異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ゴシキ温泉郷、驚天動地編

4.いい湯で出会うトラブルメイカー 1

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 ゴシキ温泉郷は、山の中腹にあるとは思えない程栄えた街だった。
 規模はそれほど大きくはないけど、石畳の街路やレンガではない白い壁はいかにも温泉町っぽい。しかも、それぞれの家の軒先には湯気の出る箱が置いてあって、そこでは色んなものが蒸されていた。
 あれが噂の温泉卵製造装置ってやつか。

 ブラックの話では、この街はどこを掘っても温泉がわき出るので、家ごとに温泉が設置されているんだとか。当然宿も温泉付きで、宿ごとに特色がある。
 街を歩いていると、自分の宿の温泉のウリを叫ぶ宣伝マンがそこかしこに居て、日本の市場みたいでちょっと楽しい。

「で、俺達どこに泊まんの?」
「少し外れにある宿だよ。紫狼の宿っていう所でね、この辺でもかなり格式ある所さ。五種類の温泉が楽しめるよ」
「五種類もあんの!」
「紫狼の宿は幾つもの鉱泉がある特殊な場所にあるからね。勿論、全て温泉として湧き出ているから、着いたら早速入ってみるといいよ」

 五種類の温泉か……。鉱泉ってのはよく解らないけど、暖かい風呂に入れるって言うのは本当に嬉しい。
 なんせ、今までまったく湯船には入れなかったからなあ。

 ラクシズも水が豊富な都市なんだけど、実は風呂はないんだ。
 頭を温めた水で洗ったり、体を濡らしたタオルで拭ったりはするけど、滅多に風呂には入れない。貴族や王様なんかは浴室を作って小まめに入ってるらしいけど、清貧を貫く庶民にそんな習慣はないわけで。
 だから風呂って言うのは、贅沢なモノ扱いされているのだ。

 俺も娼館ではよっぽどの事がない限り水浴びすらしない。
 井戸から水を汲むのだって、結構時間かかるしな。
 もし俺が女だったら、多分発狂してると思う。
 そういうのあんま気にしない性格でよかった。

 ともかく、庶民からしてみるとこの郷は天国にも等しいわけだ。
 冒険者の宿でも湯船がある所はかなり稀っていうから、ここに冒険者が来たがるのも解る気はする。実際、街を歩いている冒険者たちはニコニコしてるし、温泉ってのはやっぱ人の心を和ませるらしい。

 それにお土産物屋とかも沢山あって、まさに素敵な観光地って感じだ。楽しい。
 落ち着いたら女将さん達にお土産買って行こう。娼姫のお姉さま達に頼まれた肌に良い軟膏ってのも探さなきゃな。

「ああ、見えて来たよ。あれが紫狼の宿だ」

 ブラックの指差す先を見ると、平屋ながらもかなりの規模の小奇麗な屋敷が見えた。門があって、入り口の前には噴水がある。なんかすごいお高い感じだけど、大丈夫なんだろうか。
 しかしブラックは気にせず俺とロクを引き連れて紫狼の宿の門をくぐる。
 噴水の向こうには開け放たれた入口があり、豪華なロビーが見えた。
 ラブホテルかと一瞬思っちゃったけど、高級なホテルなんて知らないし許してほしい。中に入るとシャンデリアがお出迎えしてくれた。
 すげー。この世界にもあるんだ、シャンデリア。

「ようこそお越しくださいました」

 ぼけーっと上を見る俺の横から、小太りのオッサンが出てくる。
 ブラックはにこやかに挨拶をすると、なにやら親しげに話しだした。
 どうやら知り合いみたいだ。
 その間やる事もないので、俺とロクはロビーをうろうろ歩く。
 椅子も調度品もすごい豪華だけど、ここってどれくらいのグレードなんだろう。湖の馬亭よりかなり高いよな。三ツ星ホテルとかのレベルなんじゃないか。
 びっくりする金額だったらどうしよう……なんか、俺が泊まっていいのかね。
 
