異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編

  監視するもの2

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   ◆



 キュウマが案内してくれた道は、まさに「隠し通路」と呼べるものだった。
 ……というのも、キュウマがいる部屋――彼曰く【元・祭壇部屋】らしい――から他の部屋に抜けるには、水が枯れた水路を通って移動するしかなかったからだ。

 説明によると、ここは隠し部屋みたいなもので、必要な手順を踏まないとさっきの“白い通路”に入れなかったらしいのだが、ここが作り変えられた際にこの部屋の事を知らなかった奴らがその通路を閉じて使えなくしてしまったのだと言う。
 そして、その無茶な改変があの通路のバグを齎したと言う訳だ。

 でも、そのお蔭でこの部屋はバグ技必須の鉄壁の部屋として残ったのだが……そうなると今度は移動が難しくなる。そこで、キュウマが新しく見出した通路が「水路」だった。

『表面は改変されていても、元々の遺跡の水路は暗渠となって残っているんだ。神の創造物を抹消してしまう事は難しいし、強度も申し分ないから上から覆ってしまったのさ。まあ、お蔭で通気ダクトみたいに移動できるんだがな』

 そう言いながら彼が差したのは、部屋の壁にひっつくようにして造られた半円形の少し大きな噴水だ。しかし、そこは植物に覆われており中には水滴すらない。
 水を齎すはずだった水路の終点は朽ちて崩れ、今は人ひとり分が入れるくらいの穴に広がっていた。キュウマが言うには「この遺跡自体が数千年経っているから、植物が這って土の曜気が流れたせいだろう」との事だったが……もしかすると、実体が有った頃のキュウマが壊したのかも知れない。

 ……そんな訳で、俺達は噴水の段を階段代わりにして水路に入ったのだが、これがけっこう狭くて移動が大変だった。
 壁には蔓がふさふさに這っているので、四つん這いの移動はむしろ他の遺跡より楽だったのが……問題はオッサン二人だった。

 そういえばこいつら、俺やキュウマより図体が物凄くデカかったんだ。
 俺達が余裕で通れるサイズの水路なのに、よっぽど体に合わないのかあちこちに頭や肩をぶつけ四苦八苦していた。それに加えて、進むうちにどんどん植物が無くなって行くもんだからさらに地獄だ。クッションがなくなれば人体は脆い。

 案の定背後からゴツゴツ音が聞こえ始めて、俺は敵に見つからないかよりも、背後のオッサン達が小さな連続ダメージを受けて体力ゼロにならないかの方が心配になってしまった。ああ、まさかこんな罠があったとは……。

 キュウマは霊体みたいなもんだから物理なんて関係ないし、俺も……ここで認めるのはシャクだが、ブラック達よりは体が小さい。まあそれは認める。
 だから、まさかこんな事になるとは予想して居なかったのだ。
 お蔭で予想外に時間がかかってしまったが、なんとか目的の場所の近くにまでは来る事が出来たようで、キュウマが俺達に「待て」と手を広げて見せた。

『……ちょっと待ってろ。あいつらが居ないか確認して来る』
「う、うん」

 この状態ではブラック達に声が聞こえないので、俺が小声で背後の二人に改めてキュウマの言葉を伝える。二人もやっと抜けられると思ったのか、その場にへたれて首だけをヘコヘコ動かしていた。
 ……辛かったろうなぁ……狭い場所ってだけならまだ良いんだけど、肩とかゴツゴツ当たるのってマジでストレスだし。

「はぁ……ツカサ君のお尻がなかったらここまで頑張れなかったよ……」

 前言撤回。足で蹴りまくるぞお前。

「オレは目の前にブラックの尻が有って地獄のような時間だったぞ」

 そうだねクロウが一番頑張ったよね。ちょっとした差だけど、クロウはブラックよりも筋肉あるから横幅ちょっと広いし……お前がナンバーワンだよ……。
 俺もこんな狭い場所でオッサンの尻を見続ける状況は嫌だ。目が死ぬ。

「クロウ……あとで蜂蜜あげようね……」
「ツカサ君僕には? 僕にはご褒美ないの?」
「お前は俺の尻があって良かったんだろ我慢しろや」
「えっ、お尻で顔を挟んでも良いってこと……!? ツカサ君いつのまにそんな嬉しい淫乱ご褒美を……!」
「バーーーーカーーーーーー!!」
『小声で叫ぶとは器用な奴だな』

 あ゛っ、嫌な所を見られてしまった……。
 さっきの尻の話は聞かれてないだろうな。さすがに俺のダチみたいな背格好の奴にあんな会話聞かれたくないぞ。例え俺達の関係が知られていようがな!

