122 / 1,264
パルティア島、表裏一体寸歩不離編
無意識の理解者2
しおりを挟む「彼らは施設内の広間に寝かせましょう。大型獣用の寝床にするつもりで整備していたのですが、丁度良かったですね」
分厚い布の上に、力なく横たわった守護獣達が次々に乗せられる。
明るい場所で見た彼らの怪我は、やはり直視できるレベルのものではない。血の臭いも酷くて、清潔なはずの広間が一気に異臭に包まれてしまった。
ちょっとした野戦病院並に凄惨な現場だったが、このままにしておく気はない。
俺は六体の守護獣達の傷の状態を手早く確認した。
「腐ってはないけど……治りかけの所に更に怪我をして悪化してるっぽいな」
その深い傷はどうやら裂傷や打撲の悪化で酷くなっているようで、獣同士の喧嘩や戦闘によるものとは微妙に違うようだった。
前にドービエル爺ちゃんの傷を見たけど、ああいう荒々しいものじゃない。
ってことは……どういう傷なんだろう。
「クグルギさん、どうですか」
「あ、えっと……とりあえず添え木と包帯をお願いします」
ザイアンさんと職員の人達に必要な物を頼むと、彼らは慌てて部屋を飛び出す。全員が部屋を出たのを確認して、俺は深く息を吐くと巨大なイタチの守護獣に手を翳した。
「見よう見まねだけど……サリクさんがやってたように、俺も出来れば……」
彼らの体の状態が判れば、早く体を治せるかもしれない。
それを知るには、水の曜術の最上級クラスの術……【アクア・レクス】を使う事が必要なはずだ。だけど、地下水道の遺跡のように他人に心配されると色々恥ずかしい。なので、人払いをしたというわけだ。
よし、とにかくやってみるぞ。
「この獣の命脈を示せ……【アクア・レクス】……!」
そう叫んだ刹那、再び俺の視界とは別のもう一つの視界が目の前に現れた。
今度は、黒い視界に太い光と細い光が走り、その動物の形を細かく作っていく。だがそれだけで終わる事は無く、光は循環するように動き続けていた。
これは、どういう物なんだろうか。
ガクガクと震える体で、必死に読み取ろうと頑張る。
すると、俺は光の循環路のいくつかに異変を見つけた。傷が有る箇所は、異常を訴えるように赤く光っている。それに加えて、心臓辺りに在る光と末端の光は流れる速度が違っていた。これって……血液が流れてないとか?
「もっと、詳しく解らない、かな……」
だけど、俺はまだ術を使いこなせていないのか、どうしても分からない。
四苦八苦している内に体が限界を迎えて、唐突に黒い画面がブツッと切れた。
「うあっ……!」
一気に体が弛緩し、俺はイタチの守護獣の体へ倒れ込む。
薄汚れていても、毛が血や汚れで固まっていても、その毛は柔らかかった。
……このイタチは、まだ生きてるんだ。
荒い息をついて、俺はゆっくりと体を起こす。休んじゃいられない。
「とにかく、傷以外には目立った悪い所は無かったし、先に傷を塞がないと」
たっぷり水をためた桶の中に綺麗な布を放り込み、絞って、それで患部を拭う。どろりとした血が出て来たが、構わず何枚も布を使って優しく汚れを清めた。
すると、その部分からやっとじわりと綺麗な血が流れ出す。
俺は洗浄用に分けておいた手桶の水で手を洗うと、すぐさまウェストバッグからスクナビ・ナッツを出し、回復薬をその場に広げた。
一昨日帰ってからすぐに作って置いたんだけど、早速役立って良かったわ。
「今、傷を塞いでやるからな」
そう言って、俺はイタチの体に深々と残る傷の上に回復薬を振りかけた。
刹那、その傷口から光が溢れてくる。数秒もしない内に塞がった傷をみやって、俺は次の獣へと走った。
術使い、患部を水で拭い、回復薬を使って傷を塞ぎ、それを別の獣にも繰り返す。その時間は数十分にも満たなかったが、俺はそれだけで息切れするほどに疲れてしまっていた。
