異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編

23.変わっていく恐怖

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   ◆



 キュウマからの衝撃的な話を聞いた後、俺達は表面上は何事も無かったように仕事をこなした。……と言っても、全部ブラックとクロウがやってくれたんだけどな。

 あの監視モニター群を軽々と操作して目的の部屋を見つけたブラックとクロウは、俺を呼んである画面を指さした。そこには部屋の一部だろう画面が映っており、何かの塊が見えた。その前で、なにか……黒い物が操作をしていたのだ。

 それは間違いなくクロッコだ。
 黒いのは、あのいつもの黒衣のローブで体を覆っているからだろう。
 こんな所まで来ても姿を隠しているだなんて、妙な奴だな。

 ……いや、そうでなく、ここに来てまで警戒しているのかも知れない。
 スキは有るけど、基本的にアイツは用意周到な男だ。俺達がいつ現れてもいいように、常にああやって態勢を整えているんだろう。
 それを考えると、やはり侮れない相手だが……徐々にカメラを切り替えて、八つのモニターすべてで生成装置が存在する部屋のある程度の詳細を知った時……俺達は、思わず絶句してしまった。

 何故なら、そこ……いや、その部屋の一角には――――
 大量の生き物の骨や肉片と、山と積まれた白い砂があったのだから。

「これは、酷い……」

 思わず口を覆ったが、キュウマが言うには最初はこれよりもっと酷かったそうだ。
 いつの間にかモンスターの死骸が山と積まれていて、新鮮な物や腐臭漂う物までいっしょくたに合わせそれらを切り刻み、あの生成装置に入れていたらしい。
 その光景は凄惨極まる物だったと言う。

 だが、出来上がるものと言ったらモンスター以下の【異形】ばかりで、クロッコは完全なモンスターを作り出す事が出来なかった。それを憂慮したのか、それともヤケになったのか……今度は、人間を持って来たのだという。

 それは勿論、あの兵士達だった。……恐らく、クロッコは彼らを殺して、ここに【移送】して来たのだろう。その事を考えると怒りが湧いたが、怒っても彼らは二度と帰って来ない。どれだけ怒っても、もう遅いんだ。

 それに……俺の怒りは、理不尽な八つ当たりでしかない。
 彼らが再び命を吹き返したかも知れないと知ってなお殺した、自分に対する怒りを発散させるための幼稚な怒りでしかないんだ。
 だから、堪えて口を噤むしかなかった。

『人を使ったモンスターは上手く行ったらしい。素体が高密度な気を有するのなら、一から組み立てるよりその素体を改変する方が良いと気付いたんだろう。それから、あの男は妙な方向にのめり込み始めた』
「……別のモンスターを作ったって事かい」
『ああ。それが……お前達が言う“影”だ。黒籠石をまるごと素体にして、元からサンプリングされていたスライムの情報を改変して生み出した異変体とでも言うべきか……ともかく、まともなスライムではなかった』
「アレはやっぱりスライムの一種だったのか……」

 クロウが納得したように頷くのに、キュウマも同様に頭を軽く振る。

『スライムは構造を改変する事がたやすい。それに、生成装置には既に雛形の情報が入力されているからな。恐らく兵士達をあんな姿にするより簡単だっただろう。そうして……あの影を大量に作ったクロッコという男は、進軍を開始した』
「この島から光の柱が立ったと言うけど……それは?」
『正直、それは俺にも解らん……だが、あの部屋で何かが起こったんだと思う。それが生成装置から発された物なのか……どうかは、解らないが』

 そう言って、キュウマは俺をチラリと見やる。
 どうして俺を見たのか、その意味が解ってしまい俺は自分の腕を掴んだ。
 ……もしかしたら俺を元の世界に帰す装置【テウルギア】の何かかもしれない。
 その可能性が無い訳ではない事を、俺は知っている。さっき聞いた恐ろしい事実がまだ頭の中でガンガン響いていて、今もずっと逃げ出したくなりそうだった。

 だけど、そんなわけにはいかない。
 俺達の元々の目的は、生成装置を壊す事だ。そして、首謀者を見つける事。
 今、その目的が達成されようとしている。クロッコだっていつかは捕まえなくちゃいけない重罪人なんだ。立ち向かわなければいけなかった。

 ……だが、そうすると言う事は。
 生成装置が設置された部屋に潜入すると言う事は……キュウマが、俺を元の世界へ帰そうと何かアクションを起こすと言う事だ。

「…………」

 怖い。それが、どうしようもなく怖い。
 本当なら喜ぶべき事の筈なのに、一生懸命にモニターを見て話しているブラックの広い背中を見ていると、クロウの熊耳を見ていると、喉の奥がぎゅうっと締まるように痛く熱くなって顔の熱に浮かされて涙がこぼれそうになる。

