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首都ラッタディア、変人達のから騒ぎ編
11.古代遺跡・地下水道―3日目・開門―
しおりを挟む探索三日目にして、俺は早くも帰りたくなってきていた。
いや、同じような眺めばかり続くからじゃない。ミーレスラットがちょろちょろ出てくるからでもない。寝てる最中も水の流れる音がするから、トイレに行きたくなる……なんてのも特に嫌になる要素ではないのだ。
じゃあ何故かと言いますと。
「坊主、えーとその、ラットばっかりだし……お前さんは先生達の護衛頼むな」
「ツカサちゃんにはメシ作って貰ってたりするし、戦闘はアタシらが頑張るよ」
「おう、そうさ。俺だって素早さは中々なんだ、お前は休んでな」
「さ、私達の側にいなさい。無理はしなくていいからね」
そう、傭兵三人組。そしてコータスさんが、優しい。
優しすぎるのがもう、何て言うか、辛いのだ。
理由なんて解りきっている。昨日のこっぱずかしいスライム戦のせいだ。思い出したくもないが、あの時俺は本当に恥ずかしい所をみんなにお見せしてしまった。それを気の毒に思って、みんなが優しくしてくれているのだ。
でも優しくして貰えば貰う程辛い。消えてしまいたくなる。
だって、普通なら絶対ドンビキされてるのにみんな気遣ってくれるんだもの。
普通、あんな光景見せられて優しく出来るか?
女子が襲われるならまだしも、誰がスライムで喘ぐ男の姿を見たいと思うのか。俺が見せつけられた方なら、絶対にヒく。絶対にだ。
喘いだ奴に何言われても三日ぐらいは「お、おう」ってなる自信がある。
なのに彼らは優しく話かけてくれて、その上俺を気遣ってくれるのだ。
本当なら俺ってば村八分にされててもおかしくないのに。
ああ、なんかもう、穴が有ったら入りたい……。
「ツカサ君、大丈夫?」
「キュゥ~……」
「ああ、あんがと……」
ロクが気遣ってくれるのはいつもながら本当ありがたい。が、ブラックは腹の中で何を考えてるか解らなくて、素直にありがとうと言えないんだよなあ。
昨日からなんかニヤニヤしっぱなしだし、何か怪しい。
人の行為を素直に受けられないのは心が疲れてる証拠だ、なんて婆ちゃんが言ってたけど、これは疲れてるとかそういう問題じゃない気がする。
「どうしたの」
「いや……アンタ、なんか俺に隠し事してない?」
そう言うと、ブラックは天井に目をやって、それからにっこりと笑った。
「やだなあツカサ君、隠し事なんて沢山あるじゃない」
「だーっ! そりゃそうだけどなあ! そうじゃなくてっ」
「あっはっは、元気になった元気になった」
きぃいいっ、この野郎俺で遊びやがって!
水路の水を操って飲ましたろかといきり立っていると、前方で靴音が途絶えた。
なんだ、敵か。咄嗟に声を殺して前方を振り返る俺達に、コータスさんは己の唇に人差し指を立てながら、ゆっくりと手招きをした。
セインさん達と一緒にコータスさんの側に行くと、彼は殊更潜めた声で顎を前方にしゃくった。
「見てください……前方の坂道、上の方になにか門が有るのが解りますか」
そう言われて、全員で軽く顎を上げる。
俺達の視界の先には緩やかな上り坂が有り、その上には厳つい鉄の扉が道を遮るようにして鎮座していた。水路は扉の下を通って流れているので、恐らくあれは人を通さないようにするための物だろう。
「両開きの扉だが、鍵穴が有るようにはみえねぇな。それに……扉の周りをネズミやスライムがちょろちょろしてら。まるであの扉の門番みてぇだ」
フェイさんが細かく分析する。さすがは盗賊技術の使い手だ。
俺も視力は良い方だけど、そこまで詳しくは見えない。わりと遠いしそれに緩やかな坂の上の事なのだ、常人には無理だろう。やっぱ盗賊技能すげえわ。
しかし、門番みたいにネズミやスライムがうろついてるって……。
「コータスさん、あの扉の向こうが地下水道の中枢なんですか?」
「私の計算によれば……だがね。この区域まで来たのは私達が初めてだから、予測でしか答えられないのが悔しいけど……」
「まあなんにせよ、あの扉は絶対怪しいな、アタシのカンがそう告げてるよ」
