異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編

27.凶刃の終点

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 部屋の中は、思った以上に広い。モニターで見た限りは、なんだか異様に明るくて電気代が心配なくらいだったが……モニタールームはあんなに薄暗かったのに、何故ここはこんなに明るいんだろう。

 真正面に歩いて行くキュウマとブラックを視線で追いかけて、その先に巨大な丸い物が有る事に気付く。大きさからすると……両手を広げたブラックの指先から一回りほどはみ出すくらいだろうか。かなり大きい。

 その装置は真ん中に黒い切れ目が入っており、黒い線の中を時折青や白の光が一瞬走っては明滅するのを繰り返していた。なんだか、SFちっくな物体だな。
 そう言えば、球体を支えている下の台座にはキーボードっぽい物が見える。横には長方形で幾つかミゾが入った白い箱が置かれていて、なんだかパソコンにも思える。もしやコレがモンスターの生成装置なんだろうか。

 だとすると……部屋の端には、骨や肉片が集められている事になるが……そちらは見ない方が良いだろう。
 とにかく真正面を見ていると、ブラック達が球体に辿り着いたようだった。

 しかし……この光はアレが放ってるんじゃないよな。
 じゃあどこが発光しているんだろうとふとブラック達を見て……ブラックが、凄く驚いたように僅かに姿勢を崩しているのに気付いた。上を見ている。
 何が有ったんだろうかと俺も少し姿勢を低くして見上げてみると。

「……っ……!?」

 生成装置のある場所から、さらに奥。
 そこには白く煌めく横長な台っぽい物が置かれていて、こちら側に面を向けるように斜めに切り取られていた。その斜めの面には、キーボードのような無数の切れ目が走っている。まるで、あの巨岩遺跡で見た古代の機械みたいだ。

 そこかしこに球体が嵌め込まれているのも、なんだか既知感を覚えた。
 だが、問題はそこじゃない。その先に有る、視界に入り切らない程の巨大なもの。

 俺達が思いもつかなかったほどに大きい――――

 白く輝く、いくつもの巨大な結晶。
 鉱石のように先が尖った柱状で揃えられた美しい結晶が、この部屋のドアのように不可思議な文様を刻んでその場にただ鎮座していた。

「なに、この、鉱石……」

 あまりにも、大きい。一番小さい柱でも俺達の二倍も三倍も幅がある。
 それらが八つほど塊となって集まり、静かに白い光を放っていた。
 こんなの……見た事が無い。大き過ぎて今まで全然気付かなかった……。もしかして、これが【テウルギア】なのか?

 だとしたら、こんなの避けようが無いじゃないか。
 どう起動するのかもわからないし、使い方すら想像がつかないけど、部屋の中に入った途端アウトだって事は俺にも解る。本当に入らなくて良かった。

 危険が無ければ、なんともない。これは変な文様が刻まれた巨大な結晶だって思うだけで済む。他は何も考えず、とにかくブラック達を見ていればいいんだ。
 さっさと用事を済ませて終わらせたら、それで終わり。
 いや、どうせならクロッコを引っ掴まえよう。アイツが寝ている今なら、どうにか捕える事が出来るかもしれない。

 俺の問題は別にしても、クロッコのやった事は許される事じゃない。
 この世界で人殺しが「よくあること」だったとしても、それでも悪い事をして人を殺すのは罪に問われるし、ちゃんと捕まる世界ではあるんだ。クロッコは既に許容される範囲を超えてしまっている。

 たくさんの人を騙して操ったことは罪にならないかも知れない。だけど、プレインの議員達を惨殺したのは事実だ。それを誰かにやらせたのだとしても、唆した時点で以前やった事と合わせて罪として逮捕出来るだろう。
 そうでなくても、あいつには管理されているはずの【黒籠石】を勝手に採掘して、密輸していた罪がある。なんにせよ、捕えられない人物じゃないんだ。

 世界協定にはシアンさん達がいる。今頃きっと捕えようと動いているだろう。
 だったら、ここで決着を付けても構わないはず。

 今は、俺の事よりも今そこに有る危機を止める方が先だ。
 ……だから、まずはあの生成装置をどうにかして壊せれば良いんだけど……。

「…………なんだこりゃ、見た事も無い文字なんだが……」
『お前には理解出来ん言語だ、放って置け。外側から壊した方が早い』

 なんか言ってるけど、ブラックに理解出来ない単語ってなんだろ。
 首を傾げていると、ブラックが装置の周りを調べ始めた。どうやら電源……というか、動力にエネルギーを送る所から壊して、それから外側を剥がし徐々に壊す作戦にしたらしい。まあその方が簡単だよな。でも、ちゃんと壊れるんだろうか……?

