異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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首都ラッタディア、変人達のから騒ぎ編

7.古代遺跡・地下水道―探索準備―

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 そしてなんやかんや有って、遺跡調査当日。
 しっかりと下水道……いや、地下水道に挑む準備をした俺達は、ラッタディアの街の端に在る貯水場へと向かった。
 貯水場は、山脈から流れてくる水を一時的に溜める施設……らしい。

 らしいってのは、この施設の正体はまだよく解ってないから。
 俺達の世界では、貯水場ってのは水を浄化したり、生水を消毒して気軽に飲めるようにする施設になっている。つまりは浄水場って事なんだけど……この世界だとどうなんだろう。シアンさんの話では、この貯水場はラッタディアの街の水路に水を送る重要な施設には間違いないらしいが。

「にしても……めっちゃ広いな、この貯水場」
「しかもちゃんと整備されてるね。これで草木でもあれば立派な庭園なんだが」

 黄土色の煉瓦が地面に敷き詰められた、だだっぴろい空間。その地面には幾つかの溝が掘られていて、そこを勢いよく水が流れている。
 あみだくじのように複雑に入り組んでいる溝の起点へと向かうと、そこには大きな真四角のほりが造られていた。
 周囲が黄土色の煉瓦の床だからか、マジで古代の学校用プールに見える。
 プールの向こう側に小さな建物が見えるってのが更に学校感増すわ……。

「ああ、君達が監視長の口添えで来てくれた人達だね」

 ぼけっと見ていた俺達の耳に、急に遠くから声が掛けられた。
 どこから声がと見渡してみると、プールの向こう側で誰かが手を振っている。
 あの人が調査隊の人だろうか。近付いてみると、そこにはもう数人の隊員がそれぞれに準備を進めて俺達を待ち構えていた。

 時間より早く来たつもりだったんだけど、ちょっと遅かったかな。
 思わず心配になったが、手を振った人は爽やかに笑いつつ近付いて来てくれた。

「随分早かったね。けれど、まだ私達は準備が終わってないんだ。申し訳ないが、準備が終わるまで少し待ってくれるかな」
「あのー、みなさん調査隊の?」
「そうだよ。と言っても、私とそこのマグナ君以外は君達と同じ冒険者だけどね。おっと、申し遅れました。私は地下水道探索責任者のレピッド・コータス。二十年ほどこの地下水道の研究を続けている考古学者だよ」

 そう言って握手をしてくれた挨拶の人は、短く刈り込んだ赤紫色の髪に、漆黒の瞳をした壮年の爽やかなおじさんだった。おう。ブラックとはえらい違いだな。

「君がツカサ君で……そちらがブラックさんですね。今日は宜しくお願いします」
「ええ、こちらこそ」

 むさ苦しい中年と爽やかな中年が握手する。
 お互い笑顔だが、ブラックはロクな事考えてないんだろうなあ。
 そう思いつつ、先程軽く紹介されたマグナという人を見やると、彼はこちらなど気にもせずに何やら金属っぽい物を弄繰り回していた。マグナという青年が何かを呟くたびに、金属の形がぐねぐねと変わる。
 もしかして……あれが、金の曜術師?

 金の曜術師って鍛冶師とか加工する職業の人が多いって言うけど、マグナという青年は、そんな荒っぽい感じでもなかった。
 クセひとつ無い首辺りまで伸びた銀髪。それに驚くほど赤い瞳。肌も白く顔立ちはクールな美青年って感じで、冒険者ルックもどこか洗練されていた。むう、俺のクラスの女子にモテそう。いけすかない。

 いや、しかし、重要なのはそんな部分じゃない。
 あのマグナという青年を見た時、俺は気付いたんだ。
 彼の耳の先が――――少し、尖っているって事に。

 ……あれって、魔族……だよな? 違うかな。
 異世界だし、耳が尖ってるのだって一般的なのかもしれないしなあ……。

「ツカサ君、どうしたの?」
「あ、いや……コータスさん、あのマグナって人は……?」
「彼はマグナ=ロンズ=デイライトっていう金の曜術師だよ。プレイン共和国の人なんだけど、今回の調査に参加したいって【世界協定】を通して言って来てね……私も素性はよく知らないんだが、そんな無茶苦茶な事を通せるんだから、多分結構偉い人なんだろう。博士かなにかじゃないかな」
「はあ、そうなると厄介ですね……。世界協定は基本的に個人の支援などしませんし、そんなワガママを通せるとしたら相当地位の高い人間でしょうから」

 まあ、国が集まって話し合う機関なんだから、個人の要望に一々答える筋合いはないよな。そんな組織に物言いするなんて、確かに地位が高い奴のイメージしか思い浮かばない。あのマグナって奴は特別枠かコネでもあるんだろうか。

 博士だか何だか知らないが、やっぱりいけ好かないイケメンだ。
 しかしなんか妙に気になるなあ……帰ったらシアンさんにマグナの事を聞いてみようかな。シアンさんは世界協定の幹部だし、監視者だから何か知ってるかも。