「エリーは結構いいカン持ってるからな。行ってみて損は無いぜ。……しっかし、あの量のモンスターを相手にするのは流石にキツいな……」
確かにそうだ。フェイさんの目測によると、門の前でたむろしているモンスターは、ネズミ六匹にスライム四匹だ。それらは半々に分かれて、水路の両側の通路を行ったり来たりしている。
戦闘となれば、片方だけでも五体のモンスターを相手にしなきゃ行けない。
俺達が今まで出会ったモンスターは、多くてもせいぜい一度に四匹程度だった。しかも、スライムは昨日一度遭遇したきりで、上手くいなせるとは言い難い。
それに、何度も戦闘を繰り返して回復手段もかなり限られてきている……。
出来れば、もうこれ以上戦いたくない。
帰り道で出会うモンスターの事も考えれば、これ以上の戦闘は危険だった。
「……うーん…………」
みんなで悩むが、中々考えが浮かばない。
ここで足踏みしている暇も惜しいんだけどな……と思っていると、ロクが耳元で小さくキュウと鳴いた。
「ん? どうした」
「キュゥ、キュー」
ロクが俺のウェストバッグに向かって鳴いている。
何事かと思って中を確かめてみると――。
「うぇっ」
「どうした、坊主」
「い、いや……スライムの体液がうねうねしてて……」
そう。何かの役に立つかと思って採取したスライムの体液が、瓶の中でうねうねと蠢いていたのだ。さっきまでは全く動いてなかったのに。
鞄から瓶を取り出してみんなに見せると、全員が嫌そうな顔をして慄いた。
そりゃそうだよね。あのスライムだし……。
でもおかしいな。核が無いんだから、動くはずがないんだけど。
「……もしかして……門の前にいるスライムに反応してるのかな」
呟くと、ブラックが俺の言葉に気付いたのか、興味深そうに瓶の中のスライムを観察する。
「確かに……この体液は瓶から出ようとしてるんじゃなくて、上に行こうとしてるね。……別の個体の核に反応して集まろうとしてるのかな」
「あ、そっか……スライムって千切れてもまた元に戻る性質があるんだよな。って事は……液体の部分は、個体ごとに別って訳じゃないのか」
なんだかよく解らないが、簡単に言えば、スライムは他のスライムのちぎれた体を取り込めるらしい。って事は……。
「良い事閃いた! この液体に麻痺薬を混ぜて……」
瓶の中の体液に麻痺薬を加えて、激しくシェイクする。
そして瓶から思いっきり通路へ飛ばしてやると、スライムの体液は勢いよく坂を駆け上って行った。
「ど、どういうこと? ツカサ君何したの?」
「まあ見てなって……フェイさん、どう?」
聞いた途端、フェイさんがあっと声を上げて目を瞬かせた。
「すっ、すげえ……スライムが麻痺して動かなくなったぜ!」
「成程……スライムはあの液状の体に水分を取り込み栄養を核へと送る……それを利用して、スライムの体液に麻痺薬を流し込み、確実に吸収させたんだね! 直接かけても相手には通じないけど、強制的に体液に混ぜ込めば話は別だ。いや、これは思いつかなかった……!」
「だ、ダメモトだったけどな……あんなに上手く行くとは」
ブラックが説明してくれちゃったおかげで、何も言えなくなっちゃったよ畜生。
でも、これでスライムも簡単に倒せるはずだ。貴重な素材を失うのは惜しいが、もうあんな事はごめんだからな。
俺はもう一体のスライムも麻痺薬で痺れさせると、【ラピッド】で自分の跳躍力を増加させ水路を飛び越え、もう片方の通路にいたスライム二対も麻痺させた。
そうなれば、後は俺達の天下である。
これまで何度となくミーレスラットと戦ってきた傭兵三人と俺達は、相手の弱点やクセを心得ている。敵が分散していた事も幸いして、今回は六匹のミーレスラットを楽々倒す事が出来た。
あ、俺曜術使ってませんよ。もう雑草の種が一袋しかないから節約しないとね。コータスさん達の護衛って事で、ベンチでぬくぬくさせて頂きました。
さ、サボってるんじゃないぞ。これも体力消耗を防ぐためだ。
「よしっ……ツカサ君、もう素材はいいよね? 焼いちゃうよ」
「おっけー。沢山持っててもどうかと思うしな」
ここまでの探索で、俺はかなりの【ミーレスラットの外殻】を手に入れている。正直これ以上持ってても使い道がなさそうなので、潔く荼毘に付して頂こう。
