異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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終章“止まり木”の世界、出逢う全ての物語編

4.信じる絆

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 あの神社……【禍津神まがつかみ神社】という古い神社にいつも通りサボりに行った時から、この話の全ては始まった。

 石の鳥居の所で唐突に“何か”に落ちてしまった俺は、気が付いたら一つ目の毛玉がフワフワしている妙な森に居て、そこでようやく自分が異世界に来たのだと悟った。それから俺はモンスターのような植物と戦い蛇を助けたり、盗賊に奴隷として売られたりして、なんとかその世界で生きる術を見つけたんだ。
 何の力も無いままだったけど、これはこれで良いかって思ったりもしたっけ。

 だけど、ある人に手を引かれてから……俺の行く末が、ガラリと変わった。

 その人は、言ったんだ。
 俺には厄介な力が有り、それが世界を破滅させるのだと。

 だから、その人と俺は、世界を破滅させないために、自分を守るために、そして俺は……元の世界に帰るためにと密かに思って、旅をする事にした。

 ――――長い、とても長い旅だった。
 草原を歩き、大河を渡り、荒野を横切り雪の道を馬車で駆ける。
 その旅の途中で、たくさんの町とたくさんの人達の人生を知った。

 一つも同じ町は無く、一人も同じ人生の人はいない。
 俺とその人は、旅を続ける内にたくさんの物に触れて、やがて変わって行った。
 姿ではなく、お互いの心が。

 最初は孤独だったその人にも仲間が増えて孤独ではなくなり、助けてくれる人達が数えきれないくらいたくさん出来た。
 俺は、そんなには変わらなかったかもしれないけど……大事な事を知った。
 言うと陳腐になってしまうような、大事な事を。
 そうして沢山の事を知って、いつしか、旅が喜びになって行った。

 その頃にはもう俺も、元の世界に帰ろうとは思わなくなっていて。
 いや、大事な人が出来てしまったから、帰る気持ちが無くなっていたんだ。
 尾井川達や両親が心配してるって解ってたけど、でも、その世界には俺がいないと壊れてしまう人がいる事を知ってたから……帰れなかった。
 帰りたくなかったんだ。

 だから、その旅が終わるなんて、考えもしなかった。
 俺達が望む限り続くんだって思ってたんだ。

 …………だけど、終わりは唐突に訪れた。


 本当にウソみたいな話だけど、俺はその世界を破滅させるかもしれない重大な役を担う予定だったらしい。俺にはとても務められないような、役を……。
 あの世界に俺が行く前にその役を背負った奴がいて、そいつが教えてくれたんだ。
 俺と同じ……この世界から転移して来た、同年代の男が。
 そいつが、俺に「役を担えなければ元の世界に帰れ」と言ったんだ。

 だけど俺は、その世界で大事な人を守るために「人に戻れたかもしれない異形」を殺してしまっている。人殺しだ。それに、大事な人を置いては帰れなかった。
 だから、拒否したんだ。拒否して、その世界に残ろうとした。

 けれど前任者はそれを許さなかった。「その担う役目が空席で狂っている世界に、勝手に連れて来られた同郷の俺を留まらせたくない」とか「自分の二の舞にはしたくない」って言って、俺を強制的に……こちらの世界に帰してしまった。

 そして、俺は…………この世界に、帰って来た。


 切り捨てたはずの世界に、帰って来てしまったんだ。
 だから、本当はみんなに顔も合わせられなかった。恥ずかしくて、情けなくって、心配してくれたのに切り捨てた事が申し訳なくて……何も言えなかったんだ。
 それに……こんな話、誰も信じてくれないって最初は思ってたから。

「…………最初は?」

 ――全てを……正確に言えば、呑み込むのに時間がかかるだろうブラックやクロウ達の事は一度伏せて、それ以外の俺の大まかな旅の流れを話し終わった後、尾井川がポツリと問いかけて来た。

 ……長くてつまらないだろう話を、尾井川は今まで黙って聞いてくれていた。
 途中でツッコミたかっただろう。何を夢見てるんだと思う所も有っただろう。
 けれど、尾井川はそんな事など言わず、ただ俺の話に相槌を打って、全部ちゃんと聞いてくれたんだ。それだけでも、俺はありがたかった。

 だって、信じているとは言っても……こんな話、リアリストの尾井川にとっては、信じられなくて当然な与太話なんだから。
 それに……俺、切り捨てたって言っちゃったし……人殺ししたんだって、正直に話をしてしまったし……。本当だと思ってくれてるなら、最低な人間だと思うだろう。

 でも……尾井川は、そんな事を思う素振りなんて一度も見せなかった。
 ただ俺を見て一言問いかけて来たんだ。
 「最初は?」という短い言葉を。

 その事をありがたく思いながら、俺は小さく頷いた。

「……うん。最初はさ、こんな話絶対に信じて貰えないから、言わないでおこうって思ったんだ。……だってほら、マジでチートものの漫画みたいじゃん。悲惨な記憶を都合の良い妄想で掻き消したんだって思われたくなかったし……頭がおかしいんじゃないかと思われるのも怖かったから」

