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パルティア島、表裏一体寸歩不離編
6.酒と依頼と色気と男1
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※今更ですが、日本ではお酒はハタチになってからです(´・ω・`)
「は、はぁ!? 俺が看護!?」
「はい、そうなんです……」
思わず立ち上がった俺に、喫茶店の客の視線が集中する。
慌てて席に着いた俺は、どういうことだと目の前の中年紳士……ザイアンさんに声を潜めて話を続ける。
「あの、看護って言われても俺医者じゃないし心得とかも無いんですけど!」
「看護と言っても難しい事は無いんです、ただその……人のいう事を聞かず、檻の外に出て来てくれないモンスター達をどうか手当てして頂きたく……」
「その説明はさっき聞きましたけど……」
そう、ザイアンさんが俺に深く頭を下げてまで頼みたかった依頼は、彼の療養所に収容されていると言う獣達の看護だった。
ザイアンさんは、捨てられたり主人を亡くした守護獣を保護し、この島で彼らを癒して、新たな主人を見つけるまでの世話をする活動をしていると言う。
守護獣の中には、首輪を付けられたまま契約を解除された獣もいる。
通常、契約が解消されたら守護獣は自由になれるのだが、首輪が付いたままなら話は別だ。彼らは自分ではその首輪を外す事が出来ず、実質人間に支配されたままの状態で彷徨っているのだと言う。
だから彼らは野生のモンスターから爪弾きにされてしまい、時には敵として襲われたりもする。その上、死別した場合なら主人がいない事で暴走したりもするので手が付けられず、そういう守護獣は路頭に迷った挙句駆除されてしまう事が多い。
だけど、相手も一度は人を信頼した存在だ。殺すには忍びないとザイアンさんは考えて、彼らを捕獲して療養所で治療し、新たな主人をお迎えするべく日々熱心に守護獣達の世話をしているらしい。
それを聞く限りはとっても良い話だけど……でも……手負いで凶暴な上に人間を近付けないケモノの看護だなんて、俺に出来る訳がねーだろー!!
「私達も手を尽くしたのです。ですが、彼らは人間不信に陥っていて、どうしてもいう事を聞いてくれず……けれども貴方なら……ダハを契約しないままお供にした貴方なら、彼らを救ってくれるのではないかと……!」
「そう言われると……うーん……。でも、俺とロクはお互い好きだから一緒に居るだけで、他のモンスターと話し合えるかは……」
「頼みます! 一日一度、食事を持って行って話すだけでも良いんです、人との絆を思い出させてやりたいのです! どうか、どうかこの通り……!!」
「あああちょっと、顔っ、顔をあげて!!」
うう……まいったなあ……。
話を聞いていると可哀想ではあるけど……でも、俺看護なんて出来ないし、そもそも凶暴なモンスターとサシで対話とか絶対怖くて出来ないし……。
でも、傷だらけのままっていうのも……。
「彼らは檻に入ってますので安全です、この島に滞在している間、一日一度だけでいいんです。依頼料は金貨二百……いや五百、小切手でお支払いしますので!」
「やります!!」
やったー金貨五百とか銀行にお金あずけられちゃうぞー。
これでしばらく路銀の心配はしなくていいやー。わー。
「ああ、ありがとうございます……! では明日の昼ごろ、サリクさんの治療院の前でお待ちしておりますので……!」
「ハッ……! あっ、ちょ、ちょっとザイアンさん!?」
いかん、大量の金銭に目がくらんで心にもない事を!!
