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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
9.言葉無き者の咆哮1
しおりを挟む翌日、俺は熱烈に同行を志願するブラックを無理矢理布団に寝かせ、再び守護獣達の療養所を訪れていた。ブラックの怪我も結構治って来たんだけど、まだ油断は禁物だ。また芋団子を作ってやるからと説き伏せたら黙ってくれたが、最近なんかあのオッサンが餌付けされた犬みたいに見えてきたよ。
まあ、あんな犬絶対飼いたくないけども。
だって、アイツ、ケツ揉んでくるし。
てか朝起きたら思う存分揉まれてたし。本当に最悪だ。
目が覚めた瞬間にケツをまさぐられる指の動きを知覚して、俺は殴る以外にどういう反応をすれば良かったんだよ。お前昨日なんかめっちゃいい雰囲気で一緒に寝たじゃん。珍しく俺もちょっと素直になれたしお前も大人だったじゃん。
なのに、何で朝になったら感じ入るような顔して俺の尻を揉んでんだよアイツ。
目覚め最悪じゃねーか、なんの嫌がらせだ。
朝起きてさ、普通に抱き締められたままだったら、そりゃあ俺だって……まあ、少しは黙っててやるのに。なのに、ケツ揉むって。
思いっきり揉みしだいてハァハァ言ってるとか何なのアイツは。
ちょっと絆された俺がバカみたいじゃねーか。腕へし折るぞ。
どうしてアイツはデリカシーってもんが無いんだ。
あと本当、俺のケツ揉んで怒られた後に分かり易くトイレ行くのやめて。
もしかして今までそんな最低な事してたのかと疑いたくなるから。俺の好感度がここで一気にマイナスになるからやめて本当。
畜生あの野郎、元気になってきたら露骨に調子に乗りやがって。
「いつか強力な罠とか作ろう……」
手を動かしながら虚ろな目で呟く俺に、隣に居たザイアンさんがびくっとする。
「わ、罠!? な、何に使うんですか!?」
「あ、いえこっちの話で……えーと、昨日目が覚めたのは六体の内二体ですよね。イタチの守護獣と、リザードマ……トカゲ人間の守護獣。ご飯とかあげました?」
「はい……しかし、彼らは食べようとしなくて」
「そうですか……」
今俺は、ザイアンさんと一緒に食料庫で食材を調べている。
粗悪品を弾くっていう理由もあるんだけど、一番の目的は目が覚めた重症の守護獣達に栄養を付けるごはんを探す為だ。
今日目覚めたのは二体で、あとの四体はまだ深く眠っている。
傷が癒えた事で痛みに苦しむ辛さが無くなったのか、今までの眠りを取り戻そうとでも言うように安らかに目を閉じていた。
けれど、眠るだけじゃ体力は完全には回復しない。サリクさんも言ってたけど、やっぱり完全回復には栄養を付けなきゃな。元気の素はごはんからだ。
とは言っても、食料庫の材料はやっぱり変わり映えもせず、守護獣達が飛びつきそうなまっしぐらフードも無く。
「うーん……。ザイアンさん。彼らって歯とかは欠けたりしてないんですよね」
「欠けると言うか……牙が抜けている物は居ます。なので、肉はなるべく柔らかい生肉ですし、果実も出来るだけ熟した甘い物を与えていますよ」
「でも食べない……」
歯の問題でもないなら……やっぱ、マズいから食べないとか?
