異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編

28.嗤う支配者

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『ツカサ、動くな。すぐに動けば傷口が開くぞ!』
「っ……でも……ッ」

 早くここから出なければ。
 いや、あの生成装置をどうにかして、けどそれはブラックの仕事で、でもブラックはクロッコと今まさに戦っている。それより加勢した方が……いや、でも。

 ああ、考えがまとまらない。
 俺がやるべき事はなんだ。俺が取らなければならない最善手はどれなんだ。

 逃げるか、壊すか、加勢する。どうすればいい。どうしたら良い?
 ブラックが一番助かるのは、どれだ。どうすればブラックを助けられる。
 いや、違う、そうじゃない。俺が帰るのを避けるのが一番大事な事で、だったら、俺よりも強いブラックを信じて逃げるべきなのではないか。

 そうだ、そうじゃないか。
 ブラックは誰よりも強い。クロッコなんかに負けないんだ。
 なら、絶対に勝利してくれる。俺が心配するまでも無いんだ。それなら俺は部屋の外に逃げて、ブラックをサポートできるようにした方が良い。

 装置なんて、ブラックが勝ってしまえば後で幾らでも壊せる。
 ブラックはクロッコなんかに負けない。だから、俺も信じて待つんだ。

「う……ぐ……ッ」

 まだ横っ腹の中みたいな部分がじくじくと痛む。
 血を失い過ぎたのか、それとも首を絞められたみたいになって酸欠なのか、視界がボヤけてふらふらする。足の力だけじゃ足りなくて両手で踏ん張ったけど、その手もガクガクと震えていて情けない有様だった。

 だが、ここから逃げなければ。
 それが一番ブラックの為になるんだ。早く、この部屋から。

『ツカサ……!』

 キュウマの声が聞こえる。でも、構っていられない。正直そんな余裕が無い。
 必死の思いで立ち上がって、ふらつく足で歩き出そうと一歩踏み出す。すぐ転んでしまいそうなくらい体の感覚がおかしくて、動くだけで腹が鈍い痛みをを訴えてどっと汗が湧いて来たけど、それでも動こうと歯を食いしばった。

 なんとか、動ける。逃げられる。
 そう確信して、遠のいた唯一の出口に向かおうとした。が。

『やめろツカサ!!』

 今まで聞いた事も無いくらいの大声で、キュウマが叫ぶ。
 瞬間、剣が弾かれるような音がその場に響いた。

「ッ……!?」

 何が起こった。
 思わず歩くのを止めて音が飛んできた方へと目をやると。

「はは……面白いですね。愛しい恋人がやはり気になりますか? 何度殺されたって死なない、バケモノみたいな存在なのに」
「ぐっ……」

 喉元に血塗れの剣を突き付けられ、その場に跪いた……ブラックが、いた。

「――――!!」

 どういう事だ、何が起こった。まさかさっきのキュウマの声に一瞬気を取られて、剣を弾かれてしまったのか。だとしたらそんなの、俺のせいじゃないか……!

 また、俺のせいでブラックが傷付いてしまう。そんなの、嫌だ。絶対に嫌だ!
 どうにかしてブラックを助けなければ。そう思って足が動く。だけどすぐに俺は足を止めて、立ち止まった。……いや、そうじゃない。近付いてもどうにもならない。
 それより俺には、やることがある。やれる事が有るじゃないか。

 クロッコがブラックに気を取られている今なら……俺が拘束できる。
 一瞬だけでも良い。アイツを止められたら、ブラックが助かる。

「――っ……」

 じくじくと痛む腹が、集中する意識を邪魔しようとする。だけど、俺は必死に冷静になろうと震える喉で息を吸った。
 そんな俺と同じことを考えていたのか、ブラックも相手を睨みながら赤い光を薄らと体に纏わせている。まだ、諦めた訳じゃない。まだやれる。

「貴方の相手は後でしてあげますから、少し黙っていて下さいね」

 ここからでは良く見えない。だけど、クロッコが嗤うような気配がした。
 アイツが、なにかする。ブラックに対して何かをしようとしている。
 咄嗟にバッグに手を回して回復薬を掴んだと同時、地面が歪んでコブのような物が周囲に幾つか出てきたかと思うと、地面に手を付いたブラックに襲い掛かって来た。

「……ぐっ……!」
「ブラック!!」

 思わず叫ぶが、地面から這い出た物は止まらない。
 それらは手首と足首にしっかり巻き付くと、そのまま枷となって地に吸い付く。
 これは……クロウが俺にやったことと同じ……いやでも、この床って土なのか?
 触れた限りではそんな感じは……。

「曜術師の戦いは、動揺したら負け。……とは言いますが、実際使ってみるといかに制御が難しいか判りますね。私も人族だったら危ない所でした」
「お、まえ……何をした……!」
「分かりませんか? 曜術師なのに? ……そうですか。では、貴方もその程度だと言う事ですね。ああ、残念だ。貴方が選択を間違ったから、大事な物を一つ失う」
「……!?」

 ブラックが驚いているように体をこわばらせている。
 何に驚いているのか解らない。近付きたいけど、今の俺では邪魔なだけだ。

 ……移動、しなきゃ。移動して、体勢を立て直すんだ。

「おや、逃げて貰っては困りますよ。ツカサ君」
「っ……」

 殊更わざとらしく名前を呼ばれた。
 その響きがどうにも神経を逆なでして、腹が痛む。吐き気がした。
 だが、今の俺には走る事すら出来ない。それを知っていて、クロッコは悠然と俺の方へと歩いて来た。ブラックが必死に枷を解こうとしている。逃げないと。
 逃げて、ブラックが枷を外す時間を稼がないと。捕まったら元も子もない。

