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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
言葉無き者の咆哮2
しおりを挟む再びスープを作り、大鍋を台車に載せて洞窟へと入る。
重症だった獣が居なくなった分洞窟の臭いは少し薄れていたが、それでもこびりついた悪臭というのは根強く残り続けていた。
やっぱり、この臭いには慣れない。
俺は鼻を擦りつつ、昨日の様に檻の前へとやって来た。
「起きてるか?」
そう言いつつ近付くと、檻に残されていた三匹の獣が目を開ける。
彼らはまた無言で俺を見ていて、こちらの出方を窺っているようだった。
やっぱり彼らも俺の事を判断しかねてるって感じなんだろうか。出来れば、撫でさせて貰えるくらいに慣れて貰いたいんだが。
そうじゃないと、手当てが出来ないし……。
色々考えるが、とりあえずメシを喰わせるのが先だと思い、俺は出来るだけ笑顔を保ちつつ台車を檻に近付けた。
「あの……俺さ、スープ作って来たんだ。これならお前らも食べるかもしれないと思って……どうかな、食欲あるか?」
檻のすぐそばにいる金毛の猿の顔を見上げると、相手は何の表情もなくただ俺を見て目を瞬かせている。何を考えてるんだろう。動物の表情って、意外と難解だ。でも負けてらんないぞ。
「毒とか無いから。ほら、ズズーッ、なっ大丈夫だろ? 食べないか? 栄養付けないと体が元気にならないし……あ、そうだ。お前らと一緒に檻に入ってた奴らはもう傷を癒したから大丈夫だぞ。だからお前らも……な?」
なんか必死過ぎて逆に不審者っぽくなってしまった。
でも他にどうする事も出来ないしなあ……。
他に何か安心させる方法はないかと考えていると、不意に隻腕の青い虎がぎこちなく起き上がって来た。威嚇されまいかとハラハラして見ていると、相手は檻の前に来て俺をじっと見る。少し鼻を動かしているのを見て、俺は恐る恐るスープを皿に盛って近付いた。
「ひ、引っ掻くなよ~、お願いだから大人しくしててくれよ~……」
ぎりぎりまで近付いて、後は棒で檻の前に皿を押し出す。
檻の格子は虎の手が出せる程度には隙間が有るんだ、まだ気軽には近付けない。
スープ皿を檻に引っ付けると、青い虎はスープのにおいをふんふんと嗅いだ。
虎はしばし警戒していたが、やがて舌を出してペロペロとスープを舐め始める。最初は量も少なかったが、舐める内に勢いがついて来た。狼と猿がそれを興味深げに眺めて……ちらっと俺を見る。
「…………いる?」
おっかなびっくりで更にスープを持って、今度は檻の近くまで行ってみる。
狼の前に皿を置いて、巨大な猿には持ち上げてやる。狼は鼻を突きだして食べる事が出来たが、猿は巨大すぎて、檻から顔も手も出す事が出来なかった。
相手もそれに気付いたのか、あからさまに眉間を悲しそうに歪める。
「グォ……」
あああそんな悲しい顔しないで!
そういう顔されると弱いんだってば!
「しょうがないなあ! ほら、ちょっと顔下げて。俺が食わせてやっから!」
スプーンでスープを掬って、檻の中に入れてやる。
すると相手は少し驚いたようだったが、恐る恐る小さなスプーンを潰さないように大きな口に含んだ。
「グオッ! グオッグオッ」
「美味いか? そりゃ良かったけど……これっぽっちじゃ食べた気しないよな……おっ、そうだ。ちょっと待ってな」
さっきは警戒されてると思ってたから出来なかったけど、至近距離まで近付いてスプーンで食べさせる事が出来たなら話は別だ。
俺はスープを鍋に戻し、空になった皿を縦にして檻の中へと入れた。
「猿君、ちょっと皿持って。皿、分かる? コレもって」
「グォ?」
巨大な猿は首を傾げつつ皿を掌に載せる。
皿を落とそうとしないのを確認して、俺はその皿にスープを注いだ。そう、こうすればスプーンで食べずに済む。相手もそれに気付いたのか、嬉しそうにウホウホと声を出すと、皿を傾けスープを一飲みにした。
「グォッグオッ!」
歯を見せて笑いながら、また皿を差し出してくる。
気付けば虎も狼も鼻や手を使って俺の近くに空の皿を差し出していて、おかわりを要求していた。そーかそーか、そんなに美味かったか!