「は……はぁ、は……こ、これで……さい、ご……」
緑の鱗をしたリザードマンの腹の傷に、回復薬を振りかける。
その光が傷口を修復していくのをみて、俺は深い溜息を吐き思いっきり床に倒れ込んだ。ああ……も、もうだめ……きつい……。
「クグルギさん、包帯と添え木を……って、こ、これは……!」
「あ、ああ。ザイアンさん、あの……手当終わったんで、光ってる所に、包帯と……足とか手には、添え木も……おなしゃす……」
倒れ込んだ俺がそう言うが、ザイアンさんと職員の人達は目を丸くして固まっている。まあ、そりゃ、そうか……。
だけどそこは流石の保護のエキスパート。すぐに我に返ると、迅速な対応で守護獣達を手当をしてくれた。よ、よーし、これでひとまず傷の悪化は防がれたぞ。
「クグルギさん、あなた……一体彼らに何を……?」
寝転がる俺に、ザイアンさんが困惑した様子で問いかけてくる。
正直口を開くのもだるかったが、俺はなけなしの力で起き上がって答えた。
「いや、ただ傷の具合を見て、回復薬を掛けただけっす……。あの……守護獣達の傷、ふさがって、ました……?」
「ええ、それはもう……ですが、あの獣達の傷はちっとやそっとの回復薬では治せない物です。なのにどうしてそんな……もしかして、クグルギさんの回復薬は……凄く高価な物だったのでは……?」
なんだか怯えたようにも思えるザイアンさんの声に、俺はゆるく首を振った。
本当の事を言った方が良いんだろうけど、自家製とか言ったら余計にややこしい事になりそうだし、ここはやっぱりまた嘘を吐こう。
「えーと……あれは貰い物で……俺は後方支援なんで、あまり使わないものだったので、なら動物達にあげた方が良いかなって……」
「そうだったんですか……ああ、本当に申し訳ないです……! 傷をちゃんと清めて頂いて、その上に回復薬まで……感謝してもしきれませんっ」
「い、いや……えっと……あの、彼らを任せていいですか……俺ちょっともう限界なんで、今日は帰ります……」
マジでここで気絶しそう。
ふらふらな俺をみて、ザイアンさんはすぐに馬車を呼んでくれた。ありがとう、紳士っぽい人は本当に紳士なんだなあ。
そんな事を思っている間に馬車はガラガラと走り、あっと言う間に治療院に到着してしまった。さすが争馬種、早い。ここでクルサードに引き渡される……と思ってたら、サリクさんの所に放り出されてしまった。ええ、今度は俺が治療っすか。
あまりのスピーディーな展開に付いて行けず、ぼんやりベッドに横たわっていると、サリクさんが苦笑しながら俺のお腹を軽く叩いた。
「ははは、術を使い過ぎましたね? その上精神が酷く疲弊している。感情が落ち着かない内に強力な術を使ったから、無理がたたって倒れたんですよ。一晩休めばきっと回復しますから大丈夫」
「そ、そうですか……」
今でもちょっと瞼が重いんだけど、明日元気になるならいいや。
ザイアンさんは明日来れるのかとしきりに心配してくれたけど、守護獣達をあの状態で放っておくことも出来ない。俺は明日も同じ時間に治療院に来る事を約束して、ザイアンさんと別れた。
治療院を出るとクルサードがもう待ちかねていて、有無を言わさず乗せられる。俺は昨日約束していたバロ乳を貰いに行きたかったのだが、クルサードに「病人が出歩くもんじゃねえ」と言われて宿に直送されてしまった。
くそう、明日謝りにいかなきゃ。
そんなこんなでやっとこさ部屋の前まで帰って来た俺は、ふら付く足取りを押さえながらドアを開けて中に入った。
「ツカサ君、おかえり……ってどうしたの!」
俺の姿を見つけるなり、ブラックが少しよろめきながら立ち上がる。
ああ、もう結構足治ってるんだ。そう思うより先に抱き締められて、俺は無意識に足の力が抜けるのを感じた。自分を支えきれなくて、俺は怪我人のブラックに全体重を預けてしまう。
