異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ゴシキ温泉郷、驚天動地編

7.真実の【意味】 1

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 二件先の酒場は、少し遠い。
 でも大通りの店は殆どがまだ明かりを灯していて、道を行きかう人も賑やかだ。温泉街は夜も騒がしい……というのはどこの世界も同じらしい。
 まだこの世界の言語に馴れていないので、俺は逐一ちくいち店の看板を確認しながら走った。土産物屋、お茶屋、娼館……酒場。あったこれだ。

「えーと……竜の英雄亭……かな? えらく御大層な名前」

 西部劇っぽいスイングドアを越えて中に入ると、そこには飲んだくれた男達と綺麗な給仕のお姉さん達がわんさと騒いでいた。
 いかつい大男やうだつの上がらなそうな小物っぽい人、金持ちそうな貴族風の男や普通の爺ちゃんなんかも楽しそうに酒を飲んでいる。冒険者そのものの服装をしている女の人も多くて、結構な人数だ。人気の酒場なんだな。
 俺は邪魔にならないように入り口の壁に移動すると、ブラックを探した。
 
「広くて見つけにくい……赤いストライプ男を探したくなる……」

 ウォー○ーを探せ! ……なんて言ってる場合じゃないな。
 暫く探していると、給仕のお姉さんが俺に声をかけて来た。

「ボク、どうしたの? お父さんを迎えに来たのかしら」

 ぼ、ぼくって……俺もう十七歳なんですけど……まあいい。

「あのー……赤い髪で後ろを縛ってる、無精髭のオッサン知りません?」
「ああ、その人なら多分店の裏じゃないかしら。あんまり酔っぱらうとねえ、おじさま達って結構変な場所に迷い込むのよ。あの人トイレの方に行って戻ってこないから、間違えて裏に出ちゃったのかも」
「そ、そーっすか……ありがとうございます」

 中年の生態……と言っていいのかどうか。
 とにかく礼を言って、俺は店の奥にある通路から裏へと出た。
 そこは丁度路地になっていて、空の酒瓶やあんまり見たくないヤケ酒の跡なんかがそこかしこに散らばっている。あえて説明はしない。

「おっさん? おっさーん」

 あ、やべえ、これじゃ他のオッサンも振り向くか。

 ブラックの名前を呼ぶ方向で行きつつ、俺は路地裏をどんどん入って行った。
 にしてもここ、結構路地が多いんだな。段々と奥へ入りこんでいるような気もするが、一本道だから行き止まりになったら戻ればいいだけだ。

「ったく、どこにいる……あっ」

 路地裏の行き止まり、三方の店の明かりが薄らと浮かび上がるだけの狭い空間に、ぐったりと体を投げ出している影があった。
 仄暗くてもはっきりと解る、赤い髪。間違えようがない。

「オッサン! おいっ、なにこんな所で寝てるんだよ!」

 ったく予想通り顔も真っ赤だし、泥酔してるの丸分かりだ。
 ブラックの肩をゆすると、相手はとろんとした目を開けたが、俺を見止めると煩がるように肩に置いた手を振りほどいた。

「ほ、っとえれくれぇ」
「ろれつ回ってねえじゃん……もー、こんな所にいたら風邪引くぞ」

 手を伸ばすが、ブラックは地面に頬をくっつけて寝転がる。
 本当泥酔したオッサンって面倒臭くて困るなあ……。
 話を聞くにしても、部屋に運んでからにせにゃならん。

「ほーら、帰るよ」
「ぼぐに……かえぅばしょなんれ……なぃっ……!」
「バカ言ってんじゃないよ、アンタが取った宿だろうが」
「だっ、ぇ……ヒックっ、ぼ、ぅ……とんでもなヒック……しっぱ……」

 あーもーラチがあかねえな!!

 だんだんイライラしてきた俺は、実力行使に出ることにした。
 酔っ払いには水だ水!

