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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
20.シーポート炭鉱窟―実行―1
しおりを挟む細工は流々後は仕掛けを御覧じろ。
と言う訳でみっちり作戦を立てて一夜を明かし、俺は炭鉱へと向かっていた。
ブラックは、俺がザイアンさんと炭鉱へ向かった後から来てくれる手筈になっている。もちろん、誰にも知られないようにだ。
俺が持っている島の観光案内本に載っていた地図をみれば、あの見張りの兵士がいる道からじゃなくても療養所へ行けるし、隠密行動はブラックも得意みたいだからそこは心配していない。保護区に土足で踏み入る事にはなるが、植物を傷つけるつもりはないので許してほしいと思う。
しかし、ブラックは出来るだけ早く合流するとは言ってたけど、どうなんだろ。
あいつが到着するまで、俺は出来るだけ時間を引き延ばさなければならない。
邪魔がなければすぐに辿り着くはずだけど……。
「うーん、大丈夫かなあ……」
小屋の中でまだ傷が治りきっていない獣人の手当てをしつつ、俺は首をひねる。自分で音頭を取った作戦とは言え、突貫工事感は否めない。
証拠隠滅を図れないように獣人達を解放しておこうと言う作戦だったが、本当にシアンさんの遣いは二日後……いや、明日には来るのだろうか。
仮に来なかったとしたら、別の事を考えなければならない。
獣人達はこの場所から一刻も早く逃げ出したいと思っている。首輪の呪縛が解ければ彼らは散ってしまうだろう。だけど、そんな事をされたらクラレットの悪事が暴けないし、第一相手は金持ちだ、悪い事に使えるお金をいっぱい持ってる人だ。
どんな手を使ってでも、獣人達を探し出して捕まえるに違いない。
散った上に再度捕まるとか、どう考えてもアカンやつや。
その場合、港を張っていればやがて獣人達は全員捕まってしまうだろう。
彼らの故郷は海の向こうだし、故郷へ帰るとなれば海に出るしかない。
人間に嫌気がさしてる獣人達の行き先は、相手にはもうバレているのだ。
クラレットは私兵を雇ってるし、用心棒なんか雇ってすぐに獣人達を捕まえようとするかも知れない。なんにせよ、無事に逃げる事なんて難しいだろう。
だからこそ、クラレットにダメージを与えなければならない。
その為にも今日中に全てを終えて、明日シアンさんに来て貰わないと困る。
首輪は契約を解除しなきゃ外れないし、解除した後も首輪を付け続ける事なんて出来ない。となると、新しい契約主になった俺かブラックは、兵士達を欺くためにこの近くに居なきゃならず……。
とにかく困った事になる。
でもまあ、シアンさんは来てくれるだろう。来なかったらそん時だ。
悩んでいても仕方ないし、やるならやらねば。
俺は小屋の中の全員の具合を確認してから、彼らを集めて俺の作戦を説明した。解放されると聞いた獣人達は目を輝かせていたが、冷静沈着そうなリザードマンは「大丈夫なのか」と心配そうな顔を見せる。
確かに俺のような奴に全てを任せるのは不安だろうが、こればかりは信じて貰うしかない。他にも強い味方がいるから安心しろと言うと、リザードマンはやっと不承不承頷いてくれた。
「とにかく……赤い髪の見慣れないオッサンが入って来ても、騒がずに落ち着いてくれ。今回は兵士達をぶちのめすんじゃなくて、逮捕して貰うために必要な事だ。こらえてくれよな」
俺がそう言うと、可愛い顔立ちの白イタチの兄ちゃんが、施設の方を指でさす。クロウの事を心配しているのだろう。
言わんとする所が解って、俺は頷いた。
「クロウの事も任せろ。あいつらが捕まれば、自動的に上司のクラレットもしょっぴかれる。そうなれば首輪を外すのは簡単だから」
でも、それが一番難しい。
俺は出来るだけ獣人達に不安を抱かせないように笑顔で小屋を離れ、今日も手を振る見張りの兵士達をいなし、管理棟へと戻った。
ここで計画通りに兵士達を全員眠らせられればいけど、出来なかった場合どうしよう。その場合やっぱふんじばる羽目になるのかな。
ザイアンさんにも内緒なもんだから、色々派手にってわけにはいかんよなあ。
「むー……悪い人じゃないけど、ザイアンさんも結局クラレットの配下な訳だし、そうなるとやりにくいんだよなあ……」
いっそバラしてしまおうかと思ったけど、もし失敗した時に迷惑かけたら悪いし……療養所にいる獣達の事も心配だ。
ザイアンさんが俺達に加担したとなれば、クラレットもただじゃおかないだろう。最悪あの療養所自体が取り潰されてしまう可能性もある。やっぱり言えないよ。
全てが上手く行くことを祈るしかない。
自分で作戦を立てておいて消極的な考えだけど、言っちゃったもんは仕方ない。後はなるようになれだ。頑張らなきゃ成功するもんも成功しない。
俺は気合を入れ直すと、ザイアンさんとハイオンが待っている管理室へ入った。
