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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
15.心が安らぐ場所
しおりを挟むベストの合わせを無理矢理留めて、虚ろな目で夜の街を見る。
疲れ切っていた俺は街に辿り着いた所で緊張が途切れ、先程から覚束ない足取りで酔っ払いのようにフラフラ歩いていた。
そんな俺を見た街の人は顔を赤らめ、ひそひそと何やら囁き合う。多分、街の人達は俺がどっかで一発楽しんできたと思ってるんだろう。
でもそうじゃないんです、俺強姦されかけたんです。
楽しんでませんよ、死にかけましたよ。
俺は必死にスキーニングして療養所を抜け、一人であの鬱蒼としたジャングルっぽい森の中を延々と歩いて、這う這うの体で街に戻って来たんです。
強姦されかけて戻って来たんです。もう魂半抜けですよ本当。
でも、パルティア島の人達は解ってくれないだろう。
だってこの島はお誘いあらばベッドへ直行が当たり前な島だ。性におおらかな人ばかりなんだから、俺が見舞われた不幸なんて想像も出来ないだろう。
俺を見て何人かの男が発狂したり倒れたりしてたが、なんかもうノーコメント。
一気にどっと疲れつつ、なんとかサリクさんの治療院へ戻る。そこでクルサードを呼んで貰い、俺は車内でやっと一息つく事が出来た。
はあ……やっと宿に帰れる……。
ガラガラと回る車輪の音を聞きながら黙っていると、俺をチラチラ覗き見ていたクルサードが呑気な声で話しかけてきた。
「兄ちゃん、えらく疲れてるようだが大丈夫かい」
「ま、まあね……」
「しかし夜遊びで男引っ掛けるたぁ関心しねーなあ。ツレがいるんだから、せめて隠すぐらいはしようぜ」
「ハァ!?」
何を言ってるんだと体を起こすと、クルサードはニヤニヤ笑いながら肩を揺らす。
「だって兄ちゃん、今すげーやらしいぞ。どう見ても一発ヤりましたってな姿だし……こりゃお連れさんも黙っちゃいられないだろうなあ」
そう言われて、俺は肝心な事に気付いていなかったことに愕然とした。
そ、そうだ……この島に来てから妙に優しかったから忘れてたけど、ブラックはとんでもない嫉妬魔なのだ。こんな姿で帰りでもしたら。
「ひぇ……」
「……兄ちゃん大丈夫か?」
「お、おうちにかえりたくなくなった」
「そりゃ残念、もう宿が見えてきちまったぜ」
アー! クルサードのばかー!
島一番の疾風なんてどうして用意しちゃったの支配人さん。いや、良かれと思ってだろうけどね、だけど今日はダメなの、ダメだったの!
「ほいじゃ明日も……っと、あれってお連れさんじゃね?」
「え゛っ」
思わずだみ声で宿の入り口を見ると、壁に凭れて待っている人影が有った。
宿の明かりに照らされて浮かび上がるその長身の影は、まさしく我らのブラックさん。いやあの、何で待ってるの。なんで外で待ってるの。
「うぉーいお連れさーん」
「呼ぶなぁああああ!」
こいつイジメっ子だ! 絶対イジメっ子だ!
慌てて口を閉じさせようとする俺を華麗によけながら、クルサードは難なく宿の前に車を付ける。チクショウ一流め。チクショウ。
「出迎えッスか、アツアツっすねー」
「あはは、ちょっと心配だったから……ツカサ君、さ、部屋に入ろう」
そう言いながら、ブラックが近付いて来る。
ま、まって、いきなりすぎて覚悟が出来てない。俺は混乱した挙句、女子の様に両腕を胸の前でクロスさせ、上半身を隠すように体を縮めてしまった。
でも、そんな事したらおかしいって誰でも解るわけで。
「……ツカサ君?」
俺の姿を見た瞬間、ブラックの声が急に冷たくなった。
「ツカサ君……服どうしたの。ねえ、ツカサ君」
「…………」
どう答えたらいいのか解らなくて無言になってしまった俺に、ブラックは底冷えのする声で何度も問いかけてくる。だけど、それが余計に怖くて何も言えない。
すると、ブラックは業を煮やしたのか強引に俺を引っ張り出した。
「話は部屋で聞くね」
にっこりと笑って、俺を荷物のように抱え上げる。
だけどその目は全く笑ってなくて、俺は思わず怯えて顔を歪めてしまった。
ひ、ひぃい、こっちもこっちで怖いよぉ!
「兄ちゃんまた明日な~」
だあああクルサードこの野郎、明日覚えとけよ!
