異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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王都シミラル、貴族の陰謀と旅立ち編

15.下手な推理は頭痛の素

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「で? アンタはなんでヒルダさんの所に潜り込んでるんだよ」

 後処理に破れたシャツを使ったせいで、上着だけの上半身が超絶違和感。
 だけど、手早く元の格好にならなきゃいけなかったから仕方ない。
 パーティーに戻れるだけの最低限の身だしなみを整えた俺達は、迷路の廊下を歩いていた。もうメラスさん行っちゃったみたいだし本当最悪。

 その上、折角俺が【創造】した水の術も後始末に使うしな。俺は力を何に使ってんだよマジで。ロクな事に災厄の力使ってねーよ。なんなのこれ悲しい。ぼろきれになったシャツはブラックに弁償させよう。絶対そうしよう。

 不機嫌を満面にした俺に睨まれたブラックは、叱られた犬のように必死に視線を逸らしながらおずおずと答えた。

「あれは……宴に入り込む手段って言われて、彼女を紹介されたんだ」
「それだけ? じゃあ、あんた何でラスターが何度も暗殺されかかってるって知ったんだよ。ヒルダさんが話したって言うのか」
「いや……それに関しては、ちょっときな臭い話でね……というか、今回も君の回復薬が関わっていたと言うか……そのおかげで、色々な謎が解けたと言うか……」
「……それ、どういうこと?」

 また俺の薬が関わってるって、一体何に。
 立ち止まった俺に、ブラックは一度咳をして今度は真面目な顔で話し出した。

「まず、リタリア嬢の回復薬の話だけど……あれをやっていた犯人は、君の予想通りメイド長のヴィナ・アルパスだった」
「やっぱり……。ペンダントの件はラーミンさんから聞いたか?」
「ああ。彼女が贈った品って事や、ヴィナがパーティミル家から紹介されてきたってこともね」
「えっ……!」

 目を丸くした俺を見ながら、ブラックは続ける。

「薬を運搬した方法も、共犯者も、君の言うとおりだった。だけど、話には続きがある。……昨日届いたラーミンからの手紙で、ある事が判ったんだ。それは、ヴィナが薬を渡していたのが……決起隊の人間だったってこと。ヴィナは、その決起隊の人間に『貴族にいびり殺されたメイドがいた』と聞かされ、それを信じてそいつに協力するために……薬をすり替えてたってこともね」

 決起隊って……アヤしいレジスタンス集団だよな。
 そんな人間の言っている事を信じて、薬を渡してたのか。でも、貴族の家で毎日働いている彼女がどこでそんな人間と知り合ったんだ。
 それに、もしヴィナさんが本当に決起隊の為に薬をすり替えてたんなら、ヴィナさんが贈ったあのペンダントはどうなんだ。

 弱らせる為に薬をすり替えていたんじゃないとしたら、どうしてあのペンダントをリタリアさんに付けさせた?

「リタリアさんを殺そうとしてたんじゃないのか」
「どうだろうね……。ヴィナが言うには、リタリア嬢が元気になったのを見て、君の薬ならきっと決起隊の力になると思ってすり替えていたそうだ。そして、ヴィナは渡された粗悪品……彼女は普通の回復薬と思っていたようだけど……それを、悪気もなくリタリア嬢に使っていたんだ。あの貯蔵庫にはツカサ君の薬の他にも回復薬はあるから、あればかり使う事は無いだろうと思ってね……」

 なるほど、だから持ってきた薬と使った薬の数が合わなかったのか。

 薬を持っていく人は日替わりだ。それに、メイド長は基本的に多忙で、リタリアさんのそばに付いていたりはしない。だから、ヴィナさんも【気】が見えない人間なら、回復薬が粗悪かどうか判断は出来なかっただろう。
 リタリアさんは薬の効果をあえて言わなかったし、快方に向かっていると思い込んでいたに違いない。

 だけど、リタリアさんとよく話す執事のコルガンさんとラーミンは違う。彼女に聞いて、俺の薬が良く効くと判断した。だから、半分ほどすり替えられていただろう俺の薬を持ち出し、運悪く粗悪品ばかりを選んでしまったのだ。

 ヴィナさんは手渡された粗悪品の一部を、貯蔵庫に並べずに使った。
 他の人達は、貯蔵庫に置かれた粗悪品を運悪く選んでいた。

 だから、薬の数の齟齬が起こったんだ。
 なら、彼女を苦しめる意図は無かったって事だけど……。

「もしその言葉が本当なら、ペンダントはどうなるんだよ。あれがリタリアさんの病の原因かもしれないのに、知らずにペンダントを渡したってのか。それにパーティミル家から紹介されたっていうのも怪しすぎるぞ」