「ど、どうだったキュウマ」
『おあつらえ向きにアイツは魔物の生成装置の部屋に居るらしい』
「えっ、じゃ、じゃあ俺達動けないんじゃ……」
『安心しろ。誰も突撃するとは言ってない。あいつらを監視する部屋に行くんだよ』
「……えっと……それってもしかして……監視カメラの制御室的な……」
『まあそういう所だな。さ、行くぞ』

 相手も現代用語を使えるのは話がスムーズで助かるが、今までカタカナ語なんて基本的な物しか使って来なかったから、なんか変な感じだ。
 まあでもそんな事考えてる場合じゃないか……。

 色々と思う所は有ったが、俺達は再びキュウマに付いて行き、なんだか床に湿気のある地帯に侵入すると、上の方に在る鉄格子を開けて出た。
 どこかと思ったらトイレの手洗い台の下で……深くは考えまい。ここのトイレは和式ではないのだから。でも手は一応洗っておこう。うん。

『以前の遺跡のシステムを利用しているから、清掃用のゴーレムが定期的に遺跡内を巡回してるんだ。ここは早朝でないと回って来ないから安心しろ』
「ゴーレムって……古代の技術だなぁ本当に……」

 ブラックがウンザリしたように言うのに、俺は少し考えてああそうかと思い至る。
 この世界って魔族のゴーレムは居ても、人造品であるゴーレムは古代遺跡である【空白の国】にしか存在しないんだっけ。
 この遺跡もオーバーテクノロジーで建造されている訳だから空白の国にという事になるんだろうけど……神様由来の物だって解った今は、それも納得しづらいなあ。

 神様がやっちゃったら、全部「神の御業」で終わっちゃって謎なんてないもんな。

『こっちだ。ゴーレム以外にセキュリティは無いから安心して付いて来い』
「案内役がいるのは良いけど、変な単語使わないで欲しいなぁ」
「ムゥ……」

 あーそうだ。セキュリティって単語も横文字だっけ……。
 俺はすんなり聞けるけど、やっぱブラック達にとっては変な単語なんだなぁ。
 そう考えると、キュウマはやっぱり俺と同じ世界から来たって事になるんだけど。

「…………」

 やけに現代的なトイレから出て、今度は黒く艶やかな壁で綺麗に整えられた通路を歩く。途中途中でSFの自動扉みたいなものが通り過ぎて行ったが、そもそも壁自体が世界観が違うのでまったく驚きも無い。
 そもそも、キュウマが既にオーパーツみたいな出現の仕方したしな……。

 ふよふよと浮きながら通路を進んでいくキュウマの不可思議な背中を見ながら、俺は今更な疑問をふと思いついて腕を組んだ。

 それにしても……今のキュウマって、どういう存在なんだろう。
 俺がこの世界に呼ばれたって事は、キュウマは【黒曜の使者】じゃないんだよな?
 だったら、今のキュウマって何なんだろう。普通の人……ではないよな。この状態で存在してるって事は、なにか更に上の存在って事だったりするのかな……。
 でも、大地の気を詰め込んだ“箱”がなければ消えてたって言ってるし、今は余力も残ってないみたいな事を話してたしなあ。

 それに、もしこのキュウマが本物だとしたら、どうして途中で消息が判らなくなったんだろう。奥さんが沢山居たのに、奥さん達はどうしたんだ。
 このピルグリムで「待ってる」って、キュウマは何で待ってたんだ?
 番人でもなく島の守り神でもなく、黒曜の使者でも神でもないのだとしたら、ここに居るキュウマは……どうしてずっと、こんな人の来ない場所にいたんだろうか。

 考えても解らない事ばかりだ。
 いや、キュウマに質問すれば解決する疑問なんだけど……でも……何だか、それを訊いていけないような気がした。

 別に身の上話みたいな物じゃないか。そうは思うけど、俺の中ではある事がずっと引っかかっていてどうにも胸の中の靄が晴れなかったのだ。


 ――――お前は、元の世界へ帰るべきだ。

 ――――だから待っている。教える為に待っている。この、ピルグリムで。


 ダークマタは、いやキュウマはそう言った。確かに俺にそう言ったんだ。
 今は違う考えなのかも知れないけど……目の前のキュウマは俺に話しかけてくれた時のダークマターと違う感じがする。

