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ゴシキ温泉郷、驚天動地編
6.オッサンも、わりと繊細な生き物なんだぜ
しおりを挟む「…………眠れない……」
寝返りを打って、掛布団の中に潜り込む。
掛布団はこの世界じゃ『コンフォーター』っていうらしいけど関係ない。布団は布団。暗闇でそんなどうでもいい事を考えながら、俺は悶々としていた。
なんで悶々としているかっていうと、理由は明白だ。
……ブラックのことが、気になってしょうがないから。
あれから塞ぎこんでしまったブラックは、少し頭を冷やしてくると言ってどこかへ行ってしまった。夜中になっても、戻ってこない。風呂に入ってるならいいけど、あの様子だったら絶対入ってないだろう。
だから、俺にはあいつがどこに居るのか解らない。
探しに行くことも出来なくて、部屋でずっと待っているしかなかった。
「……なんで俺がアイツのこと心配せにゃならんのよ」
不機嫌な声で呟いてみるけど、布団の中で籠るばかり。
何時間も経ってるってのに、あのオッサンは一体どこに行ったんだろう。
「…………どうせ酒場で飲んだくれてる……とか……。いや、アイツ色情魔だから、どっかの娼館で一発気晴らししてるとか? そもそも宿の外にいるんだろうか」
考えるだけムダだと解ってるのに、どうしても考えてしまう。ああ俺ってばお人好し。なんだかんだ付き合いがあると、心配せずにはいられないんだよ。
例え変態の中年でも、それなりにいい所があるし、放っておくのはちょっと気が引ける。ブラックの事だ、自殺なんてしないだろうけど、でも、凄くへこんでたし、泥酔した帰り道で溝に落っこちてるかもしれないし……。
うー……仕方ないなあ……。
俺はロクを起こさないようにそっとベッドを抜け出すと、ロビーへと向かった。
あそこにはブラックと親しげに話してたおじさんがいる。出て行ったかどうかはとりあえず分かるはずだ。
迷わず辿り着くと、俺は早速フロントにいたおじさんに聞いてみることにした。
「おや、ブラックさんとこのお連れさん」
「どもっす。あのー……ブラック、どこに行ったか知りません?」
「確か……二件先の酒場に行くとかなんとか。でもあれから大分経ってますな」
「そうですか……ありがとうございます」
あいつ本当に酒飲んでやがった。心配してた俺がバカみたいだ。
でも、確かにおじさんの言う通り、あれから数時間くらい経ってるんだよなあ。まさか今もずっと飲み続けてるんだろうか。マジで泥酔してたりするのか?
情けないあのオッサンの事だから、酒場で迷惑かけてるかもしれない。
「うーん……」
「坊ちゃん、迎えに行ってやったらどうです。あの人案外寂しがり屋ですからね」
「え? そうなの?」
「はあ、昔の話ですが……パーティーを組んでここに来た時は、ひっきりなしに女連れてましたから」
なんだそりゃ、寂しがり屋っていうかマジでスケベオヤジじゃねーか。
イラッとしたけど、俺はすぐに考えを変えた。
そういえばこのおじさん、ブラックと知り合いなんだったか。
俺の知らないブラックの事を、この人は知っている。その昔の話、ちょっと聞いてみようかな。
「ブラックって、ここの常連なんですか?」
「いや、常連ってほどでもないですよ。今よりは若い頃……十年くらい前まではちょいちょい顔を見せてましたが。その頃はまあ本当に無愛想で……今より身だしなみは綺麗にしてたが、パーティーじゃ無言で変わり者の立ち位置だったみたいで、仲は良かったようだけど、あの人は滅多に喋らなかったねえ」
あの四六時中俺に話しかけてくるブラックが。意外だ。
とても想像できない。
いやでも、昔から女とっかえひっかえなんだからエロ親父なのは変わりないのか。若いころから性欲のけだものって、やーねー。人の事言えないけど。
しかし、ブラックにもそんなクールキャラだった時代があったとは……。
「なら、びっくりしましたよね……今のブラックみて……」
「そりゃもう! 朗らかになってるし、笑うようにもなったしねえ。なにより、あんなに楽しそうに話す姿は見た事なかったですよ。坊ちゃん、あんたブラックさんに心底好かれてるんだねえ」
「…………あの……昔無愛想だったのって、なんでなんですかね?」
聞くと、おじさんは難しい顔をして少し考えていたが、「これは予想だけどね」と付け加えて話してくれた。
「人を信じられなかったか……人に興味がなかったんじゃないかなあ。……ああ、そうそう、一緒に連れてきた娼姫が怒りながら帰ろうとした事が有ってね、その時娼姫にどうしたって聞いたら、彼女はこう言ったんだ。『あの人全然楽しそうじゃない、それにアタシはお人形じゃないのよ』ってね……男を手玉に取る娼姫がそんだけ怒るんだから、当時のあの人はそれほど心の見えない奴だったんだろうさ」
「…………こころの見えない、ヤツ……」
今のブラックは、あんなに表情豊かなのに?
今日だって、何が辛いのか解らないけど苦しそうにずっと俺を抱き締めてたのに、昔は心が見えない人間だったって言うのか。
どうしてだろう。それほど辛い事があったのかな。それとも、今俺に見せてる態度そのものがウソってこと?
じゃあ、あいつはまだ、俺の事も信用してないんだろうか。
信用してないのに、俺の体は大好きってこと?
でも、本当にそうなのかな。どうなんだろう。
俺は今までそんな人と出会った事がないし、見分け方なんて分からない。俺には今日までのブラックが全てで、それ以外なんて知らないんだ。
スケベで時々大人らしいけど大体は情けない中年で、俺にボコスカ殴られてもニコニコしてるような奴。ブラックのことは、それしか知らない。
本当にそれ以外の感情があるのかすら、解らないんだ。
でも俺には相手の裏なんて読めない。魔法が使えようが仮に鑑定スキルを持ってようが、結局のところ精神は一般人でしかないんだよ、俺。
ああもう、わかんなくなってきた!
「坊ちゃん難しい顔してるね」
「…………」
「俺にはなんも言えんが、とりあえず迎えに行ってやったらどうかね。酒が入ると人間ってのは本性を出しやすくなる。聞けなかった事も、聞けるかもしれんよ」
聞けなかった事。今更気付いた事。
話してくれるかな?
でも、聞かなきゃ絶対教えてくれないよな。ブラックって多分そういう奴だ。俺の事は知りたがるくせに、自分の事はあんまり言わないんだ。
俺よりずっとずっと長い時間生きてて、何でも知ってるような顔をしてるくせに、何も知らないような顔をして俺にちょっかいをかけてくる。
なんであの時辛そうにしてたかぐらい、話してくれても……よかったのに。
「本性か……」
本当に、泥酔してたら聞けるかな。
いや、別に気にしてるわけじゃないけどさ。だけど、ゴシキにはまだ数日泊まる予定なんだし、その間ずっと落ち込まれてもたまったもんじゃない。
色々考えたけど、考えるだけじゃどうしようもないよな。
ブラックに聞いてみるしかないか。
……別に、俺はあのオッサンの事なんて好きじゃない。
でも、友達くらいには……ちょっと頼れる大人かなってくらいには、思ってる。
それだけの関係でも、いいよな?
それだけの関係だって、心配するくらいは許されるはずだ。
「おじさん、二件先の酒場だったよね。ありがと」
「おうよ、坊ちゃん。ブラックさんを早くベッドに放り込んでやりな」
礼を言うと、俺は酒場へと向かって走り出した。
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