 今現在犯人として最も有力なのが、オレオール家と反目しているコリンスキー家からパーティミル家に嫁いだ美貌の女傑、ヒルダさんだ。
 そのヒルダさんがヴィナさんを紹介したってのは、どう考えても怪しすぎるだろ。刺客って事じゃないのか。けれど、俺の推測をブラックはいとも簡単に裏切る。

「それがね、彼女が言うには……ペンダントはパーティミル家に融通して貰ったものだし、フィルバード家に紹介された時もペンダントに関しても、何も聞かされてないって言うんだよ」
「は!?」
「つまり、紹介した人物……ヒルダ・パーティミルは、何も知らないヴィナを紹介し、ペンダントを授けただけってこと」
「……でも、あのペンダントって……」
「うん。やっぱり良くないものだった。徹夜で鉱物辞典を引いてくれたラーミンが言うにはね、あのペンダントに使われている水晶は、南国のハーモニックという国で産出される【黒籠石こくろうせき】と言う鉱石を加工したものらしい」
「黒籠石……」

 黒籠石こくろうせきというのは、見た目は水晶と変わらないが、加工すれば無尽蔵に気を溜め込む事が出来る希少な石だ。けれど、その代わりに圧縮された気や曜気は混ざり合い、人の体に害をなす瘴気……つまり、毒へと変わる。
 黒籠石の気は一度毒になると、簡単に元には戻せない。それに加えて、周囲の曜気や気すら取り込んで瘴気にしてしまう為、現在は呪いの石として採取に厳しい制限が掛けられている。
 入手するのは希少な毒よりも難しい。
 けど……南国……。これも、南国だってのか。

「なあ、ブラック。ヒルダさんの夫は前代の勇者で、南方の国……ハーモニックでモンスターの討伐に失敗して死んだらしいんだ。もしかしたら、その時に石を持ち帰ったんじゃないか」
「可能性は高いね。僕たち冒険者や栄誉職の貴族はまだしも、貴族の奥方や子息なんかは遠方まで旅に出る事は滅多に無いから。だけど、彼女達は遺体を引き取る為に、かの地へ出向いている訳だ」

 なにせ貴族、金とコネはある。
 呆れたような顔でいうブラックに、俺はまだ残る疑問を続けた。

「だけど、どうしてリタリアさんにそれを? いくらリタリアさんの家がラスターの味方だからって、彼女を殺す必要はないじゃないか。ラスターに直接ダメージを与えようとしてたんなら、ただの無駄骨だろう?」

 確かに、ラスターは「最初は周囲の貴族も狙われていた」と言っていたけど、ラスター自身に刃が向けられ始めた今となっては、そんな回りくどい方法なんて切り捨てるはずだ。ヴィナさんが回復薬を盗む予測も出来なかったはずだし、第一決起隊なんてものが接触する事も……。
 いや、待てよ。

「ブラック、あのさ……決起隊ってもしかして……」

 俺の言わんとする所を解ったのか、ブラックはにこりと笑った。

「回復薬って結構重要な薬なんだよね。質のいい薬なら、大仰な術や高価な蘇生薬と同じように、瀕死の人間を救う事が出来る。だから、騎士達も今まで術や薬での回復に頼って、連日決起隊と攻防を続けてきた。けれど、そんな事を続けていたら薬は希少になり価格は暴騰する。となれば……騎士団を足止めするだけに雇われた決起隊……特に、質のいい薬をフィルバード家から盗み出した決起隊の男にとっては、良い事だらけになるよね」

 少し恐ろしげな声でそう呟くブラックに、俺は鳥肌を立てた。
 まさか、と思うけど、自分のバカみたいな結論を言わずにはいられない。
 ごくりと喉を鳴らして、俺は嗤うブラックを見上げた。

「あの暴動は……ラスターの体力を消耗させると同時に回復薬を希少にして、その後の暗殺で確実に殺す為にわざと派手に行われたもので……俺の薬は……リタリアさんの謀殺には全く関係なく、決起隊の連中に払う賃金に変える為に盗まれてた……って訳か?」

 自分でも呆れるような結論に、ブラックは朗らかに笑った。

「ははは。ツカサ君、自分でも話が飛躍してると思うでしょ。でもね、それが本当だから参っちゃうんだよ。……そう、リタリアさんへのプレゼントは、ラスターの暗殺とは関係ない理由で、ある人物から送られた呪いの品。そして呪いの悪化も、決起隊の暴動とヴィナの窃盗が重なった末の偶然でしかなかったんだよ。だけど……そこから、ほころびが出た。ツカサ君の回復薬を求めた犯人が、自ら馬脚を現したのさ」
「なんで断定出来るんだよ」
「言ったでしょ、聞いたから。そして……見たからね」