 そう言うと、尾井川は不機嫌そうな顔になる。
 さもありなん。だって、それって尾井川を侮辱してるのも同然だもんな。
 だけど、と俺は言葉を継ぎ足して続けた。

「……だけどさ、俺、あっちの世界で色々有って……正直な気持ちをちゃんと相手に伝える事が一番大事なんだって思い知らされたんだ。相手を信じて話すのも信頼の証の一つだって……教わった。だから、信じて貰えると思って話したんだ。尾井川なら、俺の……親友なら、聞いてくれるって思って」

 そう言うと……尾井川は、丸々と膨らんだ頬に空気を溜めこんで、思いっきりその場に吐き出した。あまりの肺活量に、布団がちょっとへこむ。
 さすがは柔道部だなと思っていると、尾井川はフンと鼻息をダメ押しで噴き出し、肩に気合を入れるように揺らすと俺を見た。

「よく解った。……お前が俺を信じるなら……俺もお前を信じよう」
「尾井川……」
「……と、言っても……正直な話、お前を見つける前の俺なら、今のダイジェストは信じられなかっただろうな。証拠もないし、自分の目でも確かめられんワケだし」
「うん……。あ、でも、だったらなんで信じてくれたの?」

 俺を見つける前ならって言ったよな。
 だったら、俺を見つけた時に何か信じようと思う事が有ったのかな?

 よく解らなくて目を瞬かせて尾井川を見ると、相手は少し躊躇って口を開いた。

「実は……お前を見つけた時、変な光を目撃してな。最初は幻覚だと思っていたんだが……昨日、神社に行った時にちょっと信じられん物を見て、考えを変えたんだ」
「……?」

 何を見たのかさっぱり予想が付かない。
 首を傾げた俺に……尾井川は、真剣な顔で眉根を寄せた。

「お前を見つけた場所……そこだけが……この数日の間に、尋常じゃない大きさになった植物で覆われていたんだ。しかも、お前が倒れていた場所だけが、だ」
「…………」
「訳が解らんだろう? 俺も解らん。説明がつかん事だが、しかし確かにそれは現実に起こってる事なんだ。……だから、俺も腹をくくる事にした。お前を見つけた時の、あの謎の光も……“確かにこの目で目撃したこと”だと信じる事にしたんだ」
「だから……俺の話も、信じてくれたの?」

 恐る恐るそう言うと、尾井川は何だかバツが悪そうに頬を掻いた。

「まあ……それだけじゃ、ない。今の話を聞いて、ようやく合点が言った事もある」
「?」
「…………お前があの神社に倒れているのを見つけた時、意識が混濁したお前に“あるもの”を渡されたんだ。……あの時は、お前が何故そんな事をしたのか解らなかったが……お前はこうなる事が、警察や医者にソレが没収されるのが解っていたから、俺に託してくれたんだなって解ったんだよ」

 託した。何かを、俺が……託した……?
 まさか……それって……。

「…………これ、大事な奴との思い出なんだろう?」

 カバンから粗雑に丸まったハンカチを取り出して、尾井川はそれを開く。
 わざわざ新しく用意してくれたのだろう汚れ一つないハンカチが、尾井川の太い指で丁寧に剥がされていく。そのハンカチに守られていた、ものは……――――



 ブラックが、俺にくれた――――
 大事な、自分の命よりも大事な、婚約指輪だった。



「あっ……あ……あぁあああ……!!」
「ほら、誰にも見つからない所に隠しとけよ」

 そう言いながら、尾井川は俺の手を取って指輪を握らせてくれる。
 いつの間にか震えていて、自分で動かす事すら困難になっていた手を開いて、俺の指には大きすぎるその指輪を、しっかりと握らせてくれた。

「う……ぁ……あ、あぁあ、あぁああ……っ」

 ひんやりとした、金属の感触。
 だけどその歪な輪の間に、菫色のとても綺麗な宝石が嵌め込まれている。
 ブラックの菫色の瞳と同じ……俺をいつだって守ってくれた人の贈り物が、分身が、確かにそこに存在していた。

「おい゛っ、がわ……っ……あり、がと……っ、あり゛がどぉ……っ!」

 握った感触が、確かにある。夢じゃない。やっぱり、夢なんかじゃ無かった。
 俺は確かにあの異世界に居た。ブラックと確かに一緒に居た。
 二人で沢山の旅をして来たんだ……!!