 古代文明の物質って人の手じゃ壊せないってのがよくある事だし、それにオリハルコンとかよくあるじゃん。ブラックの宝剣・ヴリトラだって世界三大鉱石ってレベルの奴で作ってあるからオーパーツ並に凄まじい切れ味だし……。
 いやでも、それほどの素材で出来た剣なら壊すのも可能なのかな?

 なんて思っていたら、ブラックがヴリトラを抜き、何かに振り下ろしていた。
 バチン、と思った以上に大きな音が聞こえて、急に生成装置の光が消える。
 あ……これってもしや、電源が落ちたのか?

「よし、とりあえず供給は潰した。もう少しぐちゃぐちゃにしておくか」
『お前、執拗過ぎて気持ち悪いぞ……』

 キュウマのボソボソとした声に構わず、ブラックは電源っぽい所を宝剣でグリグリと抉ったり、ザクザク切り刻んでいる。
 装置の方も結構な硬さだったみたいだけど、ヴリトラの方がそれ以上に強かったのか、バチバチガラガラと音を立てて、その「供給」の部分は簡単に壊されたみたいだった。ブラックの背中でよく見えないけど、これで一応安心なのかな……?

 これなら修理するにもかなり時間がかかるだろうし、あとは解体すれば

「おやおや、随分な事をしてくれてますね」

 ………………――――
 ……え?

「あの装置を本来の形に組み立て直すのに、どれだけの時間がかかったと思ってるんですか。貴方達も酷いことをする」

 なん、か、急に、お腹が熱い。
 何、これ。いや、違う、この声。この声は。

「くろ、っこ」

 あれ、声が出ない。体を動かそうと腹に力を入れたら、なんかおかしい。
 濡れてる。熱い、い、痛……い、たい……?

「さすが黒曜の使者。横っ腹を貫いても、そこそこ元気ですね」

 なんで、笑う。痛い、う、ぐ……い、痛い、痛い……!
 腹……そうだ、これ、腹を刺されてるんだ、熱い、一気に体から熱が出たみたいになって、それから冷えて痛みが増す。痛い所が熱くてたまらなくなる。
 汗か血か解らない。腹を抑えようとするけど、体が曲げられない。痛い、歯を食いしばって無意識に耐えようとするくらい痛かった。

 だけど、クロッコは俺のベストとシャツの襟首を猫のように掴みあげて来る。
 首が思いきり締まって呻くが、相手はそんな事などお構いなしに歩く。その行先は、部屋の中だ。咄嗟に逃げようと思ったけど、どうにもならない。

 力を籠めようとしても腹がじわじわと痛みを訴えて来て、喉が締まる感覚が苦しくて、目の前が霞んでくる。ブラックにクロッコが来た事を伝えようと思っても、声が出ない。でも、出さなきゃ。痛くても、声が、出なくても…っ。

「ぶ、ぁ……ぶらっ、く……! ブラック……ッ!」

 必死に、声を出す。気付いて欲しくて名前を叫ぶけど、声が出ない。

「声を出したいんですか? 手伝ってあげますよ」

 襟首をぎゅっと締めて俺を持ち上げたクロッコは、何かの刃を更に深く突き刺して来た。一気に刺された場所が痛みと熱を訴えて体が震える。

「っあ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛!!」
「ツカサ君ッ!? っあ……!!」
『……!!』

 ブラックの声が聞こえる。だけど、痛くて目を閉じて耐える事しか出来ない。
 息が出来なくて、苦しくて仕方ないのに痛みが俺の意識を引き戻す。腹部の痛みで体を動かす事すら出来ない。汗が、顔中から流れ落ちて行った。

「お前……ッ!!」
「怖い顔で睨まないで下さいよ。貴方達が私の大事な機械を壊したのですから、私も貴方達の大事な物を多少傷付けたって許されると思いますが? ねえ、ツカサ君」
「ッ……ぐ……ぅう……ッ……!」