 さすがに不安になって悩んでいると、ブラックが不意に声をかけて来た。どうやらチェックインが済んだらしい。
 部屋へと移動する途中、ブラックが宿の事を説明しだした。

「昨日も言ったけど、ここは曜術師ようじゅつしが多く訪れる場所なんだ」
「そういや癒されるために~とか言ってたな。曜術師だけに効く特別な効能とかがあんの?」
「ここの温泉は、世界でも稀な『五種類の曜気ようきが宿っている温泉』なんだよ。普通、温泉は水の曜気が大部分で僅かな炎の曜気が含まれているだけなんだけど、ここは金や土、木の曜気が込められた温泉が湧き出ていてね。だから、曜術師が力をつけるために来たがるんだ」

 ……ようするに、入浴剤みたいに水にいろいろ混ざってるってこと?
 でも力をつける為ってのが良く解らないな。

「その温泉に入ったら、曜術師は何か変わったりすんの?」
「術師達は曜気を体内に循環させたり取り込んだりするからね。膨大な曜気にずっと触れていると、失った力が戻ってきたり、衰えた術の威力が戻ったりすることもあるのさ」
「なるほど、まさに癒しの湯だな」
「それに、ここには曜術師に成りたての人も来るんだよ。この湯に混ざる気は弱い物だから、発動する術の威力もそう強くない。だから術を制御する練習も出来るし、術が失敗しても曜気は無限に流れ出てくるから、周囲の気を吸い尽くす心配はない。だから術の練習にもってこいって訳なんだよ」
「へー……」

 魔法使いの湯治とうじにも最適だし、練習場にもなるってのは凄い。
 気が混ざってるってのはどういうことか解らないけど、日本にだって鉱物の成分が溶け出した温泉があるわけだし、ファンタジーな世界ならありえる話だ。

「ん? ちょっとまてよ……もしかしてアンタ、俺を練習させるためにここに?」
「それも有るけど、羽を伸ばしてほしいって言うのも本当だよ。だってほら、みんな君の事はなんとも思ってなかっただろう? こんなに綺麗な黒髪なのに」

 言われてみればそうだ。ここに来てから、今まで一度も驚かれなかった。
 それに、あんなに広い視界で街を見渡したのって久しぶりな気がする。いつも以上に楽しかったのも、開放感が有ったからなのかな。

「まあ、今日は普通に温泉に浸かってゆっくりしよう」
「そう……だな」

 人懐っこい笑みで笑うブラックに、なんだかどぎまぎしてしまった。
 コイツのこういう所、ヘンに大人っぽくて戸惑っちまうんだよなあ。いつもこうだったら、俺も拒否とかしないのに。いや、えっちは拒否しますけどね。ええ。

「ところでツカサ君」
「ん?」
「一緒にお風呂入りに行こうか」
「だぁ――ッ! アンタがやらしい顔してる間は絶対嫌だ!!」

 ほらちょっと見直そうとしたらすぐコレだよ! 台無しだよこのスケベオヤジ!
 台詞上嫌らしく感じないけど、対面してる俺にはニヤニヤしてるオッサンの顔見えてるからな。声もやらしい歪み方してるの聞いてるんだからな!

「ちぇっ。じゃあ、今日はいいや。お風呂あがったら食事に行こう。部屋で待ってるから早く入って来てね」
「なに、アンタ入らないの?」
「夜中に入るよ。ツカサ君が一緒に入ってくれたら楽しいんだけどなあ、色々」
「さー早く部屋に荷物置いて風呂入ろうな~、ロク」
「キュー!」

 ろくでもない事しか言わないオッサンは無視して、はやく疲れを落とそう。
 俺はブラックから鍵を奪い取ると、さっさと部屋に荷物を置いて風呂場へ向かった。鍵は開けたまんまにしておいたし、ブラックも手持無沙汰にはなるまい。
 館内の案内図を見ると、風呂場は別棟になっており、かなり広いのが解った。
 おおっとこれはでっかい風呂が期待できますぞ。
 外に突き出た渡り廊下に出てしばらく行くと、もうもうと湯気が上がってる場所が見えてくる。あそこが温泉か。露天風呂とかあるかなあ。

 木戸をがらがらと開けて、脱衣所に入る。
 風呂にはもうそこそこ人がいるらしくて、棚には服が突っ込まれたカゴが幾つかあった。その中には剣だの杖だのを一緒に置いてる人もいて、結構面白い。

