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アコール卿国、波瀾万丈人助け編
1.初めて歩く旅の道
しおりを挟む「えーと。アコール卿国の植物、アコール卿国の植物……」
「キュー。キュキュー」
「初めて見るのはないなあ、ロク」
「ゥキュ~」
長閑な草原の道を歩きつつ、俺は雑草を流し見る。
人家が遠い場所だからか、植物ものびのびと成長しているようだ。モギも低木のまま残ってたりして、いかにも「ザ・野生!」って感じだけど、これといって目を引くような植物は今の所見かけない。
ライクネスから出てすぐの場所だし、まだ植生の違う場所に来てないのかな。
はるか遠くに見えなくなった砦を振り返りつつ、俺はアコール卿国の地図を取り出した。
――アコール卿国は、ライクネスの延長線上にあるような小さな国だ。
他国は日々進化を続けているのに、この国は全く進化を求めていない。宗主国であるライクネスの精神に則り「自然第一、伝統第一」でのんびりと牧歌的な暮らしを営んでいる。携帯百科事典(俺命名)によると、アコール卿国は昔ながらの農耕と放牧で生計を立てており、自給自足に近い国なんだそうだ。
だからか知らないが、小さいなりに結構村や町がバラけていて、それなりに移動に時間を食いそうなエリアとなっていた。
「うーんしかし、生えてる植物はライクネスと変わらないなー」
「まだここは西の方だからね。もっと南に行けば変わってくると思うよ」
隣を歩いているブラックが、俺の持っている地図を覗いて来る。
顔が近いのはもう毎度の事なので置いておくとして、もっと南か。感覚的に暑くなってきたと思う程度じゃなきゃ、そうそう目に見えて生える植物が変わる事もないみたいだな。
「そっかぁ……じゃあ暫くは図鑑も出番がないな」
「まあ、そういう事だね。さあもう少し歩こう。夕方には村に着かないと……日が暮れたらモンスターが出やすくなる」
身軽な荷物を背負って周囲を確認するブラックは、姿だけ見ればいっぱしの冒険者に見える。やっぱり肩当てついたマント格好いいなあ。現実じゃ見かけた事すらないけど、ファンタジー世界じゃ宝石とか嵌め込まれてる肩当て付きマントはお約束だ。似合うかは解らないけど、俺もちょっと着てみたい。
でも、値段が解らなかったんだよなあ。ザドじゃ置いてなかったし。
しかも、ザドの砦では買い食いするわ美味しそうなドライフルーツ買っちゃうわで、つい出費してしまったからこれからは倹約せねば。
あまりにもゲームっぽいからついはしゃいでしまった。テヘペロ。
とにかくまずは村に行かないとな。砦から一番近い村ってーと……。
「えーと……このヒュカって村が一番近いんだよな?」
「そうそう。あ、そうだ。村に入ってもあんまり油断しちゃだめだよ、ツカサ君。村はね、街や観光地とは違って障壁を張ってないんだ」
「え、そうなの? てっきり村にも張ってあるんだと思ってた……」
「障壁を発生させる曜具はかなり高価だから、普通の村じゃまず買えないんだよ。買えても、時限のある廉価版だったりする所が殆どだしね。だから村には傭兵や自警団がいて、周囲を守ってたりするんだけど……全方位が安全な訳じゃないから、あんまり僕の側を離れないでね」
改めて一緒に居ろと命令するとは、はて面妖な。
ぼくは強いから守ってあげるよって言ってるのかと思ったけど、この流れだとそうじゃないよな。
「もしかして、ブラックは障壁術とか使えるのか?」
「うん。ちょっとだけね。僕は守ったり癒したりする術はあんまり得意じゃあないけど……ごく狭い範囲の障壁くらいなら作れるから」
「狭い範囲って、どのくらい?」
「君が抱き着いてやっと障壁に入れるくらい」
……図書館で借りた本に障壁術の事が載ってたな。
あれって【気】で使える術だけど、その代わりかなり難しいって書いてあった気がする。発動するだけでも大変で、その上熟練の術者じゃないと制御も無理だし、術者の思いやりの心に影響して範囲が決まるとも書かれていたような。
と言うことは、ブラックの狭すぎる障壁は要するに「心が狭い」って事で……。
って、お前どんだけ他人守りたくないんだよ。心閉ざすにもほどがあるだろ。
「と、ともかく、村でも油断は禁物って訳だな。わかった」
「そうそう。だからね、夜は一緒のベッドで寝ようねツカサ君」
「お前のような色欲魔神と同衾するぐらいなら納屋の藁の上で寝る」
「色欲魔神だなんて……照れちゃうな~」
「褒めてない!!」
どこを取って褒められたと思ってるんだこいつは!!
