異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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王都シミラル、貴族の陰謀と旅立ち編

18.旅立ちは少しだけせつない

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 その後……と言っても、ここ三日ほどの話だけど、なんやかんやあってゼターと彼の率いる決起隊は騎士団によって逮捕され、つつがなく裁判所へと送られた。
 息子の暴走を知って悲しみに暮れるヒルダさんは可哀想だったけど、ラスターが言うには彼女はこの程度では折れたりしないらしいので、ちょっと安心。結局彼女は善意でメイド長とペンダントを贈っただけだったし……これから大変だろうけど、頑張ってほしい。

 なにせこの事件のせいで、色々な所で変化が起こったからな。
 騒動の後、この事は大々的に報道され、ライクネス王国に巻き起こっていた打倒貴族の声はパタッと消え去った。以前のように貴族は貴族、一般人は一般人という風潮がすぐに戻ってきて、回復薬も流通が再開。あっという間にライクネスは「満ち足りた国」の様相を取り戻した。

 決起隊が居なくなった途端に、貴族に喧嘩売ってた人もコロっと態度を変えたりして、ゲンキンな気もするけど……俺だって当事者じゃなけりゃ「あ、そーなの? 良かったね~」で済ませてただろうし深くは言うまい。
 人間ってのは善意ばっかりじゃないし、なによりお調子者が多いのだ。

 だけど、貴族の世界はコロッと変わって終わりって訳にはいかなかったらしい。
 国王様はラスターのお手柄に賛辞を述べ、更にオレオール家への信頼を高めたけど、反対にコリンスキー家はこの件によって信頼を失ったとし、自主的に最高権威の地位を返還した。

 まあ、自分の血族が起こした事だもんな。コリンスキー家は悪くないけど、大人の世界はけじめってのが大事らしいから仕方ない。でも、この事でリタリアさんの父親……ルーデル・フィルバードさんも、貴族としての態度を考え直してくれて、ラスターの助言(俺がラスターにそう言ってとお願いしたんだが)もあって輿入れを取り止めてくれたから良かったよ。
 この分ならラーミンとリタリアさんが結婚出来る日も遠くないだろう。

 俺も約束通りラスターの屋敷から解放して貰ったし、バンバンザイだ。
 そんで俺達はと言うと、改めてラクシズに戻り、湖の馬亭で旅支度をしていた。

「……にしても、アンタ達ラスター様と一緒に犯人を捕まえたんだろ? 本当なら王様に金一封貰ってもいいはずなのに……本当貴族サマってのは勝手だねえ!」

 憤りつつも荷造りを手伝ってくれてる女将さんに、ブラックは苦笑する。

「まあ、しょうがない事ですよ。僕達は関わってるって知られたくなかったから、後処理が終わったらさっさと帰ってきましたからね。元々、ツカサ君が曜術師になったら暫くここを離れる予定だったんですし……まあ、騒がれずに平穏無事に帰ってこれただけ良かったですよ」

 そうそう。あそこで手柄を褒められてたら、今頃大変だったもんな。
 なにせ俺は災厄の象徴で、ブラックはそれを殺すはずだった刺客だ。何かの拍子にそれが知られたらどうなるか分かったもんじゃない。
 ラスターは神の御子……だなんて正反対の事を言ってくれてたけど、本当の所は俺の力なんて争いの元にしかならない。同じ所に留まっていれば、色々な所に悪影響が出るだろう。今の俺には、それを沈める力はない。
 だから、この能力の正しい使い方が解るまで、俺は旅をするしかないのだ。

 恐ろしい「災厄」の技も、言い方を変えれば「祝福」の技。
 正直、俺の力を褒めてくれたのは嬉しかったけど……あそこに居たんじゃ、俺はきっと調子に乗ってダメになる。だから、ブラックの側でいいんだ。
 ロクとブラックと旅するの、結構楽しみにしてたしな。

「キュー」
「ロク、どうした?」
「キュウ~」
「あはは、こらこら、そんなにぐりぐりしたら俺の頬が削げちゃうだろ~」

 ロクは少し離れ離れになっていたら物凄く甘えん坊になってしまったみたいで、ここ数日ずっと俺にべったりだ。可愛いから問題ないけどな!

 ブラックが言うには、屋敷に乗り込むまでの間、ターニャという娼姫のボインなお姉さんにロクを預けてたらしい。どうりでいないと思ったわけだけど、ターニャさんはロクを可愛がってくれたみたいなので良かった。危ない場所だったんだし、これに関してはブラックに感謝だ。
 再会した時ロクはツヤツヤしてたので少し驚いたけどな。

 預かってくれたターニャさんが言ってたけど、どうやらロクは毒物や色んな物を食べて成長するらしい。王都には多種多様な種類の食物があったから、沢山食べて脱皮してちょっと大きくなったんだって。だからツヤツヤしてたんだと。可愛くてつい食べさせ過ぎてしまった、と謝られたのはご愛嬌。いいんですよお姉さん。ウチのロク可愛いでしょう。

 あと、これもターニャさんからの情報なんだが、ロクはありとあらゆる毒に耐性を持ってる上に未知の毒にもすぐ順応するから、積極的に色々な物を食べさせた方がいいらしい。サーペント種っていう毒蛇のモンスターは悪食が基本で、石化とかの効果を持つ物以外は、食べても全然平気なんだとか。
 ロクってやっぱり凄いモンスターなんだなあ……。
 
 て言うか、なんで娼姫のお姉さんがそんな事を知ってるんだ……と思ったけど、ブラックにも彼女の正体は良く解らなかったらしいので、深く考えない事にした。
 とりあえず、美人でボインで良い事をしてくれるお姉さんに悪い人はいない。