「うわ、ご、ごめ……」
「良いよ、ツカサ君軽いし……それよりどうしたの、凄く疲れてるじゃないか」
「うー……実は……」
療養所の事は人に言わないようにと言われてたけど、ブラックは別だ。俺の状態を見れば、どうせ隠しててもばれる。だから素直に話すと、ブラックは途轍もなく呆れたような顔をして、ふるふると首を振った。
コンチクショウ、悪かったな無謀なことして。
「はぁー……お人好しお人好しとは思っていたけど、凶暴な守護獣の看護とは……ツカサ君は、僕が居ないと危ない事にばっかり顔を突っ込むよね……」
「ぐぬぬ……」
「あのね、ツカサ君。地下水道でも言ったけど、ツカサ君はまだアクア・レクスに慣れてないんだよ。それなのに連続で使って倒れるだなんて……その場に君を狙うクズや元気な守護獣が居たらどうするんだい。殺されたって文句は言えないよ」
声のトーンは呆れ返ってる。だけど怒っているような調子では無くて、俺は少しぎこちなくブラックの顔を見上げた。その顔は、呆れたような困ったような不思議な顔をしていて。
……やっぱり、怒ってないみたいだ。
でも、何でだろう……俺は今日勝手な事ばっかしてたのに。
「ブラック……怒らないのか?」
「……怒ってるし、腹立たしいし、同行出来なかった僕自身にもイライラするけど……でも、ツカサ君は今疲れてるし……それに、こういう事をするのが、ツカサ君だもん。僕はそれを含めて好きになったから……だから、怒れないよ」
「……なにそれ」
「僕もよく分からないから、あんまり聞かないで」
困ったように眉をハの字にする情けない顔に、俺は緩く苦笑した。
ああ、なんか、ちょっと元気出た。
「ごめん。アンタに相談すれば良かったな」
「もう良いよ。無事に帰ってきてくれたんだし、それに……まあ、ツカサ君が必要以上に疲れたのは僕のせいかもしれないし……」
「は?」
「な、何でもないよ~。そうだ、夕食までまだ時間あるし、ちょっと仮眠しよう! ねっ、そうしようよ!」
「おい、必要以上って、お前昨日なにを……」
しやがった、と言おうと思ったのに、俺はブラックに引きずられてベッドに放り込まれてしまった。最早起き上がる気力すらない俺に、ブラックがまた覆い被さってくる。まさか今からサカる気じゃなかろうな、と青ざめたが……
意外にも、ブラックは俺に抱き着いたまま何もして来ようとしなかった。
これって、添い寝?
「ブラック……あの……」
「一緒に寝よう。僕もツカサ君も、静養には寝るのが一番って言われたんだし」
そう言って、ぎゅっと俺を抱き締めてくる、逞しくて強い腕。
広い胸に頭を押し付けられてしまうともう何も言えなくて、俺は身じろぐしかなかった。俺を包む温かさと、ブラックの大人っぽいにおい。穏やかな心音が、徐々に俺の瞼を重くする。
……何でだろう。何故か、ブラックに抱き締められていると、重かった頭も疲弊した精神も癒されていく気がする。
抱き締められると、蕩けそうなほど気持ちが良かった。
「ツカサ君、おやすみ」
相手の胸にひっつけた俺の耳に、低い声の振動が伝わる。
それがとても心地良くて、いつの間にか俺は目を閉じていた。
――悔しいけど、コイツの腕の中にいると……安心する。
でも、そんな事を言えばブラックが何を言うか分からないから、俺は口を噤んでただ相手の体に頭を摺り寄せた。
途端にびくんと反応したブラックの解り易さには呆れたけど、心地良い感覚から抜け出す事は出来ず。
俺はブラックの腕の中で、ゆっくりと眠りの淵へ落ちて行った。
→
38
お気に入りに追加
3,685
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。






久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる