥だぞ、こんな風に風味が豊かな料理がシチューなわけがない!」
ど、どういう事、と思っているとザイアンさんがこそっと教えてくれる。
「シチューは獣の乳を煮込んで野菜を入れ胡椒で味を付けただけのものなのです。北の国ではスープとして常食されていますが……こんな風にしっかりとした旨味が有るものではないんですよ」
へー、俺的に北の国といえば北海道、北海道と言えばうまいシチューなイメージだったんだけど……まあこの世界は北海道ないもんな。
「クグルギ、お前は動物だけでなく人間の看護も出来てメシも作れるのか。それはとても素晴らしいな……むう、好ましい……」
「クラレット様」
ギアルギンが横から呼びかけるが、デカっ鼻は俺の方を向いたまま。
困る俺に、クラレットはというと。
「欲しい」
「え?」
「少年看護兵などという稀に見る存在、しかもこの年で手当てができるなど、稀の中でも稀ではないか! そ、それにこの愛らしさ……グヘヘ……」
「ですがクラレット様、素性のしれぬ者を」
「ええいくどい! 決めたぞ、私はクグルギを召使にする。良いな!」
クラレットがいきり立って周囲に怒鳴り散らすと、兵士達は目が開いているような開いていないような顔で「はいぃ」と気の抜けた返事を返した。
薬が効いてるんだ。よかった、分量は間違えてなかったみたいだな。
だが安心する暇もなく、俺はクラレットに腕を掴まれて強引に席を立たされてしまった。何をするんだと相手を見ると、クラレットは下卑た笑いを浮かべていて。
「お前は今から私の召使だ。今から召使の仕事を教えてやろう」
「え、あ、あの……」
なんか嫌な予感がするんですけど……。
そう思って辺りを見回すが、ハイオンもザイアンさんも既に眠気に襲われているようで目が虚ろだ。顔を隠しているギアルギンは良く解らないが、もう誰かに指図する元気など失っているようだった。
でも、ザイアンさんは唯一俺の事を思って、必死に食い下がってくれて。
「く、クラレットさま、お待ち……下さい……彼は、療養所に……必要な……」
「私が時々通わせてやる。獣は全員元気になったのならば、もうクグルギの手など必要あるまい! さあ、行くぞクグルギ。私の部屋でゆっくりと教えてやろう……クックック……」
ちょ、ちょっとー! これ絶対ヤバい奴じゃないですかー!!
クラレットの手は汗ばんでるし、いやらしい顔してるし、絶対部屋に放り込まれたらスケベな事されるぅうううう。
女装したまま悪役にやられるってそれどんな同人誌。
ブラックこんな時に何やってんだよ、お前の大事なこ、こいび……恋人じゃないです。仲間が助けを求めてるんだぞ!
あいつ出来るだけ早く来るって言ってたのに嘘つきぃ……。
でも、人にばかり頼っちゃいられないんだ。
俺が言い出した事なんだから、俺がどうにかしないと。
「あ、あの……クラレット様、なにを……?」
「案ずるな、お前は命令を聞いていればいい……」
ウェストバッグの中から、残りの眠り薬を取り出す。
これでどうにかして逃げなきゃ。でも、なんでコイツ眠り薬が効いてないんだ。
もしかして、効き目が薄かったのかな……こうなったら、何が何でも追加で薬を飲ませて逃げなきゃ。
そうじゃないと、獣人達を助けられないんだから。
俺は唇をかみしめると、覚悟を決めてクラレットと共に廊下を歩いて行った。
→
※次回はモブにセクハラされまくるのでご注意を(´・ω・`)
貫通まではしないのでご安心ください
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