スライムもセインさん達がサクッと核を突いて倒し、門の前はやっと片付いた。
今一度安全を確認して、ブラックが俺達を呼ぶ。
「……おお、近付いたら、これぞ厳つい門って感じだな……」
道を塞ぐようにして嵌め込まれている門扉は、ただの鉄扉かと思ったらそうでもなく、古代の紋様っぽいものが細かく彫り込まれていた。
この世界の文字にも似てるけど、どちらかと言うとケルトの……ルーン文字? とか絵文字っぽいものに近い。エジプトな感じもするかも。
「これは……古代ナトラーナ文字だね」
「なとらーな……?」
何だ。どっかで聞いた事有るぞ。
なとらーな……手品ーにゃ……いや違う。そっち方面じゃなくて……。
「あっ……ナトラーナって……ナトラって女神の?」
そう、そうだよ。ナトラーナの「ナトラ」って、ラスターが信仰してた一神教の女神だよ。確か、慈愛の女神とかいう神様で、人々に救いを与えたとかなんとか。
俺の推測は正解だったのか、コータスさんはご名答とばかりに笑顔で頷いた。
「そう、ツカサ君、良く知っていたね。古代ナトラーナ文字というのは、その名の通り女神ナトラを崇拝する古代の宗教国家が使っていた文字なんだ。このラッタディアの地下水道を造ったのも、その古代国家と言われているよ」
「ほぉ……そんな古い時代の……コータスさん、読めます?」
「これでも考古学者だから、少しはね。ええと……」
コータスさんが扉の文字を指でなぞる。
俺達は翻訳を待って、ドキドキしながらコータスさんが振り返るのを待った。
やがて、神妙な顔をしてコータスさんが俺達の方を向く。
何を言うのか、と喉を鳴らす俺達に向けて……コータスさんはこう言い放った。
「こっから先ゎ、超すげートコだから、ぇらい人以外ダメ~」
…………ん?
「せ、先生?」
「えーと、もう一回お願いしていいですか」
「だから『こっから先ゎ超スゲートコだから、ぇらい人以外ダメ~』と」
駄目だ、ちょっと、ちょっと待って。頭痛い。
どういう事? 古代ナトラーナ文字ってそう言う事が書いてあるの?
いやまさかそんな、古代文字がそんな一昔前の女子高生みたいな古い口調で再現出来る訳がないし、そんなんあり得ないし……。
でも、コータスさんは大真面目な顔して今のを喋った訳で……。
「ええと……俺の聞き間違いだったら申し訳ないんですけど……あの……物凄~く軽くないですか、そのー……その、古代文字」
「先生ぇ~、冗談よそうぜ?」
「いや本当にそう書いてあるんですって」
ごちゃごちゃ言っていると、今まで一言も喋らずじっとしていたマグナが、俺達を押しのけて門の前までやって来た。生きとったんかいワレ。
そうして、じっと扉の文字を見てから俺達に振り返る。
「……博士の言っている事は確かだ。古代ナトラーナ文字は、女神ナトラの口調に倣って作られた為に、他の古代文字よりも解読するのが難しく、言語化すると頭の悪い女のような口調になる。更に言えば、この扉は水の曜術で扉全体に水を掛けなければ開かないらしい。古代にも水路管理士が存在していた証拠になるかもな」
……貴方この地下水道に入って初めて長台詞喋りましたね。
ぽかーんとして見ていた俺達だったが、すぐに我に返って話を再開する。
「って事は……この先に中枢部がある可能性は高いよな?」
「立ち入り禁止……だもんね、セイン」
「しかし、水の曜術ってーと……」
全員が一斉に俺の方を向く。
……あ、はい。俺ですね。水路の水を使えって事ですね……。
「うう……やだ……綺麗でも下水の水に触れたくないよう……」
「つ、ツカサ君頑張れ! ほらっ、中枢部まであとちょっとだよ!」
「キューッ! キュッキュー!」
うぐううう応援してくれるのは嬉しいけど、俺の退路が塞がっていくぅうう。
畜生、でもやらないと先に進めないし。帰れないし。まあ、下水って言っても、綺麗だし……綺麗だし……!!
「うぅ……水よ、扉を覆え……【カレント】……」
初めて実戦で使う水の中級術が、下水って嫌すぎる……。
とは思いつつも、きっちり扉に水を流し込む俺だった。
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