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王都シミラル、貴族の陰謀と旅立ち編
20.冒険者は勇気と共に世界を行く
しおりを挟むラスターの後に続き廊下を歩いて、俺達は応接室に入る。
廊下は結構豪華だったけど、応接室も石造りの城なりにちゃんとしてて凄い。
キョロキョロしながら椅子に座ると、対面にラスターとラーミンが座って来た。
「その後つつがなく暮らしていたか、ツカサ」
「うん。ラスターが口止めしといてくれたおかげで平和そのもの」
「そうか、それは良かったが……」
ギロリ、とラスターの辛辣な目が俺の隣のブラックに向く。
「このむさい上に胡散臭くていやらしさが滲み出ている中年に何もされてないか。この完璧且つ有能な俺の行動には間違いはないが故、お前の身に危険は無かったと確信しているが……お前の隣のムサ中年については俺の範疇ではないのでな」
激しいディスりに、ブラックも負けじとニコニコ笑いながら首をかしげる。
「大丈夫だよね~、ツカサ君。キミを無理矢理拉致した挙句危ない事に巻き込んだお貴族様の見立てなんて聞けたもんじゃなし、そんな事を言われても返って迷惑なだけだよねぇ~」
「ほぉ……? 貴様、輝かしき英雄の血統であり華麗なる貴族である勇者の俺と、一戦交えたいようだな」
「まだ選定の儀すら済んでないのに勇者だなんて、大言壮語も甚だしいねえ。僕に勝てると思うんなら、すぐにでも沈めてあげていいんだよ? お坊ちゃん」
「だーもーやめろって二人とも! 話が進まない!」
どーどー言いながら必死に宥めると、鼻息を荒くしながらも大人二人は渋々椅子に座りなおした。お願い、あんたらちったあ大人らしい対応をして下さい。
疲れ果てる俺に、ラーミンは「可哀想……」とでも言っているような目を向けていたが、気を取り直すように丸眼鏡を直して話を再開した。
「先程も言いましたが、今回の件はツカサさん達に本当にお世話になりましたので……これくらいでは感謝の気持ちには全然足りないのですが、少しでもツカサさん達の旅の手助けになればと思いましてこれを……」
そう言いながら、ラーミンはテーブルの下から三つの木箱を取り出した。
三つもって……まさか選ぶのかなと思ってたら、ラスターがそれぞれを指さして説明し始める。
「それぞれが、俺、フィルバード家、そしてラーミンからだ。お前は調合が趣味のようだし、本を贈ろうかとも考えたのだが……旅をするなら分厚い本は少々邪魔だ。なので、お前の旅が少しでも楽になるような物を用意した」
「では、まずは私と商人仲間から……ささやかな品ではありますが」
言いながら、ラーミンは大きな木箱を開けた。
そこにはぎっしりと綿が詰まっており、綿に守られるかのように小ぶりのウェストバッグが収められていた。かぶせが付いていて、いかにも冒険者用って感じだ。手に取って開いてみると、わりと物が入りそうな余裕がある。
けど、中には小さなポケットが六つ付いていて、そこにはカプセルのようなものがサイズぴったしで収まっていた。……なんだこれ。
「これは【スクナビ】という凝縮術を籠めた曜具と、それを収納する為の鞄です」
「曜具って……このカプセル……いや、ナッツみたいなの全部?」
「はい。六つ全てが【スクナビ・ナッツ】と呼ばれる曜具で、それぞれ一つずつに、一種類の品物を収める事が出来ます。術を使うので品物の大きさは問いません。ただ、制限がありまして……山とか、巨大すぎる物は流石に無理ですし、生きてる物や他人の所有物はナッツに入れる事が出来ません。それに保冷機能もないから、放っておけば腐りますので……あまり有用ではないかなとは思うのですが……」
「いやいや凄いですって! でもこれ、相当なお値段するんじゃ……」
曜具って、確か金の曜術師が作ったものは滅茶苦茶高かったよな。
そんな物をポンとプレゼントなんて、大丈夫なの。
思わず顔色を窺ってしまう俺に、ラーミンは朗らかに笑う。
