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王都シミラル、貴族の陰謀と旅立ち編
16.真相の先にある憎悪
しおりを挟む「おい、本当にあのむさい中年を信用していいのか?」
「なんだよ、ブラックが信用できないっていうのかよ」
「いや、そうではないが……あの男、そんなに有能なのか」
「それは……まあ……多分…………」
「…………不安だ」
「あーもーいいからさっさとやる!!」
ヒソヒソ話をしてても始まらない。やるときゃどんとやれ、男は根性だ。
四の五の言うなとラスターを睨むと、相手はやれやれと言った様子で肩を竦めた。だーもーこいつ本当に人をイラッとさせるのだけは上手いな畜生。
「ていうか、アンタこそ上手く話つけたのかよ」
「俺を誰だと思っている。動く口は平滑流暢、よどみなく美しい言葉を囀る俺に失敗などない。お前が言うとおり、あの三人だけに話しておいた」
「そ。ブラックの方からも一応話してはいるだろうけど……上手く誘導されてればいいな……」
これ以上ない伝達役が出来たんだから、期待せずにはいられない。
ブラックには、俺がラスターに惚れこんでて逃避行を拒否された事と、ラスターと俺が出掛けるまえに二人っきりになるだろうって言う話を犯人に伝えて貰った。ものすっごい嫌な顔してたけど、これが作戦なんだから仕方ない。
本気で好きなわけねーだろと拳で黙らせ、無理矢理了承させた。
大体マジでラスター好きだったら、ブラックにそんなこと頼むかっつーの。
それに、そんなウソに嫌な顔をするブラックが言うからこそ、信憑性が生まれるんだ。俺だって早く終わらせたいんだから、それくらい我慢して貰いたい。
ってことで、ブラックこと仮面の男に願いを託しているのだが、ラスターはそれが気に入らないようで、今まで見た事もない顔でぶすくれている。
でも元が美形だからブサイクになってないのが悔しい。
「俺が計画通りに完璧に伝えた話は無駄だったと言うのか」
「いやいや違うって。お前の話があって、ブラックが改めて伝えてくれるのが重要なんだよ。だからなっ、抑えて抑えて」
「むうう……」
ここまで来たんだ、今更後には引けないだろう。
そう思って、俺は注意深く背後の気配を探りながら視界を見渡した。
俺達が今いるのは、屋敷の裏にある庭園だ。人気がなく隠れる場所が多いこの場所でなら、待ち構える事が出来る。
相手もこういう所になら出て来やすいだろう。
暫く庭園の花を見て話しているようなフリをしていると――――
「あっ」
「来たな」
少し先の花壇に向けて、光がちかちかと降り注ぐ。
これはメラスさんの合図だ。犯人がこちらへ来たら、手鏡でこうして光を反射させて知らせる手筈になっている。
誰が来たのかと二階の窓を振り返ると、メラスさんが身振り手振りで回答を寄越した。
「……二人……男…………パーティミル……ってブラックも?」
「あの男……やはり裏切りを……!」
「そうじゃないってば! 多分……ひとりじゃ無理だと思って協力を仰いだんだ。お前力戻ってきてんだろ? それを聞いて念には念を入れたんだと思う」
「どうだかな……まあいい、例え二人がかりで来ようとも、俺の敵ではない」
「何その自信」
「俺は神の加護を得た英雄オレオール家の神童だ。今の俺に敵は無い」
えらくいつものラスターらしいじゃん。と思って見上げると、相手は何やら企んでいそうな顔でニヤリと笑う。
良く解らないけど、こいつも何か隠し手があるんだろうか。
まあ、そこまで自信アリアリなら頑張って貰いましょう。
俺は再びラスターと屋敷に背を向けて、花を愛でているように振る舞った。
その間にも、手鏡で背後に誰か来ていないか窺う。
「…………もうすぐかな」
俺の読み通り、遠くの方で影が動いた。
でも、ブラックを一緒に連れて来たって事は……ラスターが一人にならなくても一気に仕掛けてくる可能性はあるよな。それとも、親しげに近づいて来るか……。どっちにしろ派手なことはやらないと思うけど、どうだろう。
そう思っていたら、今度は別の方から音がした。