と叫びたくても、俺を抱え上げているブラックが怖くて何もできない。
俺はあれよあれよと言う間に部屋へと連れ込まれて、何故か脱衣所に放り込まれてしまった。何をするのかとブラックを見上げると、相手は先程の笑みとは打って変わって、冷たい表情で俺の服を脱がし始めた。
「ちょっ、な、なにっ」
「脱いで。全部脱いで!」
俺が抵抗しようとすると、語気が途端に荒くなる。その声の鋭さに固まった俺に構わず、ブラックは俺の服を全部取り去ると、腕を乱暴に引いてそのまま風呂場へ駆け込んだ。豪華な宿の風呂場は掛け流しの温泉が常に湯を補給していて、タイルの床は湯気で温まっている。
だけど、そんな事はブラックには関係ない。
ブラックは無言で俺を抱え上げると、間髪入れずに勢いよく浴槽に落とした。
「ぶばっ、がばばばっ」
ざっぱん、と耳に痛い湯が波打つ音がして、俺は思いっきり浴槽に沈む。
溺れる前に慌てて起き上がると、ブラックは有無を言わさずの勢いで俺の体を布で擦りだした。それはもう、痛いくらいに。
「ブラック、痛いっ、痛いったら……!」
「誰、誰がこんな事をした、誰が犯したんだ……ッ!」
「ち、ちがう、やられてない、今回も大丈夫だったんだってば!」
「ああああやっぱり襲われたんだ、襲われたんだ!! 大丈夫だって言ったのに、大丈夫だって、信じてたのに大丈夫だって言ってたのに!!」
駄目だ、聞いてない。また暴走してる。
頬を引っ叩いて正気に戻そうとしたけど、勢い任せに体を擦られては痛みでそれもままならない。肌を蹂躙する布をどうにかして止めようと暴れるが、それが逆にブラックの怒りに油を注いでしまう。
ブラックはよほど頭に血が上っているのか、俺の抵抗に逆上して服を着たまま浴槽に入って来てしまった。
「ちょっ、ぶ、ブラック!」
「誰だ、誰だ誰がこんな事をしたッ! 殺す、絶対に殺す殺す殺す僕のツカサ君をこんな風に穢してっ殺す誰がやった、誰がやったんだァああッ!!」
アホかお前が怒ってどうすんだよ!
怒りたいのも泣きたいのも俺やっちゅーねん、本当なにこの人、なんでこんな怒るの。それに「僕のツカサ君」って俺はお前のモノになった覚えはねぇぞ。
っていうか怒りをぶつけられる俺の身にもなれってんだよチクショウ。
疲れ果てた体でやめろと言うが、ブラックはやめない。とにかく俺の胸だの腹だのをごしごしごしごし擦りまくる。何だよ俺が汚いってのかよ。
確かに俺はトンネル入ったり地面を這ったり押し倒されたりで、沢山土埃とか付いちゃいましたよ。ええ汚いですよ。でもさ、でも。
もうちょっと、優しくしてもよくない?
俺だって、必死に帰って来たのに。
死ぬかもしれないって何度も思って、それでもお前らに会いたかったから、お前の信頼に応えたいからって頑張ったのに、なのに、こんな扱いって。
好きでこんな風にされたんじゃないのに。
なのに、なのにお前って奴は……!