寝袋で体がバキバキになるのも嫌だけど、コイツと同じ部屋で寝るのも嫌だな。大自然の中なら逃げ回れるけど、部屋となるとどうなるか解らん。
なんせ俺とブラックの体格差はかなりある。百七十にギリ届かない成長途中の俺と百八十はあるだろうコイツでは、勝負なんてするだけ無駄だろう。
温泉郷の時は色々あって免れてたけど、今回は何もないからな……しかもこのオッサン、浮かれている。二人旅に確実に浮かれている。何をするかわからん。
…………睡眠薬とかしびれ薬とか作ってみようかな。
携帯百科事典には曜術を使わない調合辞典も入ってるし、俺の身の安全の為に探してみよう。ブラックに気付かれないように、こっそりと。
「どしたのツカサ君」
「な、なんでもない! さーロク急ごうなー!」
「キュー!」
道の先に村が見えるのはいつだろうなあ。
出来ればモンスターが出る前に着きたいなと思いつつ、俺は早足で道を進んだ。
時間を知らせる鐘がない外の世界では、今が何時なのかは解らない。
空の色が変わるのを見て大体の時間を予測するだけで、自分がどのくらい歩いたのかも道標が無ければ把握できなかった。
徒歩の旅って結構辛い。しかもこの世界って道沿いには何の店もないし、地面もコンクリートなんかで舗装されてないから足にはかなりの負担が掛かる。
歩くのは嫌いじゃないし、思う存分でっかい自然を堪能してたから嫌ではないんだけどさ、なんていうか……運動能力ゼロの俺にはマジできつい。
暮れかけた空の下、前方左にうっすらと見えた民家の塊を発見してなけりゃ、俺はもう行き倒れているところだった。
ううう、俺ってなんて体力ないんだ。隣でブラックが涼しい顔をしてビシッと立ってやがるのがまた憎らしい。くそう、俺の若い力はどこいった。
「ほらほらツカサ君、もうすぐだよ。さ、もうちょっと頑張ろう」
「うぐぅう……足がめっちゃガクガクする……」
「おんぶしてあげようか?」
「嫌です歩きます」
何でこの年で大人におんぶして貰わなきゃいけねーんだ。
羞恥プレイされるくらいなら歩く、歩きます。ちくしょー宿に入ったら思う存分ゴロゴロしてやる。もう半ば気合だけで足を引き摺って、俺はなんとか村の前まで歩き切った。ああ、もうだめ。本当だめ。
村を囲む柵に凭れ、ぜえはあ言いながら俺はヒュカ村を見渡す。
「な……ハァ、ハァ……なんか……こじんまり、っ、してるな……っ」
「ここは小さい規模の村だからね。でも、宿屋は確か大きかったはずだよ。さあ、もうちょっとだ」
よろよろと立ち上がって、村に入る。
木造の簡素な家々はまさしくヨーロッパの農村って感じだけど、そこまで貧しげな感じはしない。木の家っていっても、和風と洋風じゃえらい違いだ。
少し息が整って来たので、宿に行く途中きょろきょろと見渡してみる。家の裏には畑らしきものがあるようで、盛り上がった土なんかがちらっと見えた。
そういや今まで畑とか見かけた事なかったな。何を作ってるんだろう。
にしても、人気のない村だ。さっきから人っ子一人見かけない。
……田舎って日本でも異世界でも閑散としてるのは変わんないのかな?