 あの擬似人格のキュウマともどこか雰囲気が違っていた。
 どうしてそう思うのかは説明出来ないし、結局は俺のカンでしかないんだけど……でも、何だか気軽に話せるような人ではなくなったみたいで……ううむ、上手く言えないなぁ。とにかく様子がおかしいんだ。

 だから、ぶっちゃけた話今もまだちょっと彼が本物なのか解んなくて……。
 いや、間違いなくキュウマなんだろうけど、だってホラ、アイツの場合、また擬似人格かもしれないじゃん……。

『ここだ。この中に装置がある部屋を覗ける設備がある』
「ん゛ぇっ、こ、ここか」

 モヤモヤと考えていたせいで面食らってしまったが、どうやらここが目的地らしい。特に警戒もせず閉じた扉の中にキュウマは体半分を入れたが、自分がいかに人外な事をしているのかすぐに気付いたのか、こっちに戻って来て扉の横に有る少しだけ出っ張った四角い物を指さした。

『す、すまん、いつものクセで……。ツカサ、ここに触れてくれ』
「俺が?」
『ああ。そっちの赤いオッサンでもいいが、コレはお前かソイツじゃなけりゃ反応しないんだよ。さ、早く』
「う、うん……」

 言われるがままに触れると、四角いスイッチが光り、一瞬でドアが開いた。
 お、おお……SFちっく……。

『中は暗いから気を付けろ』

 そう言われて足を踏み入れると、やけに奥行きがある真っ暗な空間に出た。
 しかし真っ暗なのに奥行きが判ると言う事は、少し灯りが有るからだ。その証明のように、部屋の奥には無数の小さな画面が八つほど張り付いており、なにかの映像を絶えず映していた。あれがモニターかな?

『前時代丸出しのデカい機械ばっかりだから、あんまりそこかしこ触るなよ。そっちのオッサン二人、お前らが前に出てこい』

 俺達の中で一番機械操作に長けているブラックを呼ぼうと手で招いたキュウマに、当の本人であるブラックはと言うと。

「えー、なんでお前に指図されなきゃなんないの? 死んでよー」
「好かん」
『お、お前ら……』

 ブラックはいつも通りとしてクロウ、お前もか。
 じゃなくて人にすぐ死ねとか言うのやめなさいホントに!!

「ごめんキュウマ! ほんっとーにごめん!! あのほら、ブラック、お前じゃなければああ言うのは完全に理解出来ないだろ? それにクロウだって頭いいんだから、補助とか絶対できるし……俺を助けると思って! なっ、頼むよ!」

 キュウマにすぐさま謝り、ブラック達に手を合わせて「オネガイ」をして見る。 
 すると二人は不機嫌顔からすぐに上機嫌に変わり、ハイハイと動き出した。
 …………んっとにもーコイツら……。

『……お前、よくあんな不快極まるオッサンどもと付き合ってられるな……』
「今の所、俺には優しいんで……」

 まあ怒ると怖いし人に言えないような事されるんですけどね。
 でもその、恋人だし、大事な奴だし、もう受け入れちゃったし……。

「おい幽霊、どう動かすんだこれ」
『ああ待て待て今説明する……』

 もうモニターの前に到着していたブラックが、また居丈高に問いかけている。
 しかしキュウマも大人の対応で、すぐに近寄って説明を始めた。流石は色々な道具を生み出した先代黒曜の使者だな……しかし俺はおいてけぼりだ。
 はぁ、こんな事ならもうちょっと情報処理の授業真面目に受けとくんだった……。
 いやでも専門的な事なんて何ひとつ習ってないから、真面目にやっても仕方ないんですけどね! あはは! ……はぁ。

「なるほど……これで切り替え……」

 ちょっとだけ近付いてみると、ブラックがなにやら操作しつつ呟いている。
 クロウもモニターを見てブラックの操作を細かに調整しているみたいだった。
 うーむ、やっぱりクロウも頭いいんだよな……。獣人ってどうしても脳筋で戦闘狂なイメージが付いて回るが、脳みそは人間と同等なんだからそりゃ頭いいよな。
 ……だめだ、考えてたら落ち込むからやめよう。

「うーん……やる事無いから薬の確認でもしてようかな……」

 とにかく、黙って待ってるままでは色々考えてしまう。
 回復薬や薬はどれほど残っていただろうか、と後ろに回していたウェストバッグに手をやり中身を確認しようとしていると、不意に上から話し掛けられた。

