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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編
世界の理を壊す者2
しおりを挟む『恐らく……この世界の【裁定】というシステムをそのままにして、違う解釈で使用して“譲渡”を行ったのが、狂いを生んでしまったんだと思う。……それか、俺は神として不適格だと世界が判断したのかも知れない……今となってはもう解らないが、俺の“一巡”は、驚くべき早さで終わってしまったんだ。……リンの登場によって……』
「リンって……あの……混沌の神の……?」
キュウマは頷く。そうか、バリーウッドさんは「ナトラの次はリン」と言っていたけど、あれはキュウマを抜かしたからだったのか。……あれ、でも……変だぞ。
バリーウッドさんはキュウマを【黒曜の使者】としてしか認識して居なかった。
だけどリンは神様として認識した。リン教も存在している。
じゃあ、キュウマはリンに“譲渡”を果たした事になるけど……だったらどうして、キュウマはここに居て……リンが、どこにもいないんだ……?
その疑問にやっと気付いた俺に、キュウマは俯いて話を続けた。
『一巡が訪れたなら、譲渡するほかない。だから俺は、リンに神格を譲渡した。そうしようと、思った……。だけど…………リンは、俺とは全く考え方が違う異世界人だった。もう、何が違ったのか上手く思い出せない……だけど、違ったんだ。だから俺は、リンに説明して譲渡しようとした時、怖くなった。ナトラのように笑って譲渡できなくて、それで、それで、俺は、俺は、お、おれ、は』
「キュウマ、落ち着いて」
震えが強くなっている。
思い出せない事に恐怖しているのか、リンを恐れているのか、俺には解らない。
しかし、このままではキュウマが恐怖に負けて、消えてしまうかも知れない。そう思い、触れられない事は解っていてもキュウマの背中を擦る。
けれど、キュウマの震えも、言葉も止まらなかった。
『に……にっ、逃げ、た、逃げだっ、逃げてしまった、俺は、俺は、神なのに、譲渡したのに、もうあとは、あっあとは殺されるだけなのにっ殺されっ、にっ、逃げた、あっああ逃げた、逃げてしまったんだ! 怖い、怖かった、リンが怖い俺が消える、死ぬ、消えるのが怖い、死にたくない、死にたくない死にたくない!! 死にたくなかった、だから逃げた逃げたんだ!!』
「キュウマ……!」
だめだ、これではいけない。
何とかして喋るのを止めさせなくちゃ、キュウマが壊れてしまう。
でも、触れられもしないし今のキュウマには言葉が届かない、手も触れられない。
じゃあどうしたら、どう……そ、そうだ。触れられなくても、出来ることは有る。
「落ち着いてキュウマ、俺が判るか? なあ、感じるか……!?」
キュウマの背中に手を当てて、俺は精一杯“大地の気”を注ぎこむ。
……それが例え気休めでしか無くても、キュウマに届いていないかも知れなくても、彼が取り込める唯一の物は“気”しかないんだ。
この気を感じて、どうか落ち着いて欲しい。苦しまないでほしい。
そう思ってキュウマの体に注いでいると……震えが徐々に治まって行った。
『……つ、かさ…………』
「…………ごめんな、苦しい事なのに止めもせずに話させちゃって……」
謝ると、冷静さを取り戻したのかキュウマは首を振った。
霊体のような物なのに、汗をびっしょりと掻いているキュウマの顔は青白い。
でも、俺の大地の気は受け取っているのか、先程よりも体の色が濃くなったような感じだった。少しでも役に立ってたらいいんだけど……。
『ありがとう……お前の大地の気のおかげで、落ち着いたし少し力が戻った』
「いや……まあ、俺、これしか出来る事ないから……」
『謙遜だな……』
「そ、それより……大丈夫? この先……話せる……?」
問いかけると、キュウマはゆっくりと頷く。
その顔に、もう迷いは無かった。
『……正直……俺がリンの何に恐怖したのかは覚えてない。どうして逃げたのかも、何故力を譲渡した後も神として生きていられるのか謎だった。……だけど、逃げた俺は、もうこの世界に居場所が無い。自分の世界に帰りたくても、その術が無かった。でも、どうしても帰りたくて……その内に【空白の国】に隠れ住むようになって、転々として……何故か……何故か俺は逃げて……誰かに助けてほしくて、メモを残したり他の異世界人がいないか探して、いなくて絶望して……それを……数百年、ずっと続けていたような気がする……だけどもう力尽きて、最後の最後でこのピルグリムに辿り着いて……俺は…………長い歳月の間彷徨い続ける内に……いつのまにか体を失ってしまっている事に気付いたんだ……』
メモ。
メモって、もしかして……ラッタディアの地下水道遺跡にあった、あのメモ?
