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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編
22.世界の理を壊す者1
しおりを挟む最後の、希望の地。
……次代の、神?
「なに……それ…………」
なにそれ。何言ってんだ。どういう意味なんだ?
だって、俺は黒曜の使者で、神様を殺す役目を背負っていて、バリーウッドさんも「そうだ」って認めてくれたじゃないか。俺は神様を殺す役で、だから、だから……
「あ…………」
――――殺して、その後どうなる?
そう、だ。そういえば、そうだ。
考えたことじゃないか。自分の役割を聞かされた時、俺は一度考えたじゃないか。殺し終えた時、俺はどうなるのか。役目を終えた人達はどうなったのかって。
でも答えが出なかったから俺はそれを忘れて考えないようにして、それからずっと目の前の事だけ見て必死に…………。
『……気が付いたか。そうだ。……お前に課された四つの役目の一つ……黒曜の使者は神を【選定】せねばならない。その役目が遂行された後、お前は……いや俺達は、そこから本当の役目が始まるんだ。神になり替わると言う役目が』
「ま、待って、待ってよ。そんな、言われてもいみ、わかんない……」
自分の声が、震えている。今何が起こってるのかよく解らない。
理解出来ているのに、自分が今どうなっているかも判るのに、何も解らない。
それが怖くてどうしようもなくて体がガクガク震えている。口が上手く動かない。
言葉が上手く出て来なくて余計に焦る俺に、キュウマは悲しげに眼を細めた。
『お前には世迷言に聞こえるだろうな。けれど、真実だ。神の【選定】を……神殺しを終えた時、俺達は強制的に神へと“変えられる”事になる。殺した神から全ての力と過去を受け継ぎ……この世界の神として相応しい存在に生まれ変わるんだ』
「っ…………」
生まれ……かわる……。
今のこの状態だけでも充分におかしいのに、狂ってるのに、まだ。
自分の都合なんておかまいなしに、また変えられちまうってのか……!?
『ああ、そうだな。許せないよな……。だが、旧き神を神という台座から外した時点で、世界を制御する物は存在しなくなり、神の不在が発生する。それはこの世界にとって、本来なら“あってはならない事”なんだ。……だから、最も神に近しい黒曜の使者が神にならなくちゃいけないんだよ。……ずっと……俺達がこの世界に選ばれるずっと前から、そういう決まりだったんだ』
言葉が、呑み込めない。頭に入って来ない。
だけど理解しなければいけない事だ。俺は、理解しなくちゃいけないんだ。
落ち着け。拒否しようとするな。解ってた事だ、予想が付いた事じゃないか。
だって、神族の島に降り立った神は……常に、一人だったんだから。
…………そうだ、最初からおかしいと思っていたじゃないか。
アスカーは「神は自分だけだ」と言っていた。他に神はいらないとも書いていた。
だからあの日記を読んだ時、俺は「黒曜の使者に殺されたら、別の新しい神と交代してしまうから」彼が焦っていたんだと解釈した。でも、そうじゃなかったんだ。
あれは、もっとシンプルな恐怖だった。
「黒曜の使者が次の“新しい神”になるために自分を殺しに来る」から、あんな風に必死になって使者を殺そうとしていたんだ。
殺されてしまえば、唯一の【支配者の座】から転がり落ちてしまうから。
……そう、唯一。この世界には常に神が一人しか存在しない。
だからアスカーも、ジェインも、ナトラも、リンも、全ての神が一人で降臨した。みんな恐らく元は黒曜の使者で、代替わりをしていたんだろう。だから、神族の島に黒曜の使者が現れる事も一度しかなかったし、神も一人しか降臨しなかったんだ。
でもそれを知っているのは“真祖”のバリーウッドさんだけだ。
人族も神族も、それを知るほど長く生きられない。アスカーに“改変”されて、真祖と言う特別な存在になったバリーウッドさんしか、四柱の神の降臨を見られない。
だから、誰も気付かなかったんだ。この奇妙な事実に……。
…………かつての黒曜の使者達も、その事を知っていたんだろうか。
だから、必死に狂った神を殺そうとしたのかな。
でも……だったらキュウマは……なんで知らなかったんだ?