「おう、先生さんよ、準備できたぜ」
「出来ましたか。あ、そうそう、皆さんに紹介しますね。日の曜術師のツカサさんと、月の曜術師のブラックさんです。今回は中枢部まで向かうので、皆さんの後方支援を行って貰おうと思ってお呼びしました。よろしくお願いしますね」

 コータスさんがそう言うと、準備をしていた先程の調査隊の人達は口々に挨拶をしてくれた。人達って言っても三人しかいないが、それでもみんなガタイが良くて強面だったから、ちょっとビビってたんだよな俺。
 みんな優しそうでホッとした。

 話を聞くと、彼らは傭兵兼冒険者をやっているパーティーらしく、コータスさんの調査に度々駆り出されているのだそうだ。
 そういう事をフレンドリーに話してくれたのは、三人の中でも一番陽気なゴリ……マッチョ体型の青年セインさん。そのセインさんを押さえるのが、剣士系クール筋肉美女のエリーさん。そして最後が盗賊系技術を持つちょっと頬がこけた頭脳派、フェイさんだ。

 彼らは曜術師ではないが、三人とも結構な気の付加術の使い手だと言う。
 今までの調査は、彼らの索敵能力のお蔭で無事に行えていたんだとか。

「……ん? 無事に? 無事にってなに?」
「さあ、行こうか坊主。あすこの小屋に地下水道へ降りる階段が有るんだぜ。地下水道は迷路だから、普段は誰も入れないように封鎖してあるんだ」
「あのセインさん、無事にってなんですか?」
「さあさあ、さっさと行くぞ」

 ああ、誰も答えてくれない。これ故意ですよね、わざとですよね。
 エリーさんとセインさんの後ろに付いて行きながら、唯一フェイさんだけが申し訳なさそうにこっちを見てくれる。理解しました。あの二人、人の話聞かない系の元気な人達なんですね。オッケーです。

「ツカサ君、一つ言い忘れてた事を思い出したんだけどね」
「うん」
「索敵ってね、大体、モンスターがいるって思ってなきゃ使わない物なんだよ」
「……ブラック、俺の事バカにしてる?」
「いや、一応言っておいた方が覚悟出来るかなって」

 そうね。悶々とするより覚悟決めて挑んだ方がいいよね。
 ブラックの気遣いはありがたく受け取って置こう。お礼の意味も込めて肩を叩くと、俺達はコータス先生一行に続いて小屋へと足を踏み入れた。

 プールの端に見えていた小屋には、これといった施設は無く、ただ重たそうな鉄扉が地面にがっちりと嵌っているだけだった。
 その鉄扉の鍵を、コータスさんが外す。
 セインさんとエリーさんの二人がかりで開いた鉄扉の中には、外の黄土色の煉瓦と同じもので造られた階段が下へと続いていた。

「階段を下りるまで薄暗いですが、我慢してくださいね」

 そう言いつつ、コータスさんとマグナが先に降りる。
 傭兵より先って事は、降りてすぐの場所は絶対に安全なんだろうな。
 躊躇ちゅうちょなく進む三人組の後に続き、俺とブラックも階段を下る。

 階段はとても長く狭い。降りる内に段々と外の日の光が届かなくなっていく。
 前方でコータスさんがランプを灯してくれているが、それでも人ひとりやっと通れる狭さの古代の階段なのだ。俺達の所に届く光は随分と心許こころもとなかった。

「キュー」
「ロクは前が見えるのか?」
「キュキュー!」

 蛇って暗視機能とかあったっけ。なんにせよ、俺の肩に乗っている相棒は今日も頼もしい。ロクは階段の先を興味深そうにじっと見つめている。
 最近眠る事が多くなったから無理はさせられないけど、いざとなったら協力して貰おう。と言っても、絶対に危ない事なんてさせないけどな。

 ――暫し前を見つつ、数十分進んだだろうか。
 前方から階段を下りる音ではない、何か立ち止まったような音が聞こえて、俺とブラックは顔を見合わせた。

「ちょっと待っててね」

 階段の先を染めている暗闇の中から、気楽そうな声が聞こえる。
 カツンカツンと何かを打ち合わせるような音がしたと思ったら、急に暗闇から光が溢れだした。今じゃ階段の方が暗いほどだ。

「な、なにしたんスか?」

 思わず前方のフェイさんに聞くと、彼は肩越しに振り返ってどこか得意げに説明し始めた。

「この地下水道はな、壁についてる窪みに炎の曜気を籠めた結晶を打ち付けたら、ああやって明かりが灯るようになってんだ。仕組みはよく解らんらしいが、窪みは壁の内部で全部繋がってて、どこか一つに炎の曜気が流れ込めば、一斉に明かりがく。先生が言うには、曜気が送られる事で中で何かが発火してるんだと」
「へー……さすがは古代遺跡……」

