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ラクシズ泊、うっかり調合出会い編
10.八方塞なら旅行に行こう
しおりを挟む怒涛のイベントの起こった一日が過ぎて、それから数日。
俺はいたって平和に暮らしていた。
相変わらず回復薬の改良は上手くいかないが、ブラックに加えてロクショウも戻って来てくれたことで、作業は大いに捗っている。
図書館にも行って積極的に植物の事なんかを勉強中だ。
調査スキルがないなんて最初は不便だと思ったけど、この世界は凡人にとってはヒマな世界だ。娯楽と言えば、大道芸人か本か冒険者の話だけ。蛮人街なら娯楽は皆無。おかげで、勉強嫌いだった俺も今では結構な読書家だ。
植物に関してはちょっとは詳しくなっていた。
それと同時に、この世界のことも少しずつ勉強している。
図説じゃない歴史の本は頭が痛くなるので全く読めないが、少なくとも日常生活に必要な儀礼は覚えたつもり。そういうのは俺の世界のとほとんど変わらなかったからな。この世界は結構俺の世界と似てるみたいだ。
そんな風にのんびり暮らしていたのだが……やっぱり特殊な事をして、特殊な容姿をしていれば、平穏無事に暮らせるわけもなく。
ここ数日で、俺の周囲には妙な動きが見え始めていた。
まず、娼姫としての俺に会いに来る奴が増えた。
嬉しくない。全部男だしなんか知らないけど一般街の普通っぽい男も来るし。
どうやら廊下なんかですれ違った客が、俺を抱きたいと女将さんに頼んできたらしい。
当然断って貰ったが、お前らはそんなにゲテモノが好きなのかとゲンナリした。そして指名が入るたびに人を殺しそうな顔をするブラックにも辟易した。
俺はお前の物じゃねーっつの尻を撫でるなセクハラオヤジ。
手伝いして貰ってるから多少は我慢するが、そうでなければ殴ってる所だ。
そしてもう一つは、謎のストーカー。
これは、娼姫のお姉さま方も不審がっていた。
どうやら最近、湖の馬亭を遠目に観察したり、街に出た娼姫のお姉さま方を付けたりする輩が頻出しているらしい。
俺の娼姫としての指名はまあ、物好きが沢山居る世界だから仕方ないとしても、ストーカーはどうも解せない。今までこんなことなかったのに。
ブラックは気にするなとは言うけど……やっぱり気になる。
でも探ってくれと頼むのもなんだかなあと思い、俺は今日もモヤモヤしながら薬を調合していた。
「よーし、これでしばらくは作らなくてもいいかな」
回復薬の最後の一つに封をして、俺は溜息をつく。
空き瓶を買ったり草を摘みに行くのも結構な手間だし、備蓄しておけば好きに使って貰える。
戸棚の一角にずらっと並ぶ回復薬は壮観だ。
作り終えたばかりの薬をそこに一つ加えて、俺は戸棚を閉めて鍵をかけた。
今じゃ回復薬もかなり高騰して、露店には法外な値段の回復薬が出回っている。それが本物ばかりならいいが、露店を見て来た女将さんやブラックによると、大抵はニセモノだったり適当に作られた粗悪品らしい。
接収はなくなったものの、王国中の木の曜術師が王国の騎士団に召集されているせいか、供給が再開するのはいつか判らない。
冒険者達もモンスターのいる野外へ迂闊に出られず、王国全体の動きが停滞していた。
「はー……しかし、いつになったら暴動とやらの傷は癒えるのか」
「さてねえ。暴動の原因もまだわからないそうだし……長引きそうだね」
言いながら、片肘を付いて茶を飲むブラック。
こいつ毎日毎日来てるけど、本当に暇なオッサンだな。冒険者だからとか言ってたが、俺の事を手伝ってなかったら追い出してる所だ。
だけど、正直作業中に雑談するのはいい息抜きになって助かってるので、実際邪険にも扱えない。余計な事は考えまいと思いつつ、話を続ける。
「正直な話、このままずーっと薬密売してても危なくなりそうなだけで、先は見えないよな……」
「君売ってないでしょ。でもそれはそうだね。あの娼姫達をつけ回してる人影だって、ツカサ君の薬が目当てかもしれないし」
「でも、薬作るのもやめる訳にはいかないからなあ……道具を買わないと薬は作れないから、ちょくちょく買いに行くし。そんなことしてりゃ、いつかは勘繰られてバレるよな」
「八方塞だね」
この館で回復薬を作ってることを気付かれないように、買い物は分けてやっているが、それでも最近はあまりに同じものを買いすぎて怪しまれている気もする。謎のストーカーが回復薬目当てだったら、恐らくその買い物で感付かれたんだろう。そのくらい俺は数日で結構な量の薬を作っていた。
半分は領主様宛だけども、そりゃバレるよなとは思う。
食べ物であるロコンはまだしも、聖水と空の小瓶を大量に買う奴なんて怪しくないはずがない。結局、噂を封じても無駄な時は無駄なのだ。
というか、バレる以前に、俺が粗悪品の回復薬を売りさばいてるとか思われてたらどうしよう。あの謎のストーカーは取締官って可能性もある。
ご禁制の品ってわけじゃないが、詐欺はこの世界でも犯罪だ。疑いをかけられたら、籍のない俺じゃ真実を言ってもまともに信じて貰えないかも。
どうしよう、この状況が変わらないならどうしたって未来は暗い。
「はー……だめだ、籠ってたら余計に鬱になってきた」
「出掛けるかい?」
「やめとく……。ローブ被るの面倒くさいし」
「じゃあ、被らなくていい所に行けばいい」
そんな所あったっけ。
首を傾げた俺に、ブラックはにこりと笑った。
「街の外。たまには短い旅行もいいんじゃない? 野宿とかもしてさ」
確かに、街の外に行けば隠れる場所はいくらでも有る。俺の髪を気にする事もない。だけど、キャンプって言っても、外にはモンスターもいるし、剣も扱えなきゃ魔法もない俺一人じゃどうにも出来ないし。
「僕が付いて行ってあげるから、いこうよ」
「…………」
ああ、下心が見える。このオッサン、めっちゃ目輝かせてる。
「謹んでお断りさせて」
「待て待て待て! しないから! そういうことしないからっ、本当今回はツカサ君の慰労が目的だしっ、ほら、数日なんの動きもなかったら周囲も諦めるかもしんないでしょっ」
怪しい。凄く怪しいけど、でもブラックの言う事も一理ある。
もし俺の薬が目的なら、数日動きがなけりゃそいつらも散るかも。俺の薬は領主の所以外には流出してないし、今の所街で回復薬の窃盗だとかは起きてない。少し離れても大丈夫だろう。
寧ろ、娼姫の仕事だとか薬の事とかで色々あるから、離れた方がいいかも。
「うーん、でもオッサンと二人旅って……」
「キュー」
「おう、ロクも一緒だよな。守ってくれるのか」
「キュキュー!」
「小動物にまで警戒されるとは……」
オッサンがなんか項垂れてるけど気にしない。ああ本当癒しだなあロクは。
でも、確かにずっと部屋の中に居てストレス堪ってたし、丁度いいかも。
と、俺が考えていると、唐突にバターンとドアが開いた。
「話は聞かせてもらったよ!!」
「おっ、女将さん!!」
いつの間に!
「ブラックさん!」
「はっ、はい」
「遠方への娼姫の出張は特別料金だよ!」
「…………」
なにこれ。
俺、結局行くことに決まってるみたいなんだけど。
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