異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ゴシキ温泉郷、驚天動地編

2.ほのぼのキャンプご一行 1

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 太陽が少しずつ西に落ちて行く。
 何も高いもののない広い草原では、陽の傾きがかなり明確に感じられるようだ。並走する俺達の影もだんだんと伸びてきて、辺りも橙色に色づいて来ていた。
 だいぶん走ったけど、まだまだ山に登るには遠いようだ。

 ――昼食をとった後、俺達はまた馬上の人となっていた。
 河原にキャンプを張ればいいのではと思ったのだが、あの場所は夜になるとモンスターの水飲み場になるらしくて危険なのだそうだ。
 冒険者をしているからか、ブラックはそう言う事に詳しい。
 
 正直な話、河原に泊まってブラックが戦ってる所を見てみたかったんだが、隙を突かれてモンスターにムシャムシャされては敵わん。命あっての物種ってことで、ブラックの案に素直に従った。
 あの捕食植物みたいなのにまた出会うとも限らないもんな。
 アレに比べたら、オッサンとタンデムのがまだマシというものだ。

「で、野宿すんのってどこ?」
「山のふもとの森だよ。あそこには野宿用の整備された平地があるんだ。徒歩で山を登る人もいるから、休息地として井戸だとか調理台とかもある」

 キャンプ場じゃん。と口から出かけたが、必死で呑み込む。
 この世界にない単語を出したら、変に怪しまれちまう。そうじゃなくても、不思議ちゃんだねとか中二病だねとか思われかねない。物事に独特な名前を付けようとする奴は、どんな世界でも危ない奴にしか思われないはずだ。
 流石にもう怪しい人間呼ばわりはされたくない。
 異世界までやってきて、なんで冷たい目で見られる必要があるんだ。

「もうこうなったら平穏無事に暮らすしかない平穏無事に暮らすしか……」
「何を言ってるんだい。ほら、ついたよ」

 ぽん、とまたケツを触られたが、一々突っかかるのも疲れた。お尻痛い。
 再び無様な格好で馬から滑り落ちた俺は、よろめきながらも周囲を見回す。こう言っちゃなんだが、休息地は手入れされてないキャンプ場のようだった。

 辺りは木々が伐採されていてすっきりしているが、別にバンガローや焚火の為の草が刈り取ってある場所なんてのもない。馬を繋いでおく場所も、肝心の柵はだいぶん古くなっていた。
 ……異世界ってこういう所は真新しいイメージだったんだけど、えらく現実味あって嫌だなあ……。石造りの調理場もなんか薄汚れてるし。

「なあ、ここってあんまり人来ないの?」
「僕が来た時は賑わってたけどなあ……馬が普及してきたから、のんびり徒歩で旅をする人が減って、廃れてしまったのかもしれないね」
「馬って昔からあったんじゃないんだ」
「ディオメデの家畜化に成功したのは五年くらい前だから。それまでは、守護獣を持ってる人間以外は歩きだった。世界ってのは、変わるものだね」

 少し寂しそうに言いながら、ブラックは馬に積んでいた荷物を降ろす。
 手伝いながら、俺はなんだか不思議な心地を覚えていた。
 異世界でも昔を懐かしむって当たり前なのか。
 いや、大人にとっては、そういう感傷ってもう必然なんだろうな。

 考えてみれば、俺はまだ行ける所が限られている学生だ。旅行も殆ど行かないし、どこそこが懐かしいだとか思う事もあまりない。小学校中学校とか婆ちゃんの家に行って、やっと懐かしさを感じる程度だ。
 正直、懐かしいって気持ちもまだあまり判らない。
 だけど、大人ってのは俺の倍以上生きて、その分色んな物を見てるんだよな。

 この世界で冒険する人間なら、もっともっと遠くて広い世界を沢山見てるんだ。行った場所一つ一つに深い思い出が有るに違いない。
 そんな場所がこんな風に廃れていたら、悲しくなっても仕方ないだろう。俺だって、自分の出た小学校が廃校になったら悲しいし。
 
 そう思うとなんだかブラックが可哀想になって、伺うように相手を見上げた。

「……だ、大丈夫か?」

 だいじょうぶだぁ、なんつって。
 とかいう親戚のオッサンがよくやってた中年くさい返しを期待したのだが、悲しい事にここは異世界。俺が見上げた中年は、目を丸くして数秒固まってしまい。そして何を思ったのか……思いっきり俺に抱き着いてきた。