「あのままだと、私達商人は職を失う所だったんです。これでも安いくらいですよ。それより、少しでもツカサさんの旅に貢献できればいいのですが」
「いやもう本当に助かります、ありがとうございます……!」
保存に関しては後で考えればいい。とにかく、大きな物を手軽に持ち運べるって言うのがとてもありがたいのだ。俺は何度もラーミンに礼を言い、早速バッグを腰に付けた。
「次はリタリア達からだな。そこの小さな箱を開けてみろ、ツカサ」
「う、うん」
リタリアさん……ていうかフィルバード家一同からか。
貴族が考える【旅に役立つもの】って一体なんだろう。
小さな木箱を開けてみると、そこには綺麗な装飾を施された腕輪が入っていた。腕輪……確かに高そうだけど、俺に贈っていい物なのかこれ。
困ってラスターを見ると、相手はドヤ顔で人差し指を立てる。
「聞いて驚け、それはな……【縁故の腕輪】だ!」
「エンコーの腕輪?」
やだわー援交の腕輪とかー。と思ってたら違うらしい。エンコってあれね、ツテってことね。平たく言うとコネ。そんな古い言葉持ち出されても解んないよ……と思ったけどこの世界は古い言い回しが多いから仕方ないか。
ラスターが言うには、縁故の腕輪を付けていれば貴族や王族と面会が出来るようになるらしい。勿論、この事は一般人には知らされていないので、普段つけていても問題はない。そして、初めに付けた者以外が使用すると腕輪が変色するらしいので、盗む事も出来ない安心設計なのだそう。これはギルドのメダルと一緒だな。
となると、この腕輪にも情報が刻んであるってことか。
俺の予測は当たっていたようで、ラスターはその事も説明してくれた。
この腕輪には「ツカサ・クグルギはフィルバード家とオレオール家に縁が有るので、特例として扱うように」と言うような事が紋様として記されているらしい。
どこにその証が有るのかは解らなかったけど、腕輪だけで解るってのは本当凄いよな。魔法の道具ってマジで何でもアリだわ。
まあそれはそれとして、貴族のコネが有るってのは助かるかも。
変な事件に巻き込まれても身元は保証してくれる訳だし、この人は悪人じゃありませんって証になるもんな。曜術師の身分を手に入れたとはいえ、俺にはこの世界でのルーツが無い。身元不明者を信用させるには、名家のお墨付きが一番だ。
「旅では兎角面倒な事件が起こるものだ。お前のようにお人好しな駆け出し冒険者では、このむさくて胡散臭い中年みたいな奴に付き纏われる事も有るだろう。そういう時は、警備隊や騎士団にこの腕輪を見せて頼ると良い。騎士団にも、ギルドのメダル鑑定士と同じように、腕輪を鑑定出来る人間が常駐しているからな」
ありがたい。それはとてもありがたい。
警察っぽい組織って全面的には信用出来ないけど、でもやっぱり頼りたいもんだし、逃げ場所は多い方がいいもんな。
でも、リタリアさんの家とラスターの家って本当に凄い力持ってるんだなあ。
「この腕輪の威力って全国共通?」
「勿論だとも。国王に親交を持つフィルバード家と、英雄の血族であり国の信頼も厚い偉大なオレオール家は、国際協定でも強い権力を持つ貴族だからな。ただ……未開の地や協定に参加しない国、魔族の領域に入ればそうもいかんが……その時は、まあ、お前もそれなりに力を付けている頃だろう。今は腕輪を存分に頼れ」
「う、うん。……ありがと、ラスター」
やっぱこの世界ってそう言う場所があるんだ。
そうだよな、冒険者ってのは、世界を旅して未知の物やお宝をゲットする為に旅してるんだし。お宝や発見を求めないなら、ただの旅人か観光客だ。
ギルドがあって冒険者用の仕事が沢山有るんだから、未知の発見に期待して出資してる人も沢山いるって事なんだろう。じゃなきゃ、仕事なんて真っ当な斡旋所で頼めばいい訳だしな。夢ってのは本当大事だね、うん。
にしても未開の地か……行ってみたい気もするけど、流石に俺ももうちょっと強くならなきゃダメだよな……。この【創造】の術を使わずに、中級曜術くらいは使えるようにしておかなきゃ、すぐに死にそう。
