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王都シミラル、貴族の陰謀と旅立ち編
1.俺、ギルドで曜術師になります。 1
しおりを挟む「じゃあ……女将さん、ベイリー、お姉さま方……行ってきます!」
「しっかりやるんだよ、ツカサ!」
「気を付けてな、坊主」
「ツカサ君、初めてなんだから失敗したって大丈夫なんだからね」
「そうよ! 何度でも挑戦が基本よ、しょげちゃだめよ!」
「アタシ達だけでごめんね、夕方帰ってくる頃にはみんな起きてると思うからぁ……打ち上げの用意してまってるからねぇ」
ううっ、ありがとうみんな……!
玄関でみんなから見送られて、俺はブラックと気合を入れて馬車に乗り込む。
どこに向かうかって?
決まっている。俺が向かうのは……冒険者ギルドだ!
「しかし……ここに来るまでがあっという間だったね」
「そうだな……」
ガタガタ揺れる馬車の中で、昨日までを思い返す。
あっという間と言えばあっという間の展開だった。
――――酒場で決意して、あれから四日。
ラクシズに帰って来たブラックと俺は、早速女将さんとベイリーに曜術師の試験を受ける事や身請けの事を話した。
謎の人影や回復薬の事、そして俺が曜術師の素質があって、ここにいると色々と迷惑をかけるんじゃないかって事とか……とにかく色々。
話した時は怒られるかと思ったけど、女将さんは寂しそうな顔をして快諾してくれた。女将さん達も今の情勢じゃ俺が危ないんじゃないかと言うのは考えていたようで、いつかは独り立ちさせようと思っていたらしい。
言葉で簡単に説明すると薄情に見えるかもしれないけど、女将さんは別に俺を追い出したかったわけじゃない。だからか、その【独り立ちの方法】というのも、必ず湖の馬亭に関わるようなものが多かった。
ベイリーが言うには、一人息子を手放したくない母親の心境なんだそうだ。
母さんに会えなくなって随分と経つ俺には、その気持ちが嬉しかった。
前は、親と仲良くするのが恥ずかしいって思ってたけど……今じゃ、抱きしめてくれるのだって嬉しく感じてしまう。郷愁の念っていうのは恐ろしい。
女将さんの優しさになんか泣けちゃってしょうがなくて、思わず鼻を啜ってしまったけど、それはともかく。
ブラックが俺を身請けするという契約を交わして、一旦ブラックの所有物となった俺は、奴隷のふりをして一般街のギルドへと向かっているのであった。
……気色悪い事実だけど、そうでもしないと湖の馬亭とは契約が切れないんだから仕方ない。俺一応女将さんと雇用契約的なのやってるからね。見えない所で。
「しかし、お前の奴隷って扱い本当ヤダなあ……」
「そんなこと言うと権力に任せて襲うけどいいのかなあ」
楽しそうにニヤニヤしてるのが本当ウザい。無精ヒゲ剃れ。顎だけ休日のお父さんかお前は。俺で遊んでるのが本当ムカツク。
ご主人様だから気兼ねなく襲うってか。エロ漫画じゃねーんだぞこれ。
「ンなことしたら……」
「ロクショウ君に噛ませる?」
「一生口きかない」
きっぱりそう言うと、ブラックは一瞬顔色を失ったが、取り繕うかのようにニコニコと人懐っこい笑みで笑いながら頭を掻いた。
「あはは、冗談だよ冗談。まあ、これからは機会なら幾らでも有るしね……気長にツカサ君を落とすとしよう」
……俺が本気で嫌う素振りを見せると、こいつは一歩引く。
まるで俺が離れていくのを恐れているように。
ゴシキ温泉郷でのあの「嫌いじゃないの」とか「好きでいていいの」って言葉を思い出すと、なんか、弱みを利用してるみたいでちょっと気が引けるんだが……でも、俺はホモじゃないし。
ブラックがヤリたいのは解るんだけど、そういう繋がり以外でもっとこう……例えば友情だとか絆だとかで人は繋がれるはずだろう?
