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王都シミラル、貴族の陰謀と旅立ち編
2.ここはゲームの世界じゃない
しおりを挟むラーミンの様子からのっぴきならない事態を悟った俺は、難色を示すブラックを宥めて、タクシー馬車で高等区まで向かう事にした。
いきなりの事だったから理由も聞かず付いてきちゃったけど、リタリアって確か俺が回復薬を送ったお嬢様だよな。このラクシズを治める貴族、フィルバード家の娘さん。聞いた話じゃかなり容体が悪いみたいだったけど……。
「あの……とりあえず、何がどうしたのか話してくれません?」
向かいの席に座って息を整えているラーミンにおずおずと訊くと、相手はハッとして居住まいを正し、真剣に話し始めた。
「実は……リタリア様のご容態が先日から急に悪化して……。それまでは、ツカサさんに譲って頂いた回復薬がとてもよく効いたのか、リタリア様もこれまでにない程お元気になられて、領主もお喜びになっておられたのです。これで大丈夫だと、安心していたのですが……それが、それが急に……!」
言いながら、狐のような目を更に細めて顔をくしゃくしゃにするラーミン。
領主と仲がいいとは言ってたけど、この取り乱しようはそれだけじゃないような気がした。
きっとこの人は、人前で顔を乱す事も厭わないくらいリタリアって人が好きなのだろう。じゃなけりゃ、きっちりした格好が好きな人があんなに髪を乱して走る訳がない。馬車なんて待ってられないくらい、彼女を早く助けたくてどうしようもなかったんだ。
この人の彼女への思いだけは本物だと、俺は無意識に確信していた。
「悪化した原因は分かりませんか?」
「ない……と言えば嘘になります。リタリア様が元気になられて、領主はそれはもうお喜びになられ、内輪の物だけで小さな宴を催したのです。その時宴には沢山の人が呼ばれました。……病み上がりのリタリア様も宴にご出席なさいまして……」
それ以外にも理由はありそう。
俺はブラックと顔を見合わせて、頭を掻いた。
「……今考えられる原因は、五つだな。一番・人からの感染症で治りかけの病気が変異した。二番・小康状態だった病気が急な運動で活性化した。三番・俺の薬で病気が変質した。四番・薬が本当はそこまで効いてなかった。そして最後は……」
「何者かが、リタリア嬢に毒を持ったか……だね」
ブラックの言葉に、ラーミンは青ざめる。
だが、気丈にも頭を強く振って、しっかりと俺達を見てきた。
「ど、どれもあり得る話ですが……三番と四番だけは絶対にないと思います。わたくし、リタリア様からツカサさんの回復薬を少し頂戴しましたが……普通の回復薬より効果があったと言う以外には何も感じませんでした。現に飲み続けたリタリア様は快方に向かっていましたし、ツカサさんの薬が悪いと言う事は無いと断言できます」
信用してくれるのは嬉しいけど、あまり素直に喜べない。
薬で元気になったとしても、それは一時的なものだったりする。それに、一時的に元気になるだけならいいが、酷い薬になると元気になったのはまやかしで、その裏で体が蝕まれていることだってあるんだ。
俺の作った薬がそうでない保証はない。
だから、俺が回復薬を大量に彼女に送ったのは間違いだったのかもしれない。
もしかしたら、作り方をどこかでしくじってて、体の弱い人に飲ませると悪化させることになる効果が出てたりしていたら……。
思わず青くなるが、ブラックがぽんと肩を叩いてきた。
安心しろ、と言っているかのようで、少し気分が落ち着く。
「とにかく、リタリア嬢の様子を見ない事にはなんとも言えませんね」
「はい……それに、ツカサさんには回復薬の状態も見て頂き、もし変質していたら新しく作ってほしいと思っていまして」
「変質……って、そんなことあるんですか?」
「稀にですが、保存状態が良くないと薬効が薄れたり効果が変質したりするんです……。管理は完璧なはずなので、そんな事は無いと思うのですが……」
しかし弱気な声のラーミンに、なんとも言えなくなって馬車の中には沈黙が降る。俺も、この状況では明るい事も言えなくて口をつぐむしかなかった。
そうだ。薬は、誰かが飲むもの。
一つでも作り方を間違えれば、誰かの命を奪う事になる。
これはゲームじゃない。
ゲームみたいに調合が必ずうまくいく保証なんてないんだ。
もし、俺の薬がそのリタリアさんを苦しめる方向に作用しているとしたら……。
高等区の中央にある、王族の宮殿のように広く豪華な館。
それが、ラクシズを治める領主――フィルバードの屋敷だ。
白亜の豪邸を地で行く屋敷には、花が咲き乱れお約束のようにデカい噴水が完備されている。通された玄関ホールも、舞踏会が開けるんじゃないかってくらい広くて豪華だった。