メラスさんだろうか、と思ってそちらに手鏡を向けると。
「げっ」
「どうした」
「な、なんか……黒い人が塀から……やべえ、あれってもしかして仲間?」
庭園に近い塀から、何人かが縄を伝って降りてくる。
そいつらはみんな黒いローブを羽織っていて顔が判らない。だけど、あの集団が何かって事くらいはわかる。恐らく犯人の手下だ。
玄関側から出て来た影とは違い、そいつらは遠回しに隠れながら近づいて来る。犯人の合図が出たら取り囲むつもりだろうか。
「やはり仲間を連れて来たか」
「って……こういうことも予測してたのか」
「相手も馬鹿ではない。使用人が宴に掛かりきりで、ホールに警備が集中してどこかが手薄になる事くらいは予測していたはずだ。だから、もし俺がお前と二人きりになろうとするなら……と予め用意しておいたのだろう」
「俺達が罠に嵌めたと思ったら、嵌められたってこと?」
「バカを言え。俺達が嵌めてやったのだ。寧ろ、愚か者共を一網打尽にして牢屋にぶち込む良い機会ではないか。逆に嵌め返してやったと言うべきだ」
「嵌め返して捕えてぶち込むかあ……」
言葉が怪しく思えるのは俺が女子にリンチされるレベルの奴だからだろうか。
いや、そんな事言ってる場合じゃないか。
手鏡で忙しなく周囲をちらちらと確認すると、ローブの集団はもう周囲に隠れているようだった。と言っても「誰かが隠れている」と解ってるから、注意深く確認すれば彼らがどこに潜んだかは目視出来る。
でも、刺客を用意してるんならなんでここに来るんだろう。
まさか「自分も刺客に襲われましたっ、被害者です!」ってなことをやる気なんだろうか。しかし、別にあの人は俺達以外には疑われていないんだし、そんなことをする必要はないのでは……と、思っていると。
「ああ、ここにいらっしゃったんですか」
その犯人が、後ろにブラックを引き連れて現れた。
「……どうしました」
「いえ、ちょっと人に酔ってしまいまして……申し訳ないのですが、一足早く客室に向かわせて頂けないかと……。メラスさんに言おうと思ったのですが、彼もホールにいらっしゃらなかったので」
近づいて来るその人物の髪の色は、珍しい薄水色。
珍しいが故にいつもローブを被らなければいけなかった、決起隊の首謀者だ。
俺とラスターは彼に向き合い、睨むように対峙した。
「ゼター、メラスはホールにいたはずだが」
強い風で、庭園の花が俺達の間を舞うように通り抜ける。
その花を面白そうに微笑んで見つめながら、ゼターはこちらを向いた。
「そうでしたか……あまりに人が多かったので、探す気力もなくて」
「病弱なお前なら仕方ないな。だが、その男も一緒に部屋に入れるのか」
「まさか。彼は僕の護衛ですよ」
「先程は薬師と言っていたように思うのだが」
「薬師でも木の曜術師ですよ。初歩術を使うことぐらいは出来る」
「樹木も曜気もない屋敷の中で、どうやって術を出す。風の術や体術を使える、の間違いではないのか。相手の使える術を解っていないようだな」
ラスターの言葉に、ゼターは僅かにたじろいだ。
「それに、ここは俺の……最高権威であるラスター・オレオールの屋敷だ。不審なものなど居ようはずもない。二等権威のパーティミル家であるお前が、俺の完璧なる防衛に不満があると言うのか」
上から見下すような言葉に、ゼターが微笑みながらもひくりと口の端を動かす。
苛立っているような仕草を見せた相手に、俺は後退ってラスターの後ろに半分ほど隠れると、ちらりと背後を確認した。
……ああ、なんかやっぱり黒いローブの人達が近付いて来てる。
嫌な予感がしてゼターに顔を戻すと、相手は笑みを変えていた。
美少年然とした儚い愛らしい笑顔から……悪い事を企む、悪人の笑顔に。
「ええ、ありますよ。貴方の全てに不満がね」
「……本性を出したか」
「その感じだと、僕の事なんてもうとっくに解ってるんだ」
軽くなったゼターの口調に、ラスターはフンと鼻を鳴らす。
「俺を見くびるな。ヒルダ様が心の病と聞いた時点から、犯人はお前だと確信していた。幾ら彼女がオレオール家を憎んでいたとしても、彼女も気高きコリンスキー家より嫁いだ身……国王を愛する騎士団を悲しませる事などせん。彼女の血もまた、国と王を愛する青に染まっているのだからな」
