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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
19.シーポート炭鉱窟―計画―1
しおりを挟む「最っ悪だ……本当最悪だ……」
獣人達の様子をまた見ておきたいからと言う嘘をつき、ザイアンさんにハイオンの相手をさせて、俺は森の中に潜んでいる。
もちろん熊獣人のクロワッサン(仮)に会うためだが、それにしてもあんな事になるなんて思わなかった。
まさか……まさか、明日もあの格好をすることになるとは……。
「あのさ……俺別に髪も長くねーし普通の体型だし女装スキルもないんですけど、なんでそんな事させんの? 笑いものにしたいの? それともここの関係者は全員特殊性癖をお持ちになってる稀有な集団なの?」
一人で呟いてもむなしい。
ちくしょう、普通の男子高校生に半端な女装させて何が楽しいんだよお前らは。どうせならカツラとか化粧とかで、恥ずかしくない程度に変身させてくれや。
なんで素材そのままなんだよ。いや、そう言う問題じゃなく。
そりゃこの世界は男同士女同士の恋愛は当たり前って世界だけどさ、何度も口を酸っぱくして言うが、だからってノーマルな俺が素直に順応できる訳ないだろ。
つーか女装接待は絶対この世界でも特殊性癖だ。絶対そうに違いない。
だってブラックがまだやってねーもん。あいつがまだやってねーんだもん。
くすぐりプレイを愉しそうに見てた奴が、女装プレイなんて性倒錯をやらない訳がない、いや、して欲しくないです! して欲しくないから!!
「ハッ、そ、そんな事考えてる場合じゃなかった。早くパン熊の所に行かねば」
もうクロワッサンカッコカリとか言うのも面倒になって来た。パン熊でいい。
て言うかなんであの熊あんな厳つい名前してんの。ドービエル爺ちゃんを見習えよもう。このキラキラネームが溢れる現代に生まれた俺ですら、ひらがなでたった三文字なんだからな。
「……ったく……おーい、来たぞい」
ほとんど言いがかりに近い事を思いつつ、俺はパン熊がいる窓を覗く。
すると、相手は昨日と全く同じ姿勢をして狭い檻の中で蹲っていた。でも今回は傷が少ない。クラレットが帰ってたから、虐められずに済んだのかな。
なんにせよ無事でホッとしたよ。
俺の声に顔を上げるパン熊を見て、俺は音を立てないように窓を開けて檻の中へと侵入した。
まずは回復させて、管理棟の厨房で作った料理の余りを食べさせる。
パン熊は料理をぺろりと平らげ、おかわりはないのかとぺろぺろ口の周りを舐めていて可愛かったが、まあ、それは置いといて。
「で……えーとパン熊……じゃなかった、えーとクロワッサン……」
「クロウクルワッハだ」
「そうそう!クおぉークル……」
「……好きによべ」
無表情熊でも呆れる事はあるのか……。
いや、あの、名前ちゃんと呼べなくてごめんね。俺長い名前は苦手なのよ。
えーと相手の元の名前を残しつつ、簡単に覚えられるようになる略称と言うと。
「じゃあ、えっと……クロウ……とかどう?」
熊なのにカラスとはこれいかにという感じだが、他に思い浮かばない。
直感的な答えだったが、相手は存外満足したようで鼻を鳴らした。
「クロウ、クロウか。なかなかいいな。お前だけはクロウと呼んでいいぞ」
「そ、そうか。ありがとう……?」
略称で呼ばれた事ないのか。みんな律儀なんだなあ。
いや、俺が物覚え悪いだけかもしれないけど。
「それで、詳しい事を聞きに来たんだったな」
「あっ、そうそう。でも、正直な話あんまり時間がないんだ。あと色々状況が変わっててさ……取り急ぎで説明するから、檻の中に居た獣人達の契約主が誰かって事と、彼らがどれくらい契約に抗えるのかも知っていたら教えて。それと……猿の毛はどういう意味だったのかも頼む」
「随分あるな。まあいい」
獣の姿で伏せて、鼻を動かしながらクロウは俺の質問に答えてくれた。
まず、俺が会えなかった猿虎狼の契約主の事。
彼らの契約主はやっぱり責任者のハイオンで、檻の中に居る時はザイアンさんに一時的に譲渡されていたとのこと。ハイオンは責任者だけあって、やっぱりレベルが高いらしく三人もそう簡単には抗えないらしい。
クロウの仲間達の中では、あの三匹がクロウの次に力が強いとの話だが、それを考えると、クラレット達も首輪の能力を考慮して、強い人間に強い獣人を割り当ててる事になるよな。
やっぱりクラレット達も力量差のことは解ってたのか。
まあ、色々調べてないと「獣人に隷属の首輪を付ける」なんて方法を見つけ出せるハズもないだろうし当然か。
でも、この感じから行くと、クロウの契約主であるクラレットはハイオンよりも強いって事になるけど……いや、あの下卑た声の中年が……まさかなあ。
俺は声しか聴いてないからわかんないけど。一応警戒しておこう。
クロウでも、抗えるだけで首輪を取る事は出来ない訳だし。
それに、他の獣人達は自由に動けないしなあ……。
クロウの行動範囲の広さが異常なだけで、彼らは隷属の首輪の基本ルールからは逃れられず、兵士達の周囲を離れられなくなっているらしい。
行動範囲としては、一番動ける者で長い階段を下りてトンネルに到達できる程度。距離的には1キロも離れられないようだ。
