異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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終章“止まり木”の世界、出逢う全ての物語編

9.決死の戦闘

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「ッ……!!」
「おや、避け切れないと思ったんですがね」

 あまりの勢いに転がって、それでも咄嗟に起き上がった俺に、クロッコは意外そうに言う。ああそうだろうな。俺も避けられるなんて思わなかったよ。
 おかげで尾井川から貰ったマントがちょっと切れちまった。

 起き上がろうとするが、クロッコは間髪入れずに俺に剣を差し向けて来る。
 右に転がり、左に転がり、起き上がろうとする足を狙う剣を咄嗟にかわす。着地する間もなく両手で飛んで距離を取り、再び向かって来たクロッコから転げて逃げた。

 起き上がれない、防戦一方だ。病み上がりのせいもあるのか、俺はすでに息切れを起こしてしまっていた。だが、それでも「タンマ」という訳にはいかない。
 相手は本気だ。本気で俺を殺そうとしている。
 俺も、本気でクロッコの事を殺すと決心したんだ。それを覆す事は出来ない。

「ほらほら、逃げてばかりでは体力だけが失われていきますよ」

 俺が手も足も出ないと知っているからか、クロッコは余裕だ。
 一矢報いたいが、今の状態ではどうする事も出来ない。なんとか体勢を立て直して距離を取らないと、切り結ぶ事すら出来ないじゃないか。

 相手は「本気を出す」というが、これは絶対に違うだろう。
 いや、本気は出しているが遊んでいるだけなのか。とにかく、俺が腹を刺された時に誘いかけられた戦いとは全く違う激しさだった。

 でも、ここで逃げ続けている訳にはいかない。なんとか、何とか考えないと。
 クロッコの隙を、弱点を見つけるための策を。

「あっ、あぁああ……ツカサ君んん……!」
『ツカサ……』

 声が聞こえる。こんな状況でも周囲の事が解ってしまうのが恨めしい。
 自分の情けない所を見せているなんて、どうしようもなく恥ずかしい事だった。

 戦うと決意したのに、それすら守れていない。これでも男なのか俺は。
 守るべき存在がすぐ傍にいるのに、アイツを守りたいから、一緒にいたいからこの世界に帰って来たのに、これじゃあその意志すら貫けないじゃないか。

 考えろ、見極めるんだ、今の弱い俺でも出来ることは有るはずだろう。
 こんな事で圧倒されていたら、この先ブラックを守る事なんて出来ない。せめて、俺が出来る事を見つけるんだ。

「ほら、ほらほら、どうしたんです? 無様ですねえ。曜術でも使ったらどうです? 【黒曜の使者】ならすぐに出せるでしょう?」

 挑発だ。乗る訳にはいかない。刺そうとして来る剣を左に転がり避けようとして、先回りされているのを直感し思わず前に体を動かす。瞬間、無意識に伸ばした両足がクロッコの脛に当たった。

「ッ……!!」

 無意識の動作に、視覚が付いて行かなかったんだ。
 クロッコが呻いて一瞬怯んだ瞬間を逃さず、俺は一気に転がって脱出し、なんとか距離を取る事が出来た。でも、安心はできない。
 相手は一瞬で距離を詰める。【移送】の能力ではなく、彼の純粋な力なんだ。

 もしかしたら、その速さはブラックに敵うレベルかもしれない。
 そんな相手に挑んでいるんだと思うと、背中に脂汗か冷や汗かもつかないものがどっと湧いて流れたが、構ってはいられなかった。

 なんとか、なんとかして突破口を切り開かないと。
 そう思ったと同時、体勢を立て直したクロッコが再びこちらに突っ込んできた。

「うぐっ……!!」

 今度は何とか剣でガードする。が、その衝撃と言ったら体を痙攣させるほどの打ち込みの強さで。一瞬怯んだ俺の腕の側面を、クロッコは遠慮なく切りつけた。

「あ゛ぁ゛あッ!!」
「片手でこの剣が振るえますか?」

 そう言いながら、クロッコは跳んで後退し、その場に膝をついた俺を見やる。
 手負いの人間をそのまま殺すほど礼儀が無い訳でもないのか、それとも苦しむ俺を観察したいのか。どちらにせよ俺にとっては地獄だ。
 けれど、思い通りに苦しんでやる事なんて出来ない。俺は、這い蹲ってでもお前を斃さなければいけないんだ。この「戦い」を、全うするためにも……!

