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王都シミラル、貴族の陰謀と旅立ち編
11.知らない顔は知らない人 1
しおりを挟む「皆、よくぞ来てくれた。今回は暴動を最小限に抑えた騎士団一同の功績を讃え、労をねぎらう宴だ。遠慮なく寛いでくれ」
美貌の騎士団長が、ワイングラスを掲げながらホールの中心で声を張る。
若く勇ましい声は広い会場に響き渡り、招待された貴族たちは笑顔で彼に拍手を送った。それを合図として、盛大な宴が始まる。
拍手が止むと、みんながそれぞれ目当ての物へと目を向けた。
豪華な料理を立食で堪能する人もいれば、生演奏に酔いホールの中心で踊る人々や歓談に勤しむ人もいる。それぞれが大いに宴を楽しんでいるようだ。
騎士団の団員達も、仕事に追われて普段は話す事も出来ない貴族令嬢達に猛烈なアタックをかけていた。健全で羨ましい。
男が男にアタックしてる姿も見えたような気がするけど、気のせいだろう。
俺はそんな周囲をそれとなく観察しながら、ハナヤシの生ジュースを飲んでいた。ああ、この世界で初めてのアルコールの入ってない飲料……ココナッツミルク美味しい、うう。砂糖もっと入れたい……。
「ツカサ、どうだ」
参加者への挨拶を一通り終えたのか、ラスターが主催者席に帰って来た。
この世界のパーティーは、基本的に主催者は動かない。幹事みたいに参加者の様子を窺って、何かあればその都度使用人に指示をするのだ。
とはいえ、実際は殆ど執事が取り仕切ってくれるので、主催が行う事と言えば、開始の音頭と終了の合図だけだ。わりとラクだよな。
ずるずるとジュースを飲みつつ、俺はラスターに応えた。
「今の所みんな楽しんでるな。変な動きしてる奴はいないぞ」
「誰が誰か解ったか」
「うん……あの濃紺短髪の爽やかにーちゃんがセルザで、シブいオールバック銀髪紳士がローレン、そんで……あれ、ヒルダって人来てないの?」
俺が会場内で見つけたのは、その二人だけだ。会場内には美女や美少女がよりどりみどりだけど、宴を開く前にラスターが説明してくれた容姿の女の人はいなかった。ヒルダって人は、綺麗な水色の髪をした大人の女性だ。
でも、この会場には水色の髪の少女はいても、大人の人はいない。
ラスターもそれが不思議なようで、首を傾げて腕を組んだ。
「それが……所用が有って少し遅れるらしい。あのヒルダが遅刻をするのは少し解せんのだが……まあでも、息子のゼターを先に寄越しているし、貴族としては礼を欠いていない」
「ゼターって誰?」
「あそこで女に囲まれている青二才だ」
ラスターが顎で指す先を見ると、お姉さま方にきゃいきゃい言われている青年がいた。薄水色の髪を綺麗にセットした、いかにもお坊ちゃんって男だ。優しげな笑顔が魅力的なのか、それともその儚げな姿がいいのか、お姉さま達は嬉しそうにゼターと話している。
う、羨ましくなんかないぞ。そんな場合じゃないし……。
「な、なんか病弱そうな人ですなあ」
「確かにゼターは体が弱く、剣術も曜術もからっきしだ。しかし、そんな所が庇護欲をそそると貴族の女達にはめっぽう人気でな。……まあ、絢爛豪華にして神に恵まれし美貌の俺と比べれば、ささやかな人気だが」
あーはいはい、元気になったら本当こいつどうしようもねえな。
しかし、ヒルダの息子か。一応警戒しとかなきゃな……と思っていると、ローレンと思しき人がこちらに近付いてきた。
「ラスター様、先程は短い挨拶にて失礼いたしました」
「いや、気にしないで良い。それより宴は楽しんでいるか」
「それはもう……ラスター様の催される宴は、いつも素晴らしいものですから」
ラスターの言葉に、大きな丸眼鏡をかけた老紳士は、怜悧さを残した静かな笑みを浮かべる。貴族を探る監察官だけあって笑い方もクールだ。
ぽけらと相手を見上げている俺に、そんな顔が不意に向き直った。
「ところで……この可愛らしいお方は」
「俺の大事な知人だ。容姿から解るように東方から来た者でな、こちらの国の宴を見てみたいと言うので、同席させて貰った」
「ほう、それはそれは……私、この国で監査取締役をしております、ローレン・ブライトと申します。主催席におられるので、私はまたてっきりラスター様の伴侶になられる方と思っておりましたが」
「そ、そんな、俺はただの知り合いですっ!! つ、つつツカサです、宜しくお願いします」
「ふふふ、ラスター様のお知り合いで無かったら、個室でゆっくりとお話をしたい所でしたが……実に残念です。では、後程」
……まさか、まさかですよね。そういう意味じゃないよね。
いーやー流石にちょっとオジサマはカンベンしてぇえええ!
