異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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パルティア島、表裏一体寸歩不離編

7.楽園と地獄

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「…………なあブラック、俺、昨日なにしてた?」
「え……覚えてないんだ」

 よし今の状況を整理しよう。

 今は翌朝。テーブルで酒を飲んでいたはずの俺は、気が付けば何故かブラックと一緒にベッドで寝ていた。オッサンの酒臭い息を感じて起きるとは寝起きが最悪だが、それよりも一緒に寝てた事に驚きだよ。ベッドから即座に転がり落ちちまったよオイ。何で俺お前と一緒に寝てんの。

 距離を取った俺は、いつの間にか着替えていたガウン(宿の備品だ)が乱れていないのを確認しつつ、ブラックを睨んだ。
 そうして問いかけているのが、今現在の状況である。

 ああなんか頭が痛い。てか全身だるい。
 昼から出かけなきゃいけないのに最悪だ……。本当俺、昨日なにしてたんだ。
 三杯目の酒を飲んでからの記憶がマジでないんだけど……でも、多分ブラックは知ってるんだよな? 覚えてないんだ、とか言ってるし。
 変な事をしてたら嫌だなと思って、俺は訝しげな顔をしつつブラックに再度問う。

「いや、真面目に頭痛くてよく解らん。なんか腰も頭も凄い重いんだけど……俺、マジで昨日なんかした?」
「覚えてないならいいよ!」
「なんだその笑顔。何をした、お前俺に何をした!!」
「どっちかって言うとツカサ君が僕に……まあいいや、それはおいおいね」
「オイオイってなんだああああ」

 なにあれ、本当なに笑ってんの!
 うわああ聞きたくないけど俺が何をしたかは滅茶苦茶気になるぅううう。

「それより今日はさ、二人っきりでのんびり……」
「あっ、そうだ約束あるんだった」

 覆い被さって来ようとするブラックをかわし、俺はさっさと朝風呂に入って身支度を整えた。体がだるいけどザイアンさんとの待ち合わせがあるし、部屋でのんびりとかしてらんない。ブラックは恨めしそうな顔をしていたが、有無を言わせず俺は部屋を飛び出した。怪我人は部屋で大人しくしてろい。

 はー、しかし酒なんて飲むもんじゃないな。
 俺何したんだろう。裸踊りとか踊って頭と腰でもぶつけたかな?
 だとしたら凄い恥ずかしいんだけど。なんにしろ、絶対ブラックに弱みを握られているような気がする……ああ、ますます休暇が憂鬱に。

「はああ……もう酒は飲まないようにしよう……」

 俺には酒は早かったみたいだ。よし決めた、もう絶対呑まないぞ。
 不安要素は色々あるが、頭が重いから今は気にしないようにしよう。
 なんか思い出したらいけない気がするし、今日は危ない場所に行くんだから、これ以上注意力が散漫になったら困る。
 いさぎよく気持ちを切り替えて、俺はリモナの実(レモンに激似の気付けの実)をかじりつつ支配人さんが用意してくれていた人力車に乗り込んだ。

 宿の責任者が選んでくれただけあって、相手は俺の事なんて見向きもしない。
 ちょっとホッとして、俺は人力車の運転手に声をかけた。

「今日はよろしくお願いします」

 その言葉に振り返った相手は、なんと……昨日俺に色々とレクチャーしてくれた人力車のお兄さんであった。
 間違いない。この橙色の髪と藍色の瞳、それに加えてスポーツマン系イケメンな姿。今まで乗った人力車ではこんな奴は一人しか見た事ないからな。
 しかしなんで。もしやマッチポンプか。これがマッチポンプって奴なのか。

「あ、アンタが宿が手配した信頼できる人力車だってのかよ!」
「うぃーっす、昨日ぶり! 俺は島一番の疾風はやてだからな、高級宿が指名してくれると思ってたよ。と言うワケで専属人力車となりやした、クルサードと申しま~す。よろしくおねがいしまーっす」
「アンタ抜け目ねぇな! さてはこうなる事を解ってて俺に助言を……!」
「俺は色気より金なもんでねー。大丈夫大丈夫、俺は十五歳以下の子供を犯す趣味は無いんで。ていうか俺女が好みなんで」

 それは頼もしい限りだが、俺は十七歳だ。
 なに、この世界って十五歳が一般的な性的対象の下限なの。じゃあ十七歳の俺はストライクゾーン入りって事だが、それもわりとアウトじゃないか?
 って言うか俺はお前らに何歳くらいだと思われてんだ。
 言っておくが俺は平均身長だからな。爪先で立てば百七十越えるんだからな。