助けてくれって、まさかキュウマのことだったのか!?
じゃあ、今までの俺を助けてくれたメモは全部……。
『逃げている間の細かい記憶は失っていた。だけど、不思議と……昔の記憶だけは、鮮明に残っていて……たった一人、この島で何度も夜を越えたよ』
「…………」
『千の夜を過ごし、三千の夜に怯え、五千を越える頃にはもう……記憶すら、俺の中から朽ちかけ始めていた……』
キュウマの目が、俺を見る。
だけどその琥珀色の瞳は、怯えてはいない。
ただ見返す俺に、相手は力無い笑みを浮かべた。
『お前が現れる、気配を感じた。そしていつの間にか……リンがこの世界に存在していない事を知ったんだ。……でも俺は、これがチャンスだと思った。最後の、最後の神らしい……ナトラと約束した“人助け”が出来ると思ったんだ……』
半透明の手が、俺に伸びて来る。
その手に、俺も無意識に手を伸ばした。
……触れない、半透明な手。だけど、何故か温かさは感じる。生きていると確信が出来る温かさが、キュウマの手には溢れていた。
『……ツカサ、この世界は地獄だ。俺達が【裁定】の意味を誤ってしまった時から、もう狂ってしまっている。償いたいが、もう修正は出来ない……。だから俺は、お前を助けたいんだ。お前だけでも、この狂った世界から逃げて欲しい。この世界の奴隷になってしまう前に、幸せなあっちの世界に……帰したいんだよ……』
「で、でも……俺は……」
『神がいないなら、神殺しの役目も無い。【裁定】は行えない。お前はまだ幸いな事に黒曜の使者だ。だったら、理が壊れてしまっても帰る方法は有る。今ならまだ間に合う、帰れるんだよお前は!』
キュウマの勢いに押されて、何も言えなくなる。
だけど、帰れるって言われても困る。そんな、とうの昔に突っぱねたことを、今更持ち出されるだなんて……いや、でも、ここはハッキリ言わなくちゃ駄目だよな。
俺は自分で「この世界に残る」と決めたんだ。
だから帰る手段があるという【テウルギア】にも行かないと誓った。
ブラック達とこの世界で一生を終える覚悟をしたんだ。それを、この胸の真ん中で揺れている指輪が証明している。これは俺の決意の証でもあるんだ。
なのに、今更帰る事なんて出来ないよ。
……それは、ちゃんと伝えないと。
「キュウマ、ごめん……。俺は帰る気は無いよ。だって、俺はもうこの世界で失う事の出来ないモンを沢山作っちまったんだ。……帰る訳にはいかないんだよ」
そう言って断ろうとしたのに、キュウマは止まらない。
何故か、触れ合うだけだったキュウマの手から圧を感じた。
『じゃあ、お前は神になるのか。神になっていつか殺されて消えるってのか?』
「そ、そんな事は言って……」
『言ってない? だがお前がこの世界に居る限り、この世界が狂っていても、遅かれ早かれ神か死かどちらかを選ぶことになる。神にならないのなら、待っているのは俺みたいな無様で愚かな死だ。今幸せでも、お前は必ず不幸になってしまう』
「でも、俺は……!」
『いいか、よく聞けツカサ。この遺跡に来た時点で、お前はもう帰れるんだよ。俺はそれを最大限にサポートしてやれる。だって、ここはテウルギアなんだから』
…………え?
テウルギアって……いや、でもそれはピルグリムに来たら教えるって……。
『かつて、この遺跡は神の休息所……つまり神の拠点だった。そんな神聖な場所に、あの胸糞悪いアスカーは、一応約束を守るためにある装置を作ったんだ。それが、遺跡の名前の元となった【テウルギア】……つまり、遺跡や島の名前ではなく、装置の名前だった。ピルグリムは…………アスカーによって召喚された、哀れな巡礼者を導くための島……つまりここが、この遺跡がテウルギアなんだよ!!』
――――………。
言葉が、出ない。
だって俺は、今までずっと「帰りたくないから」と必死に忘れようとして、テウルギアのこともブラック達に一言も言わないように隠し通してきたんだ。
ブラックと一緒に居るって決めたから、忘れようとして来たのに……!