しかし、凄い屋敷と言えどもやはり地下室は石造りの武骨な部屋だ。
ラーミンが侍従長に許可を取って案内してくれた地下室は、領主であるルーデル・フィルバードの執務室にあった。
薬が備蓄されている地下室は、領主ルーデルとその執事や侍従長、そしてラーミンしか知らされていないらしく、鍵も特殊なものでまず盗人が入れる場所ではないとのこと。まあ執務室にある時点で選ばれた人間しか入れなさそうだけどな。
「しかし……随分と回復薬を備蓄してるんだね。他の薬も」
ブラックが手近にある棚から瓶を取る。
ランタンの仄かな明かりに照らされた瓶には、青い液体が入っていた。
「元々は一般街の人達が飢饉に襲われた時の蓄えを貯蔵する倉庫だったのですが、今現在は他国との協定で物資援助がありますので……薬品の貯蔵庫として使っているのです」
なるほど、貯蔵の為だったから、鉄の扉で中もこんなにヒンヤリしてたのか。
「しかし……凄い量ですね。回復薬だけじゃなくて滋養強壮剤、鎮痛剤……うわっ、これめっちゃ高い栄養剤じゃないっすか」
薬屋で見たことある! 豪華な鍵付きの棚に入れられてたんだよなこれ。
この薬一つで金貨二十枚は軽く飛ぶんだよ。
「それでも、随分と減ってしまいましたけどね……。今となっては、薬は全てリタリア様の命を繋ぐものですし……回復薬も日に二度摂取なさらないと体調が悪化しますので。昔はこの壁一面の棚全てが回復薬だったのですがね」
言われてみると、壁に張り付いた棚は既に二つほどが空になっていた。
それくらいリタリアって人の病気は酷いんだろうな。
「で、ツカサ君の回復薬は……」
「こちらです」
俺の作った薬は、別の棚にあった。どうやら一応区別していたらしいが、俺がラーミンに持たせた時より減っている。
でも、一日二度と言う割に減っていないような……分けて飲んでるのかな。
「ツカサさんの薬は本当によく効きましたので……」
「い、いやそう言うのはまだ早いかと……ちょっと失礼」
俺は自分の薬をよく確かめる。
どの薬も変色は無く、誰かに一度開けられた様子はない。
まあ、回復薬は開けたら一日で効果が無くなるんだからあり得ない話か。
ロクにも一度飲んで貰って確かめたけど、体が発光するばかりで毒になるような成分は無いようだった。
俺の薬が変化したって可能性は潰れそうだ。ちょっとホッとした。
でも、まだ安心はできない。
リタリアさんの病と俺の薬がなんらかの超合体を起こしてとんでもない病気になってしまった可能性もあるしな。
ちょ、超合体しか言葉が思いつかない俺のことだ、ポカをやらかしてても不思議じゃない……ああもう本当何でもいいから勉強しておくんだった……。
そう思って、棚を去ろうとしたが……俺は幾つかの小瓶に妙な違和感を感じて、不意に立ち止まった。
「……あれ……?」
「どうしたの、ツカサ君」
「いや……」
何がどう違うって訳じゃないんだけど……なんていうか、ヘンな感じがする瓶が幾つかある。どれも綺麗な青色なのに、色が微妙にヘンっていうか。
感覚でしか捕えきれない違和感だったけど、俺はその小瓶をより分けた。変とは言っても、瓶は道具屋から買った瓶と一緒だし、紙の封も破られた様子はない。俺が張ったのと同じ紙封だ。木の栓も別に変色などはしていない。
でも、なんかおかしいんだよなあ。
「ツカサさん、この瓶がどうか……?」
心配した様子で俺の顔を覗くラーミンに、俺は気になった事を聞いてみた。
「あの、ラーミンさん。俺の薬ってすぐこの貯蔵庫にしまいました?」
「はい。大事な回復薬でしたので……」
「持ち出しはラーミンさんが?」
「いえ、メイド長や執事、領主も持ち出しました。私達はそれぞれ仕事がありますので、誰か一人がリタリア様にずっと付いていると言う事が出来なくて……」
「じゃあ、誰かが黙ってこの部屋に入れる可能性は?」
俺のその言葉に、ラーミンは目を見開いて言葉を失った。
信じられない、と言う様な表情だったが、やがてラーミンの顔は不安に苛まれたように歪んでいく。
「ない……とは言えません……鍵さえあれば、ここに入る事は可能ですから……」
「……そうですか」
深刻な顔をする理由は、後で聞けばいい。とにかく今は確かめるのが先決。
俺はより分けた違和感のある回復薬を開けると、ロクに飲んで貰う事にした。
「ロク、度々ごめんな。これも飲めるか?」
「キュゥ!」
任せなさい、と言わんばかりに俺の懐から伸びて、小瓶に顔を突っ込むロク。
本当可愛い頼もしい。瓶を傾けて口に入れやすいようにしてやると、ロクはゴクゴクと回復薬を飲み込んだ。
また発光するヘビという不思議な現象が始まる、はずだったのだが。
「……あれ? 光ら……ない……?」