「ノーブルブラッドの精神? はは、馬鹿らしいですね。どうせそこの可愛い手下にでも命じて色々調べさせたんでしょう? だから僕にまでたどり着けた」
鋭い視線で射抜かれて、俺は思わず飛び上がる。
う、び、美少年にガンつけられるとなんか凄い視線が痛く感じる。ていうかオッサンも睨むなよ畜生。ラスターの後ろに隠れなきゃ背後がみれねーだろうが。
二倍の視線に辟易しつつも、俺は改めてゼターを睨み付けた。
「それは否定しないけどさ……アンタ、何でこんな大がかりな事計画したんだよ。ラスターを殺すために一般人まで巻き込んで、色んな人を傷つけたり殺したりして……親父さんが勇者だったからって、勇者選定の儀なんてアンタには関係ない事のはずだろう?」
ゼターは病弱で剣術も曜術も使えない。つまり、勇者にはなれないのだ。
それを解っていてどうしてラスターや他の貴族を潰そうとしたのか。
俺の問いに、ゼターはすっと目を細める。
「関係ない? ……そうだね。僕は術も剣も才能がない。家は二等権威だけど、僕に出来るのは有能な母様の手伝いだけだ。いつもいつもいつも、誉めそやされるのは母様の色に似た珍しい髪と目の色だけ。だけど、それがなんだ? なんになる? 父様は勇者、母様は女傑、だからなんだ、僕自身はなんだっていうんだよ!!」
目を見開き、鬼のような形相で叫ぶ。
空気を震わせるかのような怒気に押し負けて一歩後退るけど、相手の勢いは消えるどころか増していくばかりで。
さっきまでの穏やかな美少年は、どこにもいない。目の前には、怒り狂っている恐ろしいなにかがいるだけだった。
「勇者? そんなもの選んで何になる……。他国は勇者を捨て、神を捨てたんだ。なのに、なぜライクネスだけがそんな物にしがみ付く、僕をイライラさせる!? ラスター・オレオールお前もだ、お前が一番目障りなんだよ!! この国の悪習を背負って生きてるお前みたいな奴、僕はずっと殺してやりたかった! 神の加護? 英雄の血族? そんなものが在るからこの国は終わらないんだ、貴族はクズのままなんだ、だから僕は自由になれないんだよ!! だからこうした……だから僕はお前を殺し、勇者を殺し、貴族をぐちゃぐちゃにしようと思ったんだよ……!!」
一歩大きく歩を進めるゼターに、背後のブラックが少し顎を引く。
ラスターは動かず、俺だけがびくりと肩を震わせた。
そんな俺を見たのか、ゼターはにやりと笑って俺の方へ視線を寄越す。
「ツカサ、君は出会った時から僕に変な目を向けてたね」
「…………」
「何故だ?」
思考があっちこっちに行ってる。
俺でも判る。この人、いま凄くヤバい状態だ。
だけど話さないわけにはいかなくて、俺はゼターの質問に恐る恐る答えた。
「……アンタは、俺を【一般街の花】って言った。俺とラスターはあんたらに俺の素性を伝えてない。だから、俺が貴族じゃないって解るはずがないんだ。……でも、曜術が使えなくても査術くらいは使えるんじゃないかって思ったから、何も言わなかった。……一瞬のスキを突いてラスターの側に来て毒を入れたって気付くまで、犯人とは思わなかったけど」
「…………ラークから話を聞いていたのがアダになったな。なるほど、君は有能な人間に好かれるだけの能力を持っていたんだね。……本当に……羨ましいよ」
声のトーンが、一瞬変わった。
思わずゼターの表情を確認するけど、相手は憎々しげな表情のままで。
「僕は君とは正反対だよ。父には見放され、母には過保護に育てられ、何もさせて貰えなくて無能の底まで落ちて行った。出来る事と言えば、愛玩用の動物みたいに扱われる事だけ、みんな僕の事なんて見ていない、僕の能力や僕の凄さを誰も見てくれていなかった……!! 好きになった女ですら僕の本当の姿を見てくれない、上っ面の病弱さだけを見て、女の父親は僕を拒絶したよ!! その上当てつけのようにこのラスターに輿入れさせるって言うんだから、笑っちゃうよね!? はは、ははは……!」
それって、もしかして、リタリアさんと彼女の父親の事か?
