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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編
悪魔1
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※すみません、思った以上に長くなったので今回は二本立てです…
人を殺すのとモンスターを殺すのに、何の違いが有ると言うのだろうか。
自分と敵対しない相手を見逃すのは、全ての生物に於いて当然の事であり、人族同士だからという理由によって起こす行動ではない。
害のない物、弱い物、殺す価値もない物、未だ見ぬものをそのまま放っておくのは、生物として当然の事であり何もおかしなことではなかった。
生きている物それそのものが、己の自己都合で全てを判断しているのだ。
だからこそ、深い理由が有ろうが無かろうが、人殺しは人殺しでしかない。
人族が勝手に定めた罪が重くなろうが情状酌量されようが、命ある存在を殺したと言う事実は覆す事など出来ないのである。
極論、人はみな、何らかの生物を殺して生きるしかない存在なのだ。
それを同族に甘く裁量している時点で、人族のための法としか言えない。
人族の法は、人族にしか通用しない。獣人や魔族には鼻で笑われる法だ。むしろ、同族だからと遠慮する人族特有の妙な忌避感の方が嘲笑される。
それが、この世界だ。
律法を批判する気は無いが、崇高な志など持ちえないその日暮らしの冒険者や、常に命の危険を抱える土地に住んでいる者にとっては首を傾げる倫理観だった。
――――だが、そんな綺麗な倫理観を尊ぶ世界も有る。
手を血に染める事の少ない大都市の平民や、戦に出る事もせずに金の亡者となり果てた貴族、花園で暮らし孕み袋として贈られる箱入りの美しい令嬢子息達。綺麗な世界で生きる事を許された存在は、皆一様に生命を奪う事を忌避する。
己の家に出るネズミを殺せと喚くくせに、その血を見るのは嫌がるのだ。
(ほんと、クズって自覚のないクズはイヤだよねえ)
ブラックは、そういう恵まれている存在が嫌いだった。
……いや嫌いと言うほどでもないのかも知れない。ただ、血塗れで街に帰って来た時に化け物でも見るかのように避けられ喚かれるのが鬱陶しかった、というだけだ。
他人が血に塗れる事で安寧を享受しているのだと理解出来ない存在は、ブラックにとってただただ「頭が働かない可哀想な存在」でしかなかった。
だからこそ、いっそう人族と言う存在が愚かに思えたのだが……いざ、可愛く愛しい恋人がそのような倫理を持っているとなると、あの時とは違った気持ちが湧いた。
妙な話だが、ブラックにとってツカサの「同族を殺したくない」という気持ちは、何故だか途轍もなく幼児性を感じて可愛らしく映ったのだ。
けれどそれも、ツカサが「殺して糧を得る」こと自体を否定していないからこそ、そう感じたのかも知れない。そう。彼の中には、自分達と同じ素地があるのだ。
だからこそ、ブラックにとってはツカサの苦しみが可愛く思えたのだろう。
(いや……それより……最初に『人型』を殺した理由が、僕を守るためだったっていう理由が強いのかもなあ)
人を勢い余って殺してしまうほど、ツカサはブラックの事を思ってくれていた。
己の倫理観を捻じ曲げる程の激情を揺さぶり起こして、自分を救ってくれたのだ。
それを考えると、ブラックは天にも昇りそうなほどの快感を覚えた。
……ツカサは、己が持つ「異世界の常識」を吹き飛ばすほど、ブラックに対して愛情を抱いてくれている。最早彼にとって自分は失えない存在になっているのだ。
これが嬉しいと言わずして、何と言えばいいのだろうか。
今すぐ押し倒したい、愛情を欲望として表しツカサに「自分も同等の思いだ」と何度も伝えたい。自分の興奮と精を、余すところなく受け止めて欲しかった。
だから、肯定したのだ。
ツカサの苦しみを全て肯定した。ブラックがいる世界にやっと足を踏み入れてくれた愛しい唯一の伴侶を、更に自分から離れられなくするために。
(ふ、ふふ……ツカサ君たら、僕にだけは弱みを見せて泣いちゃうなんて……ホントに可愛くて可愛くて仕方ないよ……。僕のこと、そんなに好きなの? 誰よりも、信用してくれてるの? だから、今までやらなかった人殺しも、ふ……ふふっ……)
笑いが、堪えられなくなる。
なんとか喉を絞めて震えを抑え込んだが、それでもさっきまでのツカサを思い出すと、今すぐにでも彼の所に取って返して抱き潰してやりたかった。
(異世界ではどんな理由だろうが人殺しは重罪だって聞いて、ふーんって感じだったけど……そのおかげでツカサ君はもう二度と引き返せなくなったんだと思えば、その罪も捨てたもんじゃないのかもなあ。だって、こんなに苦しんで僕に縋って、僕の肯定一つで救われたみたいな顔して……ふっ……)