「で、まずはどこに行くんだい」
「うー……まあいっか。とりあえずサリクさんの治療院に向かって」
「りょーかいっ」

 クルサードさん、いや、あえて呼び捨てにしよう。クルサードは自称「疾風はやて」と言うだけあって、そう言われてみればかなりの早足だった。
 色より金が大事だからか、仕事は手を抜かない主義らしい。うーん、抜け目ないのはちょっと信用ならないが、安全に移動できるならいいか。宿が選んでくれた人なんだから、変な人じゃないって事だろうし。

 今日も帳を降ろしてそんな事を悩んでいると、人力車がゆっくりと止まった。

「ういーっす。治療院だぜ」
「えっ、もう!? 早くね!?」
「流石は俺、疾風のクルサードだろ」

 うーん、自信満々のイケメンスマイルがまぶしい。
 てか、そうだよなあ。イケメンが多いこの世界だったら、本当はこんな爽やかなお兄さんばっかりなはずなんだがなあ。
 どうしてこの世界には俺よりも変態な人が多いんだろう。
 モンスターが変態っぽいのが多いからなのかなあ。あははー。死にたい……。

「あっ、クグルギさん、お早いお着きで」
「ザイアンさん。もう来てたんですか」
「ええ、私はサリクさんに守護獣の往診を頼んだりする事も有りますので……」

 ああそうか、だからザイアンさんは俺とロクの事を知ってたんだな。大方おおかたサリクさんに俺の話を聞いていたんだろう。だから治療院で声をかけて来たのね。
 些細な事に妙に納得していると、ザイアンさんはクルサードに申し訳なさそうにお辞儀をした。

「こちらで馬車を手配しておりますので、申し訳ないんですがクルサードさんには一旦車屋に帰って頂いてもよろしいですか。クグルギさんが街に戻ってこられたら、その旨をサリクさんにお伝えして頂いて迎えに来て貰いますので」
「はいよー。俺はまあ、先払いで金貰ってるからいいっすけどね」
「ではクグルギさん、参りましょうか」

 そう言われては仕方ない。俺はおっかなびっくりで人力車から降りると、治療院の前で待っていた馬車に乗り込んだ。
 馬車の中は革張りの座席に明かり付きと豪華で、とてもじゃないが普通のお金では買えないレベルだ。そういえば馬もヒポカムじゃなくて、元々はモンスターである争馬種のディオメデだ。

 久しぶりに見たな、ディオメデ……。黒い身体に角が生えてる姿はなんだか懐かしく思える。盗賊が使ってたのとゴシキに行く時に借りた時以来だろうか。
 うーん、思えばあれから結構経ってたんだなあ。

「さて、クグルギさん……これから行く療養所なのですが」
「えっ? は、はい」

 ぼーっとしてたら急に話を切り出されて、あわてて姿勢を正す。
 そうだ、これから行く所は飼い慣らされたディオメデなんて目じゃない、凶暴な手負いの獣が居る所なんだ。姿勢を正してザイアンさんに向き直ると、相手は一つせきをして話し始めた。

「まず、お約束して頂きたいのですが……私どもの療養所は、保護区の中に在るので施設の外には出て行かないで頂きたいのです」
「えっ……保護区の中って……あそこは希少な植物を保護する為の場所ですよね? モンスターを入れていいんですか?」
「特例で認めて頂いております。施設自体は人里離れておりますし、外に居る守護獣達は人から離れませんので、森林保護等の問題に関しては大丈夫ですよ」

 えーと、要するに悪さをしない良い子の守護獣達はオイタしないって訳ね。
 しかしまさか療養所が保護区の中とは……確かに人が近付かないから危険は無いけど、それだったら余計にあのロープだけの囲いはヤバいんじゃ。
 ヘタに凶暴な守護獣の檻とか見つけちゃったらヤバくない?

「あのー……セキュ……盗人だとかの対策とかは」
「リュビー財団様から私兵をお借りしておりますので大丈夫ですよ。私どもの施設は、リュビー財団に関わる方のお力添えによって運営しております。ですので、こうして安全な場所で守護獣たちを癒す事が出来るのです」

 なるほど。人が近付けない場所って言うのは、人間不信に陥った守護獣達にとっては安息の地にもなる訳か。保護区を私的利用してる感じもしたけど、この感じだと獣たちの事を考えての利用なんだろうし、無暗に否定は出来ないなあ……。