「キュッ……キュ~……?」
ロクは全然光らない。ちょっともピカっともしなかった。
その上、ロクは首を傾げてしきりに長い舌で自分の口をペロペロと舐めている。どうしたんだろう、味になにかおかしな所があるんだろうか。
「ロクショウ君、どうしたの」
ブラックが問いかけると、ロクは不思議そうな顔で困ったように見上げてくる。
毒はないみたいだけど……もしかして。
「ちょっとごめん」
「あっ、つ、ツカサ君!」
俺は件の小瓶を取ると、封を取って勢いよく回復薬を口に入れた。
薬臭くてトロっとした、いかにも【お薬です】的なゲンナリする味が来る。
……と、俺は思っていたのだが。
「やっぱり…………味がおかしい」
この回復薬は、確かに若干のとろみがあって薬の臭いがする。だがそこに微かにニスに似た変な臭いが混ざっていて、飲みなれない俺でも違和感バリバリな味だった。流石に、この味はおかしいとしか言いようがない。
「どれどれ」
俺の言葉に触発されたのか、ブラックも回復薬を呑む。
しばらく口の中で動かしていたが、何かに気付いたようで渋い顔をしながら薬を飲み込んだ。
「これは、偽物だね。しかも今問題になってる、粗悪品の回復薬だ」
「そっ、そあくひん!?」
素っ頓狂な声を上げるラーミンを見て、俺はようやく数日前の話を思い出した。
そう言えば、回復薬が色んな場所で品切れになった頃から、市場では出所不明の粗悪品が出回ってるって女将さんとブラックが言ってた。
確か、粗悪品の回復薬には効果がほとんどないはず。
それがなんで貴族の家の貯蔵庫に?
「なあ、本当に粗悪品なのか? 俺の回復薬が何かのせいで変化したとかじゃ?」
俺は、変な人間がこの貯蔵庫に侵入して俺の薬に何かをしたんだとばかり思っていたが、そういう訳でもないらしい。
ブラックは確信めいたはっきりとした口調で、俺の予想に首を振った。
「それはあり得ないと思うよ。回復薬は失敗すると青い色を失う。何かを混ぜても色が変わる。ツカサ君の薬が変化したとしたら、色が変わってるはずだ」
確かに、回復薬を改良しようとした際色々やったけど、あの材料以外を使うと色が変わったり匂いが変わったりした。回復薬の作成自体を失敗したことは無かったけど、薬効がないと色が変わらないって言うのは本にも載ってる事実なんだから、俺の薬が変化したってのはありえないのか。
「粗悪品って、こんなヘンな味がするんだな」
「モノにもよるとは思うけど……僕はこの上塗り剤みたいな臭いがする材料を知ってる。恐らく、ラーミンさんも解るはずだ」
「は、はい……ちょっと拝借します……」
促されて、ラーミンも開いてない小瓶を取って、一口含む。
そうして、すぐに驚いたように目を見開いた。
「これは……染料に使われる琉木藍と言う植物の臭いです……! 琉木藍は固い布でも容易に染まる為、一般に広く流通しています。恐らく粗悪品の回復薬は無理矢理色を付けるために琉木藍を使ったのでしょう。しかし……ツカサさん、よくお分かりになりましたね……確かに良く見れば色は違いますが、一目で気付くのは難しいですよ。私でも判りませんでした……」
「いやほら、ここ暗いですし……ずっと見てたら解らなくなるって事もあるんじゃないんですか? そもそもラーミンさん、薬を専門に卸してるんじゃないんだし」
「いえ……私の勉強不足です……」
卸を生業としている人が言うのだから、粗悪品で間違いないのだろう。
だけどそこまで落ち込まれてしまうとなんか悪い気がする。
必死になってる時って見落とししやすいし、俺だってずっと見てたら解らなかったかも知れない。でも、そんなの言い訳にしかならないんだよな。
ラーミンはリタリアってお嬢様を救いたい一心で動いてたのに、こんなミスを見逃してたんだ。俺がラーミンだったら、自分のミスを責めたくなる。
でも、悪いのはこの薬棚に粗悪品を混ぜた人間だ。
ラーミンだけに責任があるとはいえないはず。
それに、俺の薬が安全だってのはまだ断言できないしな。
「ラーミンさん、どこで薬がすり替えられたか分かりますか」
「いえ……先程もお話ししましたが、この貯蔵庫は鍵を持っているものなら簡単に入る事が出来ます。ですから……」
「薬がすり替えられた時期は解らないってことか……厄介だね」
毒見をしたとき、領主やメイド長の目が離れた時、宴の時……機会は無数にある。
それに、犯人だって断定しきれない。
「とにかく、本物の回復薬を持ってリタリアさんの所に行こう」
俺の薬が悪かったのかどうか、本人にも聞いてみなきゃ判らない。
ブラックとラーミンを連れて、俺は貯蔵庫から屋敷へと戻った。
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