腕輪を左手に嵌めつつそんな事を思っていると、ラスターが場の雰囲気を変えるようにごほんと咳をした。
「さて、最後は俺の贈り物だ。ツカサ、開けてみてくれ」
中くらいの箱か。ラスターにはもう腕輪を貰ってるし、正直ちょっと貰い過ぎかなあとは思うけど……冒険は一筋縄ではいかないのだ。貰えるものは貰っておけ。
最後の木箱を引き寄せて、ふたを開けると。
「…………これ、何だ?」
三つの贈り物のうち、一番良く解らないものがそこに収まっていた。
……なんだろう、これ。
単語帳かな。付箋みたいに小さな短冊の束に銀の輪っかが通してある。捲ろうとしたけど、細くて薄い金属はぴったり重なってて捲れなかった。
なんじゃこれ、嫌がらせか。英単語を覚えられずヤケになって焼却炉に単語帳を投げ捨てた俺への嫌がらせなのか。いや、ラスターは俺が高校生だって知らないはず……。
どういうつもりなのかと相手を見ると、ラスターはドヤ顔スマイルで微笑みつつ、単語帳を指さした。
「それは手で捲るものでは無いぞ。ここに飾ってある植物から曜気を取り込んで、その曜具に気を送ってみろ」
「えええ難しい事を」
「いいから」
複合曜術をやれってこと?
外部から気を取り込みながら物体に送るって、イメージしてると頭がこんがらがるから難しいんだけど……でも、やってみなきゃ何だか解んないもんな。
俺は部屋の隅にある植物に目を止めると、早速やってみることにした。
えーと、この植物から曜気を取り込みながら、それを単語帳へ送る……。
「えっ、うわ!?」
ポン、と脳内で音がしたかと思ったら、いきなり目の前に半透明のウィンドウが出てきた。えっ、なにこれ、これが噂のステータス画面!?
いや、ちょっと違うかも。ウィンドウには違いないけど、これどっちかって言うと空中に本の見開きが浮かんでるって感じだし、文章もこの世界の文字で綴られている。良く観察すると、沢山の文字はどうやら目次みたいだった。
「ええっと……しょ、植物、こう、ぶつ……もんす、たー……えっ、待って。これってもしかして……百科事典!?」
試しに脳内で植物の項目を選ぶイメージを作ると、本の頁が捲られる。
すると、そこにはまた目次が現れた。今度は植物の名前と簡単な特徴が記されている。ためしにロコンを選んでみると、詳細の頁が現れた。
「うわっ、うわあ! えっえっ、なにこれ、凄い! ラスター、これ凄いぞ、百科事典の映像が目の前に見える!!」
「実際に見えてる訳ではないぞ。【視覚拡張】と【操作拡張】の査術を応用して、その曜具の中に詰め込まれた情報を【幻惑術】として術者の視覚に投影しているのだ。曜気を送らなければ発動しない上に、操力が無いとページも捲れないのでちと面倒だが……旅をするなら、本を贈るよりもそういう物の方が良いかと思ってな」
面倒なんて滅相もない、マジで滅相なさすぎだよ!
うわあやばい、これテンションあがる……内容は図書館で読んだ図鑑と変わらないけど、でも幾つかの図鑑をまとめて一気に見れるなんて最高じゃないか。しかも曜気さえある場所なら、いつでも手軽に使用可能とか!
はあああ盆と正月がいっぺんに来たぞ!!
「ラスター! ありがとっ、サンキュー!! 滅茶苦茶嬉しいー!」
「うおっ、つ、ツカサっ抱き着くとはなんと積極的……ハハハ愛い奴め!」
あーもー本当傲慢なくせに察しが良すぎるのは困っちゃうよ。流石人を傅かせる貴族様っ、美貌の英雄! もう褒めちゃう、手放しで褒めちゃうよ!
ありがとうラスター大明神、ラスター大権現さまっなんまいだなんまいだ。
「ツカサ君から離れろ成金小僧……」
「ふふん。悔しかったら、貴様も地位と名誉を手に入れてツカサに感謝される事をするのだな」
「あーもー話が元に戻っちゃうでしょお二方!! ほらほらツカサさんも離れてっ、ちょっとお二方! いい大人なんですからもー!」
うおっと。またいらぬ火種が発火するところだった。
仲裁ありがとうラーミン、お前はきっといいパパさんになるぜ!