「っ……ぐ……っ、う゛、あ゛ぁ……ッ」
「可愛くない悲鳴ですねえ。その顔が勿体ないですよ」

 煩い。からかわれてるのなんて百も承知なんだよ。今更怒るかそんな言葉で。
 絶対に負けられない。こんな傷、構う物か。
 俺に力が無くても、特別な称号が無くても、そんなの構わない。

 絶対に勝つ。勝って、俺はこの世界で生きていく。
 這い蹲って、立ち上がってみせる。この手が血に塗れても絶対に後悔しない。
 全てを終わらせて、俺はブラック達と一緒にここを出て行くんだ……――!

「――――……!?」
『なっ……ツカサ、お前……!』
「…………え?」

 周囲の声が驚いているのに気付いて、自分を顧みる。
 すると……俺の体にはいつの間にか……――金色の光の蔓が、数えきれないほどの多さで絡みつき、おびただしい光の粒子を湧き立たせていた。
 黒衣のマントがまるで、金の蔦の刺繍をされたみたいだ。眩しくて仕方ない。

「こ……これ、なに……っ」
「ツカサ君【ラピッド】だ! 【ラピッド】を使って!!」

 ブラックの叫び声が俺の耳に届く。言われるままに、俺は足に手を置いて呟いた。

「大地の力を与えたまえ……【ラピッド】……!」

 瞬間、凄まじい速度で足を覆うように幾つもの光の蔦が絡みついた。
 ……温かい。なんだか足に力が湧いてくる気がする。いつも以上の、力が。

「…………どこまで行っても、邪魔をしますね……」
「……?」

 クロッコの恨めしそうな声が聞こえる。
 その声に振り向くと……眩い白の光を纏ったクロッコが、同じ白光に包まれた剣をこちらに向けて睨み付けていた。

「どこまで行ってもこの世界は【異世界人】に加護を与えるのか……! 神の寵愛を受けているからか、それとも我々は加護を与える価値も無い、ただの木偶人形だとでもいうのか!? ッ……ふざけるな……ふざけるなァア!!」

 クロッコの剣が唐突に変形して、その様相を普通の刃から幾つもの刀身が湧き出た凶悪な姿に変える。何が起こっているのか解らなかったが、俺はその剣を受ける為に足を踏み込んだ。いつも以上に、力がみなぎっている。
 気が付けば剣にもあの黄金の光の蔦が絡まっていて――――

 クロッコの白銀の剣を、凄まじい音を立てて受け切った。

「――――ッ……!!」
「なっ……【白金】の力を……っ!?」

 クロッコの慌てたような声が聞こえる。思わず目を閉じてしまったんだ。
 そう言えば、手が痛くない。痺れない。慌てて見開くと、そこには……凶悪な姿の剣を受け止めた蔦這う剣と、それをしっかり握っている俺の手が在った。
 ……これも、この金の光の蔦の効果なのか……?

「やはり君は卑怯者ですね……結局、借り物の力ですか……!」

 クロッコが歯噛みをして恨めしそうに言う。だけど、俺はその剣に押されないように必死で喰らい付きながら言い返した。

「借り物、だって……いい…! 俺は……ブラック達を守れるなら……ッ、借り物の力だって何だって使ってやる!!」

 覚悟を押し通せるなら、生き汚くだってなってやる。
 もう躊躇わない、自分の弱さに後ろ髪を引かれたりしない。
 俺はどんなに変わっても、俺でしかないんだ。親友が、俺の大切な人が、俺の事を信じてくれた。この世界で生き抜くための罪を受け入れる力をくれた。
 だったら俺はもう、迷わない。

 大切な存在と一緒に生きるためなら……絶対に、諦めたりしない……!!