とは思ったけど、時すでにお寿司、いや遅し。
俺が泡を喰ってる間にザイアンさんはさっさと帰ってしまった。
……あの人本当に善人かな。俺ああいう事をする中年が知り合いにいるから凄い不安になって来たんだけど。
しかし、誰もいない所グダグダ言ってももう仕方ないわけで。
「……はぁ……仕方ねぇ……」
まあ、行ってヤバそうだったら逃げ帰ればいいか。
考えてても仕方がないし、ここに居たらまた何かヤバそうだしさっさとトンズラしよう。今度はもう、人力車乗る。絶対一人で散策しない。
そこらへんにたむろしている半裸の兄ちゃんに頼み、俺は人力車に乗って市場へと向かった。ふう、これでとりあえず一安心だ。
しかし……喫茶店って言うから、お茶が出ても普通に飲んでたけど……今考えるとヤバいよな。この世界のお茶だし、凄い高かったんだろうな。
って事は、やっぱりザイアンさんってお金持ちなのか。
服装もしっかりしてたし、多数の動物を養ってるんだから並の金持ちじゃない。じゃあ、やっぱりおちんぎんはたくさんでるのか。
おちんぎん。良い言葉だ。
「ところで兄ちゃん、アンタ大変な事になってるねぇ」
「はい?」
移動する間、車を引いている兄ちゃんに言われて我に返る。
大変な事って……なにが。
頭に疑問符を浮かべる俺に、人力車のあんちゃんは苦笑しながら肩を揺らした。
「アンタ噂になってるよ。可愛い黒髪の子が街中走り回ってるってさ。ここら辺はラッタディアより黒髪がすくねーから目立つんだよ。しかも兄ちゃん、ちっちゃくて顔も可愛いしな」
「ちっちゃくねーよ! あんたらがデカいんだよ!」
「アッハッハ、そりゃそうだな! でも、だからこそ一人で出歩くもんじゃねーぞ。この街は気が合えばすぐベッドに直行って気楽な街だからな。勘違いした観光客が変な事を起こしかねねぇ。昨日はそうでも無かったが、今じゃ街中の寂しい男がアンタに興味津々だ。気を付けなよ」
この世界の人間の平均身長は、俺の身長より高い。
という事実よりも先に、人力車の兄ちゃんが言った事の方が衝撃的過ぎて、俺はもう絶句するしかなかった。
ああ、そうだ。そうだよな。開放的な場所って事はつまり、この街では誘われたら即ベッドに行くみたいな空気が有るって事だよな。って事は、俺だって無理矢理誰かに引き摺られてアッー!な目に遭わないとも限らない。
俺は無詠唱出来るほど曜術をマスターしていないし、黒曜の使者の力なんて以っての外だ。それ以外は一般人な運動音痴の俺には、逃げる術は無い。
やべえ、これ本当に、ブラックが完治するかロクが威嚇してくれなきゃ街を歩けねーじゃん。
「あの……お兄さん、お金はずむんで、宿に帰るまで付いてて貰っていいっすか」
「おっしゃー! あざーす!」
なんかうまく乗せられた気がしないでもないが、仕方がない。
市場を歩いて回るのは諦めて、俺は真っ直ぐに酒を置いてある店に向かった。
酒に関しては、この世界は寛容だ。
そもそも浴びるように飲めるほど酒は一般的ではなく、値段も高い。
一般人は気の抜けたまずいエールと酸っぱいワインを飲むが、それらは二つともアルコール度数なんて有って無いようなモンだ。ノンアルコールと言えば聞こえは良いが、要するに炭酸の抜けた炭酸飲料と同じで粗悪品と言うほかない。
だから、この世界の人達はそれらを酒とは言わなかった。
この世界の酒ってのは、ちゃんと酔える物を言う。
曖昧な基準だけど、この牧歌的な世界ではそれすら難しいのだ。こういう所から考えても、酒ってのは高級アイテムだってのが分かるよな。
と言う薀蓄を携帯百科事典でカンニングしていると、人力車が煉瓦造りの小さな家の前で止まった。
人力車の兄ちゃんが言うには、ここが一番酒の種類を揃えている酒屋だと言う。俺は入り口で待機してくれるように頼むと、その店の中に入った。
「いらっしゃい」
穏やかな大人の男の声がする。
橙色の明かりを灯すシャンデリアの下の棚やテーブルには、そんな穏やかな大人の感性を表すかのように、お洒落に酒の瓶が並べられていた。
ヒューッ、とんでもねえオシャンティショップだぜ。
「あのー、強く酔えてそれなりに珍しい美味しいお酒ってありますか」
なんかとんでもなく面倒臭い要求ですみません。恐る恐るレジに座っている男性に聞くと、相手はニコニコと笑ってこちらに歩み寄って来た。
「それでしたら、ゴルゴーニュの葡萄を使ったワインか、甘さを多く残して作られたお子様にも好評の葡萄酒がありますよ。辛口ではありますが、ヒノワの透明な酒……セイシュと言うそうですが、そのような酒もあります。こちらは玄人に人気ですね。どちらも多少お値段が張りますが、良い品ですよ」
やっぱゴルゴンだかなんだかのワイン、高かったんだ。ヒィ……。
リタリアさん達の貴族レベルが半端ないのが今更思い知らされて怖い。
でも葡萄酒はちょっと気になるな。ジュースっぽいのかも。
そう考えつつ、店主さんに差し出された瓶を見て俺はふと思い出した。
「ヒノワ……そういや、ブラックがヒノワの酒が飲みたいって言ってたな」
「ほう、そのお方はかなりの玄人ですね。ヒノワの酒は流通が少なくとても高価なのです。一つの種類の酒に、辛口甘口などの種類が有るのも珍しい特徴ですね」
日本の酒みたいだな。てか、セイシュって清酒だよな?