幾ら性にフリーダムな世界とは言え、俺の親父と同い年くらいのオジサマは色々と駄目ですぅうう。
「……お前は人たらしか何かか? ローレンがあんな顔であんな事を言うのは初めて見たぞ……」
「あ、怪しい奴に見えたとか……? 個室に連れて行くってあれだろ、ほら、あの、取調べ的な……」
「貴族が【個室で話をしたい】というのは、寝台に誘いたいという意味だが」
「ああもう本当やめてえええええ」
しかし俺の悪夢はそれくらいで終わらなかった。
宴の最中、お姉さんや美少女が席まで来てくれて声をかけてくれるのは嬉しかった。本当に嬉しかったが、ラスターとの仲を勘繰られて疲れ、その上爽やか犯人候補セルザさんには「おっ、団長ってばいいオンナ連れてますね!」とか言われて泣き崩れたくなったし、ローレンさんみたいなこと言う奴らもいたし! しかもそれ全部男だったし!!
なにが貴族の宴だよ! ド変態達のから騒ぎじゃねーか!!
おかげで俺はもう歩く気力すらなくなり、宴を眺められる柱の陰に隠れているしかなくなってしまった。もうヤダ。誰とも関わりたくない。貴族怖い。
「おいツカサ、主賓の同伴がそんな場所に隠れていては困る」
「じゃあお前アイツらのスケベな物言いやめさせてくんない!? 誰がオンナだ、誰が寵姫だ、誰が男好きのする顔ですね~だってんだぁ!!」
「みな悪気はない、お前がそう見えるから悪いのだ。つまり諦めろ」
うえーんラスターのばかあー。
自分の放つキラキラに呑まれてかき消されちまえー。
「そんな情けない顔をするな。褒められてるんだから胸を張れ。初心なお前にとっては貴族の褒め言葉は身に余るのかもしれんが、お世辞もあんなものだ。気にしない方がいい」
「ホント? 俺のもおせじ?」
「いや、お前に対してはみな本気っぽかったが」
「ひきこもりますぅううう」
とは言え隠れてるわけにも行かず、俺はずりずりとラスターに引きずり出されてしまう。そうね、主催の同伴だもんね。主催と一緒にみんなのこと見守らなきゃいけないのよね。……あと、犯人を見張んなきゃいけないし……。
しぶしぶ主催席に戻った俺は、チラチラこちらを見るローレンさんや、度々やって来ては俺に質問を投げかけてくるセルザさんにウンザリしつつ、彼らの動向を観察した。ああもう本当、今の所二人とも変な事はしてないけど……いや俺にとっては充分通報ものなんだけど、とにかく二人は今の所普通に客として楽しんでいる。異常なしだ。
この宴は日が落ちるまで続き、その後は三階に宿泊する泊り客と夕食をとる事になっている。となると、人ごみに紛れての刺殺だとか……夕食の時の毒殺、そして就寝時の暗殺を考えた方がいいかも。そっちが簡単とは言わないけど、俺が常にラスターの側に居るから、警戒して方法を変えるかもしれない。
ローレンさんとセルザさんは自宅が王都に有るから帰るんだと思うけど、なんかさっきから、夕食に俺が来るのかしきりに聞いて来るんだよな。夕食まで食べてくつもりなんだろうか。なら警戒しなきゃね。色々とね。てかあの、この人達本当に犯人候補ですよね?
「ラスター、あの二人ゲテモノ好きかなんかなの」
「ローレンはともかく、セルザは単純にお前が珍しいんだと思うぞ。東方の人族が大陸西端のライクネスにまで来る事など滅多にないし、そもそも黒髪の人族自体が数が少ないからな。お前も街にいる時存分に確認しただろう。……というか、お前は東方から来た冒険者なのだろう?」
「いや、俺は奴隷としてラクシズに連れてこられたから」
正直に言うと、ラスターは目を剥いた。
そっか、そういや俺が元は奴隷だったって言ってなかったっけ。
ラスター、奴隷とか嫌がるかな。
「……ブラックとか言う、あのむさい中年の奴隷だったのか?」
「ううん。アイツは一緒に旅してくれる奴ってだけ。俺を身請けして、曜術師の試験を受けさせてくれた。だから俺は今は曜術師。……奴隷とか、あんまし好きじゃなかった?」
「いや、よりいっそうお前の汚れない心が愛しくなった」
うーん、まあ、嫌いじゃないんならそれでいいけど。
なんだか前にもまして俺を熱いまなざしで見て来るようになってしまったラスターから目を逸らしつつ、俺は何杯目かのハナヤシジュースに口を付けた。
しかし……ヒルダって人はまだなんだろうか。俺の体感時間が正確なら、もう二時間くらい遅刻している。これじゃ正午の鐘が鳴っちゃうんじゃないか。
そう思いながらホールの中心で優雅に踊っている人たちを見ていると、その集団をすり抜けてほっそりとした男がやってきた。
薄水色の髪の美少年、ゼターだ。
「ようやく解放されたか、ゼター。お前の珍しい淡い色の髪と瞳にかかると、どんな美女も賛美せずにいられないらしい」
苦笑交じりのラスターに、ゼターは同じような表情を返して肩を竦める。
「流石に参ってしまいました。僕はあまり女の人に構われるのが得意ではないので……。早く、ラスター様のように人を傅かせてしまうような男になりたいです」
「ハハハ、殊勝な事を言うな。お前は既にパーティミル領ザルクの領主、立派に政を行い民を傅かせているではないか」
「いえ、それは母の手腕で僕はただの手伝い程度でしかありませんよ……しかし、ラスター様、御加減はもうよろしいのですか。暴動の際に多大な力を行使し、術が使えなくなってしまったとお聞きしましたが……この前までゴシキに静養に行っていらしたのでは」
「大事ない。まだ高度な術は使えんが、だいぶ感覚は戻ってきている」
「それはよかった……騎士団長が王宮に居て下さらなければ、ライクネスに真の平和は訪れませんからね」
そうか、ラスターも騎士団なんだからその場にいたんだよな。ゴシキ温泉郷では力が云々って言っていた気がするし、あの時のラスターは結構弱ってたのか。じゃあ……ラスターってまだ本調子じゃないってこと?
