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王都シミラル、貴族の陰謀と旅立ち編
3.にわか推理とバカの策 1
しおりを挟むリタリア・フィルバードの部屋は、南向きの部屋、大きなバルコニーのある二階に作られている。彼女の部屋は両親の愛を表したかのように豪華な部屋で、内装は本当にお姫様の部屋のように飾り付けられていた。
室内には花の咲く木がそこかしこに置かれていて、甘く柔らかな香りがしている。とても病人の部屋とは思えない、華やかな部屋だった。
「リタリア様、ラーミン様とお客様です」
お側付きのメイドが、天蓋付きのベッドで横たわっている誰かにそう囁く。
カーテンからうっすらと見える人影は、ラーミンという言葉を聞いてすぐに起き上がろうとしたが――――力なくベッドに体を沈めた。
ラーミンはそんな彼女の影に、慌てて駆け寄る。
「リタリア様っ、あまり動かないで下さい!」
「ご、ごめんなさい……こんな恰好でお会いするなんて、お恥ずかしい……」
「いいんです、さあ、楽にして」
カーテンを潜ってリタリアさんの体を抱えるラーミンを見て、メイドが目を潤ませている。ああ、二人の仲は彼女も知ってるのか。
まるで洋画を見ているようだなとぼんやり思っていたが、不意に呼びかけられて俺とブラックはベッドの側まで近付いた。
「貴方様が、私に回復薬を融通して下さったツカサさんですね……ありがとうございます。あの薬のお蔭で、私は随分と体が楽になったんです。……今はちょっと、宴のことで疲れてしまって……でも、すぐに良くなりますわ。本当にありがとう」
綺麗で透き通っている声は、か細くて今にも消えてしまいそうだ。
カーテン越しにでも相手が弱っているのが解って、俺は奥歯を噛む。
もしこれが、俺のしでかした事なら……何と言って詫びればいいんだろう。
だけど、今は後悔している場合じゃない。彼女の声を聴くと、より一層早く彼女を助けないとって気持ちが大きくなる。俺は覚悟を決めて話を切り出した。
「リタリア様、おれ……いや、私、実は薬の事で、少し確かめたい事が有りまして……体調が優れない時に本当に申し訳ないんですが、質問に答えて頂けますか」
「ええ……私で解る事であれば……けれど、どんなことでしょう?」
ラーミンに支えられているリタリアさんは、彼と手を繋いでいる。
だけど、影だけでも解る手の力の弱弱しさは、あまりに儚くて壊れそうで。
どうにかして、俺が原因を知る事が出来ればいいんだけど。
「……落ち着いて」
ふと、俺の手を広い掌が包んだ。
ブラックの手だ。
「…………」
その優しさが解って、俺はいつものように払い除けられなかった。
こういう時に頼ってしまう自分が恥ずかしいけど、今は四の五の言ってられない。
いつの間にか緊張で強張っていた手を開き、俺はゆっくりと話し出した。
「リタリア様、私の薬を飲んだ時に変わった味がしたことはありませんか?」
「何度かあります。……でも、貴方の回復薬を最初に飲んだ時、とても飲みやすいと思ったの。そして、私を包む光がいつもより温かに感じたわ。人の温かさを久しぶりに感じた気がした……そうするとね、不思議と体が楽になって、自分でも驚く位に元気になっていったの。でも、時々嫌な香りがする回復薬があって……それを飲んだ時は、体が光に包まれる事もなかったし、ただ苦いだけで…………それで、私はまた辛くて……」
やっぱり。
俺とブラックが顔を見合わせていると、カーテンの中でラーミンが焦ったようにリタリアさんに問いかけた。
「なっ、何故……誰が飲ませたんです、そんな薬!」
「えっ、あの、誰とは……。しいて言えば、メイド長や執事がよこしたメイドかしら……ねえ、サルマ、そうだったわよね?」
「確か……そうだったと思います。私どもは【気】が見えませんので、お嬢様のお体が光ったかどうかは分かりません。ですが、お嬢様が不思議がっていたのは覚えておりますので……」
そばに控えていたメイドが腰を折って話すのを聞いて、俺は顔を歪めた。
「曜気が見えないと、光ったように見えないのか?」
「うーん、曜気というか【気】だね。夜に現れる光るアレ。……前も言ったけど、気は素質がある者なら誰でも取り込める力だ。でも、誰でもがって訳じゃない。大多数の人は気が見えなくて、査術すら使えないんだ。だから、僕達が見てる【回復薬を飲んだら光る】って現象は、誰にでも見えてるわけじゃないんだよ」
そうか。だから誰も回復薬が粗悪品だったことに気付かなかったのか。ということは、リタリアさんも何らかの素質がある人ってことか?