爺ちゃんの仏壇にそういうのが供えられてた気がするけど……マジでそうだったらどうしよう。ブラックがますます中年染みて来たぞ。
ファンタジーな世界なんだし、せめてそこはワインとか言ってよブラックさん。
でも、飲みたいって言ってたんなら、買ってあげた方が良いかな。
「あのー、俺お酒は初心者なんですけど、俺も玄人と一緒に呑めるヒノワのお酒って有ります?」
「でしたら、ヒノワ特有の果実を使った酒はいかがでしょう? 独特の風味を持つ酒ですが、こちらは中々手に入らない逸品ですよ」
なるほど、果実酒なら俺もイケるかな。
手に持てるペットボトルくらいの大きさの酒瓶だったけど、お値段は金貨一枚と高価だ。でもまあ、所持金はそこそこ有るし問題ない。
おつまみは塩を振ったナッツが良いと言われたのでそれも購入し、俺は再び人力車に戻った。てかこの世界でもナッツはナッツなのよね。
「兄ちゃん、他に行く所は有るかい」
「いや、今日はこれでいいっす。宿に向かって下さい」
「あいよ。ああそうだ、もし次に出る事があるんなら、今度は宿に頼んで人力車を手配した方がいいぜ。この島に悪人がいるなんて事はねーがよ、人力車の引手にもアンタと話したいって奴は結構いたからな」
「ヒェ……ご、ご忠告ありがとうございます……」
俺、運が良かったな……。
明日はちゃんと宿の人に頼もう。
周りからジロジロ見られないように帳を降ろして隠れながら、俺はやっとの事で宿へと戻った。色々教えてくれたお兄さんには、チップを上乗せして払ったぜ。無事に帰ってこれたんだからケチケチすまい。金よりケツだ。
ついでに宿の支配人さんに明日の人力車を頼んで、俺は部屋へと向かった。
途中、厨房を横切ると、料理人達が満面の笑みで挨拶してくれる。
にこやかにお返事したけど、何かやけに顔を知られてるようで怖いな。
これ、普通なら喜ばしい事なんだけど……今はケツ狙われてるからなあ……。
「はあ……これ、本当に休暇になってんのかなあ……」
旅をしていると他人と触れ合う事ってあまり無いから、みんな一期一会って感じの接し方をしてくれたけど……長く滞在しているとこうなるとはね……。
本当言いたくないけど、この世界の美醜感覚おかしいんとちゃうんか。
俺より美女に視線を向けろ、美女に。
しかしそんな事を叫べる訳もなく、溜息を吐きつつ部屋のドアを開ける。
「おかえり、ツカサ君」
「おーう。ホレ、買って来たぞ!」
どん、と酒をテーブルに置くと、ブラックは首を傾げて近付いてきた。
「そのお酒って……」
「ふっふっふ、ラベルを見てみなさい、ラベルを」
「ラベル? ああ、これか。えーと…………ヒノワ特産、紅龍梅酒……ってこれ、ひ、ヒノワの酒!? つ、ツカサ君これ高かったんじゃ……!」
目を丸くして俺と酒を交互に見るブラックに、俺はふふんと鼻を鳴らした。
そうだろう凄いだろう。俺に感謝しろよ。
っていうかそれ梅酒だったのか。この世界って梅あったのね……。
じゃあアレか。今まで考えないようにしてたけど、もしかしてヒノワってマジで日本みたいな国なのかな? 清酒も梅も存在する黒髪の人族だけの国ってんなら、ソックリと行かなくとも凄くよく似た国なのかも……いや、今はそんな事考えてる場合じゃないか。
慌てて深入りしそうになる思考を戻しながら、俺は胸を張った。
「ふふふ、まあ値段はそれなりだ! でも、アンタ飲みたいって言ってただろ? 俺も飲むんだし、折角の休暇なんだからフンパツしてもイイかなって」
「ぼ、僕のため……!」
「ああ、その要素一割もねーから。俺が飲みたかっただけだから」
後の九割は、勝負を曖昧にする為にアンタにしこたま飲ませたいからだよ!