 ブラックのギラギラと光る紫色の瞳に、俺はハッとする。
 そうか、コイツ……かなりの高度な査術さじゅつが使えたんだ。
 査術は相手の能力を見出せる術で、術者の能力が高ければ望みの情報を引き出す事も出来る。ということは、こいつは会ったんだ。
 決起隊の首謀者に。恐らく……パーティミルの屋敷で。

 そう思った瞬間、俺の中でずっとわだかまっていた疑問が、綺麗に氷解した。
 あの時、俺の素性を知らないはずのあの人が言った俺を表す言葉。
 あれはブラックに教えられた情報だったんだ。だから、ラスターが言わなかった事を相手は言い当てた。
 今の俺の身なりで、俺がどんな奴だったかを知る事なんて……出来るはずがないんだから。

 あの人が犯人だとすれば、毒なんて簡単に入れられる。
 まさか目の前で行うなんて誰も思わない。トリックなんて何もなかったんだ。
 ただ、その場の全員が見ていなかったから、入れられただけ。
 それが出来たのは、一人しかいない。

「ブラック、査術でどんな情報が分かったんだ」
「そうだね……リタリアさんの回復を知って、質のいい回復薬が屋敷にあると知ったって事や、それを奪って決起隊の資金にするために、以前から連絡を取っていたヴィナを誑かし、湖の馬亭を突き止めて連日探っていた事とかね」
「…………それ、査術じゃなくて犯人から直接聞いたんじゃないか」
「えへへ、あたり」

 殴りたくなったけど、我慢。
 湖の馬亭を探っていたのは、決起隊の人間だったのか。
 そうだよな。俺の回復薬はあそこかフィルバードの屋敷にしかなかったんだ。
 屋敷で働いてる人間なら、ちょっと調べるだけで、湖の馬亭からラーミンさんが持って来たって所までは解るはず。……俺が作ったってのは、流石に判らなかったみたいだけど。

「……ヴィナは昔から彼には従う。彼が正義の人だと信じて、薬を持ち出し続けたんだ。だけど、彼は欲が出た。これを機に資金を蓄え、オレオール家をつぶし……自分の血族が最高権威に就く為に、回復薬がもっと欲しいと思ってしまったんだ。だから、僕に接触してきた。僕を薬師だと勘違いして『君を攫う機会をやる代わりに、薬を作れ』……ってね」

 でも、あの人がそんな狡猾な事をやるなんて。
 確信しているのにどうにも納得できない事実に顔を歪めると、ブラックは真剣な顔で口を引き結んだ。

「僕達と違って、貴族はどこにも行けない。だから、力を……権威を手に入れようとする。その為なら、純粋な善人を騙す事も厭わなくなるくらいにね……」

 ラスターも言っていたな。
 例え善人でも、操られていないとは限らないって。

「……なんか、胸糞悪りぃな…………」
「だから、言ったでしょ。どんなに良い領主でも……貴族は貴族だって」

 確かに、その通りだったけど。
 まったくこいつ、どこまでトボけてどこまで真面目なんだか。
 俺はちょっとだけ苦笑すると、気合を入れるように息を吸い込んだ。

「よし、分かった。お前の情報でやっと真犯人が突き止められたぜ。こうなったら後はなるようになれだ。……あ、お前も今からの作戦手伝えよ?」
「えー……あのキンピカ小僧助けるんでしょー。僕やりたくないなあ……」
「バカ! これが終わらなかったら俺が解放されねーんだよ!!」

 そう言うと、ブラックは仕方なさそーうに溜息を吐いて、肩を落とした。

「そうだよねえ、君はそういう子だもんね。だけど……本当に相手が襲って来なかったらどうする気なの?」
「え……」
「幾ら相手が焦ってるって言っても、必ずやるなんて限らないじゃない? それでもし、相手が別の案を思いついて今日暗殺を決行しなかったら、どうするの」

 そ、それは……ほら、あの……いちかばちかだし……。
 相手も焦ってる訳だし、勝率は固い……わけで……。
 う……そう言われると……その後どうしよう。
 ブラックなら、相手の陣地にいるし……その……。

「……ど、どうにか……なんないかな?」

 ブラックを見上げると、相手はちょっと驚いたように俺を見ていたが。

「ふふっ、だよね」
「え?」
「いいよ。僕は、ツカサ君の為なら……なんでもするから」

 まーた良く解んない所でニコニコするよなあ。
 何だかよく解らないけど、まあ、手伝ってくれるならいいか。

「よし、ハラは決まった! とにかく今は善は急げだ!」
「はいはい」

 なんか言い方がムカつくけど、この際それは不問だ。
 今は早く、犯人を捕まえないと。

 俺達は廊下を早足で抜け、ホールへと向かった。








 
※そ、齟齬があったらごめんなさい…(;ω;)
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