「ロクも一緒に入ろうな」
「キュキュー!」

 脱ぎながら、俺の肩に移動したロクに話すと、ロクも入る気マンマンで首を揺らす。でもヘビってお湯大丈夫なんだっけ?
 流石にぬるま湯とかに入れた方がいいよな。気を付けてやらねば。

「タオルは……巻いていいんだよな? そこまで厳しくないか」

 さあ、いざ出陣。小さなタオルを腰に巻いてガラガラと風呂の戸を開ける。

「お、おお……すげえ!」

 扉の先には、思っても見ない光景が広がっていた。

 五つの温泉があるとは聞いていたが、その様相はあまりにも贅沢だ。広い平地を丸ごと露天風呂にしたその場所には、様々な色の大きな露天風呂が庭園の池のように美しく配置されていた。
 しかも、湯の色は五色。普通の薄く赤茶けた色の温泉にとどまらず、赤青黄色に緑とそれぞれが陽の光を反射してきらきら輝いている。
 ホットジュースかな? と間違えるくらい、色は鮮やかで綺麗だ。

「毒々しい色かと思ってたけど、透明感もあるしすげえじゃん」

 所々に木々が植えられていたり、休憩所っぽく石の椅子やら石の橋やらがそこらへんにみられるのがまた庭園っぽい。和風のお金持ちな露天風呂かな。
 なんにせよ、滅多に見られない風呂だ。

「これはちょっと入るのが楽しみだぞ……よしロク、まずは体を洗おう!」
「キュッ!」

 了解、と言わんばかりにキリッとするうちの子。ああ可愛い。
 他の男達も小さい動物連れ込んでるし、俺だって構わないだろう。
 入口の近くにあった洗い場に移動して、俺はかけ流しの透明なお湯に背を打たせた。蛇口出しっぱなしのお湯って贅沢だよなあ、本当。
 ウチなんかシャワーすら出しっぱなしにできないのに。

「石鹸石鹸……おお、やっぱお高い宿だとあるんだな」

 手に取った石鹸は、綺麗な形に成形してある。でもなんだか俺がいつも触っていた石鹸とは違う感じだ。作り方とか違うのかな。

「ま、なんでもいっか。うわー、すっげえ泡立つ! ロクはぬるま湯で洗うだけにしような」
「キュー」

 自分の体をごしごし洗いつつ、水で薄めたぬるま湯を桶に張ってロクを浸からせる。ヘビの体って擦った方がいいのかね。俺の世界のヘビとは違うんだろうけど、一応撫でるくらいにしよう。
 一通りスッキリさせて、風呂に浸かる。まずは一番馴染のある赤茶けたお湯だ。既に爺ちゃんやいかついオッサンが数人入っていて、みな目を閉じていた。もしかして、みんな曜術師なんだろうか。

「桶に汲んでやるから、ロクはこっちに入るんだぞ」
「キュゥ~」

 不満げなロクを桶の中のぬるめのお湯に入れて、俺も入る。
 数十人入ってもまだ足を延ばせるほどの大きな風呂は、本当に久しぶりだ。体を伸ばし、俺も先人のようにしばしお湯を楽しむ。

 赤茶けた湯は少しとろみが有って、土っぽい匂いがした。もしかしてこれが土の曜気ってのが含まれてる湯なのかな。でも、土とはいっても、嫌な感じではない。寧ろ俺としては好きな部類だ。
 中年とか爺ちゃんしか入ってこないけど、土って人気ないんだろうか。
 他の温泉に入るキラキラした美形の兄ちゃん達をみながら、俺は肩を竦めた。なんだよー土馬鹿にすんなよ、植物が育つのには土が必要なんだぞ。
 土の曜気バンザイだ。

 けど、これで修行って……何をすればいいんだろう?
 露天風呂とはまた別の場所に修行場があるのかな。
 
 あとでブラックに聞いてみるか、と思っていると。
 ドタドタと脱衣所でなにやら煩い音がして、いきなり扉が開いた。

「ここか! 私の曜気が復活する場所とは!!」

 うるせえ。だれだこいつ。







 
※長くなっちゃったので2に続きます(´・ω・`)
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