 いや、いっそ捕まって気でも失った方がブラックの意識を邪魔せずに済むのか?
 こんな状態じゃ、相手の攻撃を受けられるかどうかも怪しい。だったらもう、肉を切らせて骨を断つ方が……。

「その状態で動けるなんて、さすがは黒曜の使者だ! 仲間の血が噴き出しただけで動揺して逃げようとする兵士達とは大違いですよ」
「お、まえ……!」

 兵士達、この島で警備をしていた兵士達の事を言っているのか。
 やっぱりお前が殺したんだな。お前が、お前が……!!

「嫌ですね、そんなに睨まないで下さいよ。せっかく、私が今から貴方を助けてあげようとしているのに」
「……!?」

 何を、言ってる。お前が俺を助けるなんて有り得ない事だろ。
 あれほど俺を苛んで散々に扱って来たのに、今更何を助けようって言うんだ。この痛みから解放してくれるって言うのか。殺すと言う名目で。
 だが、コイツのことだ。そんな簡単な話じゃない。この男は絶対に……俺にとって良い事なんてしやしない。苦しませることは有っても、喜ばせる事はしないんだ。

 やっぱり、逃げないと。
 何とか足に力を籠めて後退るが、クロッコの足が止まらない。
 焦ってなんとか動こうとするけど、体がうまくうごかない。縺れそうになる、転びそうになるくらい足がガクガクして、腹が痛くて、息が詰まりそうになる。
 足音が近付いて来る、逃げろ、逃げるんだ、何故動かない、自分の体なのになんで思い通りに動いてくれないんだよ……ッ!

「本当に君は、普通の脆弱な子供なんですね」
「っ……!」

 すぐそばで声が聞こえた、瞬間。
 俺は治ったばかりの腹に衝撃を受けて部屋の奥へ吹っ飛んだ。

「がっ、あ゛ッ……!!」

 何かにぶつかって、背中から強い衝撃が体を走る。
 だけど声すら満足に出せず、俺は無様にもその場に倒れた。

「ツカサ君!!」

 ブラックの叫び声が聞こえる。ああ、駄目だ。心配させてはいけない。
 逃げなければ。逃げて、ブラックが枷を解除する時間を稼がなければ。
 ブラックならあんな物なんて事はない。絶対に外して見せるはずだ。

 だけど、体が動かない。

「くそっ……!!」
「ははは、大人にもなってガチャガチャと……まるで、玩具で遊んでるみたいですね。まあ、この子も結局の所……玩具に過ぎないのかも知れませんが」
「う゛……」

 倒れながらも必死で顔を上げた真正面に、影が掛かる。
 闇みたいに黒い、黒衣の裾。それが動いたと思ったら、腕を掴まれ強引に釣り上げられた。痛い。だけど、なす術もなく俺は地面から離れるしかなかった。

「一つ、チャンスをあげましょう」
「っ……ぇ……?」

 不意に言われて、ぎこちなくしか動かない頭を必死にクロッコに向けると、相手はフードの隙間からこちらを見てニヤリと笑った。

「今から剣をあげます。それで私と戦いましょう。ああ、でも、この状態ではハンデが要りますね。では、私は武器を持たずにいますから遠慮なく攻撃して来て下さい」
「な……」

 何を、考えてるんだ。
 絶句してそう言う事すらも出来なかった俺に、クロッコは笑いながら続けた。

「いやですね、ただの戯れですよ。……だって、貴方達もう、詰んだ状態でしょう? それに、私もまだこの施設を離れる事が出来ないのでね。暇つぶしと思って貰えばそれで良い。……けれど、これは君にとってはまたとないチャンスですよ。私を殺す事が出来たら、全てが終わる。君が自分の命よりも大事にしているあの男も、無傷で救われる。……ああ、戦えばあの男の無事と命は保証します。約束しますよ?」
「お、まえの約束、なんて……っ」
「信じられませんか? やれやれ、随分と嫌われたものだ……。けれど、もう君には選択権なんて無いんですよ。……一度殺されて復活した後に、あの男の無残な死体を見たいですか?」
「っ…………!!」

 卑怯だ。本当に、どうしようもないくらい卑怯な男だ。
 けれど俺にはもうその指示に従うほかなかった。
 ……ブラックの力を信じていないワケじゃない。だけど、世の中には「もしも」がある。その可能性を否定出来ないなら、俺はクロッコの言葉に頷くしかない。

 どれほど些細な可能性であっても……俺は、ブラックを傷つけたくなかった。

「ははっ……本当に君はどうしようもない“お人好し”ですね……!」

 お前になんか、からかわれたくない。
 だけど、何も言えずにクロッコの手によって地面に降ろされる。そして、俺の腹を刺した剣を渡された。まだべっとりと血が付いていて、コレが凶器なんだと思うと、持っている手が震えた。

「さあ、始めましょうか……楽しいお遊戯の始まりですよ」

 重く、鉄臭い剣。
 人殺しのために持つ凶器。その刃を握る手は、震えている。

 だけど、やらなければいけない。ブラックの為にも。
 今度こそ自分の意志で、決意して……――――クロッコを、殺すのだと。











 
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