俺やだよ、セフレ設定の付いたパーティーメンバーとかさ。
ブラックの事は正直嫌いじゃないし、せめてもうちょっとコイツが節操を持ってくれれば……ていうか性欲を娼館で発散してくれればなあ……。
「あのさあ、好きなら好きでいいんだけど、何でアンタそうサカっちゃうわけ? それが無かったら俺もこういう事言わないんだけど」
「だって……好きな子を思う存分抱いて自分の色に染めて一生離したくないって思うのは、男なら普通だろう? だから、僕はツカサ君を見るといつもそうしたくて堪らなくなるんだ」
確かに、自分の好きな人を自分だけの物にして、メロメロにしたいって言うのは理解できる。俺だって好きな女の子には自分が一番だと思ってほしいし。
寝取られ嫌いとまでは行かないけど、好きな女キャラがいけ好かない男キャラとくっついた時なんて、物凄いショック受けちゃうし。
「分からんでもないけど……自制って知ってる?」
「知ってたら君をガツガツ襲ったりはしないよねえ」
「自覚してるんならちったあ堪えるとかしろよ!」
「これでも僕我慢してるんだけどね! 一週間近く君と何もしてないんだよっ、目の前にいるのにああもう気が狂いそうだ!」
性欲発散させたいなら娼館いけよ!
とかわめいていたら、いつの間にかギルドに到着していた。
「ええ……俺達そんなに口論してたの」
「君半分以上物思いに耽ってたじゃない。ねえロクショウ君」
「キュゥ」
うっ……ロクまで……。
仕方ないじゃないか。旅の車窓から道を眺めていると、日本人は色々と考えたくなるものなんだ。試験前に励ましてくれる家族の事を深く考えたっていいじゃないか。ギルドでの認定試験に合格しちゃったら、すぐに出発する予定だから暫く会えなくなるし。
「それよりツカサ君、帰る時に練習した事はちゃんと覚えてるかい」
「うん……そんなに時間経ってないし、多分大丈夫……と、思う」
ロクデナシ貴族のせいで風呂に入れず、観光した後すぐに帰る事にした俺達は、帰り道の休憩所で曜術の練習を行っていた。
なんせあの場所は、周りには俺が使おうとしている水や植物が沢山あったし、なにより俺達が遠慮しなきゃいけない物なんて何もない。人も滅多に来ないので、絶好の練習場だった。
まあ、練習っていっても制御とか自制の方法だけだけど、それでもブラックはかなり教え方が上手くって俺は大体なら術の制御ができるようになった。
最初、イメージが大きすぎる術を【創造】しちゃって、大変だったんだよなあ。
術を【創造】出来たって、結局発動するのは術に慣れていない俺の体だ。
過ぎたイメージを作り過ぎると、俺は術を放つと同時に失神してしまう。普通の曜術師は、術を失敗する事はあっても放出した術の威力で失神する事はないらしいから、これは本当にヤバかった。
曜術師は、大きな術を使う時にはその術に耐えられるように体が慣れている。
つまり、始めから巨大な術を使える人はいない。みんなちゃんと段階を踏んで鍛錬しているので、巨大な術を出して俺みたいに失神しないのだ。
だから、必死こいて制御と自制の練習をしたともさ。
まだ曜術を覚えたての俺は初歩中の初歩の術しか使えなかったけど、それでも制御や自制の方法は理解したつもりだ。【創造】の術を使わずに、ちゃんと既存の曜気を使って術を出す訓練もしたし、あの感覚を忘れていなければ大丈夫……だと、思いたい。
「なんにしろ、もうここまで来ちまったんだ。後は当たって砕けろって感じ」
「そうだね……。でも、認定試験は何度でも受ける事が出来るから……ダメだと思ったらすぐにやめるんだよ」
「お、おう」
ちょっと緊張しつつも馬車を下りて、俺達は冒険者ギルドを見上げる。
ギルドは煉瓦造りの他の家とは違い、木製の洋風建築だった。西部劇の酒場に近い。中が酒場も兼ねてるからなのかな。他の家とは少し違う雰囲気が、アウトローな感じを醸し出していた。
スイングドアを開けて中に入ると、そこには映画のセットさながらの光景が広がっている。左側には一段下がった造りになっている簡易の酒場があり、右には役所のように数人の係員が控えるカウンターがあった。