「どうだ、男達の様子は」
入るなり聞いて来る下卑た顔の男に、俺は気弱な風を装って答える。
「えっと……まだ何とも言えませんね……彼らは随分と頑張っていたようですし、今度傷が開いたらどんどん治りが遅くなるかもしれません。ですから、完全に健康にならない限りは動かしてはいけないかと……」
「なんとかならんか? せめて今日だけでも……」
「……と、いいますと……」
何だか焦っているハイオンに問うと、相手は俺にまくしたてた。
「何故か今日、クラレット様がここに来ると仰ってな。採掘の様子を視察したいとの事だったが、その時に全員が動いていないと我々が困るのだ。クラレット様に何を言われるか解ったものではない……。せめて動かす事は出来んのか!?」
「そう言われましても……」
やべえ、親玉来るのかよ。ちょっとまってそれは想定外なんだけど。
内心冷や汗ダラダラで驚いている俺だが、なんとか冷静さを保って困ったような顔を続ける。ここで焦っているのがバレたらやばい。
俺はクラレットの事もこの炭鉱の事もよく知らない事になってるんだ。
クラレットの出現に驚いたら勘繰られる可能性もある。
だがザイアンさんとハイオンは俺の演技に気付かずに、にわかに慌て始める。
「は、ハイオンさんそれは困りますっ! ただでさえ病み上がりの三人に無理矢理採掘させているのに、これ以上働かせては……彼らも生きているんですよ! 機械の様に扱っては困ります!!」
「ならどうすれば良いのだ! お前もクラレット様に鞭で肉を抉られるほど叩かれたいのか!? 私はごめんこうむる、ただでさえ不機嫌なクラレット様にこれ以上悪い知らせを伝えたら……ああ怖い、怖すぎる……っ」
な、なんだ、そんなに怖いのか?
上司に逆らえないが故の恐怖なのだろうか。それとも、マジで今日的過ぎて怖い……とか? どっちにしろ二人の青ざめた顔は尋常じゃない。
声だけは下卑たデブっぽいおっさんだったけど、でもクロウの首輪を管理してるんだから、少なくともハイオンよりは強いって事だよな。
じゃあやっぱりレベルが高いんだろうか……でもそれならこんな汚い金の稼ぎ方しなくても良いだろうに、うーむどういう事か。
なんてどうでもいい事を色々と考えていたが。
「……そ、そうだ。慰労だ」
「え?」
ハイオンがこっちを見て、ぽんと手を叩く。
真っ青な顔で何を言ってるんだと俺が訝しげに顔を歪めると、相手はみるみるうちに血色が良くなって俺にずんずん近付いてきた。
おいちょっと何。肩掴むのやめて。
「怒られない方法が一つだけ、一つだけあるぞ、ザイアン!」
「へ……?」
「このクグルギ君に、慰労を頼めばいいのだ! そうだ、クラレット様の歓迎会を開こう。あの方は自分を祭り上げる宴会が大好きだ。酒を飲ませりゃ上機嫌で眠っちまうかもしれん。なに、視察は一日だけだ、兵士全員で盛大に祝えばいい!」
なるほど、あれですね、いわゆるヤマタノオロチ大作戦ですね。
相手を酔わせていい気分にさせて眠らせ、自分の目的を成し遂げるという、古来からのちょっとあくどい頭脳プレイ。でも、そうすれば、クラレットも怒る暇など無くさっさと帰ってしまうかも。
悪趣味なおっさんにしてはやるじゃん、と思っていると。
「クグルギ君にはクラレット様のお側について貰おう。そうしよう」
「はい?」
「君みたいな子が隣に居れば、クラレット様も上機嫌間違いなし! あとあれだ、うまい料理だ! 酒と美味い料理と可愛い子が居ればなんとかなる!」
い、いや。ちょっとまって。それってアレ?
コンパニオンさんってことだよな?
コンパニオンて温泉宿とかに呼ばれて接待をするっていうアレだよな?
おいおいおい待てよ、コスプレまでは我慢できたけどそんなの絶対嫌だぞ!
悪党にお酌とかどう考えても悪い展開にしかならないだろおい!
「そ、そんな! ハイオンさん、クグルギさんの気持ちも考えてあげて下さい!」
おうザイアンさんもっと言ってやって、言ってやって!
「ザイアン、ここで機嫌を損ねれば療養所の経営にも響くかもしれないんだぞ! 獣達の行き場がなくなったらどうする!」
「クグルギさん頼みます、クラレット様のご機嫌をどうか直してください!」
「早いよ! 懐柔されるの早いよ!!」
それだけ療養所と守護獣達が大事なのはわかるけどさ。
ザイアンさんの中で俺の優先順位が低いのがなんか悲しい。いや、良いことですけどね。寧ろ慈善事業に情熱を燃やす人なら、このくらいで良いと思います。
でもここは堪えて俺を擁護して欲しかった……。
「大丈夫大丈夫、あの服を着て慰……接待してくれればいいからさ!」
「接待って言っちゃってるじゃないッスか!!」
「クグルギさん頼みます、療養所の未来がかかってるんですー!」
「あああ乗せられちゃってもうううう」
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