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ラクシズ泊、うっかり調合出会い編
9.薬に纏わる波乱の予感
しおりを挟む「じゃあ、約束も果たしたことだし……お礼を頂こうかな」
「はい?」
「何がいいかなあ。ツカサ君のパートナーを救ったんだから、それなりのお礼は貰えるはずだよなあ」
前言撤回。さっきはまともな大人に見えたけど。俺の見間違いだった。
ニヤニヤしてる。気持ち悪い。
「さーてロク、娼館のみんなに紹介してやるからな~」
「そういえば僕、タダでずーっと君の手伝いしてたよなあ。そのお礼位はあってもいいと思うんだけどなあ」
「ぐっ……!」
それを言われると強く出れない。何だかんだで世話にはなってるし。
薬を作れてるのはこのオッサンのお蔭だし……。
そんな俺の良心に付け入ろうとしてるのか、ブラックは笑いながら距離を詰めて来た。
「じゃあ、早速今夜は……」
カランカラン。
ナイス! ドアのベル!!
見事にオッサンの言葉を遮ってくれたベルに感謝を述べたい一心で振り返ると、そこには蛮人街にそぐわない人間が立っていた。
「すみません、女将さんいらっしゃいますか」
相手は細身の男で、狐のように目が細くて丸眼鏡をかけている。服装はどこかの事務員のように、かっきりとしたシャツとチョッキを着ていた。胡散臭さも感じるけど、清潔感溢れる雰囲気でまず蛮人街ではみかけない感じだ。
女将さんに用があるのかと踵を返そうとしたが、相手は俺を呼び止める。
「ちょっとまって。君……ここの子かい。珍しい髪色をしてるね」
「え? あ、はい……」
そういやそう言う事久しぶりに言われたな。ここに来た時以来だろうか。
お使いと今日外に出た時くらいしか外に出てなかったし、娼姫の仕事は事実上免除になってたから館のお姉さんとか女将さん達としか会ってない。ブラック以来の外からの人間だ。
相手は俺の事を珍しそうにじろじろと見ていたが、そんな場合ではないと思ったのか周囲を見回す。
「ええと……女将さんは留守ですか。私、ちょっと回復薬の事でお伺いしたい事が……」
「回復薬?」
「ええ。ここのメラニーちゃんが持っていた、自家製の……」
げっ、めざとい。
娼姫のお姉さま方に渡していた回復薬については、彼女達には何も言わないようにして貰っていた。だけど、この人はメラニーという娼姫に会いに来た時に、部屋に俺が作った回復薬があったのを確認してたんだ。
青ざめる俺に気付いたのか、男はじっと俺を見てくる。
「あなた、回復薬について何か知っていらっしゃる?」
知っていらっしゃるもなにも、製作者、俺です。
とは言えずに冷や汗をだらだら流していると、ブラックが間に入ってくれた。
「女将さんに話を通す前に、何が知りたいのか教えて頂けますか。この館の者にも喋れないような要件でしたら、そのままお帰り頂きたいのですが」
俺を背にして、いつになく真面目な事を言うブラック。
ちょっとは格好いい……かも。無精ひげのオッサンだけど。
「ああ、いや、警戒させて申し訳ない……その……わたくし、一般街で卸を生業としている者で、ラーミンと申します。今回お伺いしたのは、その回復薬を融通して頂きたく……」
「お、おろし」
「平たく言えば、生産元から商品を持ってきて販売する人間に売る人のこと」
解説サンキュー。
でも、そういう人ってことはやっぱり俺の薬を売りたいってことなんだろうか。
ラーミンは話の腰を折られて不満顔だったが、ごほんと一つ咳をして続けた。
「今回はその薬に関しての商談ではありませんのでご安心ください。いや、しかし、事はもっと重大でして……」
「販売目的じゃないのか」
「ええ、実はですね、これはフィルバード家からの依頼でして……そのフィルバード家のお嬢様のために、どうしても回復薬を融通して頂きたいのです」
本当に困ったように言うラーミンに、俺とブラックは顔を見合わせる。
なにかのっぴきならない理由があるようだと判断して、俺は話を聞く事にした。
フィルバード家というのはラクシズの高等区に住む貴族で、ライクネス王国の中ではかなりの力を持っている一族だ。
この一族は昔からラクシズを治める任についており、少なくとも一般街の人々には善良な領主様として慕われている。国王の覚えもめでたいと言う。