まさかとは思ったけど、でも、あり得ない事じゃない。
野生の獣ならなんの味付けもしてない生肉を気にしないで食べるだろうし、果実が好きならもう既に食べているはずだ。でも食べないって事は、何か食べたくない理由があるからだ。
出された食べ物への警戒以外で考えるなら、それはやっぱり味がマズいからってのが一番大きいんじゃなかろうか。人間だって、幾ら「もったいない!」って言われようが魚臭すぎる刺身は体が反射的に拒否するし、腐った残飯なんて極限状態の時でしか食べないだろう。
そもそも、彼らは長く人に使役されていたんだ。もしかしたら人間と同じような食事をしていた可能性もある。だとすれば、生肉なんてもう食べたくないって言うグルメ守護獣になってたりもするかも知れないのだ。
飛躍した考え方かもしれないけど、試してみてもバチは当たらないだろう。
「ザイアンさん、この食糧庫の材料いくつか貰ってもいいですか」
「ええ、構いませんが……しかし、何を?」
「ちょっとした料理を作ろうかと思って。あ、台所借りますね」
「りょ、りょうり?」
俺の唐突な行動に疑問符を浮かべるザイアンさんだったが、とりあえず俺を台所へ案内してくれた。この世界のコンロはかまどなんだけど、家庭用のかまど自体に何か術が掛けてあるのか、それともこの世界の薪には追加効果でもあるのか、台所のコンロだけは異様に火力が高い。
「ふいご」っていうタイヤに空気を入れる足踏みポンプみたいな物で火力を調節すれば、ラーメン屋で見るような強い火が簡単に作れた。
が、まあ今はわりかし関係ない。
俺が作りたいのはスープだからな。
「えーと。貰って来たバロ乳とタマグサ、雑穀に分厚い干し肉っと」
「それで何を作られるんですか?」
ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました。
材料で何となく気付かれたかもしれないけど、俺は今からミルク粥のようなものを作ろうと思っていたのだ。
まあ雑穀は申し訳程度だしチーズも無いけども、なんかこれを全部ぶち込んで煮込んだらそれなりのスープになるって聞いた事あるし、味見をしながら作ってみてもいいんじゃないかと思ったのだ。
うん。聞きかじり。今更だけど、俺に詳しい料理の知識などないぞ。
全部「って聞いた事有る」だからな。
そもそも料理人でもなく料理好きでもない一般人である俺が、詳しい調理法なんて覚えてる訳がないじゃないか。俺には知識のチートスキルもねーからな。
和食は婆ちゃんとガキの頃作ったから知ってるし、ハンバーグとかは調理実習で作った事有るけど、それ以外全然分からないから。
そのハンバーグや煮物の作り方とかもうろ覚えだから。
家庭科以外で料理しない普通の高校生の俺にはそういうの無理です!
だから、失敗しても許してほしい。てか俺が許す。と、俺はいつも思っている。
まあ幸い今までは上手く行ってたからいいけどね。
俺、もしかして幸運値が高いのかしら。
とにかく、そんな俺でもこのスープは出来るはず。
動物の乳は栄養が有るし、雑穀も取り合わせとしては悪くない。
タマグサとか動物に与えていい物かとは思ったけど、何も言われなかったので、恐らくこの世界のモンスターには食物に関しての弱点はないのだろう。
イタチも確かタマネギ食べちゃダメって話だったけど……守護獣を保護してる人なら、それを指摘しない訳はないだろうし。
まあとにかく作ってみよう。
俺はまず干し肉を少し水で戻して適度に塩抜きをし、それから野菜と一緒に炒めた。そこへ朝貰って来たばかりのバロ乳を投入し、沸騰しない程度にかき混ぜる。味噌汁は沸騰させるなって婆ちゃんが言ってたから、多分これでいいはず。あれもスープの一種だしな。
雑穀は脱穀してあるものなので、温まって来たバロ乳の中にそのまま投入した。本当はここで胡椒でも振ればもっとウマくなるんだろうが、相手は動物だし無暗に味を濃くするのは得策では無かろう。