とは言えずにニコニコと作り笑いをして、俺はブラックを椅子に座らせた。
さあさあ、面倒事は早めに終わらせるに限る。
睡眠薬も使うってのも傷に悪そうだし、そうなれば寝酒で酔わせるしかない。
また変な事言いださない内に潰すに限る。
売られた喧嘩は買ったけどさ、力量差のある相手に正々堂々勝負を挑むほど俺は正義のヒトじゃないもんね~。
「うーん。このお酒で酒豪勝負するのかい?」
「モチのロンよ。ただし、酒呑みのお前はでかいコップ使えよな」
「はいはい、ま、それじゃ昼から飲んだくれと洒落込もうか」
「望むところだっ」
お互いに酒を注いで、コップに口を付ける。
ブラックは大きなコップに注がれた酒を嬉しそうに飲んでたけど、梅酒どころかちゃんと酒の味のするものなんて飲んだ事のない俺には、初めての梅酒はかなりの衝撃だった。
梅のいい香りがして、酒よりも梅の味が強い。だけどアルコール独特の喉を焼いて鼻へ抜けるような感覚が強くて、俺は思わず目を丸くしてしまった。
え、なに、大人ってこんなんいつも飲んでるの?
これを一気って……キツくない?
「どうしたの、ツカサ君」
「い、いや。何でもない」
「そっ、じゃあどんどん行こうよ。さあ、飲んで飲んで」
ブラックは上機嫌で笑いながら、自分のコップと俺のコップにおかわりを注ぐ。
勝負すると言った手前断れなくて、俺は酒を受け取るしかなかった。
ナッツを食べてどうにか口の中に残る酒の味を中和しようとするが、目の奥までじんわりと伝わるアルコールの感覚は醒める事がない。
うわ……やばい……これ実はアルコール度数かなり高い酒……?
「いやー、それにしても嬉しいなあ」
つまみをパクつきながら酒を煽るブラックが、不意にそう言う。
顔を上げて相手を見ると、ブラックは少し潤んだ目をして、嬉しそうに俺を見つめていた。な、なんだよ。早速酔ってんなお前。
「嬉しいって……何が?」
「ツカサ君と一緒にお酒を飲めるなんて、思っても見なかったからさ。今まで一人で飲んでたし、どうせなら好きな人と一緒に飲みたいなとは考えてたけど」
「ばっ……」
「あっ、顔真っ赤だ」
「ばか! 酒に酔ってるんだよ!」
ふざけるな、と睨みつつ、俺はやけ気味に酒を煽る。
だけどブラックは相変わらずニヤニヤしたままで、俺のコップに有無を言わさずまた酒を注いできた。ちくしょう、良いように解釈しやがって。
でも、今まで酒飲んでそんな事思ってたのか。
俺の前で酒を飲む事はわりとあったけど、その時もそんな事思ってたのかな。
勘違いはムカツクけど、そんな願いが叶ってニヤニヤしてるんなら、まあ……。
「ツカサ君、お酒美味しいね」
「……そ、そう?」
「今まで飲んだ中で一番美味しいよ。ツカサ君が買ってきてくれたから」
「…………動揺させる作戦かよ」
「動揺してくれるんだ。嬉しいな」
だーもー勝手に言ってろ。
俺は注がれた梅酒を一気に飲み干して、熱い息を思いっきり吐き出した。
→
「は、はぁ!? 俺が看護!?」
「はい、そうなんです……」
思わず立ち上がった俺に、喫茶店の客の視線が集中する。