 冒険考古学者の映画みたいで格好いいな。もしかしたらお宝とかあるのかも?
 と言っても、クリスタルの骸骨とかそう言うのはごめんだが。

 階段を降り切ると、そこには広い水路があり両端に長く続く通路があった。
 通路はわりと広くて、五人くらい横並びで歩いても問題は無い。下水道って暗くて狭いイメージが有ったけど、ここは広くて天井も高いな。

「ようこそ、ラッタディア地下水道遺跡へ」
「うわー……結構広いんすね。ってか……あれ、嫌な臭いとかしない……」
「不思議だろう? ラッタディアの汚水はね、地下水道の上にある汚水路に集められて、どこかに流れて行くんだ。で、その“どこか”を通って来た汚水は、何故だかこんな風に透き通って美しい普通の水になっている。……だから臭いは無いんだ。まあ、そうは言っても流れたての水だし、触ったり汲むのは遠慮したいけどね」

 はー……そういやどっかのテーマパークでもそう言う施設があったな。
 汚水を濾すかなんかして完全に綺麗にして再利用するシステムがあって、環境に優しいだかなんだか。もしかしたら、この地下水道にもそんな浄化用の機械が有るんだろうか。コータスさんは中枢部にそれが有ると考えてるとか?

「さあ、まずは休憩地点まで頑張ろう」

 コータスさん達が言うには、地下水道には幾つかの休憩地点が有るらしい。
 ラッタディアの下を縦横無尽に走るこの地下水道はあまりにも広大で、踏破されている部分はまだ半分ほどだと言う。コータスさんや様々な研究家が何百年も探索し続けてるけど、未だに中枢部には辿り着けていないのだ。
 そんな場所だからか、古代の人達もずっと歩くのは面倒だったらしく、要所要所で人がのんびりと休める安全地帯が造られているとの事。

 うーん、本当に迷宮っぽいな。これじゃマジで古代遺跡ダンジョンまんまだ。
 遺跡調査って言うから安心してたのに、これじゃ不安になってくる。
 俺達の装備で大丈夫かな……?

「ツカサ君」
「なに?」
「この遺跡……凄いね。ただの下水道って訳じゃないのかも。照明一つとっても、上手く曜気を使ってる。普通、こういう人が近寄らない施設では、曜具なんか全く使われてないのに」

 曜具ようぐ……そういや、そんなのも有ったな。
 術師が曜気を籠めることで使えるようになるマジックアイテムだっけ。

 俺の携帯百科事典もそうだし、ギルドなんかに置いてある曜術が付加された道具もそうだ。俺達が旅してる場所はあんまり魔法とかと関係ないから忘れてたけど、この世界にもそういうアイテムが有ったんだったな。

 俺はこの世界を見て回った訳じゃないからなんとも言えないが、ブラックがそう言うって事は、曜具の照明は世界的にも珍しいんだろう。

「これも古代技術ってやつかぁ……」

 通路の壁には横一直線のくぼみと、そこに等間隔に丸く掘られた部分が有り、その丸い場所がぼんやりと光っている。さっきのフィルさんの説明通りなら、これらも曜具だ。丸い窪みを見てみると、どうやらその部分だけが薄く透けているようで、壁の向こう側にはゆらゆらと炎が揺れているようだった。

「はー……じゃあ、この遺跡ってもしかしたら結構重要な施設なのか?」
「恐らくね。まあ、下水道がある街っていうのは数えるほどしかないくらいだし、その全ての都市がこのラッタディアの地下水道を元に作られてるくらいだから……中枢部には凄い秘密が隠されているかも」

 なるほど。そりゃはるばるプレインから学者が来たがるわけだ。
 でも奥さん、この遺跡ってモンスター出るんでしょ?
 悪い予感しかしないんですけど。

「遺跡調査って……五泊六日だよな」
「うーん……その間、何も起こらないと良いけどねえ」

 モンスターが出る、途方もなくでっかい地下迷宮。
 そんなもんがダンジョン初挑戦だなんて……やばい仕事引き受けちゃったなあ。









▼現在のアイテム(探索一日目)

 ○回復系
  ・自家製回復薬(中)×40個
  ・毒消し薬(中)  ×20個
  ・包帯1ロール  ×5 個
  ・気付け薬酒   ×2 瓶
  ・リモナの実(袋)×3  袋(レモンに似た実、眠気覚ましの薬)

 ○攻撃系
  ・狩猟用麻痺薬(中)×20個
  ・自家製睡眠薬(中)×2 瓶
  ・雑草の種(小袋) ×2 袋

 ○その他
  ・清潔な布     ×10枚(ハンカチ大の大きさ)
  ・飲み水(中)   ×5 瓶
  ・水琅石のランプ  ×1 個
  ・狩猟用ナイフ   ×1 個
  ・小さな弓    ×1 挺
  ・丈夫な弦(一巻)×2 個

  その他、保存食や日持ちのする野菜。







 
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