「っ……う……」
「誰……っ……つ、ツカサ……くん……?」
やっとブラックの手が止まる。
だけど、今更戸惑ったような顔したってもう遅いわボケ。なんでお前って奴はそう自分勝手なんだよ。俺の気持ち考えてくれないんだよ。
「ツカサ君……」
そりゃ俺は弱いさ、やっぱり一人で探索したのは無謀だったさ。
熊中年に犯されかけたのだって、俺のレベルが低かったからだ。突然の出来事に冷静に対処できなかったからだ。アンタみたいな高レベル冒険者から見れば、俺は失笑もんだろう。
だけど、俺だって一人で出来るって自信を持ちたかったんだよ。
アンタが酷い怪我して、それが怖くてしょうがなくて、だから俺だって一人前に何でも出来るって思いたかったんだよ。
俺だって、アンタみたい頼れる奴なんだって。
アンタに寄りかからないで出来る事が俺にも有るって。
でも、ダメで。物語の主人公みたいにうまくはいかなくて。
だから、怒られたって笑われたって仕方ないだろうさ。
けど、けどさ。
俺の事を好きって、言うんなら。
なら、ちょっとくらい……抱き締めてくれたって、いいじゃないか。
……バカ。バカオヤジ。ばかばかばかばかばかばか。
「ツカサ君、ごめん…………ああ……ごめん、ごめんね。そうだよね、ツカサ君の方が何倍も辛かったんだよね。それを忘れて、また僕はこんなことを……ごめん、ごめんツカサ君、泣かないで……」
「な、いて……ねーよ……!!」
泣いてないって怒鳴ろうと思ったのに、声が震えて格好がつかない。
お湯で濡れた顔を拭っても目は水で滲んでいつまでも乾かなくて、鼻を啜らずにはいられなかった。くそ、俺、マジで泣いてんじゃねーか。情けない、悔しい。
こんな事で泣くなんて嫌だ。これじゃ子供みたいじゃないか。
「ツカサ君……」
「み、んなよっ、ばかぁ……!」
顔を腕で隠そうとするけど、ブラックが俺の手を掴んでしまう。何をするんだと顔を歪める俺に、ブラックは心底申し訳なさそうな顔をして抱き着いてきた。
お湯に濡れて重くなった服が、俺の素肌にひっつく。
その感触は気持ち悪くて、身を捩ろうとしたが……どうしても、出来なかった。
「違うんだ、ツカサ君を怒ってるんじゃない……。僕の大切なツカサ君がどこかのクズに犯されたって思ったら、もう居ても経っても居られなくて、そいつの痕跡を消したくて、殺したくて、たまらなくて……気が付いたらまた僕は前と同じような事をしようとしていた……君は、僕を受け入れてくれたのに……なのに……」
「ブラ、ック……」
逞しい腕が俺を引き寄せ、大きな手が逃すまいとでも言うように背中を掴む。強く抱きしめられると、ブラックの綺麗な赤い髪が俺の頬に張り付いて来て、俺はなんだかたまらなくて……気付けば、ブラックに縋りついていた。
ブラックが俺を抱き締めているんだと、確かめるように。
「ツカサ君が欲しかったのは、これだよね。ツカサ君は僕に抱き締めて欲しかったんだよね……? ごめん、また間違えてしまった……ごめんね……」
「ぅ……ふぇ……っ」
「泣いていいんだよ、ツカサ君……。頑張ったね、よく帰って来てくれたね……」
低くて優しい声で、そう、言われる。
まるで、俺を守ってくれる大人みたいな優しい声で。「安心して良いんだよ」とでも言うような、誰よりも安心できる声で。
今の俺には、その優しさを我慢できるような意地は残っていなかった。
「っ、う、ぁ、あぁあああ……っ」
赤ん坊のような、言葉にならない声が口から漏れる。
だけどもう止められなくて、俺は縋りついて泣く事しか出来なかった。強く抱き締められるのを望んで、頭を相手の胸に擦り付けて、ただただ震えて泣き続けた。
恥ずかしいなんて思う余裕すらない。
抱き締められる事がなによりも俺の感情を掻き立てて、ずっと押さえつけて来た恐怖や辛さが一気に溢れ出てどうにも出来ない。
だけど、ブラックはそんな俺をずっと抱き締め続けてくれて。
「ツカサ君……」
名前を呼んでくれる声すら、感情を煽る。
俺は、抱き締められたまま風呂の中でしばらく泣き続けた。
「……落ち着いたかい」
「…………ん……」
やっと落ち着いた俺に、ブラックが小さく問う。
冷静になるとどうにも気恥ずかしい。俺はブラックの胸に顔を埋め、出来るだけ視線を合わせないようにしながら頷いた。
「ツカサ君も、こんな風に泣く事ってあるんだね」
「……なんだよ、悪いかよ」