慌てて席に着いた俺は、どういうことだと目の前の中年紳士……ザイアンさんに声を潜めて話を続ける。
「あの、看護って言われても俺医者じゃないし心得とかも無いんですけど!」
「看護と言っても難しい事は無いんです、ただその……人のいう事を聞かず、檻の外に出て来てくれないモンスター達をどうか手当てして頂きたく……」
「その説明はさっき聞きましたけど……」
そう、ザイアンさんが俺に深く頭を下げてまで頼みたかった依頼は、彼の療養所に収容されていると言う獣達の看護だった。
ザイアンさんは、捨てられたり主人を亡くした守護獣を保護し、この島で彼らを癒して、新たな主人を見つけるまでの世話をする活動をしていると言う。
守護獣の中には、首輪を付けられたまま契約を解除された獣もいる。
通常、契約が解消されたら守護獣は自由になれるのだが、首輪が付いたままなら話は別だ。彼らは自分ではその首輪を外す事が出来ず、実質人間に支配されたままの状態で彷徨っているのだと言う。
だから彼らは野生のモンスターから爪弾きにされてしまい、時には敵として襲われたりもする。その上、死別した場合なら主人がいない事で暴走したりもするので手が付けられず、そういう守護獣は路頭に迷った挙句駆除されてしまう事が多い。
だけど、相手も一度は人を信頼した存在だ。殺すには忍びないとザイアンさんは考えて、彼らを捕獲して療養所で治療し、新たな主人をお迎えするべく日々熱心に守護獣達の世話をしているらしい。
それを聞く限りはとっても良い話だけど……でも……手負いで凶暴な上に人間を近付けないケモノの看護だなんて、俺に出来る訳がねーだろー!!
「私達も手を尽くしたのです。ですが、彼らは人間不信に陥っていて、どうしてもいう事を聞いてくれず……けれども貴方なら……ダハを契約しないままお供にした貴方なら、彼らを救ってくれるのではないかと……!」
「そう言われると……うーん……。でも、俺とロクはお互い好きだから一緒に居るだけで、他のモンスターと話し合えるかは……」
「頼みます! 一日一度、食事を持って行って話すだけでも良いんです、人との絆を思い出させてやりたいのです! どうか、どうかこの通り……!!」
「あああちょっと、顔っ、顔をあげて!!」
うう……まいったなあ……。
話を聞いていると可哀想ではあるけど……でも、俺看護なんて出来ないし、そもそも凶暴なモンスターとサシで対話とか絶対怖くて出来ないし……。
でも、傷だらけのままっていうのも……。
「彼らは檻に入ってますので安全です、この島に滞在している間、一日一度だけでいいんです。依頼料は金貨二百……いや五百、小切手でお支払いしますので!」
「やります!!」
やったー金貨五百とか銀行にお金あずけられちゃうぞー。
これでしばらく路銀の心配はしなくていいやー。わー。
「ああ、ありがとうございます……! では明日の昼ごろ、サリクさんの治療院の前でお待ちしておりますので……!」
「ハッ……! あっ、ちょ、ちょっとザイアンさん!?」
いかん、大量の金銭に目がくらんで心にもない事を!!