「リタリア様、その苦い薬はいつから入って来たか覚えていらっしゃいますか」
「ええと……宴の前…………そう、ツカサさんのお薬を頂いてから三日後くらいかしら。あれから少しずつ妙な薬の方が増えてきて……苦いばかりで辛かったのを覚えています」
宴の前。と言う事は。
「薬をすり替えていた人間は、この館の人間の可能性が高いね」
ブラックの小さな呟きに、俺は頷いた。
宴が催された後から粗悪品が使われ出したのなら、外部の人間や宴の客人まで調べなきゃならなくなる。そうなるとかなり面倒な事になりそうだった。だけど、宴の前なら別だ。
外部からの侵入者って線もまだ捨てられないが、犯人は絞りやすくなる。
「リタリア様、最近はずっとその苦いだけの薬だったんですか」
「ええ……最近はずっと。ここ四日ほどはそればかりでしたわ。そう言えば、体調を崩し始めたのもその頃です。私、宴の時にみっともない程はしゃいでしまったから、そのせいだとばかり思っていたのですが……」
おかしいな。
あの貯蔵庫にはまだ俺の薬が結構残っていた。粗悪品との比率は大体俺の薬が六割で粗悪品が四割って所だ。一日に二回の摂取が確かなら、薬の減り方がおかしい。仮に五対五で粗悪品にすり替えられていても、連続で粗悪品ばかりが出されるなんてあり得るのか?
一日二回で四日目から粗悪品が出てきて、その後の四日連続全てが粗悪品。
計算が苦手な俺だっておかしいと解る。これは意図的な物だ。
だけど何故、残されていた本当の回復薬が出て来なくなったのか。
「あの、ラーミンさん、持ち出した記録とかはないんですか? その薬がおかしくなった日数分……」
「ありますが……その期間、私とメイド長、執事が交代で薬を持ってきていました。ですので、私も薬を運んだんだと思います……」
「あっ、ら、ラーミンったら落ちこまないで……どうしたの?」
カーテン越しに分かる程にがっくりと肩を落とすラーミンに、リタリアさんが慌てている。なんか可愛いぞ……いや和んでる場合じゃない。
とりあえず……粗悪品を飲まされてた事は彼女には言わないでおこう。
ショックを受けさせたら余計に病状が悪化しそうだし。
先に回復薬を渡した方がいいかな。
「あの、リタリア様これを」
カーテン越しに回復薬をみせると、ラーミンが受け取ってくれる。
リタリアさんは封の開けた瓶を渡されると、一度躊躇ったが瓶に口を付けた。
彼女が小瓶の薬を飲み干したと同時、柔らかい光が彼女の体を包み込む。
「ああ……これです。私が最初に感じた温かな光……」
ラーミンに支えられていた彼女が、ゆっくりながらも自分で体を起こす。その姿に、サルマと呼ばれていたメイドが感極まって両手で口を覆った。
ちょっとまって、そんな早く回復したの?
「お嬢様……!」
「大丈夫よ……サルマ、ラーミン。ツカサさんから頂いた薬は、本当によく効くの。まるで胸のつかえが取れたみたいに……」
胸のつかえ。と、言われて、思わず胸を見る。
すると、俺はある事に気付いた。
「あれ……」
「どうしたの、ツカサ君」
「いや、今気づいたんだけど……お嬢様の胸の部分、光って無くないか?」
言うと、ブラックは目を細める。だが良く解らなかったようで、首を傾げた。
「なんだろう……僕には見えないな。光がそこだけ抜けてるのかい」
「うん。俺にはそう見える」
でもブラックには見えないって、どういう事だろう。不思議がっていると、ロクが懐から顔だけを出してきてコクコクと頷き始めた。
「ロクもわかるか?」
「キュゥ」
「ロクショウ君にも見えるのか……気じゃないとしたら、曜気が何か関係あるのかな。それだと、僕には炎と金の曜気以外は見え辛いから」
「曜気……木や水の曜気、とか?」
「それはどうかな。君はすべての属性を使えるからね」
曜術師ってのは、曜気が見えるだけじゃなくて、自分の属性の曜気を体内で循環させたり取り込んだりする。もしかして、それって体力を回復するのにも関係あるのかな。
でも……それと光らないのとどう関係があるんだ?
やがて光は消えて、彼女は幾分か楽になったのか体を少し伸ばした。
「ああ、久しぶりに気持ちがいいわ……。ありがとうツカサさん。やっぱり、この前までの回復薬はツカサさんの物ではなかったのね。だって、ツカサさんの作った回復薬みたいに優しさを感じられなかったもの。私、本当に貴方様のお薬には感謝しております。ご迷惑をおかけしますが、これからもよろしくお願いしますね」
そう言ってこちらを見る彼女の顔は、やっぱりカーテン越しではただの影にしか見えない。だけど、彼女が微笑んでいるのは解る。
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