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王都シミラル、貴族の陰謀と旅立ち編
俺、ギルドで曜術師になります。 2
しおりを挟む「貴方が受験者のクグルギ君ね。ようこそ。私は試験官のジャニファと言います。早速だけど……まずは、水の曜気のテーブルに置かれた水晶を取って、このコップに水を頂けるかしら」
なるほど、それが試験内容か。
俺は並んだテーブルの内、青いクロスが掛けてあるテーブルから水晶を取った。途端、水晶の中から青い光が生まれて、薄明かりの部屋が清らかな色に染め替えられていく。水晶もまるで空の色のように濃い青に変化して、とても綺麗だ。これが曜気の結晶を取り込んだ石なのか。
「さあ、やってみて」
優しい声で促す試験官に誘われて、俺は気合を入れて水晶を差し出すように目の前に突き付けた。
落ちつけ。曜気を取り込むのは何度も練習したはずだ。
深呼吸をして、指の先から光を吸い上げるようなイメージを作る。そして、暖かい感覚が体を巡るのを感じたら、水晶を媒体にするように目標へと向けて、イメージを言葉で固めて……――
「出でよ、アクア」
俺の言葉が吐き出された瞬間、水晶から光る線が現れる。それは幅を増し、水晶を幾重にも包み、水晶の輝きを一層強くした。
その光に呼応するように、試験官の持っていたコップに水がじわじわと現れていく。無の場所から水が生まれるのを凝視しつつ、俺は半分ほどの所で無意識に入れていた力を抜いた。
水晶の光も、そこで急に消える。
「とてもよく出来たわね、水の術は合格よ! 初めて使ったのかしら?」
「い、いえ、ちょっと練習しました……」
「あら、謙遜ね。威力は小さいけど操る力と安定感はかなりの物よ。きっとちゃんとした術の完成図を想像できているからでしょう。水の術は四級にしておくわね」
「えっ、級とかあるんすか」
それはブラックから聞いてない。
目を丸くする俺に、試験官のおばちゃんは優しげな笑みで笑った。
「ええ、あるわよ。曜術師には威力や使用できる術によって決まる等級があるの。下は六級、最高で一級。滅多にいないけど、禁術級の術を使える人は【限定解除】と呼ばれているわ。あなたは操力がとても高いけど、威力が少ないから四級ね。……さて、次は木の曜術よ」
言いながら、試験官のおばちゃんは木のテーブルに一つの豆を置く。
「貴方には今からこの豆の芽を出して貰います。さあ、水晶を取り替えて」
木の曜気がこもった水晶は緑色だ。
俺は先程のように取り込むイメージを作りながら、今度は水晶から曜気が降り注ぎ豆が成長する想像を固めた。木の曜術は植物を操る術がほとんどだ。だから、芽を出すくらい出来ないと始まらない。
「目覚めよ、グロウ」
先程より強く言葉を発する。
一瞬、間があったが――――テーブルの上の豆は、カタカタと動きゆっくりと成長を始めた。これも、小さな芽が出た所で力を抜いて術を逃す。
「はい、合格ね! 少し遅延があったから、木の曜術は五級になるわ。だけど、等級は他の技能試験には影響がないから、あまり気にしないでね」
「他にも技能試験ってあるんスか」
「ええ。一例だけど……木の曜術師なら薬師、水の曜術師なら水路管理士とかね。曜術を使用しない技能の判定もギルドでは行ってるわ。……まあ、冒険者には本来こういうのは必要ないんだけど……持っていた方が依頼を受ける時も信用されるし、安定した職にも就けるからね」
なにその俺の世界と変わらない感じ。
俺冒険者になりに来た……っていうか、一応ファンタジーを体感したいんですけどね……いやでも、資格って必要だよね。何が出来て何が出来ないってのがパッと分かるのはありがたいし。
もしかしてギルドって、資格試験場みたいなものも兼ねてるのかな。手に職をつけてれば、別の土地に行ってもとりあえず信用して貰えるし。
そも、ギルドは元々職人達が作った互助会みたいな物だ。この世界の冒険者ギルドにはその名残があるのかもしれない。
だとしたら、ここで資格の名前が出てくるのも納得だ。
「技能試験もココで受けられるんスか?」
「ええ。冒険者用の技能資格を扱うのが、この冒険者ギルドですからね。貴方がお望みなら、持ってる技能を開示できたりもするわよ。開示すれば、貴方の情報は冒険者を紹介した【カタログ】って本に載るの。カタログは全世界のギルドに送られるから、拠点以外の土地から依頼がくる事もあるわ」
「へえ……なんか壮大っすね……」
カタログって、そのまんまですねお姉さん。
それはともかく、どこにいても指名依頼があれば受けられるってのは凄いな。でも、どんな風に載る事になるんだろう。写真証明とかいるのかな。まさかそこまで進んだ世界とは思わないが。
ていうかもしかして、冒険者って「選べるギフト」レベルの扱いなの?