「ううん。あのね……とっても嬉しいんだ」
「なんで」
不機嫌な声で返すと、俺の頭の上で笑い声が聞こえた。
「だって、最近のツカサ君が泣く理由って……全部、僕のことだったりするから」
「…………」
「あのね、嬉しかったんだ。僕が死にそうになって泣いてくれて、今日だって僕に酷くされて泣いて……全部、全部僕のせいだって思ったら、凄く嬉しくて…………“僕のせい”なのに嬉しくなる事ばかりなんて、初めてなんだ……」
「なに、それ……」
「解らなくていい。ううん、解らないでいてくれ」
理解するなって言われても、理解できないから安心しろ。
こんな事で喜ぶなんて、意味わかんない。普通、悲しかったら泣くだろ、仲間が死にそうになったら泣くだろ。何でそれが嬉しいんだ。
俺は怖かったんだ、アンタが死んじゃうのも嫌だったんだぞ。
だから泣いたってのに。なのに、嬉しいだなんて、どうかしてる。
それに、今泣いたのは俺の頑張りが伝わって無くて悔しかったからだ。
危ない場所からやっと帰って来たのに、労いの一言もくれなかったお前にムカついて、感情が沸騰しすぎて不覚にも泣いちまったんだよ。
絶対アンタのためじゃない、違うんだからな。
でも、なんだか、罵倒がちゃんと言葉にならなくて。
「…………バカ、おたんちん、すっとこどっこい」
「あはは、ごめんごめん。……本当に、ごめんね。よく考えたら君はまだ駆け出しの冒険者なんだ、ボロボロになってもちゃんと帰って来てくれたのに……こんな事をして、ごめん。辛かったよね」
「アンタまた絶対同じ事するからもう謝んな」
「ハハ……仰る通りで……」
肩を竦めるように体が動くのを感じて、俺は溜息を吐いた。
謝んなって言っても、こいつは謝っちゃうんだろうな。それにどうせ半分くらいは悪い事だと思ってないんだ。ブラックの謝罪が薄っぺらい事なんてお見通しだ。
「あのさ……せめて、怒りで我を忘れる前に自制できない?」
身が持たないんだけど、と顔を上げて睨むと、ずぶ濡れの相手はちょっとムッとした顔で俺を見つめて来る。
「そりゃ無理ってもんだよ。僕の大事な恋人が他人に強姦されそうになったんだ。男だったら、狂って当然じゃないかい?」
「……そんなもんかな」
「ツカサ君もじきにわかるよ」
「分かりたくないっていうか、お前さらっと俺を恋人認定してんなよな」
油断も隙もねえ。なんだこいつ早速調子づいて来たぞ。
「え? こんな事してるんだからもう恋人で良くない?」
「良い訳ねーだろ!! 俺何も言ってないんですけど、ひとっこともお前の恋人になるとか言ってねーんだけど!」
「またまた~。ツカサ君の心と体はもうすっかり僕の虜じゃない。理性だけで意地を張ってる状態なの、もうそろそろ気付いた方がいいよ~?」
「なっ……! んっ、ん、んなわけあるかぁーッ!!」
何勝手にポジティブ解釈してんのこの人!?
俺はただ仲間の所に帰りたくて、完全に安心したくて必死で帰って来ただけだ。お、お前が好きとか言うんじゃないから、絶対無いから!
「顔真っ赤だねえ」
「風呂場で暴れりゃ誰だって顔ぐらい赤くなるわい!! ああもう本当コイツ……と、とにかくこんな恰好じゃ落ち着いて話もできねえ、あがるぞ!」
「んもー意地っ張りなんだから。ま、いつまで知らない振りするか見ものだねぇ。そのうち自分の気持ちに気付いて……」
「うるさい! さっさと出る! っていうかお前風邪ひくからはよ着替えろ!」
「はーあーいー」
きぃいっ、ムカツク!
でもそろそろ裸も恥ずかしくなってきたし、もうここいらが潮時だ。
さっさと体を拭いて、服を着替える。はあ、まあとにかくブラックにまで犯されなくて良かった。あの時みたいに遠慮なくガツガツ掘られてたら、今度こそ俺は朝までブラックアウトだったぞ。体を癒す暇すらない。
ブラックを警戒しつつ部屋に戻ると、俺はベッドで寝ているロクに近寄った。
ああ良かった、ちゃんと気持ちよさそうに寝てる。
安らかな寝顔が可愛くて、思わずベッドにダイブして寝てるロクにすり寄ると、後ろで「ヘッ」とか言うやさぐれた声がした。
この野郎もう着替えたのか、早過ぎ。
「寝てるだけなのに抱き締めて貰えるっていいよねえ」
「ロクは可愛いし良い子だし俺の大事な相棒だからいいの」
「君の愛する可愛い棒ならここにもあるじゃない」
「だーっ!! 下ネタ禁止!!」
お前の棒のどこが愛らしいんだよ、暴れん棒将軍が聞いて呆れるわ!