「まだまだ沢山あるからな、遠慮しないで食べろよ!」
わんこそばならぬわんこスープで、飲んだらすぐにスープを注いでやる。
まるで大食い大会だが、三匹は喜んで一心不乱に飲み続けた。
やだーめっちゃ尻尾振ってて可愛い。
あっという間に大鍋は空になり、久しぶりの食事で満たされたのか、三匹はそれぞれリラックスしたように体勢を崩す。
どうやら、俺に対して完全に気を許してくれたらしい。
これなら回復薬も飲んでくれるかな。
「あのさ、猿君」
「グォ」
「これ飲んでほしいんだけど……分かるかな。怪我を治す薬なんだけど」
「グォ……?」
ウェストバッグから薬の瓶を取り出して、封を取ると檻の中へ入れる。
巨大な猿は自分の小指ほどもない瓶を見て不思議そうに首を傾げていたが、最早俺に対しての警戒心は無くなったのか薬をそっと受け取ってくれた。
俺が飲む仕草をすると、器用に指の先で持った瓶を一気に口に傾ける。
「グォォ」
「ちょっと変な味がするけど我慢してな」
俺がそう言った途端。巨体が淡い光に包まれ、長い金の体毛に覆われていた傷がじわじわと治っていく。それを見ていた虎と狼は、驚いたように猿に向かって吠えていた。
「ウォッ! ウォンッウォンウォン!!」
「ガルルルルッ!」
だけど、猿は首を振って体を揺らす。虎と狼を見てぐおぐおと鳴いている姿は、何かを説明しているようだ。虎と狼はその声を黙って聞いていたが――やがて、俺に顔を向けて来た。
ヒィッ、な、なんすか。
「わふっ」
「ガゥ」
「…………もしかして、薬を飲んでくれるのか?」
空になった皿に回復薬を注いで、再び檻の前に置く。
すると、彼らはなんの警戒もせずに飲み始めた。
……これって、猿が説明してくれたからだよな……?
って事は、やっぱり彼らにもある程度の意思が有って、なんらかの理由で施設の人間を警戒してるって事になるけど……。
「なあ、猿君。君達はなんで暴れるような真似をするんだ? 俺の事を受け入れてくれるんだったら、ここの人達が良い人達って解ってるはずだろ? 傷も治してくれるし、メシも用意してくれる。だったら、他の人間達にするみたいに、怖がったり威嚇したりする必要はないんじゃないか?」
人間に問うように言うと、金毛の猿は暫し俺を見つめて……首を横に振った。
これって、人間の仕草だよな。俺の言葉の何かを否定したってことだよな。
やっぱ、俺のいう事ちゃんと解ってるんだ。
っていう事は……。
「あの……俺、ここの人間じゃないから解らないけど……もしかして、人間が怖いんじゃなくて……君達は……ここの施設の人間の何かが怖くて、今まで威嚇したり暴れてたりしてたのか?」
そう言うと――――金毛の猿は、ゆっくりと頷いた。
「…………じゃあ、一体……」
何に、そこまで怯えていたのか。
俺の問いを理解していたのか、金毛の猿はゆっくりとある方向を指さした。
そこには、通路の端にある大きな岩がある。どういう事なのかと金毛の猿を見たけど、相手は岩を指さすだけで何も答えてはくれなかった。
あの場所に何かあるのかな。
近付いて、岩を調べてみる。
俺の背丈よりも二倍ほど大きな岩は、不思議な事にぴったりと岩壁に張り付いていて隙間がない。そういえば……周囲は綺麗に整備されてるのに、どうしてここにだけ岩が残されてるんだろう。
考えつつ、俺が岩のある部分を押してみると。
「うわっ!?」
唐突に岩が動いて、今まで岩が有った場所にぽっかりと開いた穴が現れた。
こっ、こっ、これ、隠し通路じゃん、ダンジョンにありがちな隠し通路じゃん!
思わず周囲を警戒してしまうが、誰かが俺のやったことに気付いた様子はない。洞窟の入り口で待っているはずのザイアンさんも、通路が開いた事には気付いていないようだった。
「こ、ここに入るのか?」
小さな声で檻の中の猿たちに問うと、彼らは何度も頷いた。
今更だけど滅茶苦茶人語理解してますね君達。解ってたら積極的に喋りかけてたのに。いや、そんな事言ってる場合じゃないか。
とにかく俺はその中に入ってみることにした。
「……変な臭いはしないな……」
意外と広い通路は起伏もなく、檻のある通路と同様に綺麗に岩壁も削られている。でも、人が通っていないからか少しかび臭くもあり、天井には小さな蜘蛛の巣がいくつか作られていた。通路から漏れる光だけしかない薄暗い空間では、そんな些細なものすら怖気を誘う。
うう……でっかい蜘蛛とかでそう。出ませんように……。
ビクビクしつつ、しばらく歩いて行くと。
「…………ん?」
通路の光も届かなくなってきた闇の先に、小さな明かりが見えた。
というかあれは……出口だ。
明かりが点いているって事は、人がいるのかもしれない。
俺は足音を立てないような歩き方に変えると、そっと出口へ近付いた。
出口には扉は無く、ぽっかりと穴が開いているだけだ。
そのせいか遠目にも向こう側が見えて、俺は目を細めた。
出口の先も洞窟らしいが、しかしこっちの通路とはだいぶん違う。あちらはランタンが壁に何個も取り付けられているようで、とても明るいかった。
なんだろう、別の通路……にしては、檻のある通路よりも広い気がするけど。