「~~~~~――――ッ!」

 指輪を強く握り締めた両手に、額を当てる。
 もう、離したくない。もっと感じていたい。一番大事な宝物を、世界を超えて俺と一緒に飛んで来てくれた証を、今も持っているんだと実感したかった。

「ったく……俺より先に彼女見つけやがって……。元気になったら何かおごって貰うからな。おい」
「っ、ん゛ん゛ん゛……!」

 おごる、なんだっておごるよ。
 尾井川に話してよかった。やっぱり尾井川は、俺の事を信じてくれた。
 こんな荒唐無稽な話なのに、全部信じて指輪まで預かっていてくれたんだ。
 何度だっておごる。それだけじゃ飽き足らない。俺が出来る事はなんでもする。
 それぐらい、嬉しくて仕方が無かった。

「お゛い゛がわ゛ぁああ」
「がぁっ! 鼻水だらけで近付くな汚ねえなぁっ!! ったくお前、よくそんなんでモテたな!? 異世界の女簡単すぎだろ!」
「う゛……」

 …………お、尾井川……俺の婚約者が彼女だって勘違いしてる……?
 ……でも…………ま、まあ……そういう事にしておいた方がいいかな。
 だって、そこまで話したら色々こじれることになるし……。

「それはそれとして……お前、これからどうするんだ?」
「ごれがら……」

 ティッシュを恵んで貰って鼻をかむ俺に、尾井川は腕組みをして見せる。

「お前は気にしてるみたいだが、別に俺達は気にしてねえからな。誰だって、好きな奴と友達を天秤にかけりゃあ前者を選ぶだろ。生きる世界を選ばなきゃいけなくて、その“大事な奴”が『お前がいなけりゃダメだ』って言ってんのなら……男としては、ダチを選んだらただのクズだ。そんな奴俺がぶん殴る」
「お゛い゛がわ゛……うう……」
「野蕗は知らんが、シベもそう言うだろうよ。まあ、クーちゃんは『どっちも選ぶネ!』とかイタリアンハーフ丸出しで言うかもだが」
「あは……そんな、簡単な……」

 思わず笑ってしまった俺に、尾井川を頬を緩める。
 いつもそうだ。尾井川は、俺が泣いた後に笑うと、必ず「仕方ない奴だ」って顔で笑ってくれた。小学校の頃からずっと……俺の面倒を見てくれたんだ。

 本当に……変わらない。
 何故だか、今はそれが何よりも嬉しかった。

「まあ、それはともかく……これからだよ。お前……もう、戻れないんだろ?」
「たぶん……。だって俺、どうやってあっちに転移させられたのかも解んないし」
「そうか……」
「あ、でも……昨日、不思議な事があって……」

 夢だと思ったけどそうではなかった、黒い水と鏡の向こう側の事を言うと、尾井川は少し青ざめながら目を丸くして俺のつま先から頭までを確認した。

「お、お前……大丈夫なのか? 黒い水って、なんか痣とか……」
「いや、それが全然……でも、警備のおじさんも一緒に見てたから黒い水っぽい物が有ったのは間違いないと思う」
「……黒い水、か…………」

 少し考えて、尾井川は俺に真剣な表情で向き直った。

「お前さ、もし……異世界とまだ接点があるとしたら、戻りたいと思うか?」
「え……う……うん……」

 そう言うと薄情かも知れないけど、でも戻りたいのは本当だ。
 素直に頷くと、尾井川は満足したように満足そうに口元の笑みを深めた。

「よし。……なら……その指輪、少しだけ俺に預けてくれないか」
「尾井川になら良いけど……どうするんだ?」
「シベに少し調べて貰おうと思うんだ。アイツんとこなら何か解るだろうしな。それに、黒い水やあの光についても、心当たりがあるかもしれない」
「……シベって、そんな博学だったっけ?」

 俺の認識としては、金持ちのイケメン秀才眼鏡だが貧乳幼女大好きなヤバい奴ってイメージしかないんだけど、アイツはオカルト方面にも詳しいんだろうか。
 首を傾げながらも指輪を渡すと、尾井川は少し視線を彷徨わせてから頷いた。

「まあ、お前が気にする事じゃない。俺も出来るだけ独自に調べてみる。お前がなんとかアッチの世界に行けるようにな。……しかし……アッチに帰るって事は、お前はその【つらい役目】を担うことになるんだろ?」
「………」
「帰るにしても残るにしても……身の振り方だけはきちんと考えておけよ。この指輪をくれた奴を大事に思うなら、尚更な」

 …………そっか……。
 あっちの世界に帰るって事は、俺はキュウマを裏切ることになるし……再び狂った世界を崩壊させる危機を持ち込むことになるんだ。
 一度はその覚悟をしたけど……本当にそれが良い事なのかは、今も解らない。

 ……ちゃんと、考えてみるべきなのかな。

 戻れるかどうかは判らないけど、でも……その指輪が俺の世界に一緒に付いて来てくれて……鏡の向こうには、俺の名前を呼んでくれているブラックが見えた。
 それが本当に「あっちの世界」の映像なのか、今はまだ判断できないけど……。

「…………わかった」

 もしあの世界に戻れるとしたら、ブラックにもう一度会えるなら、俺は【黒曜の使者】として何をすべきなのか。何故俺が、ずっと【黒曜の使者】のままだったのか。
 その事にもし意味があるとしたら……あの世界は、俺に何を望んだのか。

 ……に居る今なら、答えが出せるかもしれない。












 
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