「あぁああああああ!!」

 力の限り踏み込み、相手を圧倒しようと腕に渾身の力を籠める。痛みを覚える片方の腕の事なんて、もうどうでも良かった。
 絶対に退いたりしない。今度こそ、打ち負かす。
 雪のように舞う金色の光を振り切って、咆哮を上げた。刹那。

「――――ッ!?」

 目の前で克ち合っていたクロッコの剣戟が、唐突にバチバチと凄まじい音を立ててその形を不定型な生物のようにうねらせはじめた。
 瞬間、俺の剣がその剣に食い込んだ。

「ッあぁ!!」

 勢いに負けて、俺の体が動く剣はそのままクロッコの体に振り下ろされ――――
 相手の胸部から下を、斜めに切り裂いた。

「あ……――――!!」
「ッ、ぐ……!!」

 生々しい、感覚。だが、それは獣を殺した時となんら変わらない。
 むしろ、人間の方がよほど脆弱で……柔らかだった。

「うあぁっ!」
「……!」

 そのまま、勢い余って体が傾ぐ。躓いた足が、【ラピッド】のせいか異様に激しく地面を打ち、俺はそのままクロッコへと体当たりをしてしまった。

「ツカサ君!」
『ツカサ!』

 駄目だ。まだ気を抜くな。
 咄嗟に起き上がり、自分がクロッコに馬なりになっている事を知る。
 視界の端に、相手の件が在った。だが、その剣は何故か……溶けていて。
 何が起こったのか解らないが、とにかく今は……相手に刃を向けるのが、先だ。

 俺は自分のマントにクロッコの血が染みて行くのを感じながら、剣の切っ先を……
 クロッコの心臓へ向けて、そのまま手を止めた。

「…………ッ、く……やら、れ……ましたよ……やはり……では、ダメだった……よう、ですね……」
「…………お前の負けで、良いよな」

 何を言っているのか解らないが、今はそれが問題だ。
 冷静に言う俺に、クロッコは脱げかけたフードを治しもせず金色の目を歪めた。

「ハハ……ッ、本当、に……キミは、卑怯だ……。こんな風に負けるなんて、予想もしてませんでしたよ……ずるくないですか……」
「ごめんな。でも俺、もう卑怯でも何でもお前を殺すって決めたから」
「…………殊勝な決意だ」

 クロッコは、横を向いて笑う。
 いつもの人を小馬鹿にしたような涼しげな笑みだ。
 だけど、そう言えば……俺は、コイツが横顔で嘲る所を見た事が無かった。
 「クロッコ」として俺を騙していた時は、見た事があるかも知れないが……。

「……約束、覚えてるよな? 負けたら全部話すって」
「…………今更そんな事して……なんになるんです」

 クロッコの体が弛緩したような感覚がする。もう、完全に戦意は無い。
 だけど、俺にはまだやる事があるんだ。剣をクロッコの胸に向けたままで答えた。

「どうしてお前が異世界人を憎むようになったのか、何故こんな事をしようと思ったのか。……教えてくれてもいいんじゃないのか? 宿敵なんだからさ」

 そう言うと、相手は腹を震わせて軽く笑った。

「そんな、こと……言う……神は……貴方ぐらい、ですよ……」
「喋るまで、このまま生かし続ける。それでも話したくないか」

 ……怖い事を言っている気がするけど、でも、クロッコならきっとこういう。
 憎い相手でしかないけど、最早決別するしかない存在だけど、今まで見て来たせいなのか、この男の感情の振れ幅が何故か解るような気がしたんだ。
 そんな俺に、クロッコは流し目を向けてニヤリと笑った。

「聞いたって、面白くもなんともない話ですが……頭の悪い君に拷問され続けるのも、飽きてきそうですからね……」

 そう言うが、笑みを浮かべたままで……クロッコは、静かに語り出した。













 
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