ていうかお前の棒が良い子にしてた時ってあったっけ。
「まあそれはそれとして」
「お前自分で言っておいてよく流せるなコラ」
「ツカサ君、今日の出来事……話して大丈夫なら、全部聞かせてくれる?」
「それは良いけど……俺を襲った奴のことまで話すのか?」
「もちろん」
「聞いてどうする」
なんか嫌な予感がして来たな、と体を起こして相手を見ると。
「決まってるじゃない。見つけ次第、殺すんだよ」
にっこりと美形ぶった笑みを見せて、ブラックは顔に陰を作っていた。
あ。これ、あかん。アカンやつや。
「ぶ、ブラッ」
「僕のツカサ君に手を出したんだから間違いなく敵だよね、もう変なおためごかしは聞きたくないよ? 今度こそ容赦しない、殺すよ、絶対殺す。生皮剥いで四肢を叩き潰して歩けないようにしてツカサ君が味わった恐怖を思い知らせた上に付属品を一個ずつ切り取って抉り取って回復させて何度も何度も刺」
「あああや、やめっ、やめよっ、やめようなブラック、そう言うんじゃないから、そう言うんじゃないから! ほら俺無事、超無事だから!」
やっと俺に怒りをぶつけなくなったと思ったら相手への殺意が増してた。
うおおやべえこれ。放置してたら間違いなく人が死ぬ。
素直に犯されてた方がまだマシだったんじゃないかと思うくらい、暗黒オーラをだだもれさせて狂気キャラよろしく呟き続けるブラックに、俺は必死の笑顔で抱き着いた。やだー熊中年のことでこれから協力して貰おうと思ってたのに、目の前でスプラッタは絶対やだー!
そんな俺のいつもより大胆な行動に、流石のブラックも目を丸くして口ごもる。
「つ、ツカサ君」
「お、おれ、普段のお前が好きなんだけどなあ~……お前が人殺しするのは見たくないなぁ~……なんて」
とか言いつつ、ご機嫌取り丸出しで無精髭でちくちくする頬に手をやる。
そしてトドメとばかりに上目遣いをすると……ブラックは邪悪な笑みをおさめて、俺をじっと見つめて来た。
「普段の僕のこと、好き?」
「すきすき、普通のお前超好き。人の生皮剥がそうとしない所が好き」
ブラックの謝罪並みに薄っぺらい「好き」を繰り返す。
今まで好きだなんてちゃんと言った事なかったけど、これは良いんだよ。好きには沢山の種類があるんだ、これはあれだから。ライクの方の好きだから。
ぎこちない笑顔で見上げる俺に、ブラックは期待したように少し口を緩めた。
「恋人って宣言していい?」
「それはヤダ」
なに調子乗ってんだコイツ。
「いじわるー! でも嬉しいよっ、ツカサ君が好きって言ってくれたー!」
「ギャー!! 解ってたけど抱き着くな腰擦りつけて来るなーッ!!」
これじゃいつまで経っても話が出来ない。
止めろと言わんばかりに睨みつけると、ブラックはいつものだらしない顔で笑いながら、俺の頬にぎゅっと自分の頬を押し付けた。
「えへへ、でも、抱き締めるだけなら良いんだよね。ちゃんと解ってるよ」
「…………早く話すぞ! 俺はもう疲れてんだ、さっさと寝る」
「はぁーい」
なんか見透かされてるみたいで悔しいが、反論したら墓穴を掘りそうなのでもう取り合わない事にしよう。
それに、正直……こうして「好き」って言われて抱き締められるのは、嫌いじゃない。最近ちょっと疲れてて変になってるのかもしれないけど、なんか……心の中で喜んでいる自分がいる。
本当の所を言うと、ブラックに体を触られるたびに心臓が痛い。今だって、凄くドキドキしている。触れられる度にアコール卿国での事を思い出してしまって、恥ずかしくて、拒否せずにはいられなかった。
だけど、抱き締められるのだけは、自分が嫌になるくらい心地よくて。
ブラックに抱き締めて貰うと、不思議とどんな場所でも安心出来てしまって。
結局ずるずる「まあいいか」って許しちゃって……。
……これってきっと、人恋しいだけ……だよな?
だから、抱き締められても俺は文句を言えないんだよな?
そうじゃなかったら、俺……。
「ツカサ君?」
「……おらっ、離せ! 報告しにくいだろうが!」
「ちぇっ、元気になったらこれだ」
「人の事言えないよなぁー?! お前は!」
無理矢理引き剥がす相手はまたニヤニヤしている。
ちくしょう、俺に熱が上がってるのをまた勘違いしてやがるんだ。
でも、もう、何も言い返せない。
「…………最悪だ」
一人で色々やって、疲れて、考えてたら、ロクなことにならなかった。
俺が変になったのも、無理な事を一人で頑張ったせいだ。
だから、もう無理はしない。
そうじゃないと、今度ブラックに慰められたら、俺は変な事を言ってしまう。
「何か言った?」
「なんでもない。さあ、椅子に座れ。茶でも飲みながら話そうぜ」
「うん、緑茶美味しいよね。ホッとするし」
そうだ、緑茶は俺の世界を思い出させてくれる。だから、心が落ち着くはずだ。
落ち着いたらきっと、こんな事は考えなくなるだろう。
そうなる事を心の底から願いながら、俺は急須を手に取ったのだった。
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