とか他の人に責任丸投げしちゃったけど、いかんいかん。勢い余ってこういう事しちゃうから余計な不運を呼び込むんだったな……。これからは気を付けなきゃ。まあ、そんなに人と関わる事もないだろうから、大丈夫だと思うけど……。
一旦まっずいエールを飲んで落ち着いてから、俺は改めてラスターとラーミンに向き直った。
「しっかし……どれも高価なモンだし、腕輪に至っては俺に信用預けるみたいな感じになっちゃうけど……本当にこれ、貰っていいのか?」
「ええ。寧ろ貰って下さらないと困ります。持って帰ったら、私がルーデル様やリタリア様に怒られますし、仲間からボコボコに殴られてしまいます」
「腕輪の事も心配などしてはおらん。貴族は名誉と伝統を重んじると同時に、人との繋がりを重要視する。お前との繋がりは、俺達にとっては腕輪を贈るに値するほどの繋がりと言う事だ。だから、気にせずに受け取るがいい」
「ラーミン……ラスター……」
うう、やめてよ。そんなこと言われたらなんかジーンとするじゃん。
なんだかんだ言って二人とも良い奴だし、まあ、ラスターは普段はムカツクけど……それはラスターの表面上の性格だしな。中身はわりとブラックと変わらない奴だって知ってるから、ちょっと余計絆されるっていうか。
彼らとも暫く会えないんだなと思うと、またじわっと来てしまった。
「本当にありがとう、二人とも」
「ふふふ……ツカサさん、本当はこの贈り物は私一人で渡すはずだったんですよ。でも、ラスター様は、選定の儀の準備で忙しいのに……必死に時間を作ってツカサさんに会いに来られて」
「えっ……」
なにそのキュンとする必死さ。
思わずラスターを見やると、相手は少し照れ臭そうにして頬を掻いていた。
ドヤ顔ばっかりだったラスターが、表情豊かになって来てる。
こんな行動なんてした事が無くて、恥ずかしいのかな。そう思ったらなんかまたキュンキュン来てしまって俺は思わず手で口を覆ってしまった。
やだー。俺そういうの弱いんですよー。
ツンデレ女子が一生懸命頑張って主人公の通学時間に時間あわせて「ぐ、偶然に一緒の時間に帰るんだからね!」みたいな事言ってるの、凄く好きなんだよー。
ラスターは女子じゃないし攻略対象にも思えないけど、シチュエーションは似ててちょっと辛い。なんだかんだで男も見惚れるほどの美形だし、照れてる顔は不覚にも可愛い。
「ツカサ君、日が暮れちゃうよ。さっさと国境を抜けてライクネスとは暫くおさらばしよう。ほら、行こうよほらほら」
言いつつ、ブラックは俺の首根っこを掴んでずるずると廊下に引きずり出した。お前いくらラスター嫌いだからってぐええ、めっちゃ首締まる。きつい。
「おい待てっ、まだ別れの挨拶も終わってないというのにっ」
慌ててラスターが出て来たけど、ブラックは辛辣な目を向けて歩き続ける。
ラスターがギャンギャン言ってるのに無視しまくるって、ある意味凄いぞブラック。これ下手したら貴族に逆らった罪とかで捕まるんじゃないの。
「分かった、分かったから止まれ! 折角挨拶して別れようとしてるのに、お前は永遠に俺とツカサを別れさせない気かっ」
そう言うと、ブラックはぴたりと止まった。
「……別れの挨拶は手早くね」
思いっきり不服そうな声を出しながらも、ブラックは俺を立たせて背中を押す。
こんな所は流石に大人らしいけど、まあ多分、早く挨拶させて旅立ちたいがゆえの行動だろうな。
今更な事だけど、本当ブラックって中年のくせに子供っぽい。
俺は伸びたシャツを戻しながら、ラスターに近付いた。
「ツカサ。その……」
「……うーんと……いざサヨナラってなると、何言っていいのか解んないな。……ま、色々あったけどさ……あんまり無理せずに頑張れよ。アンタは泣く子も黙る英雄なんだし、適度に息抜きしたって誰も文句は言わないはずだ」
「ふふ、そうだな。これから暫くはお前に加護を貰えなくなるのだから、自分なりに気を張らぬようにやってみるつもりだ」
笑うラスターの言葉にちょっと引っかかって、俺は片眉を寄せた。