とは思ったけど、時すでにお寿司、いや遅し。
俺が泡を喰ってる間にザイアンさんはさっさと帰ってしまった。
……あの人本当に善人かな。俺ああいう事をする中年が知り合いにいるから凄い不安になって来たんだけど。
しかし、誰もいない所グダグダ言ってももう仕方ないわけで。
「……はぁ……仕方ねぇ……」
まあ、行ってヤバそうだったら逃げ帰ればいいか。
考えてても仕方がないし、ここに居たらまた何かヤバそうだしさっさとトンズラしよう。今度はもう、人力車乗る。絶対一人で散策しない。
そこらへんにたむろしている半裸の兄ちゃんに頼み、俺は人力車に乗って市場へと向かった。ふう、これでとりあえず一安心だ。
しかし……喫茶店って言うから、お茶が出ても普通に飲んでたけど……今考えるとヤバいよな。この世界のお茶だし、凄い高かったんだろうな。
って事は、やっぱりザイアンさんってお金持ちなのか。
服装もしっかりしてたし、多数の動物を養ってるんだから並の金持ちじゃない。じゃあ、やっぱりおちんぎんはたくさんでるのか。
おちんぎん。良い言葉だ。
「ところで兄ちゃん、アンタ大変な事になってるねぇ」
「はい?」
移動する間、車を引いている兄ちゃんに言われて我に返る。
大変な事って……なにが。
頭に疑問符を浮かべる俺に、人力車のあんちゃんは苦笑しながら肩を揺らした。
「アンタ噂になってるよ。可愛い黒髪の子が街中走り回ってるってさ。ここら辺はラッタディアより黒髪がすくねーから目立つんだよ。しかも兄ちゃん、ちっちゃくて顔も可愛いしな」
「ちっちゃくねーよ! あんたらがデカいんだよ!」
「アッハッハ、そりゃそうだな! でも、だからこそ一人で出歩くもんじゃねーぞ。この街は気が合えばすぐベッドに直行って気楽な街だからな。勘違いした観光客が変な事を起こしかねねぇ。昨日はそうでも無かったが、今じゃ街中の寂しい男がアンタに興味津々だ。気を付けなよ」
この世界の人間の平均身長は、俺の身長より高い。
という事実よりも先に、人力車の兄ちゃんが言った事の方が衝撃的過ぎて、俺はもう絶句するしかなかった。
ああ、そうだ。そうだよな。開放的な場所って事はつまり、この街では誘われたら即ベッドに行くみたいな空気が有るって事だよな。って事は、俺だって無理矢理誰かに引き摺られてアッー!な目に遭わないとも限らない。
俺は無詠唱出来るほど曜術をマスターしていないし、黒曜の使者の力なんて以っての外だ。それ以外は一般人な運動音痴の俺には、逃げる術は無い。
やべえ、これ本当に、ブラックが完治するかロクが威嚇してくれなきゃ街を歩けねーじゃん。
「あの……お兄さん、お金はずむんで、宿に帰るまで付いてて貰っていいっすか」
「おっしゃー! あざーす!」
なんかうまく乗せられた気がしないでもないが、仕方がない。
市場を歩いて回るのは諦めて、俺は真っ直ぐに酒を置いてある店に向かった。
酒に関しては、この世界は寛容だ。
そもそも浴びるように飲めるほど酒は一般的ではなく、値段も高い。
一般人は気の抜けたまずいエールと酸っぱいワインを飲むが、それらは二つともアルコール度数なんて有って無いようなモンだ。ノンアルコールと言えば聞こえは良いが、要するに炭酸の抜けた炭酸飲料と同じで粗悪品と言うほかない。
だから、この世界の人達はそれらを酒とは言わなかった。
この世界の酒ってのは、ちゃんと酔える物を言う。
曖昧な基準だけど、この牧歌的な世界ではそれすら難しいのだ。こういう所から考えても、酒ってのは高級アイテムだってのが分かるよな。
と言う薀蓄を携帯百科事典でカンニングしていると、人力車が煉瓦造りの小さな家の前で止まった。
人力車の兄ちゃんが言うには、ここが一番酒の種類を揃えている酒屋だと言う。俺は入り口で待機してくれるように頼むと、その店の中に入った。
「いらっしゃい」
穏やかな大人の男の声がする。
橙色の明かりを灯すシャンデリアの下の棚やテーブルには、そんな穏やかな大人の感性を表すかのように、お洒落に酒の瓶が並べられていた。
ヒューッ、とんでもねえオシャンティショップだぜ。
「あのー、強く酔えてそれなりに珍しい美味しいお酒ってありますか」
なんかとんでもなく面倒臭い要求ですみません。恐る恐るレジに座っている男性に聞くと、相手はニコニコと笑ってこちらに歩み寄って来た。
「それでしたら、ゴルゴーニュの葡萄を使ったワインか、甘さを多く残して作られたお子様にも好評の葡萄酒がありますよ。辛口ではありますが、ヒノワの透明な酒……セイシュと言うそうですが、そのような酒もあります。こちらは玄人に人気ですね。どちらも多少お値段が張りますが、良い品ですよ」
やっぱゴルゴンだかなんだかのワイン、高かったんだ。ヒィ……。
リタリアさん達の貴族レベルが半端ないのが今更思い知らされて怖い。
でも葡萄酒はちょっと気になるな。ジュースっぽいのかも。
そう考えつつ、店主さんに差し出された瓶を見て俺はふと思い出した。
「ヒノワ……そういや、ブラックがヒノワの酒が飲みたいって言ってたな」
「ほう、そのお方はかなりの玄人ですね。ヒノワの酒は流通が少なくとても高価なのです。一つの種類の酒に、辛口甘口などの種類が有るのも珍しい特徴ですね」
日本の酒みたいだな。てか、セイシュって清酒だよな?
