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ゴシキ温泉郷、驚天動地編
いい湯で出会うトラブルメイカー 2
しおりを挟む「まったく……この俺がわざわざこんな下々の浸かる湯に来て癒されねばなるまいとは、なんという悲劇だ……」
そんな事を言いながら、オーバーリアクションで長い金髪を掻き上げる優男。
誰だコイツ。入って早々何を失礼な事を。
俺のみならず風呂に居た全員が怒りの籠った目で金髪男を睨み付けたが、その中の一人が驚きながら立ち上がる。
「あっ、あんた、貴族オレオール家の……!」
その言葉に、周囲がざわつき出す。なんだなんだ。
「ハッ、ようやく気付いたか。そうだ俺こそが高貴なるオレオール家の傑物、この世に名を轟かせる偉大なる男! ラスター・オレオールの名を知らぬものはいない! ようやく気付いたかっ、この下賤の者どもめ!」
……は?
思わず目が点になる俺とロクに構わず、他の男達は慌てて外へと出ていく。あっという間に風呂場には人気が無くなってしまい、俺達は取り残されてしまった。
「おい、そこの間抜け」
誰が間抜けだ誰が。くっそー声だけ無駄に凛々しいのがムカツク。
でも絡まれたまま出ていくのも癪で、俺はラスターと名乗った相手を睨み付けた。あーくそ美形って本当ムカツク。遠くから見ても美形オーラ出てるんだもんな。
ムカつくから、近付いてきたら睨みつけながら出てってやる。
流石にこいつと二人っきりの風呂なんて嫌だしね。
「お前は俺の類稀なる美声が聞こえなかったとでも言うのか? よほど耳が遠いようだな。その若さで老いに足を踏み入れているとは哀れだ。土の曜気の風呂などに入っているのだ、どうせ身も心も枯れ果てたどうしようもない男だろう。この輝かしきラスター様が慰めてやってもいいぞ、ん?」
いちいち台詞が長いしムカツクし殴りたいので困る。なんだこいつ。
貴族って言ってたからどうせ鼻高々の嫌味な野郎なんだろうな。自画自賛の酷い台詞に耳が腐りそうだし、もう出たほうが良いかも知れない。
ロクを連れて、ざばっと風呂を上がる。
でも、せめてもう一回睨んでやんなきゃ、イライラしてどうしようもねえわ。
湯気の中でぼんやりとしか見えなかった相手の顔が、どんどん見えてくる。
その顔を見て、俺は思わず面食らった。
「えっ……」
確かに、ラスターは美形だった。だけど、並の美形では無かったんだ。
人を見下したようなドヤ顔は確かにムカツクが、こいつの顔は正直貶せない。高い鼻にシュッとした輪郭、長いまつげに縁どられた翠の目はあまりにも美しい。天は二物を与えまくった。それが、この男なのだ。
正直言って俺が勝てる相手ではない。
くそう、貶したいけど貶せない……。
「ほう、お前……中々の容姿をしているな」
げっ、しまった。うっかり逃げるの忘れてたわ。
青ざめる俺に、ラスターはずんずん近づいて来る。
うわっ、やめて、美形近付けないでっ俺眩しくて消えちゃう。
「掃き溜めにスパルナとはこの事か。土の曜気に満ちた湯に入っているから、てっきりむさ苦しい顔かと思ったではないか。うむ、お前なら俺と共に風呂に入ることを許そう」
「謹んでお断り申し上げます」
スパルナってなんだよ。鶴じゃねえのかよ。
ていうかうっかり無意識に断ってしまった。やばいかな。
「そうすぐ断るんじゃない、奥ゆかしい奴だな。そうだ、お前には特別にこのラスター様の背中を流す権利をやろう。佳人の肌などお前は触れた事もあるまい。艶やかな肌を存分に堪能するがいいぞ」
「失礼します、サヨウナラ」
「東方の人間はなかなかウブだな、ますます気に入った」
あー、この話の聞いて無さ具合はブラックに通じる物があるなあ。
でもいい。もうこの手の自己中男はもう関わりたくもない。
俺は目の前を遮っているラスターを避けて、一目散に脱衣所へ向かう。が、肩を掴まれてしまった。もうなんなのこの金髪男。