 泣いてる場合じゃないのは解ってるのに、ずっと見ていた背中が、手が届いていたはずの背中が目の前から一瞬で消えてしまうかも知れないと思うと、もう、何もかも投げ出してヤケになってしまいそうだった。

「ここに侵入する方法は?」
『特に難しい事は無い。……だが、ここに入るには神と同等……黒曜の使者の権限か、グリモアの証が必要だ。つまりお前とツカサしかここに入る事が出来ない』
「オレは無理なのか」
『お前も相当な力の持ち主だし……本来なら、ここに入って来る事すら出来ないはずなんだが、それも出来ている……可能かもしれないが、危険は避けた方が良い』

 キュウマが首を傾げながら言う言葉に、クロウは少し不満げだが褒められていると理解したのかフムと鼻息を漏らす。クロウらしいや。
 でもなんだか、見ているのが辛い。人の話し声を聞いていられる精神状態ではないのかも知れない。騒ぎ出してしまう前に、どこかに行かないと……。

「……一度戻って、話をしてみる。何が起こるかも解らないし、ここに来れない奴は撤退させて様子を見た方が良いだろう。僕とツカサ君だけなら何とか出来るかも知れないけど、外にまで注意を払っていられないしな」
『賢明だな。俺もこの遺跡がどう作り変えられたのかの全貌までは解らない。道案内しか出来ない俺では、お前達のサポートもままならんからな。出来る準備は全部しておいた方が良い。見ていた限り、あのクロッコと言う男はどうも早朝から昼にかけて眠っているらしい。神族なのに夜型のようだから……決行はその時が良いだろう』 

 キュウマの言う事に、嘘は無いだろう。
 だけど彼は隠し事をしている。俺に関する重大な事実を。そして、今言われた計画を実行すると言う事は……俺とブラックしかここに来られなくなる。俺は、ブラック以外に助けを求められなくなってしまうんだ。

 そう、なったら。そう決まってもまだ、帰らない為に策を練るとしたら。
 ブラックに、話すしかない。

「…………」

 だけど、話して、どうなるのかな。
 黒曜の使者の俺でもどうにもならない、まだ理解も追いついてない事を、ブラックに話して納得して貰えるのか。迷惑をかけるんじゃないのかな。
 それどころか……ブラックに新たな重荷を背負わせる事になるんじゃないのか?

「…………」

 それを考えると、怖い。どうしようもなく怖かった。
 だって、ブラックは今までずっと苦しい思いをして来た。俺にも話せない重い過去を背負って一人で生きて来たんだ。それなのに、更に「俺」と言うどうしようもない重荷が圧し掛かかるなんて、あまりにも不幸が過ぎるんじゃないのか。

 だったら。
 それなら……もう、いっそ……もう、ブラックに新たな苦しみを与えないためなら……俺が帰ってしまった方が……ブラックの幸せのためなんじゃないのか……?

 ……今のブラックなら、きっと色んな人が幸せにしてくれる。
 悪友のクロウもいる。お母さん代わりのシアンさんもいる。エネさんだって立派な喧嘩友達だし、ブラックの事をずっと大切に思ってたエメロードさんだっている。
 今まで出会って来た人達が、色々言いながらもブラックを支えてくれるだろう。

 でも……俺が、もし……神様に変えられて、多くの事が変わってしまって、この胸の指輪ですらブラックの枷にしかならなくなったら……どう、なるんだ。


 一番好きな人に、一番苦しい役目を背負わせる事になるとしたら……――


「…………ッ……!」

 いやだ。そんなの、嫌だ。離れ離れになるよりも、ずっと嫌だ……!

 ブラックは「俺といて幸せ」って言ってくれた。たくさん頑張って、俺の事を守る指輪まで作ってくれた。ずっと、今だってずっと俺の事を支えてくれたんだ。
 一番大事な、大事な恋人なんだよ……!

 もう不幸になんて出来ない。したくないんだ。
 俺がブラックを再び闇の底に落とすのだとしたら、そんなの耐えられない。
 だったらいっそ、帰ってしまった方がいい。そのほうがずっと良かった。

 俺一人帰ったとしてもブラックが死ぬことは無い。だけど俺がこの世界に留まって神として作り変えられてしまったとしたら、世界自体がどうなるか解らないんだ。

 ……キュウマは、この世界が狂っていると言った。もう正常ではないと。
 だとしたら、そんな世界に俺が神として留まる事になったら、世界はどうなる。
 グリモアにすら簡単に転がされる俺では、破滅しか生まないんじゃないのか?