まさか呪いのペンダントを送ったのも、ゼターだっていうのか。
「ゼター、あんたもしかしてリタリアさんの……」
「はは、は……やっぱり察しがいいねツカサ……。もうね、僕は、絶望したんだ。貴族って奴は傲慢で自分の家さえよければそれで良くて、他人を蹴落とす事も何とも思っちゃいない。だから僕は、殺そうと思った。じわじわ苦しんで死ねばいいと思ったんだ。そしたら父様が良い時期に死んでくれてね……遺体を引き取りに行ったあの南方の国で、僕はあの石と出会って……思わず、贈っちゃったんだ! あんな家なんか消えてしまえばいいってね!」
絶句する俺とラスターに、ゼターはニヤリと笑いながら近づいて来る。
「それで、ヴィナさんを騙して……」
「ああ、あいつ僕の言いなりだったからね。ちょいと涙を見せて母様に頼んだら、すぐにフィルバードに行ってくれたよ。それからは逐一手紙を送らせてた。僕に色々と報告してくれてたから……ふふ、ヴィナが手紙で伝えてくれるリタリアの様子ったら本当に面白かったよ。ヴィナが心配する文面が長くなるたびに、リタリアの体調が悪くなってるって解るんだ。本当に楽しかった」
「外道め……」
「貴族の風上にも置けないって言いたい? 他の奴らも同じ事してるじゃないか。僕ら貴族はそんな謀殺の上に成り立ってるんだよ。たかが二百年平穏だったからって、自分は潔白ですって正義面しない方がいいよ、ラスター・オレオール」
ゼターがラスターを睨み付けるけど、ラスターは怯まない。
綺麗な顔のまま、相手をしっかりと見据えていた。
「言いたい事はそれだけか」
「その涼しげな顔が大嫌いなんだよ僕は……!! ハハ、だけどお前ら有能な貴族……騎士団が僕の掌の上で踊っていた事実は消せないよ。お前ら騎士団が下等民にとことんまで追いつめられる姿……見てて楽しかったなあ本当。ちょっとウワサを流せばすぐにあいつらは騒ぐんだ。そして、貴族なんていらないと暴れ出す」
「ふざけんなよ、何も知らない人達を引きこんで騙して……!!」
決起隊が嘘っぱちだっとしても、ヴィナさんのように虐げられた人がいたと信じて動いた人達もいただろう。そして、決起隊の行動で被害を受けてしまった善良な貴族だっていたはずだ。それを考えずに、面白いなんて……どう考えても、ゼターの言ってる事に納得できない。
憤ってラスターの前に出た俺に、ゼターはまたニヤリと笑って手を広げる。
「面白いよね、君達下等民って。自分じゃなにも考えもしないし噂の真贋も見抜けない。だけど正義感だけは強くて、つついたらすぐ暴走するんだ。盤上で動く雑兵を見てるみたいで笑いが止まらなかったなあ」
「お、まえ……!」
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「国を失えば、お前の血族も滅ぶというのが解らないのか、ゼター」
ラスターの言葉に、ゼターは笑う。
あの、一番最初に見た時の、美少年然とした優しい笑みで。
「僕が新しい国を作る。問題はないよ」
その刹那、ゼターの手がこっちに伸びてきた。
→
ほんとは「ブルーブラッド」なんですが、
理由があってノーブルブラッドでした(´∵`)
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