掲示板には冒険者が張り付いていて、何かをひそひそと話し合っている。
「おお……これがマジのギルド……!」
実際見てみると、酒臭いわインクやらなにやらの臭いが混じってるわで結構独特だが、それがいかにも荒くれ者のたまり場っぽくて何だかワクワクししてくる。
胸を高鳴らせつつカウンターに座っている厳ついオッサンに声をかけると、相手は少し驚いたような顔をして俺をまじまじと見てきた。
俺がここら辺では珍しい髪色だから驚いてるんだろう。
まあ、いくらローブ被ってても、近付いたら俺が黒髪だって分かるもんな。
「アンタ冒険者かい?」
下から俺の顔を覗いて来る厳つい顔。うう。怖い。
思わず慄いていると、横からブラックが説明してくれた。
「いえ、彼は曜術師の認定試験を受けに来たんです」
「ほお、そりゃ大歓迎だ。じゃあちょっくら係員に伝えて来るから、この紙に必要な事を記入してくれや」
言いながら、オッサンは俺に分厚くて滑らかな紙を差し出してきた。
これは……羊皮紙、みたいなものかな。本に使われる植物性っぽい紙よりちょっと指に突っかかりがある。結構固くて、軽く丸めただけで折れそう。
この紙にインクをつけて書くのって、画用紙にペンつけるのと一緒で滲みそうだな。と、思っていたら、紙と一緒に渡されたペンにはインクがなかった。
「これどういうこと?」
「他人に見られないように、筆圧で文字を書くためだね。その紙は金の曜術師が作った特製の曜具で、書いた本人とそれを読める道具を持つギルドにしか内容は解らないような術を掛けてあるんだ。書き損じても大丈夫だから、説明をよく読んで書いてごらん」
「ほお……」
金の曜術師の道具って、何気に初めて触るかも。
そう思いつつ、羊皮紙のような紙に書いてある説明を読むと、用紙に書き込む時は内容を口に出すなという注意点の他に、【名前】・【使える属性】・【血統】・【籍の有無】を記せと書かれていた。
名前や属性は解るけど、血統って……?
「なあ、コレってどういうことだ?」
「ああ。血統は貴族の出だったり、両親や一族に偉大な曜術師がいた場合に書くんだ。曜術師の人間がいた家だと、子供も曜術師になりやすいし、コネがあったら色々と便利だからね」
「やだなあコネ社会って」
ぼやきつつ、俺は拙い文字で一生懸命文字を記した。
ミミズがのたくったような文字だけど、許せ。俺にはこの世界の文字は記号にしか見えないんだ。ちゃんと書けただけでも凄いんだ。
ええと、これでいいのかな?
【名前】 ツカサ・クグルギ
【属性】 水・木
【血統】 なし
【籍】 なし
何度も確認していると、カウンターの奥の扉からオッサンが出て来た。
書いた紙を渡すと、相手はそれを目を細めて読み込み、そしてまた目を丸くする。うーん、多分あれだよな、二種類術が使えるからだよな。
「お前、珍しい名前してんだなあ」
えっ、そっち。
「ええ、は、はい……」
「よし、認定試験をはじめるから、こっちの扉から入って来てくれ」
「頑張ってね、ツカサ君」
「キュウ~」
ロクをブラックに預けて、俺はカウンターの従業員用口から薄暗い奥に入る。ギルドが明るかったからだろうか、こっちはやけに寒々しくて怖い。
厳ついオッサンの案内で暫く廊下を歩いていると、突き当りの場所に古めかしいドアがあった。
「すまんな、認定試験はちょっと危険なんで、オモテと離れた場所でやってんだ」
「あー、暴発したり?」
「そういうこった。一応防火防水と色々術はかけてるが、万が一があっちゃあ困るからな。よし、入ってくれ」
開け放たれた扉の先には、五つのテーブルだけが置いてある。そのテーブルの向こうにローブを被った中年の女の人が立っていた。
→
※例によって同日20時更新です(´・ω・`)スマヌ…
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