そんなフィルバード家の一人娘であるリタリアという少女が、ある日を境に病に倒れてしまった。原因不明の病気で、まだ治療法がみつからないらしい。今は医師の治療と回復薬のような治癒能力を高める薬でやっと命を繋いでいるのだと言う。だが、そこに運悪く今回の王都での暴動が起こってしまった。このことで、領主ルーデルは発狂せんばかりだったらしい。
回復薬がなければ、可愛い一人娘が死んでしまう。
今は隠しておいた備蓄があるからいいが、それもじきに尽きるだろう。そうなれば一人娘はどうなるか解らない。焦った領主は、知己の仲であるラーミンにどうにかして回復薬を手に入れられないかと相談した。
ラーミンも手を尽くしたが、やはり効果のある回復薬を見つけるのは難しく、時間は刻一刻と過ぎようとしていた。
「……そんな時に、この娼館であの回復薬を見つけたのです。方々探し回っても確保できなかった回復薬を……。どうにか、お願いできないでしょうか。報酬はそちらの言い値でお支払いします」
「いいんですか。法外な値段になるかもしれませんよ」
挑戦的なブラックの言葉に、ラーミンは少し困ったような顔をしたが、頷いた。
「この際、効果が確かであれば何も言いません。事は一刻を争います。リタリア様の容体が安定する事が今は優先すべきことですから」
そう言って、ブラックを真剣な目で見つめるラーミン。
相手の表情を確認すると、ブラックは俺の方を見た。そうか、相手が何かやましい事を考えてないかどうかを判断してくれたのか。
俺だったら、相手の話をそのまま聞いて信じ込んでたかもしれない。
だって、御嬢さんが可哀想だし、ラーミンは大変そうだし。
なんだかんだ言っても、ブラックはそれなりに大人で頭がいい。変態なのに。
いや人の事言えないけど。
「どうする、ツカサ君」
「どうするって……ここまで深刻な話聞かされたら……ねえ」
「キュ~……」
「え……あの、まさか貴方様があの薬を……?」
まさかも何も、俺ですとも。
肩に乗ったロクショウを撫でている俺を見て、ラーミンは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。さもありなんとは思ったが、かける言葉は見つからない。
「えーと……と、とりあえず、女将さんと話し合いしてみましょう?」
当然、相手は頷いた。
――それから、俺達は女将さんを交えて改めて話し合いをした結果、やはり俺の回復薬を領主へ届けるという結論が出た。
女将さんやベイリー達は領主の名前を聞いて最初良い顔はしなかったけど、人をむざむざ死なせる事もないと頷いてくれたのだ。
一般街の人達にしてみれば領主は良い人だけど、蛮人街の人間からすれば、領主の存在なんて有ってないようなものだ。何の恩恵も受けていない側からすれば、厄介ごとを持ちかけられて迷惑なのは俺にも解る。
でも、土地に住む以上は街の人間でもあるし、領主に何かあれば困るのは自分達だ。だから女将さんは不承不承オッケーしたのだろう。
勿論俺もその結果に異論はなかった。
材料費なんて微々たるものだし、作るのも手間じゃない。
すぐに作ってやって必要な数を揃えてラーミンに渡すと、相手は目を白黒させて言葉を失くしていた。そりゃそうだろうな、二時間もかかってないんだから。
「ほ、本当にありがとうございます」
「いえ、まあ報酬頂いてますんで……約束通り、俺がこの薬を作れることは周囲には言わないで下さいね」
「ええ、絶対に。どちらにせよ、ここで頂いた事は公にできませんので……」
「……?」
なんだか気になる言葉を残して、ラーミンは深々と頭を下げ帰って行った。
「あのー……アレってどういう意味?」
聞くと、女将さんは実に渋い顔をして頬を掻いた。
「回復薬は接収されてるからね。それを自分の為に使おうっていうんなら、国王からどんなお咎めがあるかわからない。何より、フィルバード家は国王と親交が深いんだ。知られちまったら面倒な事になるだろうからね」
「なるほど……」
「だけど、一度で終わることかな」
「え?」
ブラックの言葉に振り返ると、ブラックもなんだか深刻そうな顔をしていた。
「どんなに良い領主であっても、貴族は貴族だから」
俺がその言葉の真意を知るのは、もう少し先のこと。
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