干し肉と雑穀が適度に柔らかくなったのを確認したら完成だ。
「あの、クグルギさん……この料理は……」
「えーっと、バロ乳の穀物スープ……です。守護獣用に胡椒とかは使ってません。……味見してみます?」
小皿にスープを取って渡すと、ザイアンさんはおっかなびっくりと言った様子で白いスープを見ていたが、やがて決意を決めたかのように一気にスープを飲んだ。
「んん……! こ、これは……うまい……! 少し不思議な臭いがしますが、体が温まりますし……何よりとろみがついていて素晴らしいです!」
「とろみ!? ……ほんとだ……バロ乳って煮たら少しとろみが出るのか……」
スープにしたバロ乳はチーズの風味が更に強くなっていて、ザイアンさんの言う通り軽くとろみも付いていた。
俺的には久しぶりのチーズ風味は嬉しいけど……乳製品を食べない地域の人にはそりゃ変な臭いだよな、これ。うーんでも美味い。これ後で自分用に作ろう。
白パンにつけても美味そうだが……今は守護獣が先だな。
とにかく成功したと結論を下して、俺はスープを広間へと持って行った。
「ごはんですよー」
昨日と同じ間抜けな声を出しつつ部屋に入ると、巨大な白イタチとリザードマンが首だけを動かしてこちらを見た。まだ寝たきりだけど、それなりに元気になったみたいだな。良かった。
それと、もう一体。
栗毛で二本角の馬が、横たわったままでこっちを見ていた。
昨日はずっと動かなくて心配してたけど、どうにか持ち直してくれたらしい。
嬉しく思いつつ、俺は鍋ごと持ってきたスープを皿に分けて、まずはイタチの方へと近寄った。今日は職員さんも別の所に行っちゃってるから、俺一人でこいつらの世話しないとな。
「体は大丈夫か?」
そう言いつつ、俺の体長ほどもある巨大な白イタチに近付く。相手は綺麗な青い目でじっと俺を見ていたが、威嚇する事は無い。一応敵ではないと思ってくれてるのかなと思いつつ、俺は白イタチに皿を差し出した。
「食べられるか?」
俺の言葉に相手はちらりとこちらを窺ったものの、鼻をヒクヒクさせて皿に顔を近付けて来た。どうやら興味を持ってくれたらしい。
だけど、体が動かなくて舌を出すので精一杯なようだ。
う……ひくひくする鼻とヒゲが可愛い……。舌出してるのも可愛い……。
でかくても小動物って可愛いんだな……。
「あのー……起こそうか? ちょっと体に触るけど、噛まないでくれよな」
そう言いつつ、恐る恐る手を伸ばす。
白イタチはじっと俺を見ていたが、襲ってこようとはしない。
ほっとして、俺はイタチの体を四苦八苦して起こし、壁に背を預けるようにして座らせた。そうしてスプーンでスープを持って行ってやると、ようやく白イタチはスープを飲み始めた。よかった、食欲はあるし、気に入ってくれたみたいだ。
スプーンからスープが無くなると、せがむように白イタチは俺に顔を向ける。
何度かそれを繰り返していると、白イタチはクゥと鳴いて鼻を動かし、俺をじっと見るようになった。あれ、これって……懐いてくれてたりするのかな?
先程よりも緊張が解けた俺は、空になった皿を置くと、白イタチの大きな頭に手を伸ばした。そうして、そっと撫でてみる。
すると、相手は気持ちよさそうに目を細めてヒゲを伸ばした。
「わあ……お、お前、俺の事信用してくれたのか?!」
「クゥ」
返事をするように鳴いてくれるのが嬉しい。ううう、ありがとう、ありがとう。
凶暴とか言ってたけど、すげー素直でいい子じゃん。
なんで今まで檻の中に閉じ込められてたんだろう……?
不思議に思いつつも、俺は白イタチの側を離れた。リザードマンと二本角の栗毛バイコーンにも、スープを飲ませなきゃな。
彼らも見た目こそ怖いが、俺が近付いても睨む事もなく、ただ俺の成すがままにさせてくれていた。てか、二人とも撫でるのを許してくれた。
……あれー、この子達マジで怖い守護獣なのか……?