爺ちゃんの仏壇にそういうのが供えられてた気がするけど……マジでそうだったらどうしよう。ブラックがますます中年染みて来たぞ。
ファンタジーな世界なんだし、せめてそこはワインとか言ってよブラックさん。
でも、飲みたいって言ってたんなら、買ってあげた方が良いかな。
「あのー、俺お酒は初心者なんですけど、俺も玄人と一緒に呑めるヒノワのお酒って有ります?」
「でしたら、ヒノワ特有の果実を使った酒はいかがでしょう? 独特の風味を持つ酒ですが、こちらは中々手に入らない逸品ですよ」
なるほど、果実酒なら俺もイケるかな。
手に持てるペットボトルくらいの大きさの酒瓶だったけど、お値段は金貨一枚と高価だ。でもまあ、所持金はそこそこ有るし問題ない。
おつまみは塩を振ったナッツが良いと言われたのでそれも購入し、俺は再び人力車に戻った。てかこの世界でもナッツはナッツなのよね。
「兄ちゃん、他に行く所は有るかい」
「いや、今日はこれでいいっす。宿に向かって下さい」
「あいよ。ああそうだ、もし次に出る事があるんなら、今度は宿に頼んで人力車を手配した方がいいぜ。この島に悪人がいるなんて事はねーがよ、人力車の引手にもアンタと話したいって奴は結構いたからな」
「ヒェ……ご、ご忠告ありがとうございます……」
俺、運が良かったな……。
明日はちゃんと宿の人に頼もう。
周りからジロジロ見られないように帳を降ろして隠れながら、俺はやっとの事で宿へと戻った。色々教えてくれたお兄さんには、チップを上乗せして払ったぜ。無事に帰ってこれたんだからケチケチすまい。金よりケツだ。
ついでに宿の支配人さんに明日の人力車を頼んで、俺は部屋へと向かった。
途中、厨房を横切ると、料理人達が満面の笑みで挨拶してくれる。
にこやかにお返事したけど、何かやけに顔を知られてるようで怖いな。
これ、普通なら喜ばしい事なんだけど……今はケツ狙われてるからなあ……。
「はあ……これ、本当に休暇になってんのかなあ……」
旅をしていると他人と触れ合う事ってあまり無いから、みんな一期一会って感じの接し方をしてくれたけど……長く滞在しているとこうなるとはね……。
本当言いたくないけど、この世界の美醜感覚おかしいんとちゃうんか。
俺より美女に視線を向けろ、美女に。
しかしそんな事を叫べる訳もなく、溜息を吐きつつ部屋のドアを開ける。
「おかえり、ツカサ君」
「おーう。ホレ、買って来たぞ!」
どん、と酒をテーブルに置くと、ブラックは首を傾げて近付いてきた。
「そのお酒って……」
「ふっふっふ、ラベルを見てみなさい、ラベルを」
「ラベル? ああ、これか。えーと…………ヒノワ特産、紅龍梅酒……ってこれ、ひ、ヒノワの酒!? つ、ツカサ君これ高かったんじゃ……!」
目を丸くして俺と酒を交互に見るブラックに、俺はふふんと鼻を鳴らした。
そうだろう凄いだろう。俺に感謝しろよ。
っていうかそれ梅酒だったのか。この世界って梅あったのね……。
じゃあアレか。今まで考えないようにしてたけど、もしかしてヒノワってマジで日本みたいな国なのかな? 清酒も梅も存在する黒髪の人族だけの国ってんなら、ソックリと行かなくとも凄くよく似た国なのかも……いや、今はそんな事考えてる場合じゃないか。
慌てて深入りしそうになる思考を戻しながら、俺は胸を張った。
「ふふふ、まあ値段はそれなりだ! でも、アンタ飲みたいって言ってただろ? 俺も飲むんだし、折角の休暇なんだからフンパツしてもイイかなって」
「ぼ、僕のため……!」
「ああ、その要素一割もねーから。俺が飲みたかっただけだから」
後の九割は、勝負を曖昧にする為にアンタにしこたま飲ませたいからだよ!