「多くの守護獣達はここで心身を癒し、人を受け入れられるようになったら、再び人と出会う為に船で本土へ渡ります。……人に慣れた守護獣は、人に関わらず生きてきた獣よりも弱くなります。ですから……今更野生に放す事も出来ないのです。彼らの事を考えれば、本当は野生に戻してやる方が良いのでしょうが……」
「……守護獣になったら、もう野生には戻れないんスね」
「はい。ですから、私達は彼らと何とかして心を通わせ、人への憎悪を取り除いてやりたいのです。それしか、彼らが平穏を得る道はありませんから……」

 凶暴な守護獣は、例外なく人に悪感情を持つ。
 もし人間に不信感を持ったまま首輪を外せば、人間を積極的に殺すようになるだろう。恨みがあれば、大量虐殺だってしかねない。
 人を襲えば、待っているのは「討伐」と言う名の殺処分だ。
 それじゃあ守護獣があまりにも浮かばれない。

 人が関わってしまった以上、彼らの本当の幸せにならないとしても、彼らの命を守るためには人に慣れて貰うしかないのだ。
 そして願わくば、良い主人に出会って平穏に暮らしてほしい。
 ザイアンさんもそう思っているのだと解ってしまえば、何も言えなかった。

「ああ、見えてきましたよ。あの場所から保護区に入ります」

 沈黙が重くのしかかる車内で、ザイアンさんが努めて明るく言う。
 俺も暗い雰囲気を振り払うように、大仰な動きで馬車の窓から前方を見る。
 すると、そこにはだらけた感じの見張りが二人いて、彼らは道に鎖を張って外部の者の侵入を防いでいた。

 ……これ、ただのとうせんぼやないか。

「あの……ずいぶん質素な門ですね」
「ははは……この島の人達は生涯に一度犯罪と関わるかどうかなので……」

 なるほど、防犯意識が極限まで薄いのね。
 素敵な島だけど、これって多分門番の意味ないよね!!
 周囲はロープ張ってあるだけだし! この島人間の善意に頼り過ぎでしょ!

 思いっきりツッコミを入れたかったが、そうも出来ず馬車はさっさと保護区に入っていく。暫し心地よく密林の中を走っていたが、やがて道が無くなりガサガサと草や枝を踏む音が頻繁に耳に届いてきた。
 道なき道ってやつか……マジで療養所って人里離れた場所に在るんだな。

「そろそろです。ここは丁度、島の裏側になりますね」

 なるほど、船では見えなかった場所か。
 再び前方をみやると、森の木々の奥に白い建物が見えた。

「あれが療養所……」

 急に開けた視界の向こうにある施設は、牧場のような囲いが作られており、そこでは多種多様なモンスターがのんびりと体を休めていた。
 職員らしき人達もいて、ぱっと見はふれあい牧場並みにほのぼのしている。

 療養所は俺の世界の二階建てのビルなんかとよく似ていて、無機質な姿で草原に鎮座していた。
 そう、ビルって、病院みたいな建物って、あんな感じだったよな。
 この世界じゃ見た事ない造りだったから、一瞬ゾワッとしてしまった。
 恐ろしい程に、あの建物は俺の世界の建物とよく似ている。

 俺はアレを「懐かしい」って思うべきなんだろうけど、あの建物はこの世界には不釣り合いすぎて、怖いと言う気持ちの方が先に立ってしまう。
 施設の前にとまった馬車から降りると、ますます病院っぽくて顎を引いてしまう。窓や入り口は木製の枠だったりドアだったりするけど、なんかミスマッチだ。

「あのー、この建物って……なんか雰囲気違いますよね」
「ああ、住居はここに有った廃墟を造り替えた物でして。白い染料は建物の劣化を防ぐ為に塗っております。この建物がいつ頃から存在したのかは不明なのですが、幸い私達の療養所として使えるような間取りをしておりましたので」
「それって遺跡って事ですよね?」
「ですね。恐らくは二千年以上前の物と言われておりましたが……まあ、建物のみで中には何もありませんでしたし、どうせなら補修して使おうかと」

 わあ、自然に優しい。
 ……ってちょっと待って。過去の遺産をそんな感じで再利用していいの。
 中身すっからかんなら仕方ないかも知れないけど……。
 まあいいか、今は手負いの獣の方が先だ。

「では、ご案内しますね。今日は顔見せだけにしましょう。彼らと対話して頂くのは、その後にでも考えて頂けたらと思います」
「は、はい」

 ザイアンさんは施設の中を通らず、その横の柵の扉を開いて守護獣達がいる場所へと入った。

「ここに居る守護獣達は、人に慣れている物達です」

 ザイアンさんが指さす方向には、青々しい草の上で思い思いに過ごす守護獣達が見える。職員にじゃれつく角が生えた馬がいれば、二足歩行のマッチョな牛がおり、なんかタコみたいなモンスターや目が沢山ついた謎の生物もいるが、みな喧嘩もせずゆったりと草原で寝転がっていた。