『……おい、ツカサ』
「ん? なに、キュウマ」

 言いながら、上を向いた瞬間。

 ――――目の前の光景全てが、枝を踏み折るような音を立てて白く凍った。

「えっ…………え……!?」

 なにこれ、何が起こったんだ!?
 世界が白い。まるでフィルターでも掛けられてるみたいに白く明るくなっている。壁もはっきり見えるし、暗くて見えなかったデカい機械の全体像も解る。
 それになにより……モニターの前で作業しているブラックとクロウまで写真みたいに白い光に霞んだ色みたいになっていて……動きを、止めていた。

 これじゃまるで世界が止まったみたいじゃないか。なんだよこれ!

 訳が判らないまま今度こそキュウマを見上げると、相手は冷静な表情のままで俺を見下ろして、軽く息を吐いた。

『……心配するな。少し時間を止めただけだ。俺の中に残っている最後の余力でな。だから、あのオッサン達は心配ない』
「ほ……本当に……?」
『…………それより自分の心配をしろよ。お前だけ残されてるんだぞ』

 呆れたようにそう言われて、そう言えばそうかと思い返す。
 だけど、それよりブラックとクロウが心配だったんだから仕方ないじゃないか。
 それに……。

「キュウマが本当にダークマターなら……俺を酷い目に合わせるわけないだろ」

 そう。彼が俺を助けてくれた人だったとしたら……そんな事するはずない。
 ちゃんとそれが解っていたから、不思議と怖い気持ちは湧いてこなかった。
 そんな俺にキュウマは深々と溜息を吐くと、前髪を掻き上げながら片方の手を腰に当てた。ヤレヤレ系主人公みたいなポーズだ。クソッ、やっぱチートハーレムやってやがった奴はやる事が一々主人公みたいでムカつくな。

『ったく……お前は何処まで行ってもお人よしだな……。まあいい。お前の言う通り、俺は危害を加える気は無い。……というより、お前の事を助けたい。最初から、そのつもりだった』
「前に……妖精の国で初めてテレパシーが届いた時からそんなこと言ってたよな」
『ああ。俺みたいになる奴を二度と出さないために……その為だけに、俺は長い時をずっと耐えて待ち続けて……唯一心が通じたお前をここで待っていたんだ』
「俺を……待っていた……?」

 よく、言っている意味が解らない。
 無意識に眉根を寄せた俺に、キュウマは濃い琥珀色の目を細めた。

『……ツカサよく聞け。今から言う事は……お前の“本当の役割”についてだ。その話を伝えるために、俺はお前に対してずっとコンタクトしてたんだよ』

 俺の……本当の、役割……?
 でも、それって……。

「俺は、神殺しのためにこの世界に転移したんじゃないのか?」

 だって、お前が……昔のお前が、そう説明したじゃないか。俺に、明確な役割が有ったんだぞって教えてくれたじゃないか。俺がさっき説明しただろう。
 何故それを今更教えようとするんだ。
 全く意味が解らない、と言わんばかりの俺の答えに、キュウマは少し考えるような素振りを見せて軽く首を横に振った。

『その答えは……完全ではない』
「え……?」
『昔の俺は、その答えにまで到達して居なかった。なのに、愚かにも次代の【黒曜の使者】を導こうと、ナトラと同じように争う事など無く“一巡”させようと考えて……今の【空白の国】に、さまざまな物を残してしまった……』

 なんだか、様子がおかしい。
 キュウマは凄く辛そうな顔をしている。半透明でもはっきりと判るぐらいに、彼は何かを後悔しているように表情を歪めて拳を握りしめていた。
 どうしたんだろう。何をそんなに苦しんでいるんだ。

 訳が判らずただ見上げる事しか出来ない俺を、キュウマは辛そうに見て来た。

『やっと……やっと話す事が出来る……。この世界の恐ろしさを……そして……まだ何も解っていなかった頃の……俺のあやまちを……』
「キュウマ……?」

 どうしたんだろう。何が言いたいんだ。
 過ちってなんだよ。一体どういう事なんだ。
 解らなくてただ見上げるしかない俺に……キュウマは、泣きそうな笑い顔を浮かべながら――――俺に、告げた。



『この“最後の希望の地”にようこそ、今代の【黒曜の使者】……いや…………


 “次の【神】として”選ばれた……可哀想な、生贄よ……』















 
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