「ああああツカサ君キミって子はキミって子は」
「ぎゃああああ!! 触んな抱き着くなちょっとおいケツ触んなお前本当ケツ好きだなやめろ!!」
「ふぐっ」

 綺麗な右ストレートを決めた俺に、オッサンがひれ伏す。
 こ、こんちくしょう。また俺の拳スキルが上がってしまったじゃないか。いや、上がってないけど。痛いけど。本当このオッサン油断も隙もありゃしない。
 ロクも押し潰されそうになって不満だったのか、しゃーしゃーと牙を剥いている。いいぞロク、もっと言ってやれい。

「ご、ごめん……嬉しくてつい……」
「アンタはケツ揉むことでしか感動を表せんのか!」
「いやそれは手の近くに柔らかい臀部があったもんでつい」
「あーもー嫌! この天然セクハラオヤジ!!」
「セクハラってなに」

 説明したくないです。メンドイから聞かないで。
 もう話すのも嫌になっちゃったので、荷物は全部ブラックに任せる事にして、俺は一足先に調理台の方へ向かった。
 キャンプをする場所のすぐそばにある調理台は、婆ちゃんの家で見たかまどのような造りになっている。上の面にも穴が開いてるから、ここに鍋とかをつっこんで温めるんだろう。隣に井戸もあって、使い勝手は良さそうだ。
 だけどだいぶん放置されていたのか、調理台は煤けて黒ずんでいた。
 
「うーん……掃除するしかないのか?」

 面倒だけどメシは食べたい。暖かいメシは明日への活力だ。やるしかない。
 かまどの掃除は婆ちゃんがやってたのを見た記憶がある。
 確か、なんかの葉っぱを箒がわりにして煤叩きしたり灰を掻き出すんだっけ。あと煙が出る穴の掃除か。灰が詰まってるとうまく火がつかないらしいし。

「かまど、使えないかい?」
 
 腕まくりをしながら、ブラックが近づいて来る。調理台の近くに野宿の準備をしたらしく、そこにはもう焚火の用意だの薄っぺらい寝袋だのが設置してあった。さすが冒険者、素早い。
 あと、そうやって袖をまくってると、なんか男らしくて格好いい気がしないでもない。
 あくまでも気がするだけだ。
 うん。いや、そういうこと考えてる場合じゃなくて。

「使えなくはないけど、ちょっと掃除が必要でさ」
「え? かまどって掃除するものなのかい?」

 きょとんとしてる中年うざ……いや、待て。待とう。
 俺だって婆ちゃんがかまど使ってるの見てなきゃ知らなかった事だし、こういう反応は仕方がない。サブイボ立ってもこれは我慢しよう。

「婆ちゃんが掃除してたから、した方がいいと思う。灰がいっぱい被ってると、いい火にならないって言ってたし。だから灰を掻きだして……」
「掻きだして?」
「ああ、うん。とにかく綺麗にして、薪をくべて、いい火にするんだ。そしたらご飯も美味しくなるって」
「そっか……じゃあええと、箒だっけ? それっぽいもの作って来るよ」

 ブラックは少し驚いたようだったが、物分り良く近くの森に走っていく。
 その背中を見送って、俺は改めてかまどの中を覗きこんだ。そこにはさらさらとした灰が山のように積もっている。

 さっき黙ったのは、灰に関しての婆ちゃんの知恵を思い出したからだ。
 灰ってのは、結構色んな事に使えるらしい。山菜のあく抜きとか、洗剤代わりにもなる。昔の人は染物にも灰を使ったし、燃やした木の種類によっては酒にも利用されたのだ。凄いぞ灰。
 だから、山菜……じゃないけど、薬草を使う俺には役立つかもと思ったんだ。
 それに洗剤代わりにもなるから、今早速使わせてもらう。
 毎年婆ちゃんの家に行くと、なんともなしに婆ちゃんの後ろ姿を見てたけど、今更こんな所で役に立つなんて思わなかったなあ。

 灰を掻きだし、ブラックに取って来て貰った杉の葉のような葉っぱで煤を払い、灰を溶いた水と布で調理台を徹底的に磨く。本当はもうちょっと手順があるような気がするんだけど、丈夫そうな調理台だし、時間短縮で勘弁してもらおう。
 暫く磨いているとくろずみが取れて来て、調理台はそこそこ綺麗になった。

「よっし……これでメシが美味しく作れる!」

 年季の入った焼け跡とかはもう俺には手に負えないけど、調理をするには支障が無い程度には戻った。後から来るかもしれない人もこれで安心だろう。

「ツカサ君、よくこんな事知ってたね」
「婆ちゃんの知恵袋って奴だよ。調理台あるんだし、どうせならちゃんと温度調節できるところで作った方がうまいだろ。さ、夕飯作ろうぜ」

 掃除は大変だったけど、キャンプみたいで楽しくなってきた。
 よーし、うまいもん作るぞ!









※2は同日20時更新 
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