 それどころか世界が崩壊しかねない。キュウマはそれぐらいのことを言っていた。だから、俺をこうも元の世界に帰そうとするんだろう。そうすることで俺が救われると信じているんだ。決して悪い企みがあっての事じゃない。
 だからこそ、俺の為だと思ったからこそ、数千年という気の狂いそうな年月をここでずっと過ごして来たんだ。……そんなキュウマを責めるなんて、出来なかった。

 でも、だとしたらどうすればいい。どうすればいいんだよ。

 ああもう、駄目だ。堪え切れない。辛い、きつい、もう駄目だよ。

「ぉ……俺、一足先に戻ってて良い……?」
「え? ツカサ君どうしたの。気分が悪くなった? ちょっと待って、このモニターを元の状態に戻すから……」
「い、いいよ、大丈夫、道は解ってるから俺一人で祭壇の部屋に戻れるから」

 ブラックの顔が見れない。
 この部屋が薄暗くて良かった。そうでなければ、気付かれてしまう。
 ここで泣かずに言葉を捻り出せるなんて俺も成長した。でも、もう駄目だ。

「ごめん、あとでゆっくり来て良いから……!」
『ツカサ……』
「えっ!? つ、ツカサ君!」

 モニターの制御にもたついているブラックとクロウを置いて、部屋から飛び出す。
 キュウマの声が聞こえたけど、今はその声は聞きたくなかった。

 必死に元来た道を戻る。最初はあんなに遠いように思えたのに、這いずり進む水路は思っていた以上に短くて、すぐに草に覆われた床に触れた。
 遠かったつもりで、果てしなかったつもりで、その実は思う以上に近い。

 何故かその事が悔しくて、辛くて、蔓の柔らかさに触れた途端に涙が溢れて来る。どうしようもなく情けない姿だと解っているのに、そのせいで余計に涙が出た。
 どうしたら良いかも解らずに逃げてしまった自分が、恥ずかしくて仕方なかった。

 でも、どうすればいいのか解らない。わかんないよそんなの。

 俺がこの世界に居たらこの世界が崩れるかもしれない。
 だけど、いつか狂って朽ちて行く世界なのだとしても、俺が元いた世界に帰りさえすれば、それだけ延命できる可能性が広がる。

 ブラック、クロウ、今まで出会って来た人達全員が人生を全うできるくらいには、この世界が続くかもしれない。
 だったらそっちの方がずっと良かった。ブラック達が幸せなら、何でも良いんだ。

 なんだよ神格って。なんだよ、どうして俺が神様にならなくちゃいけないんだよ。
 意味が解らない、どうして俺がムリヤリ変えられなくちゃいけないんだ。変えられた後の俺は俺で居られるのか? ブラック達と一緒に居られるのか?
 この世界でどうしたらいいのか、俺はまたその意味を失ってしまうのかよ。

 俺が神格を得て世界が良い方向になるはずがない。
 狂った世界を治められるはずもない、いつかブラック達と別れて死ぬことを自分で選択する事すら絶対に出来ない。キュウマ以上に破滅する事は分かっている。
 待っているのは、破滅だ。
 破滅しかない、ここにいても、ブラックの隣にいても……!

「う゛……う、ぅううぁああ……! もう、嫌だ……嫌だ、いやだぁあ……!!」

 這いずって逃げる自分の姿を想像して、涙が止まらない。
 今の自分が無様だと自分で理解しているからこそ、尚更情けなかった。
 道が途切れ出口になっても、もうまともに這い出る事すら出来ない。転がるように噴水から落下して、再び地面に這い蹲った自分にどうしようもなく焦燥感が募った。

 ほら、俺なんてどうしようもない馬鹿で能無しだ。
 高い場所からまともに下りる事すら出来ない。人を殺して未だに自分で納得すらも出来ない、何も出来ない、神なんて訳の解らない存在になんかなれない。
 なりたくない、いやだ、いやだよ、これ以上別の存在になんてなりたくない、もう変わりたくない!!

「――――~~~っ、あ゛ぁあ……あ゛ぁあああ゛あ゛あ゛ぁ……」

 赤ん坊みたいな泣き方で、緑の床の上に蹲って耳を塞ぐ。
 何も聞きたくない。何も知りたくない。もう、変わりたくなかった。

 俺が俺でなくなる。もう完全に誰だか分からなくなる。

 おれはなんだ。
 潜祇司じゃないのか。黒曜の使者なのか。ただの人殺しなのか、それすらも自分で見つける事が出来なかったのに。

「やだ……ぃ、やだ……いやだぁああ……!!」

 この世界が壊れるかもしれない。戻らなくちゃならないかも知れない。ブラック達が知っている俺でなくなるのかもしれない。人殺しの俺は今までの俺とは別の存在になってしまったかもしれない。俺がいると世界が壊れてしまう、このままいると俺でなくなる、何も解らない、なにもかも壊れる、俺の、俺の存在が、俺が、おれが……!

「~~~~――――ッ!!」
「ツカサ君!」

 叫び出しそうな声を堪えて、痛いくらいに喉を絞った。

 なのに、声が聞こえる。

 俺が良く知っている、声が、どこかから聞こえてきた。












 
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