でも、一番距離が狭い獣人でもこの敷地内くらいは歩き回れる。
ある程度の自由はある訳だな。
隷属の首輪をつけてるから、兵士達が寝こけた時に襲撃して首輪を解除させるってのが出来ないのが口惜しいが。
首輪をつけてるモンスターは、契約者が生きている限り人間に危害を加えられないんだってさ。まあ、良く考えたら当然だが。
だからクロウも大人しくビシバシ鞭で打たれてたわけね……。
「俺達獣人は自己治癒能力が優れている。とは言え、昨日の傷は昨日今日で治せるものでもないし、体力がなければ治癒能力もどんどん衰える。だから、俺達はどんどん弱って行ったのだが……お前が仲間を治療してくれたお蔭で助かったようだな、感謝する」
そう言いながら、伏せた頭をさらに下げるクロウに、俺は慌てて首を振った。
「い、いいよいいよ! 乗りかかった船だし、それに……無視して休暇を楽しむってのも嫌だったし……とにかくそんな事くらいで一々感謝すんなよな」
「恥ずかしいのか、顔が真っ赤だ」
「るっさい! 話の続きをはやく話せ!」
クロウはしばし俺の顔をじっと見ていたが、睨む俺の勢いに負けたのか、続きを話し始めた。
「あいつらを助けるとしたら、命令の隙間を狙うしかない」
「命令の隙間?」
クロウ曰く、命令には順位があるらしく、最も強い意志を持って命令された言葉が最優先で実行される。普通の守護獣なら命令された事全てに抗えないが、獣人達は最優先の命令以外には多少の自由が効くらしい。
例えば、「小屋で待機」とだけ言われていれば、小屋の中でだけなら自由に動けるし、それほど強く言われて無ければ小屋も出る事が出来る。
まあ、その後強く命令されればそれも出来ないが。
使役する相手に「人間」と言う要素が入るだけで、隷属の首輪は随分と不安定なアイテムになってしまうようだ。
「なるほどなあ……禁術が施された首輪といっても、穴はあるわけだ」
「クラレットの誤算は、予想以上にオレ達が強かったという事だろう。……普通、人族の大陸に行く獣人は、商人か貧弱な臆病者だけだ。だから、御し易いと思っていたに違いない」
あのでっかい猿や三つ目の狼を御し易い、とは。
いや待て。人族の大陸に来たんだから、クロウ達も人間に化けていたはずだ。
人間の形になればそう違いは無い。不意を突かれてしまえば、容易く首輪を付けられてしまう事もありえる。
うーん、しかしどうやって付けられたんだ?
クロウ達って強いんだろ?
「ちなみに、どうやって首輪を付けられたんだ?」
「クラレットは俺達がいる事を聞きつけて、俺達の宿にやって来たんだ。そうして種族のさらなる友好を望むと騙り、酒盛りを行った。そこで俺達は酔い潰され……目が覚めたらこのざまだった」
「意外と古典的だな」
「獣人族は正々堂々と殺し合いをする。小細工をする人族とは違うのだ」
そう言われると俺もちょっと落ちこんじゃうけど、お怒りはごもっともだ。
獣の間にそういう策略なんてありっこないもんな。動物の殆どは自分の力だけを使って戦う生き物だし、本性がモンスターである獣人族も真正面から戦うってのが普通なんだろう。
……後方支援で、状態異常を起こす術とか探そうと思ってた俺にはちょっと胸に痛い言葉だな本当。ごめんね、俺は弱いからそういうの使わないと死ぬのよ。
「ああ、忘れていたが、あの毛はオレ達だけに解る暗号を仕込んであるんだ。あれには『増援向かわせる、味方、信頼されたし』という意味が有る。あいつの匂いがしたのに、興奮して伝毛に気付けなかったのは不覚としか言いようがないが……」
「どうりで変な結び方してあると思ったよ。そっか……その方法なら自分の身一つで相手に伝えられるもんな」
「ああ。元々は、種族の違う獣人達の伝言手段だったと言われている。共通言語が広まった今となっては、この伝毛も限られた者達しか知らない」
それもすんなり信用して貰えた一因なのかね。
どうやら、クロウとあの猿虎狼の三人は特に仲が良いらしい。
四人でパーティーでも組んでたのかな。
いや、でも、獣人達の人数を考えたら小規模ギルドって言う方が適切だろうか。
「ついでに聞くけど……あの小屋の人達も全員クロウの仲間なのか?」
「無論。しかし俺は頼んではいない。俺は一人で国を発ったつもりだったのだが、あいつらが勝手に付いて来てな」
「うーん、友情を感じる……?」
クロウは迷惑そうな顔をしていたが、そこまで嫌がってはいないようだ。
無表情だし何も気にしていない感じがするけど、仲間の事は大事なんだろうな。
「ゥキュ……」
「ん? なんだ、その袋の中のやつは」
「あっ、ロク! 起きたんだな!」
ウェストバッグを開けると、ロクが寝惚け眼でキュッキュと鳴いた。
はぁー大きい獣もいいけどやっぱちっちゃなロクも可愛いなあ……。
「キュッ!? キューッ! シャッ、シャー!」
「あああロク落ち着いて、敵じゃないから! でっかいけど敵じゃないから!」
「なんだこの蛇は。えらく小心者だな」
バッグから顔を出した途端に威嚇しだすロクに対して、クロウは動じずに安閑としている。ここはロクを応援してやりたい所だが、今はそう言う場合ではないのでロクを宥めて簡単に説明を行う。
すると、ロクはすっかり了解したと言わんばかりに頷いてくれた。
さすがは感応能力スキル持ち! 賢い可愛い!