「…………覗いてみるか」
人の気配がない事を何度も確認し、俺はそっと顔を出す。
すると、そこは……。
「ここって…………炭鉱……か?」
だだっぴろい、トンネルのような空間。
その地面には何本ものレールが敷かれており、トンネルの奥まで続いていた。
レールの上にはトロッコが何台か停車しているけど、このトンネルの規模を考えると電車くらいは走れそうだ。
それくらいあまりにデカくて広いその施設に、俺は目を見開いて絶句した。
あの火山の中にこんな施設が有ったなんて。
だけど、ここって一体……。
ぽけーっと直線で続いているレールを見ていると、不意に後ろから物音がした。
「っ……だ、誰か来る……!?」
慌てて今来た道へと戻り、俺は息を潜めて何者かの訪れを待った。
微かな音が次第に人の声になり、レールを真正面にした壁からガチャリと大仰な音が響いた。俺は思わず息を呑む。
誰が来たのかと光の届かない場所に移動して、息を潜めていると。
「ほう、その曜術師はそれほど手懐けるのが上手いのか」
下卑たねばっこい声が、耳に届く。
うわ、こういう声って絶対デブでヤバげな成金オヤジじゃん……なんでこんな男むさい感じの場所に居るんだろう。
思わず顔を歪めた俺に構わず、相手はざくざくと土を踏んで歩を進める。
「だが、無暗に放り込めぬというのが辛いな。まあ採掘作業が滞っておって困っていた所だ、僥倖と言うには違いない。ギアルギン、手配は済ませておけよ」
偉そうな物言いだ。でも、ギア……なんだっけ。とにかく誰だ。電話でもしてるのか。不思議に思っていると、微かに地面を擦るような布の音が聞こえた。
えええ、まったく気配がなかったけどもう一人いたのかよ!
驚きつつも必死に抑える俺を余所に、下卑た偉い声の他に別の声が聞こえた。
「心得ております、クラレット様。回復し次第引き受けを行い、取引の再開を各所に告知いたします」
落ち着いた綺麗な声。たおやかな青年を思わせるその声は、とてもクラレットと呼ばれる下卑た男に付き従う様な者の声には思えなかった。
「それは重畳、ところで……採掘量はどうだ」
「やはり“飼い殺し”一体では感知に限界があるかと。土の曜術師の増員が望まれますが……人族から引き抜くといらぬ勘繰りをされる場合が有るため、今のペース……いや、進度で限界です」
クラレットは、相手の言葉に大仰に鼻を鳴らす。
苛立っているのを隠しもしないその鼻息は、トンネルに大きく響いた。
「フン……役立たずの土の曜術師が唯一役立つのがココだと言うのに、精神が脆弱では話にならんな。ヤツには仕置きが出来んのが残念だよ」
「クラレット様、けだもの達をそう娯楽に使用されては困ります。ただでさえ言い聞かせる為の折檻で力を弱めておりますのに」
「わかったわかった。それより鉄馬車は早く来んのか。トロッコに乗れなどと言う不敬は許さんぞ、ギアルギン」
「ただ今参ります。ああ、ほら、丁度」
偉そうな相手に、ギアルギンと呼ばれた男の声は冷静に対応する。
その言葉通りに、トンネルの奥からガタンガタンと言う何か聞き覚えのある音が聞こえてきた。これは、あれだ。電車の音だ……!
え、いや、待って。この世界に電車ってあるの!?
思わず立ち上がりそうになって留まった俺の耳に、一際大きなレールの上を動く音と、鼓膜を劈くようなブレーキの音が同時にぶち込まれた。
ひいいい煩いぃいい!
これにはたまらず耳を塞ぐが、クラレットとギアルギンはいつもの事なのか堪えていないようだ。ブレーキの音が止まると、また歩き出す音が聞こえた。
「お足下にお気を付けください」
「わかっとる。くそ、シアンのせいでこんな面倒な方法を使わねばならんとは……あの醜い老いぼれめ、覚えておけ……」
「……発車致します」
再び電車のような音が聞こえだす。
俺はその音が過ぎ去るのを聞いて、トンネルへと飛び出した。
「あ……」
ほんの一瞬見えたその電車の音をさせる物は、確かに……電車だった。
だけど、アレはかなり昔の木製の車両っぽくて、電車と言うよりは汽車というべきかもしれない。鉄馬車って言ってたから、もしかしたら木製の車両を馬が引いているのかも……いや、でも……まさかこんな物が洞窟を走ってるなんて。
「あいつら……一体なんなんだろう」
シアンさんの事を悪く言ってるから、なんかロクでもない奴には違いないだろうけど……そもそもこの施設は一体なんなんだ。
採掘って何を? それに、どうしてあの洞窟とここが繋がってるんだ。
檻の中のモンスター達は、これを俺に見せてどうして欲しかったんだろう。
「…………なんか、イヤな予感しかしない……」
この展開、絶対にでっかい事件に巻き込まれる奴だ、これは。
そうは思っていても、最早見過ごす事など出来ず。
「ダンジョンに潜るには、今の俺じゃ心許ないな……」
ゲームならここで無謀にもダンジョンに挑むところだけど、幸い俺は生身で戻る道もある。とにかく一度戻って、道具を揃えよう。
深追いはすべきじゃない。色々気になるけど、今日の所は引き上げだ。
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