「変だな、お前ら凄い良い奴なのに、なんであんな所に……まあいいか。とにかくまだ寝てなきゃ駄目だからな。回復薬で傷は塞がったけど、お前達には栄養が足りてないんだから。いっぱいメシ食って元気にならなきゃ傷が開いちまうぞ」
そう言いつつ、座らせたままだったリザードマンの体を必死で寝かせる。
しかし守護獣ってみんなデカいな。獣にすら負ける俺の身長ってどういう事。
リザードマンは仕方ないとしても、巨大イタチより小さい俺って……。
「グァッ」
「あ、ごめんな。っていうか、リザードマンなら喋れたりしないのかな。指三本だけど手も人間っぽいし、話せたら怪我の治り具合とか解るんだけどなあ……」
この世界のリザードマンは喋れないんだろうか。表情からして、俺の言ってる事は解ってるみたいなんだけど……うーん、もどかしい。
「でも、信頼してくれるのが解るだけでもめっけもんか。リザードマン君、腕にも酷い傷があったんだから、あんまし動かしたら駄目だぞ。食べ物は出来るだけ俺が食べさせてやるから、三日ぐらいは安静にしててな」
「グアッ、ガッ」
人型なのに、こっちの言う事解っててくれそうなのに、相手は喋れない。
……正直ちょっと可愛いかも。やだ、俺そういうの弱いわ。
喋れる獣もいいんだけど、喋れないのに仲良くなれるっていうシチュは心を擽る物が有るよなあ。これぞまさに異種族交流っていうか。
リザードマンの生温い額を優しく撫でてやって離れると、俺は栗毛のバイコーンの様子を再び確認した。起きたてだし、結構心配だからな。
バイコーンにも声を掛けたり撫でていいか確認をしたりしたけど、やっぱり彼も凶暴ではなく、寧ろ俺の手に額を擦りつけて来るぐらい人懐っこかった。
大きな顔にぎゅっと抱き着いてやると、それが嬉しいのかバイコーンは嘶いて俺のお腹にぐいぐい鼻を押し付けて来る。はははこやつめ。
うーん、やっぱ変だ。死にかけて性格が変わるなんて事はないだろうし……本当、一体どうして彼らは檻の中に入れられてしまったのか。
「捕まえられた時は興奮してた……とか? もしくは変な術とか掛けられてたのか……うーん」
などと考えていると、ザイアンさんが戻ってきた。
「クグルギさん、どうですか……っうわあああ! くっ、くぐるぎさん危ないッ! 馬が腹を食いちぎろうと!!」
「違います! 違います! ただじゃれてただけですから!」
盛大な勘違いをして慌てるザイアンさんに、俺は慌てて訂正する。
しかし相手は青ざめたまま外に逃げ出し、部屋に入ってこようとはしない。
なんなの本当、この子達そんな凶暴じゃないってば。
「く、クグルギさんどうして彼らを触っても平気なんです……」
「いや、そんな危なくないですよ。みんな良い子だし、スープだってスプーンから……」
「すっ、スプーン!? そんなバカな、彼らは私達が近付くだけでも……ほら」
そう言いつつザイアンさんが部屋の中に入ると、バイコーン、リザードマン、白イタチは一斉に眉間に皺を寄せてザイアンさんを睨み始めた。
えええなに。ちょっと落ち着いてくれよ。
「ば、バイコーンちゃんどーどー」
「ブルルルルッ」
「ほら、こうなるんですよ!? 特に馬以外の二体はクグルギさんが来るまで私達を寄せ付けようともしなくて、この施設で一番優しい女子職員でもやっと威嚇をしなくなる程度でしたのに……これが契約を使用しない人間の力か……」
「いや、そういう事じゃないと思うんすケド……」
女子には優しくなってるじゃんこの子ら。
やっぱ人間を見分けて態度を変える程度には、この守護獣達も冷静なんだ。
だとすれば、この三匹は、施設の何かが嫌だから職員達を嫌っているんじゃなかろうか。そうでなけりゃ、手当てしただけの新参の俺にだけ懐くわけもないし。
……やっぱ、変だよな。
初対面の俺に懐いて、顔見知りのはずの職員には威嚇するなんて。
「……あの、もう一回台所借りてもいいっすか?」
「構いませんが……お、おかわりですか?」
「いや、檻の中の奴らにも食べさせたいと思って」
もし俺の違和感が本物だったら、檻の中の彼らだって。
そんな俺の考えを知る事もなく、ザイアンさんはぎこちなく頷いたのだった。
→
※こ、今回も2は次回更新です…_(:3 」∠)_ すみませ…
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