そんな変な事を考えつつ村の中程あたりまでくると、他の家よりも大きな建物が見えた。どうやらここが今日泊まる宿らしい。
【綿兎の宿】と書かれた看板は年季が入っていて、西洋風なのに格式が感じられる。これぞ旅人の宿って感じでなんかワクワクするな。
中に入ると、ゲームよろしく真正面にカウンターが有った。
そこにはやっぱりちょび髭の小太りなおじさんが座っている。
「いらっしゃい」
「部屋空いてますか。二人部屋がいいんですが」
「ああ、丁度空いてるよ。夕食はこれからだが……付けとくかい? いらないんなら、代金から引いておくが」
「いえ、頂きます。で、料金は」
「ええと、二人部屋二食付きで……お一人様一泊180ケルブですな」
えーと……銀貨一枚と銅貨八十枚か。そんなに銅貨持てるか畜生。いくら銅貨が十円玉より薄くて平べったくても流石に重いわ。
要するに、銀貨二枚ね。奢られるのも癪なので、ブラックにはきっちり俺の分の代金を渡した。……まあ、俺の所持金の六割くらいは女将さんがブラックから巻き上げた金で支払われたお給金なので、実質払って貰ってるのに変わりはないんだが……。
ふ、深くは考えない事にしよう。
「食事は食堂にてお願いしますね。湯が必要でしたら後からお運びしますんで……おおい、ムルカ!」
「はーい!」
廊下の奥から白いエプロンをつけた三つ編みの女の子がやってくる。
赤毛でそばかす、だけどくりっとした目が可愛いくて穢れを知らなさそう。
こ、これは。この属性は……昔のアニメに出て来そうなカントリーガールだ!!
やばい超可愛い。超お友達になりたい。
「長旅お疲れ様です! お荷物お持ちします……って、あらー」
こっちにやって来るなり、ムルカちゃんは俺達を見て赤くなってしまった。
可愛い……これがゲームの世界だったら間違いなく落としてるのに悔しい。でも宿屋の娘さんって可愛いのに攻略不可な場合が多いんだよな。あー積んでるゲームが恋しい。この世界に来る前にクリアしておけばよかった……。
などと俺が思っていると、ムルカちゃんはとんでもない事を言いだす。
「格好いいおじさまと可愛らしい奥方様でとてもお似合いですぅ……」
「はい?」
「え? 新婚旅行でこの国に来られたのではないのですか?」
「アーッ違いますー!!」
「はれ? 違うんですか! し、失礼しましたぁ!」
トンデモナイ勘違いしてたこの子ー!
まって腐女子キャラ萌えはさすがに俺もまだ得意じゃないっていうか自分にそういう視線を向けて貰っては困りま……いや、この世界は男同士で結婚が普通だったな……ムルカちゃんが勘違いするのは仕方ないのか……。
普通に旅の仲間ですねって言ってくれる女の子、これからどれくらいいるのかな……ハハ……。
ていうか格好いいおじさまって誰。
まって。ムルカちゃん荷物持って行かないで。俺に釈明させて。
あとそいつ色情狂だから近付いちゃダメ。話かけたら汚れちゃう。
「あはは、ムルカちゃんはお世辞が上手だね」
「そんな事ないですよ~! それに、あたしそんな綺麗な赤髪が本当羨ましくて。あたしのくすんじゃってるんで……生まれた時は綺麗だったんですけど、農業してたら日に当たってばっかりでしょ? だから、くすくすになって」
荷物を持ちながらしょぼんとするムルカちゃん。撫でたい。
確かに、ブラックの髪と比べると彼女の髪色はくすんでいるが、ムルカちゃんの髪は捻じ曲がってない分、上質な糸みたいで綺麗なんだけどなあ。
なんか、あれかな。潤いが足りないみたいな話なのか。
「お客さん達の部屋は八号室になります~。はい、これ鍵です。お食事はお早めにお願いしますね」
「ああ、ありがとう」
髪の毛について考えている内に、部屋へと着いてしまった。
この世界の簡素な宿っていうのは部屋が狭いもので、造り的には俺の世界のビジネスホテルと変わらない。二つのベッドと小さなテーブルだけで部屋は満杯だ。ベッドは乾草のベッドらしく、微かに青臭い香りがした。
ここだけは律儀にファンタジー仕様だ。座ってみると意外とふわっとしてて、かなり体が沈むけどそこそこ気持ちいい。結構快適かも。
「あんまり遅くなると悪いし、食事しに行こうか」
「そうだな。このままだと寝ちゃいそうだし」
「はは、ツカサ君今日は頑張ったもんね」
おう頑張ったともさ。でも、これからはこれ以上に歩く事になるんだよなあ。
いつまでもヘバってブラックに笑われるのは悔しいし、体力つけなきゃな。
とりあえず、今日はメシをたらふく食べてぐっすり眠ろう。
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