なら今は結構危険な状態じゃないか。
思わず俺が心配するような視線を向けると、相手は視線を合わせて微笑む。大丈夫と言っているような表情に少しホッとしつつ、俺は改めてラスターの周囲に気を配る事にした。
くそう、俺が査術でも使えたら誰が危ない奴か解るかもしれないのにな……。もしかしたら、ラスターも暴動のせいで査術とか使えなくなってるのかもしれない。
そういや、査術が使えたんなら、メダル見なくたって低レベルな俺の職業ならすぐ解ったはずだよな。なのに、メダルを見たって正直に言ったってことは、あの時もまだ完全復活してなかったのか……。
気を付けてやんなきゃな。
しかし、なんでこんなヤバい事を今まで誰もを問いかけなかったんだろう。
多くの人が知らなかった……とかじゃないよな。
でも、じゃあ何故、ゼター以外の人間がこの事を聞いて来なかったのか。
訝しげにゼターを見上げる俺に気付いたのか、相手は鶯色の瞳をこちらに向けて優しげに微笑んだ。
「ごきげんよう、ツカサさん。貴方の噂は先程沢山聞かせて頂きましたよ」
うげ……何言われてたんだろう……。
握手をしながらも、俺は探るようにゼターを窺う。
「う、噂って……」
「ラスター様の伴侶か、それとも良い人なのではないかと。そうでなければ、是非一度じっくりとお話ししたい……皆そう言っていました」
「そ、そりは……こ、光栄な事です……」
嘘です光栄じゃないです怖いです。でも貴族の人だしラスターの対面もあるしこう言わなきゃしょうがないしぃいい!
内心泣きながら笑顔でゼターに微笑むと、相手も嬉しそうに笑ってくれる。
「僕も貴方の事はとても可愛いと思いますよ。それに何より、貴方は何故か有能な人にばかり愛されるようだ」
「は、はあ……」
「一般街の花は、時に温室の薔薇より気高く美しい。僕はそれを今日改めて知ったような気分です。これは執着せざるを得ない。僕とも今後仲良くして頂けると嬉しいです」
……多分、普通に、仲良くしてほしいって意味だと、思う。
もういっぱいいっぱいで笑顔を作り続ける俺を哀れに思ったのか、ラスターが横から話を拾ってくれた。
「ところでゼター、ヒルダ様はまだいらっしゃらないのか」
「ああ、その事なのです。ラスター様お許しください、母は今恋の真っ最中でして、支度に時間がかかっているのです」
「ほう、ついに彼女の憂鬱を晴らす麗人が現れたか」
「はい。……ああ、母がやっと到着したようです」
ゼターの言葉に、ラスターと俺は立ち上がる。
いつの間にか踊っていた人達も足を止め、ホールの入り口をじっと見ていた。
静かなホールに、カツン、とヒールの音がする。
音と共に扉を潜って現れた二人に、その場にいた人達は息を呑んだ。
「……あれが、新しい恋の相手だと?」
疑念を隠しもしないようなラスターの声。
だけど俺は、それ以上に衝撃を受けて、何も言えなくなっていた。
だって。だって、ヒルダさんが連れてきている相手は。
「彼はあまり人が得意ではないのです。仮面をつける事をお許しください」
ゼターの冷静な若々しい声が、耳を通り抜ける。
そう、確かにヒルダさんが恋をしていると言う相手は、仮面をつけていた。
だけど、俺には解る。そのウェーブがかった綺麗な赤い髪が本物なら、目元だけを隠す仮面の下の瞳は―――きっと、綺麗な深い紫だ。
そんな奴、ひとりしか、みたことない。
「ま、さか……」
ブラック……?
誰にも聞こえない小さな声で呟いたのに、仮面の男は俺の方を振り向いた。
まるで、無言で肯定しているかのように。
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