 罵倒する声すら出ない。
 ただ、腹の中に異物があるみたいで、その異物が焼けるように熱くて痛くて、体が水にでも濡れたような感触を感じるのにべたついて肌に張り付いて来る。
 いけない。本能的にそう思うのに、どうする事も出来ない。
 せめて、一矢報いなければ。この状態では人質も同じだ。でも、息が……っ。

「お前……とうとうそんな下衆な行為までやるようになったか……」
「私がゲスなら、こんな少年を穢しまくってる貴方はなんですかねえ。……ま、そんな事はどうでも良いんですけど……その装置、まだ使うのでそれ以上壊さないで頂けますか? まあ、ツカサ君が苦しみ続けるのがお好きなら、そのまま続けて貰っても構わないんですけど」
「っう゛ぁあ゛あ゛……ッ!!」
「こ、のっ……ふざけるなぁああああッ!!」

 剣が強く降られた音がする、瞬間、首の部分が一気に楽になって俺は唐突に床へ叩きつけられた。首が、じんじんする。せき込みながら必死で体を動かすと、首に少し深い切り傷が有るような感覚がした。

「……ぐ……っ」
『ツカサ! 大丈夫か!?』

 キュウマの声が近付いて来る。
 その声の向こう側で、誰かが激しく足場を変えるような音と剣が何かを薙ぐような音が何度も聞こえていた。

『早く回復薬で回復しろ!』
「っ……ぅ……」
「おやおや大事な恋人の首を切り落とさんばかりの勢いで攻撃とは! ははは、人族というのは余程情が無いらしい!」
「煩い!! お前なんかに解って堪るか!!」

 ああ、そうだ。ブラックが、助けてくれたんだ……。
 この首の傷は、俺の服をクロッコの手から切り離すための苦肉の策だった。
 ちゃんと解ってる。ブラックが理由もなしに俺を斬りつけるはずがない。それに、俺は大怪我をしても、体を切断されたとしても、いずれ元に戻る。

 それなら、ブラックが有利になるなら、そのくらいどうってことない。
 弱い俺が出来る事なんて、そう多くは無いんだから。

「う゛……うぅ……っ」

 腹の刃は抜かれている。血が体を染めていく感じはするが、さきほどよりは異物感も痛みも無くなっていた。だけど、長くこの状態になっていては危ない。
 なんとか回復薬を、使わないと……。

『頑張れ、気を失うなよツカサ!』

 キュウマの励ましの声に必死の思いで意識を保ちながら、左腕を動かす。
 背後のバッグまで、もう、少し。あと少し、手が入った。ぎこちない指で、やっと探し当てて……なんとか取り出す。だけど、腕をうまく動かせない。

 この状態なら……飲むしか、ない……。

「ぅ、ぐ……」

 背後ではいまだに剣がかち合う音が聞こえる。
 なんとか体力を回復させて、加勢しなくては。負けるなんて思っちゃいないけど、ブラックが怪我をするのは絶対に嫌だ。
 俺は治るけど、ブラックはそうじゃない。だから、俺がサポートしないと……っ。

「ん゛……んん゛……ッ!」

 必死で栓を抜いて、口の端から零しながら喉の痛みと咳を堪えて回復薬を飲む。
 途端、体が薄らと金色に光り出した。これは、大地の気の光だ。
 ……最初はこの光が何か気付かなかったけど、今なら分かる。

 回復薬は大地の気を含んだ薬で、自己治癒能力を活性化させるとともに、その気の効能で傷を塞ぐ効果が有ったんだ。
 だから、切断された腕や失った血は戻らなかった。考えてみれば簡単な事だ。
 けれどこの世界に来てまだ右も左も覚束無かった俺は、ただ単に「凄く回復する俺特製のチートな薬」だと思ってたんだっけ……はは……本当、馬鹿だよな……。

『おお……す、すごいなこの回復薬……!』
「あ、ぁ……俺が……丹精込めて……調合した……からな……」

 でも、この薬は黒曜の使者の力で作ったんじゃない。
 俺が自分の力で、自分で考えて丁寧に作ったものなんだ。
 世界最高の薬師と言われたアドニスが認めてくれた、俺自身の作品なんだよ。

「う、ぐ……っ」
『お、おい、まだ動くな』
「だい、じょう……ぶ……ッ」

 まだ、倒れてはいられない。
 生成装置も完全に壊していないし、クロッコを捕まえても居ない。
 この部屋にまで、俺は入ってしまった。どうにかしなきゃ。
 はやく動いて、どうにか……っ。












 
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