ど、どうかそんな扱いじゃありませんように……。
「じゃあ、最後の試験ね! これは複合曜術使いとしての評価をするための試験だから、先に下した判定に影響するものじゃないわ。あくまでも貴方が先々習得するであろう術を予見する為のものだから気にしないでね」
良く解らないけど、実はレベルが上がるともう一個術が使えるようになるって事だろうか。
「俺、強くなったらなんか覚えられるんですか?」
「ええ。複合曜術が使える人は、稀に【法術】っていう特殊な術を使えるようになるの。仕組みや理由はまだ調査中なんだけど、かなり強力な力よ。貴方は木と水だから日の曜術師ね。……日の曜術師だと、そうね……この国の英雄にサウザー・オレオールって人がいるのだけど、その人が【浄波術】っていうのを使えたわ」
オレオール。聞きたくない名前だけど気になる。
ていうかあの人それなりに有名な血統の人だったのね……英雄からあんなのが生まれるってどういうことなの。
「じょうはじゅつ、ですか」
「ええ。浄波術は特定の範囲にいる生き物全ての悪意を消し去る技よ」
「……はい?」
あくいを、けしさる?
「敵対した生き物全ての悪意を消すの。つまり、心を浄化させて、戦意を喪失させるのね。ライクネス王国は、この術のお蔭で救われたと言っても過言ではないわ。英雄のその力によって初代国王が暗殺の魔の手から逃れ、国がいっそう発展したって伝説があるくらい。オレオール家はその浄波術を代々受け継ぐ貴族なのよ」
「あ、あの……らすたーが……」
いや、でも、妙に納得した。
英雄の血統で、国でもかなり重要な位置にいる貴族。そう言われて育てられれば、あのクソ貴族みたいな性格になるのも無理はない。
それにしても、滅茶苦茶怖いなその術。
戦意喪失ってショボく見えるけど、ようするにそれまで原動力にしてた感情や勢いを消し去られるわけだろ。そんな事されたら、どうなるか解らない。
力を失って見上げた先に英雄みたいな男が居たら、弱い心の人間は救世主だって思うかも。楽に宗教作れちゃうマシーンだよこれ、マジで危ない。
そういやブラックも月の曜術師だけど……何か法術を使えるのかな。
「あらあら、ちょっとお喋りしちゃったわね、ごめんね。じゃあ最後の試験をしましょうか」
「あ、は、はい」
「最後は簡単よ。この芽の出た植物と水の入ったコップ。二つを使ってなにか術を見せて下さい。失敗してもいいわ。二つの術を出す感じで考えて」
二つの術か。でも木と水の術って合わせて使うには物凄く相性悪いんだよなあ。属性は相性良さそうだけど、木の曜術は植物に直接かけるもんだし、今の俺には水の曜術に何か付加する事も出来ない。
いや待てよ、付加か。
やってみる価値はあるかもしれない。
俺は片手に水の水晶を持ち、コップの中の水を空中に取りだす。それと同時に木の水晶をもう片方で握りしめ、出来るだけ曜気を濃いものにするイメージを作った。成長するギリギリの所まで、芽に曜気を注ぐ。水と言う追加の力が加われば、勢いよく成長できるように。
そして、移動させていた水をゆっくりと芽に振りかけた。
「あら……!」
試験官のおばちゃんの驚く声に合わせて、芽がにょきにょきと伸びていく。
水を受ければ受ける分だけ成長する芽は、今や立派な茎を生やした幼木となってテーブルにしっかりと根を下ろしていた。
「水の曜気の力を借りて、初心者にはまだ使えない力を引き起こしたのね! 素晴らしいわ……しかも、貴方の術はとても平和ね……あなたはきっと、良い曜術師に成れるわ。私が保証します」
「じゃあ……」
「複合曜術の適性は優良で付けておくわね! 久しぶりにいい曜術を見せて貰ったわ。ありがとう」
にこにこと笑いながら握手を求めてくる優しい顔のおばちゃんに、俺もにこやかに握手を返した。上品なおばちゃんってこの世界に来てあまり会った事がなかったけど、ほっとするなあ。
挨拶をして部屋を出ると、俺は認定証発行の為に少しギルドで待ち、晴れて曜術師になった証をカウンターの厳ついオッサンから頂いたのであった。
「これが証?」
貰ったのは、青色を含んだ銀のメダル。表面には何かの紋様が複雑に刻まれていて、格好いいは格好いいんだけど、アクセサリーにしか見えない。
しげしげと見つめていると、オッサンが説明してくれた。
「そのメダルには、お前の曜術師としての籍を証明する事と、曜術師の等級、そして技能資格の有無が刻まれている。アダマン鋼だから何をしても壊れる事はない。その身分証を持つのは曜術師のみだから、身分証明に困ったらそれを見せると良い。技能資格を持てば、ギルドで加工してその印を刻む」
「なるほど……ああ、紋様がなんか木と水っぽい所あるな」