 実際に使ったことはないけど、ファイヤーボールを一発で出来た俺なら、水を出すなんて簡単なはずだ。なんたって空気中には水分が含まれているからな。
 俺は人差し指の先に水の弾が発生するイメージをしながら、優しい気持ちを心掛ける。水は受け身の感情、受け入れる感情が必要らしい。
 すると、水がぐるぐると渦巻きながら俺の指の先に出現した。
 水は渦から溢れだし、大きな球体になる。

「いい加減……目ぇさませ!」

 その水を、俺は思いっきりブラックの顔にぶちまけた。

「ぶわっ!!」
「目が覚めるまで何度でもいくぞコンチクショウ!」
「ばっ、ぶべっ、がばっ、っ、ち、ちょっ、ぐばっ、まっ、がばべっ」
「起きたか! 起きたか!?」

 何度も何度も水をぶっかけていると、顔をびっしゃびしゃにしながらブラックが物凄い勢いで頷く。どうやら酔いも醒めたみたいだ。

「はぁっ……はぁ……な、なんて乱暴な……」
「アンタがいつまでも宿に帰らずに酒飲んでるからだろ」

 そう言うと、相手はハッとして顔を背けた。
 やっぱり、いつものブラックじゃない。

「……あのさ、俺もあんまり人の事情とか訊く方じゃないけど……アンタには色々助けて貰ってるし、別に……嫌いだけど、そんなに嫌いじゃない」
「なにそれ……」
「と、とにかく! 俺に話せることなら話してくれよ。アンタがそんなだと……なんか調子狂うし……」
「……でも…………これを話したら……君に本当に嫌われちゃう……」
「なにバカなこと言ってんの。最初っから嫌いなんだからこれ以上好感度も下がりようがないだろ。ホラ、さっさと言え」
「ええ……」

 さすがにブラックもドンビキなようだが、事実なんだからしょうがない。
 俺湿っぽいの嫌いなんだよ。後に引き摺るみたいなのも面倒だからヤだし。嫌いになるかどうかは聞いてから決めるから言えっての。
 仁王立ちで見おろす俺に観念したのか、ブラックは目に見えて肩を落とし、ぽつりぽつりと呟き始めた。

「……僕がライクネス王国に来たのは、ある災厄たる存在を止める為だったんだ」
「災厄たる存在?」
黒曜こくようの使者……古くから語り継がれている伝説の存在だ。伝承によると、黒曜の使者は異界の狭間から現れて、この世界を破滅させるほどの災厄をもたらすとされている……だから黒曜の使者が現れたら、災厄を起こす前に止めなければならない。僕はある人物から黒曜の使者の出現を聞かされて、始末せよと依頼された。だから、この国に来たんだ」

 異界の狭間から来る、黒曜の使者……。
 ちょっと待てよ。異界の狭間って……もしかして、マジで俺のこと言ってる?

「依頼人から、黒曜の使者が現れる場所は、ダハやアンプネペントが生息する危険な【捕食者の森】と言われてね……。その情報から黒曜の使者の進路を予測した僕は、黒曜の使者の特徴である黒髪琥珀眼の人間を探してラクシズを訪れた」

 待て。
 ダハのいる、森?
 
 ダハってたしか、あの森らへん……俺が落ちてきた森らへんにしか居ないんだよな? それにアンプネペントって、図鑑で読んだけどあの捕食植物?
 そいつらのいる場所に、俺は落ちてきた、よな。
 俺は純粋な日本人。黒髪だし、琥珀色と言うのなら、日本人の目は滅茶苦茶濃い琥珀の色に見えない事もない……わけで……。

「ラクシズで君を見つけた時、最初は半信半疑だった。君は琥珀眼と言えなくもない。だけど、能力もないし黒曜の使者としてはどうにも非力だったから。……だから付きまとっていたけど、段々……君といるのが楽しくなってきて……そうじゃないといいなって思ってた…………だから、証明しようとしたのに……ここに連れて来たのは、間違いだった」
「あの……ちなみに、俺を見つけて始末って……殺すつもりだったの?」

 恐る恐る訊くと、ブラックは力なく頷いた。
 ああ、やっぱり。そうだね、そうだよね。密命っぽいもんねこの案件……。
 青ざめて口をヒクヒクさせる俺に、ブラックは申し訳なさそうに目を伏せる。

「僕は、黒曜の使者という存在は【自らの意思を持って、何らかの災厄を人類に齎すもの】だと思っていた。いや、伝承を知る者全てがそう思っていただろう。だから、殺さなくてはならないと……そう思っていた。だけど違う。今日、そうじゃなかったと気付いたんだ」

 水に濡れた髪を大きく掻き上げ、ブラックは泣きそうな情けない顔で歯を食いしばった。

「黒曜の使者とは、この世界の【災厄】ではなく【祝福】……。
 唯一、曜気の創造を許された……――――


 【人類が欲する力を持つ者】……だったんだと……」








 
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