というか、俺と同じ【黒曜の使者】だった頃のキュウマはそんなことなんて一言も言ってなかったじゃないか。
ナトラに目的を教えて貰ったと言っていたけど、そこは隠されていたのか?
だけど映像のキュウマや、ナトラ教の教徒は、ナトラをそんな事をする存在だと語ってはいなかった。
慈愛の神として愛される女神が、恐らく……俺達と同じ人間だっただろう彼女が、そんな大事な事を教えないなんてことが……あるのか……?
「ナトラ……は……それを、教えてなかったのか……?」
俺の言葉に、キュウマは目を伏せる。
その表情は明らかに何かに後悔しているようだった。
『いや……彼女は、俺を出来るだけ自由にしようとしてくれた。この事を話したのも、最後の【選定】をする時だったんだ。……彼女も、この世界の交代システムに疑問を持っていた。だから、神となった自分が調べるだけでなく、俺を自由な冒険者として旅をさせて、平和な交代の可能性が無いか探っていたんだ』
「女神と一緒に……」
は、はは。まるで、ホントにチート主人公のお話みたいだ。
世界のシステムに疑問を持った女神と主人公が、長い長い旅をする。そして、最後は新たな答えを見つけて大団円になるんだ。いくつかの物語で、そんな結末を読んだような記憶が有った。そっか、本当にキュウマは「主人公」してたんだな……。
…………だけど……今、キュウマは……。
「キュウマ……その、答えは……?」
答えは、見つかったのか。
問いかけた俺に……キュウマは、沈痛な面持ちで顔を伏せた。
『……見つからなかった。当然だ。神と黒曜の使者は、これまでそのサイクルの通りに相手を殺し殺されて回って来たんだからな。その答えは一番最初の神……創世の神であるジューザにしか判らないだろうが、そのジューザは【選定】によりアスカーに座を渡し、アスカーはジェインと争い殺されてしまった。ジェインは力の神で、選定の時に得たアスカーの知識をほとんど葬ってしまった。探したって無駄だったんだ』
「…………」
『ナトラも黒曜の使者だった時に、神との大規模な戦争を阻止するため世界を旅して真理を探したそうだ。けれど、それでも見つからなかった。その時点で、この世界には【選定】を神殺し以外で行った記録も、記憶すらも存在して居なかったんだ。……記憶を継承した時にそれが解ったんだと、ナトラは言っていたからな』
……そうか、黒曜の使者は神に改変される時、前の神の力を受け継ぐんだっけ。
その時にナトラにはハッキリ解ってしまったんだろう。だけど、それでも諦めきれなかったから、キュウマと一緒にもう一度世界を探そうとしたんだ。
だって、この世界には神の手すら及ばない過去の遺物――【空白の国】と呼ばれる消す事の出来ない失われた歴史の残骸が、そこかしこに残ってるんだから。
しかし……――――それでも、ダメだった。
じゃあ、キュウマはやっぱり……ナトラを殺して神になってしまったのか?
だから今、こんなに辛そうな顔をしているんだろうか。
心配になって相手の伏せた顔を覗くと、それに気付いたのかキュウマは顔を上げて一度眼鏡を外し、ゆっくりと顔を拭った。
「キュウマ……お前、ナトラを殺したのか……?」
自分で言っても、背筋が寒くなる言葉。
その感覚を知っている今となっては、言葉だけで心が凍りそうになる。
だが、キュウマは意外な事に首を横に振ったのだ。
『いや……最終的に俺達は、この古くから使われている【裁定】という曖昧な言葉を広い意味で解釈し、神格の譲渡という儀式をもって交代したんだ』
「じょ……譲渡……? そんな事できるのか!?」
『俺とナトラが互いに納得していたから可能だったんだろうな……。それでもナトラは光の中に消えてしまったが……お蔭で俺は、この世界で唯一の全くの善である神を殺さずに済んだ。納得して、神になる事が出来た。そのはずだったんだ』
じゃあ……まさか、キュウマが今代の神ってこと……?