とは言えずにニコニコと作り笑いをして、俺はブラックを椅子に座らせた。
さあさあ、面倒事は早めに終わらせるに限る。
睡眠薬も使うってのも傷に悪そうだし、そうなれば寝酒で酔わせるしかない。
また変な事言いださない内に潰すに限る。
売られた喧嘩は買ったけどさ、力量差のある相手に正々堂々勝負を挑むほど俺は正義のヒトじゃないもんね~。
「うーん。このお酒で酒豪勝負するのかい?」
「モチのロンよ。ただし、酒呑みのお前はでかいコップ使えよな」
「はいはい、ま、それじゃ昼から飲んだくれと洒落込もうか」
「望むところだっ」
お互いに酒を注いで、コップに口を付ける。
ブラックは大きなコップに注がれた酒を嬉しそうに飲んでたけど、梅酒どころかちゃんと酒の味のするものなんて飲んだ事のない俺には、初めての梅酒はかなりの衝撃だった。
梅のいい香りがして、酒よりも梅の味が強い。だけどアルコール独特の喉を焼いて鼻へ抜けるような感覚が強くて、俺は思わず目を丸くしてしまった。
え、なに、大人ってこんなんいつも飲んでるの?
これを一気って……キツくない?
「どうしたの、ツカサ君」
「い、いや。何でもない」
「そっ、じゃあどんどん行こうよ。さあ、飲んで飲んで」
ブラックは上機嫌で笑いながら、自分のコップと俺のコップにおかわりを注ぐ。
勝負すると言った手前断れなくて、俺は酒を受け取るしかなかった。
ナッツを食べてどうにか口の中に残る酒の味を中和しようとするが、目の奥までじんわりと伝わるアルコールの感覚は醒める事がない。
うわ……やばい……これ実はアルコール度数かなり高い酒……?
「いやー、それにしても嬉しいなあ」
つまみをパクつきながら酒を煽るブラックが、不意にそう言う。
顔を上げて相手を見ると、ブラックは少し潤んだ目をして、嬉しそうに俺を見つめていた。な、なんだよ。早速酔ってんなお前。
「嬉しいって……何が?」
「ツカサ君と一緒にお酒を飲めるなんて、思っても見なかったからさ。今まで一人で飲んでたし、どうせなら好きな人と一緒に飲みたいなとは考えてたけど」
「ばっ……」
「あっ、顔真っ赤だ」
「ばか! 酒に酔ってるんだよ!」
ふざけるな、と睨みつつ、俺はやけ気味に酒を煽る。
だけどブラックは相変わらずニヤニヤしたままで、俺のコップに有無を言わさずまた酒を注いできた。ちくしょう、良いように解釈しやがって。
でも、今まで酒飲んでそんな事思ってたのか。
俺の前で酒を飲む事はわりとあったけど、その時もそんな事思ってたのかな。
勘違いはムカツクけど、そんな願いが叶ってニヤニヤしてるんなら、まあ……。
「ツカサ君、お酒美味しいね」
「……そ、そう?」
「今まで飲んだ中で一番美味しいよ。ツカサ君が買ってきてくれたから」
「…………動揺させる作戦かよ」
「動揺してくれるんだ。嬉しいな」
だーもー勝手に言ってろ。
俺は注がれた梅酒を一気に飲み干して、熱い息を思いっきり吐き出した。
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