「ん……? そのヘビはモンスターなのにお前の言葉が解るのか?」
「半分は、ロクの能力のお蔭だと思う。ロクは遠くの仲間と呼び合ったり、相手の力を利用して意思を伝えたりできる能力が有るんだ」
「なんと……」
俺の説明に、クロウはなんだか考え込んでいたが、やがてそのつぶらな熊の目を少し見開いた。
「……おい蛇。この猿の毛のにおいを嗅げ」
「ウギュ」
「もうちょっと優しく頼めよ、嫌がってるだろ。っつーか、何? どうしたの」
「この蛇の感応能力がもし本当に高いのなら、この毛のにおいを辿ってあいつらを見つけられるはずだ。……やってみろ」
そう言いながらロクの前に猿の伝毛を放り投げるクロウに、ロクは不満そうな顔をしている。どうやら自分の能力を疑われたのが悔しかったらしい。
ぽっと出の奴にそんな事を言われりゃそら悔しいわな。
「ロク、別にしなくてもいいんだぞ?」
「己の能力を自覚できない者には、その力を使う資格は無い。その男に仕えたいがゆえに故郷を捨てたのなら、お前はその男を守るために常に最善を尽くさねばならないのではないか」
「なっ……何を言いたい放題……!」
こんちくしょう、こっちが黙ってりゃ好き勝手言いやがって。
思わず突っかかろうとする俺だったが、ロクがキュウと鳴いて止めた。どうやらロクはやる気らしい。
俺は納得がいかなかったが、ロクがやると言うのだから仕方ない。
ロクの鼻先に金毛の猿の毛を翳してやると、ロクはふんふんと臭いを嗅いで目を閉じた。
「…………」
「あ……」
初めて分かった事だけど、ロクの周りになにかが見える。
波動……とでも言えばいいのだろうか。ブラックが索敵を行った時に見えたあの波紋のように広がる光の輪が、意識しなければ認識できない程早く、広く、何度も周囲に広がっていくのだ。
もしかしてこれが、ロクの感応能力の範囲なのか?
じゃあ……ブラックの索敵よりもかなり高度な能力って事だよな……。
驚きながらもずっと様子を見ていると、ロクは目を開けてすぐ、クロウにキュウキュウと鳴きだした。これは……あれか、自分の気持ちを伝えてるんだよな。
これにはクロウも驚いていたようだが、全てを聞き終わると軽く頷いていた。
「……先程は悪かったな。オレはお前の力を見くびっていたようだ。そこまで正確にあいつらの位置が解るとは……」
「え? ちょ、ちょっと、どういう事だよ?」
「その蛇は、三人がどこにいるかを正確に言い当てた。そして、オレに今やったのと同じように、炭鉱の中にいる三人に呼びかけたらしい。その蛇が言うには、三人は多少傷が開いたが、まだ充分に元気らしいぞ」
これって……テレパシーって奴……?
ロクのやった事を疑う気はないけど、クロウの話が本当ならロクは電話のような役割をやったって事だよな。坑道はかなり奥まで続いてたのに、最奥の人達と喋る事が出来るなんて……。
「うん? いや、まてよ……?」
明日の俺はまたここに来る。そして、ロクにこの道のりを覚えて貰えば……。
俺達でも、なんとかこの炭鉱の獣達を助ける事が出来るんじゃないか?
勿論それは……俺の演技力と忍耐力にかかっているけど。
「どうした」
「キュ?」
「ロクのおかげで良い案を思いついたんだ。クロウ、協力してくれないか?」
俺の自信満々な言葉に、クロウとロクは目を瞬かせながら顔を見合わせていた。
→
※すみません、ちょっと体調不良なので2は明日です…('、з っ )っ
もしかしたらエロもないのに22時以降更新になるかもしれません…
本当申し訳ないっす…(´∵`)
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