俺はキュウマを殺さないといけないのか?
でも、キュウマが神様だったとしたら色々納得できる事も有る。
こうして肉体を失くしても生きていられる不可解さもそうだけど、テレパシーを使って俺を助けてくれたりしたのは、まさしく神託の要領なんじゃないのか。
キュウマは弱っていたから何回も出来なかったけど、心が繋がった訳でもない相手に言葉を伝える事が出来るのは、この世界で言えば神しか有り得ない。
黒曜の使者の俺でも無理だったことなんだから、そうでないと納得できないよな。
「キュウマ……お前まさか……俺が【選定】する神なのか……?」
しかし、その言葉もキュウマは否定した。
『いや……俺はかつて神だったが……お前が【選定】すべきだった神じゃないんだ。本当なら……本当なら、俺もナトラのように俺の代の黒曜の使者に譲渡して、新しい神が生まれるはずだったんだ。お前と代わるための神が……。なのに……なのに俺は、俺は……ッ!』
「……ど……どうしたんだよ、キュウマ」
呼びかけて手を伸ばそうとするが、相手は頭を抱え一歩後退る。
何にそれほど苦悩しているのかとこちらが困惑するほど、キュウマは頭を抱えて何かを否定するように大きく頭を振っていた。
そして、呻いて蹲る。
いつの間にか俺と同じ所まで下りて来ていた相手は……白くぼやけた床に膝を付くと、そのまま突っ伏してしまった。
……震えている。さっきまであんなに冷静だったキュウマは、会話すら困難なほど何かに怯え、悔やみ……泣いているようだった。
「キュウマ……」
何千年も、この場所に居たはずだ。
なのにキュウマは、こうなってしまうような記憶を忘れられなかったのか。
忘れられなかったから……俺の事を助けようとしてくれたのかな。
そう、思うと――――何故か不思議と、心が落ち着いて行った。
「キュウマ、落ち着いて。ゆっくりでいいから、何が起こったのか……そのことが、俺にどう関係するのか……ちゃんと、話してくれよ。俺、キュウマが何を伝えたいのか知りたいんだ。大事な事だと思うから……聞きたいんだよ」
だから、ゆっくりでいい。ちゃんと待つから、落ち着いて。
そう言いながら蹲る相手の前で座っていると、震えは収まらなかったものの、それでも少し落ち着いてくれたのか、キュウマは体を起こしてくれた。
『す……すま、ない……』
「ううん」
少しも謝る事なんてない。
首を振ると、キュウマは少し目を見開いたようだったが……少し余裕を取り戻してくれたのか、ほんの少しだけ泣きそうに歪んだ顔で笑ってくれた。
『お人好しだな、お前は……』
「それ何度目だよ。……それで……キュウマは、神なんだよな? 今回俺が【裁定】すべき神じゃないけど……でも、神様なんだよな?」
『ああ……俺は、神になる事を選んだ……。この世界をより良くするために、大事な妻達と共に世界に平定を齎そうとしていた……だけど……俺とナトラがやった事が、この世界の交代システムを……この世界を……狂わせてしまったんだ……!』
「え……」
譲渡が、世界を狂わせたってこと?
でもそれは上手く行ったじゃないか。良い女神だったナトラと争いを起こさず平和に【裁定】が済んで、キュウマが円満に神様になった。万々歳だろう。
なのに、どうしてそれで狂うって言うんだよ。
意味が解らないと顔を歪めた俺に、キュウマはギュっと皺が寄るほど目を閉じた。
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