「ツカサ君、荷造りは終わった?」
「おう、だいたいな。砦までは乗合馬車で行くんだっけ」
「そう。国境の砦で降りて、そこで改めて色々買う。だから荷物は軽くていいよ」
「まあ持ってく物なんてリュックで事足りるから、荷造りって程でもないけどな」

 国境の砦は、ここから乗合馬車で二日だ。
 ゴシキ温泉郷よりもちょっと遠い感じがするけど、実際はそう長い距離じゃない。馬車は大人数を運ぶから結構遅いのだ。でも、その長さがいかにも冒険の旅って感じで、乗るのがちょっと楽しみでもある。
 密かにワクワクしつつ保存食と着替えをリュックに押し込んでいると、ふと女将さんがしみじみとした声を漏らした。

「それにしても……一か月程度しか経ってないってのに、本当に色々あったねえ。アンタを引き取って、このブラックさんがやってきてから、目が回る程色々あったけど……久しぶりに楽しかったよ」
「女将さん……」
「ツカサ、あたし達はいつでもアンタの帰りを待ってるから、いつかはここに戻って来ておくれよ。ちょっとでもいいし、またここの一員として帰って来てもいい。なんでもいいんだ。元気な顔を見せてくれれば」

 目つきの悪い女将さんは、照れくさそうに笑う。
 俺の母さんとは全く似てないけど、でも、はにかんだような顔はやっぱりどこか元の世界の両親を思わせて、俺は鼻の奥がじわりと痛くなってしまった。

「女将さん、俺、貴方に拾われて良かったよ。ありがと」
「バカ言うんじゃないよ、娼姫なんてなるもんじゃないのさ本当はね。……けど、そう言ってくれると嬉しいよ。アンタは特に、珍しいくらい良い子だったからね。……だから、暇な時にはちゃんと手紙を寄越しておくれよ。じゃないと、あたしら心配しどおしで休めやしないんだから」
「ベイリーも?」
 
 そう言うと、女将さんは困ったような笑みをして、目の縁を指で拭った。

「ああ見えて、感動屋だからねあの子も。今日だってアンタと顔合わせたらみっともない事になるからって、部屋に引きこもってんだよ。ベイリーは娼姫が巣立つ時は絶対ああなるのさ」

 マッチョは涙もろいって都市伝説かと思ってたけど、マジかもしれない。
 ハゲマッチョなベイリーがぐすぐす泣いているところを想像して、俺はちょっと可愛いなとか思ってしまったが、それは言わないでおいた。
 ともかく、なんだか改めて言われるとしんみりしてしまうな……。

 俺は、湖の馬亭に戻ってこないって訳じゃない。寧ろ、この世界に居る限りは、いつか絶対に戻って来ようって決めてる。色々あった場所だけど、危険な街に在るやらしいお仕事場だけど、ここはもう俺の第二の故郷なのだ。
 女将さんやベイリーや娼姫のお姉さま達は、俺にとっては家族も同然。
 この世界で初めてちゃんと繋がった、縁のある人達だから。

「女将さん、そろそろ行くね」

 リュックを背負って、ロクを肩に乗せる。ブラックもマントを羽織っていて準備万全だ。部屋を出て玄関まで行くと、女将さんが気合を入れるように俺の肩を叩いてくれた。

「さあ、いっといでツカサ。病気なんかするんじゃないよ」
「大丈夫だって、俺は木の曜術師だぜ?」
「ハハハ、それもそうだね! じゃあ、モンスターにやられるんじゃないよ」
「うっ、それは……善処しまーす」

 言うなり女将さんに抱き締められて、俺は思わず感極まってしまった。

 俺の初めての居場所は、この荒れた危険な街で精一杯元気に生きている、強くて優しい人達の居場所。権威が無くても、人として認められていなくても、目上の奴すら殴り飛ばせる人達の集まった場所だ。
 自由はない。だけど、彼女達はその中で自分のやりたいように生きている。
 俺はここに引き取られたおかげで、ブラックに出会えて曜術を知る事が出来た。俺の事を考えてくれる人が居たおかげで、自分の考えで動ける自由を貰えたんだ。
 
 だけど、ゼターはそんな自由すらなかったんだろう。
 やったことは許せない。だけど、ゼターの今までの人生を考えると、自分勝手な感傷だけど可哀想に思わずにはいられなかった。

 ゼターには母親譲りの求心力があった。策略を立てる腕もあった。だけど、誰もその能力を見いだせず、褒める事もしなかった。ただ鳥籠の鳥のように飼い殺しにして、彼の上っ面だけしか見てなかったんだ。

 だから、ゼターは壊れてしまった。
 何でも自由に出来る特権階級であるはずの自分と、今現在の人形のような自分があまりにもかけ離れている事に耐え切れずに。
 ゼターの事を誰か一人でもちゃんと見ていてくれたら、きっと、彼も母親のように誰からも尊敬される領主になっていただろう。
 俺がこの宿で調合を許して貰って、その楽しさを知ったように……ゼターにも、やってもいいよって、見ているよって、誰か一人でも言ってくれていたら。

 ……ゼターも本当は、湖の馬亭のような場所が欲しかったのかな。

 今となってはもう、どうしようもないけれど。
 
「ツカサ君、行こうか」
「おう。じゃ、女将さん、ベイリーとお姉さま方によろしく!」
「あいさ。お金はちゃんと懐に仕舞って、失くさないようにするんだよ」
「あはは、解ってます!」
「ちゃんと手紙書くんだよ、無精するんじゃないよ!」

 どの世界でも、お母さんが言う事は大体一緒らしい。
 俺は感傷を振り切って、ブラックとロクと一緒に外の世界へ飛び出した。










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