メダルの中央には、二匹のヘビが守るように巻きついた枝と、その枝を囲うように飛沫を上げて伸びあがる水が描かれている。
これなら、一目で俺がどんな術を使えるかが分かるな。
「人間の文字なんか使わない地域もあるから、記号で示すことにしてんだ。それに、ギルドとかにはそのメダルに刻まれた情報を詳細に見る事の出来る曜術師もいる。紙で証明するよりずっと有用だぜ。ああ、あと、それは別の人間が持つと色が変わるから、偽造も窃盗して使う事もできねえぞ」
壊れないし携帯できる分かり易い証ってのは、確かにありがたい。
それにしても、魔法のカードとかそういうんじゃないのはちょっと驚きだ。
旅する冒険者を支援する場所だから、携帯するのに問題ないようにしたんだろうか。しかし、人間の文字を使わない地域って一体……。
「ついでにギルド登録もしておくかい」
「あ。お願いします」
手間は少ない方がいい。
ギルド登録用の用紙は普通の紙だったが、職業がナニとか血統がどうとかの項目は見当たらなかった。名前と年齢、技能とそれ以外で出来る事、そして拠点を記入する欄とカタログ記載への合否しかない。
ブラックが言うには、この世界の冒険者ギルドには技能の等級しかランク付けがないのだそうな。つまり、冒険者の実績自体を評価するランクは存在しないって事だ。
……俺の良く見てた小説ではランク付けが普通だったんだけどな。
技能重視だから、力が強いだとかナニナニを倒したとかいう称号は意味がないのかな。そう言えばカタログだって「技能を開示できる」って試験官のおばちゃんが言ってたしなあ。
モンスターを倒すだけで楽々有名人って訳にはいかないのね。
いや、俺、有名人になっちゃいけないからいいんですけどね。
「ええと……これでいいかな?」
「どれどれ。ツカサ・クグルギ……十七歳、日の曜術師で資格ナシ、カタログは拒否、拠点も空欄だが……いいのか?」
ボソボソと小さな声で確認していた厳ついおっさんが顔を上げる。
どう言った物かとブラックを見上げると、ブラックは人懐こい笑みで笑って問いに答えた。
「僕達はまだ定住の地を決めてませんので……。確か、拠点は無いのなら空欄で良かったはずですが」
「ああいや……木の曜術師は全員王都に召集されるもんだと思ってたからな、すまん。まあなりたてホヤホヤだったらそういう話もないか。よし、大丈夫だ。これでアンタも冒険者の一員だ」
「ありがとうございます! でも、なんかアッサリっすね」
「パーティーの組み方や依頼の受け方は、やりたい時にギルドで聞くか、そこの経験豊富そうなお連れさんに聞いてくれや。いっぺんに説明したって耳から抜けてっちまうからな」
そりゃそうか。
まあ俺の場合、パーティーを組もうが組むまいがブラックは必然的に付いて来るので、その辺りの説明はあまり関心がない。解らない事が有ればその都度ブラックに教えて貰えばいいだろう。
正直もう頭がパンクしそうだったから、オッサンの言葉はありがたかった。
通知表が万年「もう少し頑張りましょう」の俺を舐めるなよ。
「じゃあ、めでたく登録も出来た事だし……保存食でも先に見に行こうか」
「あんまりワクワクしないなあそれ……」
保存食って、酒の肴みたいで美味しいと思えるものもあるけど、大抵の長期保存系な食べ物はしょっぱいし辛いし口が痛いしでゲンナリするんだよなあ……。干し肉とワインが旅の友ってガキの頃は結構憧れたけど、今なら物語の中でウンザリしてたキャラたちの気持ちが分かる。
そりゃ、長旅になればなる程固くなる干し肉とパンが常食で、その上飲み物は酸っぱいワインだけってなると憂鬱にもなるよな。
などと俺が一生懸命考えていると、ふと、背後から声が聞こえた。
「ああっ、もしかしてそこのお方……」
「ん?」
振り返って、俺はぎょっとした。
何故なら、そこにはいかにも「滅茶苦茶走ってきました」なんて風体の男がいたからだ。髪の毛もボサボサで、丸眼鏡が顔から大いにずれている。
待てよ、この人は見た事が有るぞ。確か……。
「ラーメンさん!」
「ラーミンです!! ああでも良かった、ここでお会いできて……!」
「なにか用でも?」
すかさず間に入るブラックに、ラーミンは少しびくついたようだが、それでも必死さを訴えるようにブラックを見上げた。
「お、お願いがあるんです。ツカサさんにすぐ高等区……いや、フィルバード様の御屋敷にお越し頂きたいのです……!」
「領主さまの……?」
「り、リタリア様の……リタリア様のご容態が……!」
やれやれ、また面倒事に巻き込まれそうだ。
なんて台詞を言ってみたいけど、ラーミンの慌てように俺も慌ててしまって、あわあわする事しか出来なかった。
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