「暫くって……またあんなこと頼みに来るつもりか。加護なんて全然ないってアンタも解ってるだろーに」
「いや、加護はあったぞ」
「へ?」
どういうことだろう。俺は別に何もしてないし……ゼターの捕り物だって、結局ブラックとラスターが全部やっちゃったのに。
訳が分からないと顔に出す俺に、ラスターは微笑んだ。
「俺はあの時力が戻ってきたと言ったが……力が戻って来たのは、何を隠そうお前が俺に口付けをくれ、そして俺がお前に口付けをした時だったんだ」
「え……」
「お前が俺に触れ、俺を想ってくれた事で……お前の触れた場所から力が流れ込んで来た。そして、俺がお前に触れた事で、また力は流れ込んだ。……ツカサ、お前が俺に心を砕いて口付けをくれたから、俺は元の能力を取り戻す事が出来たのだぞ。ゴシキの温泉でも戻せなかった俺の力をな」
……ちょっと、まって。
あんまり理解できないけど、それって……。
「あの……ラスター……。それ、本気で言ってる?」
「この俺には【気】が見える能力が有るのを忘れたか。間違いないぞ。……あの力は恐らく、お前がリタリアに施したものと一緒だ。だから、お前は何もしてないなんて事は無い。お前の加護が俺を救ったんだ」
それってつまり、俺の【創造】の力で作った曜気が無意識に流れ込んだって事?
相手を助けたいって思ったせいで、力を与えちゃったって事なのか?
……だとしたら、手放しで喜んじゃいられない。
そんな風に感情に任せて簡単に発動してたら……いつか、何かとんでもない事を引き起こしてしまうかもしれない。
俺の意思とは関係なく、俺の【災厄を齎す】力が発動して。
もし、俺が与えた力がラスターやリタリアさんを蝕むものだったのなら、俺は。
「……あのさ、ラスター」
「うん?」
「……お前は、俺の事を神のナンタラとか言ってくれたけど……俺の本当の力は……世の中に災厄を齎す力なのかもしれない。お前にやった事だって、俺は意識してなかったんだ。だから……」
俯いて喋る俺に、ラスターはふっと溜息をもらす。
だけど、俺の頬に手を添えると、優しく俺の顔を引き上げた。
「ツカサ、力はただの力だ。それ以上でもそれ以下でもない。だが、その者の使い方や周囲の目によって、力は【善】にも【悪】にもなる。……俺は、お前の心が清く美しいものだと知っている。ならばその力が如何なる邪悪であろうと……お前が使うなら、それは【善】へと変わるはずだ」
「ラスター……」
「邪悪と戒める事は必要かもしれない。だが、お前に救われた俺はその力を【善】だと信じよう。それは、この俺がお前に好意を持っているからだ。……俺は、お前を再び手に入れたい。だから、俺だけはずっとお前を擁護すると誓おう。……例えお前が邪神と呼ばれることになろうとも……きっと、お前の味方になる」
アンタだけは、俺の力を手放しで褒めるってのか。
なんなのそれ。あんた英雄だろ。それって、ダメなんじゃないの。
勇者が魔王に味方するって言ってるようなもんじゃん。駄目だろ、勇者は悪い奴を成敗しないと。世界に災厄を齎す奴を、殺さないと。
……だけど、なんでだろう。駄目なのに、俺は嬉しくて。
「そんな事言って……しらねーぞ」
「ツカサ、お前は自分の力に臆病すぎる。神から賜った力を信じて、己の物としてねじ伏せろ。俺はそうやって己の力を信じて来た。きっとお前にも出来るはずだ」
「う……な、なんだよ……まともな事言って……」
ああもう、なんだろ。
ちゃんとした大人っぽい説教なんて久しぶりだから、なんか辛い。説教なんて嫌いだったのに。本当俺、この世界に来てから格好悪くてやんなっちゃうよ。
勘弁してくれ、とラスターを見上げると、相手は俺と正反対の格好良くて綺麗な顔をして、優しく笑った。
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→
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