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出会うまで編
密談
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「黒曜の使者、ですか」
暗く狭い室内で、低く威厳のある声が響いた。
蜜蝋の仄かな明かりの下で輪郭を浮かび上がらせた男は、その声に頷く。
「黒髪に濃密な琥珀眼を持った、特異な容貌の人族……と言われていますが、それ以外は一切が不明です。実際どのようなものかは私達にも解りません」
男にしては涼やかで艶のある声は、僅かに困惑したように揺れている。
そんな態度に不安を持ったのか、低い声の男は少し身じろいで蜜蝋の近くに歩み寄った。
「その黒曜の使者とやらは確か……異世界の狭間から現れ、世界に恐ろしい災厄を齎すという存在という言い伝えでしたな。しかし……黒曜の使者とはおとぎ話に近い伝説でしょう。そんな存在が本当に現れるとでも?」
豊かにうねった赤髪と、胸元にまで届く長い髭が明かりの下に曝される。
涼やかな声の男は、姿を見せた赤髪の男を見上げつつ話を続けた。
「ええ、彼は必ずこの世界に来ます……もうすぐ、ね。その特異な姿を以って、災いをこの世界に振り撒くために……。ですので貴方には……いや、貴方がたには、それを阻止して頂きたいのです」
「つまり……殺せ、と?」
怪訝そうに聞き返す赤髪の男に、相手は頷くでもなく続けた。
「……処分はどのような方法でも構いません。この世界を破滅に陥れるようなことにならなければ。ああそうそう、黒曜の使者を殺しても災厄が降りかかる事はありませんので、どうぞご安心を」
どこか冷酷にも思える相手の言葉に、赤髪の男は口角を引き締めたが、数拍間を置いて再び口を開いた。
「しかし、黒髪といっても判別が難しいですね。黒髪は東方の人族に多く見られるそうですが、濃密な琥珀眼となると……私には想像できかねます。黄金に似た色なのか、それとも純粋な蜂蜜のような色なのか」
「さて、それは私にも想像が出来ませんね……。黒曜の使者は高位の『査術』でも理解する事の出来ない存在です。しかし、グリモアの方々なら……あるいは」
やや挑戦的な言葉で声を放る相手に、赤髪の男は気分を害したのか顔を歪めたようだった。
明かりの元に座っていた男は、そんな赤髪の男の姿を見て、目深に被っていた外套の覆いを更に深くし直す。そうして、口元だけを曝した状態でにやりと笑った。
まるで、赤髪の男が表情を動かすのが面白いとでも言うように。
「何にせよ、それほど黒曜の使者の見分け方は難しい訳ですが……しかし、此度私の所に有力な情報が届きましてね。ある場所に時空の歪みが生じる可能性が有る、という情報が」
「……なるほど。私をその場所に向かわせて、黒曜の使者を始末してほしい、と……そういうわけですか」
「ええ。……この世界の秩序は、今、歴史上最も素晴らしい状態で維持されています。全てが均衡を保っているのです。だからこそ、混乱を起こすわけにはいきません。……解って下さいますね」
赤髪の男は、しばし黙り込んだが――――ゆっくりと頷いた。
「承知した。黒曜の使者と呼ばれる異世界の人間……必ず処分しましょう」
暗く狭い部屋の明かりが消えたのは、それからすぐの事だった。
→
暗く狭い室内で、低く威厳のある声が響いた。
蜜蝋の仄かな明かりの下で輪郭を浮かび上がらせた男は、その声に頷く。
「黒髪に濃密な琥珀眼を持った、特異な容貌の人族……と言われていますが、それ以外は一切が不明です。実際どのようなものかは私達にも解りません」
男にしては涼やかで艶のある声は、僅かに困惑したように揺れている。
そんな態度に不安を持ったのか、低い声の男は少し身じろいで蜜蝋の近くに歩み寄った。
「その黒曜の使者とやらは確か……異世界の狭間から現れ、世界に恐ろしい災厄を齎すという存在という言い伝えでしたな。しかし……黒曜の使者とはおとぎ話に近い伝説でしょう。そんな存在が本当に現れるとでも?」
豊かにうねった赤髪と、胸元にまで届く長い髭が明かりの下に曝される。
涼やかな声の男は、姿を見せた赤髪の男を見上げつつ話を続けた。
「ええ、彼は必ずこの世界に来ます……もうすぐ、ね。その特異な姿を以って、災いをこの世界に振り撒くために……。ですので貴方には……いや、貴方がたには、それを阻止して頂きたいのです」
「つまり……殺せ、と?」
怪訝そうに聞き返す赤髪の男に、相手は頷くでもなく続けた。
「……処分はどのような方法でも構いません。この世界を破滅に陥れるようなことにならなければ。ああそうそう、黒曜の使者を殺しても災厄が降りかかる事はありませんので、どうぞご安心を」
どこか冷酷にも思える相手の言葉に、赤髪の男は口角を引き締めたが、数拍間を置いて再び口を開いた。
「しかし、黒髪といっても判別が難しいですね。黒髪は東方の人族に多く見られるそうですが、濃密な琥珀眼となると……私には想像できかねます。黄金に似た色なのか、それとも純粋な蜂蜜のような色なのか」
「さて、それは私にも想像が出来ませんね……。黒曜の使者は高位の『査術』でも理解する事の出来ない存在です。しかし、グリモアの方々なら……あるいは」
やや挑戦的な言葉で声を放る相手に、赤髪の男は気分を害したのか顔を歪めたようだった。
明かりの元に座っていた男は、そんな赤髪の男の姿を見て、目深に被っていた外套の覆いを更に深くし直す。そうして、口元だけを曝した状態でにやりと笑った。
まるで、赤髪の男が表情を動かすのが面白いとでも言うように。
「何にせよ、それほど黒曜の使者の見分け方は難しい訳ですが……しかし、此度私の所に有力な情報が届きましてね。ある場所に時空の歪みが生じる可能性が有る、という情報が」
「……なるほど。私をその場所に向かわせて、黒曜の使者を始末してほしい、と……そういうわけですか」
「ええ。……この世界の秩序は、今、歴史上最も素晴らしい状態で維持されています。全てが均衡を保っているのです。だからこそ、混乱を起こすわけにはいきません。……解って下さいますね」
赤髪の男は、しばし黙り込んだが――――ゆっくりと頷いた。
「承知した。黒曜の使者と呼ばれる異世界の人間……必ず処分しましょう」
暗く狭い部屋の明かりが消えたのは、それからすぐの事だった。
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