 か、可愛いモンスターもいれば、すごいのもいるな……。

 ペット目的で捕まえたり援護して貰うために捕まえた奴もいるのかな。
 牧場を横切りつつ多種多様な守護獣達を見ていると、ふと見覚えのある姿が目に入った。
 獅子の体に鷲の翼、それにサソリみたいな尻尾とくれば……。

「あれって……マンティコアですか?」
「ほう、よくぞご存じですね! あれは、レオマンティコアです。彼も可哀想な子でしてね……彼は主人に大事にされていたのですが、モンスターと言うのは基本人よりも長寿でして……彼の主人は急死した事で契約が解除されたのですが、愛され過ぎたが故に主人との住処を離れる事が出来ず……十年も呑まず食わずで家に居たので、私達が保護したのです。基本的にはマンティコア種は凶暴なのですが、彼は死んだ主人や周囲の人々にとても愛されていたのでしょうね」
「そう、ですか……」

 草の上で心地よさそうに寝ているマンティコアを見て、俺は少し寂しくなった。
 そっか。捨てられるとかじゃなくて、死別って言うのもあるんだな。
 俺だったら、そういう時……どうしよう。

 ロクに悲しい思いをさせるのは嫌だ。だけど、その前に俺は元の世界に帰りたいって思いが有る。もし帰れる事になったとして、その時ロクとはどうやって別れたら良いんだろう。

 寂しくないように、仲間の居る森に帰したらいいんだろうか。
 でも、人間と出会う事で弱くなるって言うなら……ロクは幸せになれるのかな。

 ダハは仲間で行動するし、感応能力も高いからロクを仲間はずれにしないだろうけど……でも、それはロクの為になるんだろうか。
 よく、分からない。

 ブラックとの別れだって想像できないのに、別れを告げる事が出来るのかな。

「ああ、クグルギさんあそこですよ」
「えっ? あ、はいはい。えーと……あそこですか」

 指をさされた方を見やると、柵を越えて少し離れた所に洞窟が見えた。
 どうやら洞窟はパルティア島の中央に在る火山に作られているらしい。
 開けた場所に突然現れる岩肌は中々のインパクトだ。

 でも、あそこに檻が有るんだと思うとなんかやだなあ。
 完全に牢屋じゃん。洞窟に檻の部屋って完全に牢屋じゃん。

「さあ、こちらへ」

 この時点で逃げ出したかったが、守護獣の可哀想な話を聞かされては帰る訳にはいかない。せめて、俺に出来るのかどうかは確認せねば。
 ゴクリと唾を飲み込みながら、俺はザイアンさんに続いて洞窟の中へと入った。

「は……はは、い、意外と綺麗っすね」
「自然の洞窟を利用しております。本当は薄暗い場所に閉じ込めたくないのですが……職員達が見える場所だと彼らは興奮しますので……」

 自然の洞窟。でも、そうは思えない程洞窟の壁は綺麗に削られていた。
 水琅石のランプも等間隔に設置されていて怖い感じはしないし、少し涼しくて外よりも快適だ。後から整えたのかもしれないけど、普通にトンネルみたいでヘンには思えないなあ。
 しかし、奥へと歩く内に俺の能天気な感想はどんどん薄れて行った。

「…………獣の臭いと……血の臭いが、しますね」
「……はい。あの……卒倒せぬようにしっかり気を持って下さいね」

 う……そう言われるとなんか決意が揺らいでしまうぞ。帰ろうかな。
 だけどザイアンさんは無情にも俺の目の前で立ち止まった。

「ここです」

 血の臭いと獣の臭いが鼻をつき、思わず涙目になってしまうほどの悪臭に満ちた場所。洞窟の最奥に作られたその檻の中には、凄惨な光景が広がっていた。

「う、ぁ……」

 血塗れで蹲る二本角の馬に、こちらを睨む隻腕せきわんの青い虎。三つ目の狼は一つ目を失い横たわって、綺麗な長毛をしているはずの巨大な猿は傷だらけのうす汚れた姿でじっと俺を見つめていた。
 そんな彼らの後ろには、辛うじて動いているものや、もう動かないものもいる。
 全ての獣が、俺を「敵」だと認識して、じっと見つめていた。

「……彼らが、貴方が癒すべき相手です」

 ザイアンさんのその言葉に、獣たちが叫びだす。
 動物園でも聞いた事のない怒号に満ちた音に、俺は思わず身を竦ませた。
 だけど、何故か足が動かない。

 何故だか、彼らから逃げたいと思う気持ちは湧いてこなかった。











 
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