一度びしっと言ってやらなきゃ解らないのかな。
「俺を見て何とも思わないのか? ははあ、あまりに俺が美しいから混乱しているのだな。うんうん、それはそうだろう。お前のような庶民では、この俺のような完ッッ璧な存在など見る機会もないのだからな」
そう言って、自信満々に俺を見下してくる美形。
こいつはきっと、挫折とか知らないんだろうな。俺みたいに大変な目に遭ってもいないし、他人なんか自分のコマみたいに思ってるに違いない。
だってそうじゃないとこんなドヤ顔するわけないし。
なんだか段々イラついて来て、俺はつい口を滑らせてしまった。
「思わないって言うか、興味がありません」
「は?」
「だから、アンタに興味なんて無いって言ってんだよ。どけ」
肩を掴む手を乱暴に叩き落として、俺は風呂を出る。
ピシャンと強く扉を閉めて、ようやく自分がここに来るまで息を止めてた事を知った。なんだか、どっと緊張が抜ける。そっか、俺緊張してたのか。
「キュー……」
「お、おう……ありがとロク、大丈夫」
追ってこない所を見ると、あいつもわりとショックで立ち竦んでるのだろう。そりゃそうだ、あの手のタイプってのは人に直球で拒否された事なんてないはずだ。それに貴族ってんだから、俺みたいなつっけんどんな態度は見た事すらないに違いない。へっ、ざまあみろ。
貴族だからって威張ってるから悪いんだよっ。
でも追いかけて来ると怖いからさっさと服着て部屋に戻ろ。
「はー。他の風呂は後回しか。災難だったなあ、ロク」
「ゥキュ~」
まあ数日いる予定だし、いいけどね。
早足で部屋に戻ると、ブラックがなにやらチラシのようなものを読んでいた。
「ああ、ツカサ君。お風呂どうだった」
「風呂は良かったんだけどさあ、鼻持ちならん貴族がきたからさっさと帰って来たんだよ。お蔭で一つしか風呂入れなかった」
「ははは、貴族は基本的に王族と自分達以外は見下してる奴らだからね。その貴族、なんか言ったの?」
「えらく自画自賛してきてウザかったから、オメーになんか興味ないからどけって言って帰って来た」
そう言うと、ブラックは驚いたように目を丸くしたが、やがて爆笑した。
「はっはっはっは! そうかそうか、そりゃ、くくっ……いい事言ったね……! その貴族の顔見てみたかったなあ……いやでも、ここがゴシキでよかったよ」
「ハ? なんで」
「ゴシキ温泉郷は高等区でも一般街でもない、観光地だからね。普通の町中でそんな事を言えば、どんな目に遭うか解ったものじゃない。でもここは中立地帯で貴族も平民も関係ないから……」
ほほう。ここは貴族と一般人が肩を並べられる場所なのか。
感心した……と言おうとしたが、俺はある事に気付いてその言葉を引っ込めた。
「なあ、じゃあもし……もし、だけどさ? 俺が蛮人街の人間だって解ったら……どうなると思う?」
「…………あー……」
おいちょっと、黙らないで。頼むから黙らないで!!
ブラックの煮え切らない態度が、余計に不安をあおる。本当そういうのやめて、嫌な予感がビンビンするじゃん。フラグが微妙に立ち上がろうとしてるじゃん。
頼むからいつものおふざけであってくれ、と俺は祈ったが。
「残念だけど、何されても文句は言えないよね」
あ――――っ! そうですよねええええ! だと思いましたぁああ!
なにフラグおっ立てちゃってんの俺、この前迂闊な行動はしないようにしようって決めたばっかりだったのにぃいいい。
「とりあえず……バレないようにしようね」
「う……うん……」
「それにしても、その貴族ムカつくなあ。僕がいない間にツカサ君にちょっかいを出すなんて……」
ああもう、そう言うのいいってば……。
俺が出会う大人って、なんでこんなのばっかなの。
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