『……いいかツカサ。この世界に居ても、お前は死ぬだけだ。グリモアに支配されて死ぬか、神になって死ぬかしかない。【神格】はお前が拒否できる証ではないんだ。むしろ、対の神が不在の今ならいつお前に【神格】が授けられてもおかしくはない。そうなってしまえば、お前はもうこの世界の奴隷になってしまう。首輪を付けられて、帰れなくなっちまうんだよ』
「う……う、ぅ……」
『だが、今ならまだ間に合う。テウルギアを使って元の世界に帰れるんだ。……俺は、お前を元の世界に帰す義務がある。俺達のせいで狂ってしまった世界に、不運にも連れて来られた転移者を根付かせる訳にはいかないんだよ』
キュウマのその責任感は判る。
俺だって、自分が造った壊れかけの秘密基地に、壊れると解ってて人を呼んだりはしたくない。誰だってそうだよ。自分が引き起こした失敗のせいで、誰かに怪我させてしまうのはまっぴらごめんだった。
だけど、俺は違う。
例え壊れた世界でも、ブラック達と一緒に居たいんだ。
ブラックと、この婚約指輪を大事に守って行きたいんだよ。
「キュウマ、俺は……」
『良く考えろ、ツカサ。お前はこのままだと神になるしかない。ここまで来たって事は、もういつ神格を与えられて再び“改変”されてもおかしくないんだ。今のこの狂った世界では、その“改変”すらどうなるか解らない。もしかしたら、神とは名ばかりの何かになってしまうかも知れない。……それだけは、避けたいんだ……!』
…………確かに、その怖さは有る。
自分が再び作り変えられてしまうのも怖いし、この先どうなるのか解らないってのも俺からしてみれば恐怖でしかなかった。
もし作り変えられて容姿も何もかも違う人間になってしまったら……ブラックの前に、もう出る事が出来なくなるかもしれない。そんなのは、絶対に嫌だった。
だけど、この世界に居る限り俺は「神」に強制的に変化させられる可能性がある。
俺が拒んだとしても、今現在の空白の神坐を埋めるために、この世界がムリヤリに神格を授けて来るかも知れないのだ。
逃げ場はない。この世界に居る限り、絶対に、どこへ逃げても……――
『俺は、テウルギアが有る所を知っている。……モンスター生成装置が有る部屋だ。あの場所には、エネルギーが集中しているからな……。だから、あの装置を使って、こっそりお前を帰してやれる。その時が来たと思ったから、俺はこの話をしたんだ』
「で、でも俺、ブラックと……!」
『あの場所に行くには、絶対にお前の力が必要になる。もう、どうしようもない』
有無を言わさぬような、キュウマの真剣な顔。
相手がどれほど真剣なのかを知る度に、何も言えなくなってしまう。
でも俺は、帰らないって決めたんだ。もうとっくに決めたんだよ。
決めたのに……あの装置のある部屋に行けば、キュウマによって強制的に元の世界へと帰されてしまうかも知れない。そして俺達は、それを止められないんだ。
でも俺、帰りたくないよ。ブラックと、クロウと離れるのなんて絶対やだよ……!
どうしたらいい。どうしたら、良いんだ。
『ッ……もう、効果が切れるか……ッ。いいかツカサ、これは絶対だ。解ってくれ……俺はもう、苦しむ転移者を見たくない……俺と同じ地獄を味わわせたくないんだよ。だから……俺がまだ、神の称号のお蔭で消えずに済んでいる内に……』
お前を、地獄から救いたい。
……キュウマの声と共に、世界を白く留めていた術が解ける。
瞬間、全ての音と動きが戻って来て……ブラック達の体が、動き出した。
『一晩やる。その間に……別れを済ませておけ』
それだけ言うと、キュウマは再びブラック達の所へ行ってしまった。
……有無を言わさない、言葉。
キュウマはどうあっても俺を絶対に帰すつもりなんだ。
だけど、俺はもう決めてしまった。
ブラックと一緒に居ると、決めちまったんだよ。
今更それを覆す事なんて、俺にはもう出来ない。
「…………」
でも、かつて「神」だった相手に、俺が敵うんだろうか。
頭も何もかも勝てないような相手に、俺が抗えるんだろうか。
そう思うと、とても怖くて……俺は、胸に触れる指輪を服と一緒にぎゅっと握り、震えを堪える事しか出来なかった。
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