歓喜の衝動に耐え切れなくて、思わず笑いが口から零れる。
「ふははっ……」
こうなるともう今やっていた作業も手につかなくなって、ブラックはひとしきり笑った。
先程までのツカサ――――いや、ブラックにたっぷりと慰められて愛情に泥酔したツカサが、自分のペニスに従順に奉仕してくれたことを思い出して。
「はははははっ! ははっ、はっ……ふっ、ふははっ」
あれは本当に、興奮した。
優しく抱きしめて慰め、全てを受け入れる。ブラックにとっては、なんてことない行為だった。何故なら今まで自分はツカサを心の底から拒否した事などないからだ。
ツカサが自分の言葉で救われる。その事に興奮しない訳がない。
だからキスをし続けた。抱き締めつづけた。ツカサが落ち着くまで、甘い言葉で彼を包み、自分を最早拒否できなくなるほどに肯定し彼の心を愛撫し続けたのだ。
そんな状態で「ツカサ君のせいで興奮しちゃった」とペニスを見せたら……普通は、拒否したのかも知れない。だが、ツカサはそうではないのだ。
ブラックを恋人として選んだ彼には、ちゃんとブラックの望みが判っていた。
そして、自分が愛され肯定された事の意味を理解して、今回だけだと恥ずかしがり赤面しつつも、ブラックのいきり立ったペニスを嫌がらずに咥えたのだ。最終的には苦しがりながらもしっかりブラックの精液を飲んでくれた。
なんと素晴らしく、愚かで、可愛いのだろうか。こんなに愛しい存在はいない。
ブラックの与えた愛情に酔って、自分が普段とは全く違う淫らさでブラックの言う事をいつも以上に受け入れている事も自覚しないままに、傅いて奉仕した。
その「きれいなもの」を壊すかのような快楽を、彼だけが知らない。
自分がどれほど淫らで純粋で無知なのかを知らず、ただ愛しいブラックのために、与えられた愛情を疑いもせず応えようとしたのだ。
それを間近に見たブラックの興奮は、最早言うまでもないだろう。
……こんなに劣情と興奮を催す存在は、愛しいツカサ以外にはいなかった。
「あぁ~……こっ、興奮したなぁ……あの時のツカサ君の可愛い顔……っ! あはっあははぁっ、お、思い出したらまた勃起しそう……っ」
堪らず、目の前に広がる無数の小さなタイルのような鍵盤に手を押し当てる。
触れた鍵盤は緑の光を発したが、薄暗い部屋では微々たる光だった。
だが、人のいない、薄暗い部屋で良かった。
心底そう思いつつ、ブラックは垂れそうになる涎を舌なめずりして抑える。
(ほ、ほんと……っ、ツカサ君って最高だよ……っ)
彼の心は、驚くほど分かりやすい。そして、純粋で少年その物で瑞々しい。
ブラックからすれば、彼の抱く悪意や邪念は笑うくらいちゃちな物に過ぎなかった。それくらいに、ツカサは頭の中がお花畑な善人だったのだ。
だけど、そんな純粋すぎる彼の好意こそが、ブラックには嬉しかった。
青臭い正義感を持っていても、正反対の汚れた自分を受け入れてくれる。この存在の全てを許して、自分の自尊心すら砕き屈辱に赤面しながら股を開いてくれるのだ。
それも「ブラックを愛しているから」というただ一点だけで。
自分が様々な物に染まって抜け出せなくなっているのに、それにすら気付かない。
だが、それでもツカサの心は美しいままだ。ブラックへの純粋な愛も、彼の中では何一つ変わらず……それどころか、深くなっていた。
それこそが、ブラックの情動を心の底から煽るのだ。
こんなにも自分を愛し、楽しませ、愛されようとしてくれる存在など、この世界には――いや、どんな世界だろうと他に存在しないだろう。
ツカサが自分に溺れると同時に、ブラックもツカサに溺れて行く。
だがそれを感じるからこそ、ブラックの欲望は日に日に増していくばかりだった。
(あぁ……早く、一緒になろ、ツカサ君……。僕と一緒にオークや盗賊を殺して、一緒の“人殺し”になろ……? ツカサ君は怖がるけど、戦うのも楽しいよ。きっとツカサ君も楽しくなるよ。あは……血にまみれて笑うツカサ君も凄く可愛いだろうなぁ……)
ツカサがツカサであれば、性格の変異など問題ではない。
いや、ブラックは既に知っているのだ。
何にどう慣れようが、彼の心根が変わる事は一生ないのだと。
だからこそ、そんな彼に愛された自分が今は誇らしくてたまらなかった。
「…………っと、いけないいけない……早く仕事を終わらせなくっちゃね……。そうでないと、ツカサ君の所に戻れない」
言いながら気を取り直し、今度は真面目に作業を始める。
何をしているのかと言うと、あの亡者達が守っていた部屋に有る装置……かつて、プレイン共和国の巨岩遺跡で見た【機械】と同じ物を操作し、この遺跡の罠を解除しようとしているのだ。
とは言っても、別段難しい作業ではない。
巨岩遺跡で使われていた言語である【希求語】とは多少違うが、使われている文字の形と文節はとても似ているため、把握は容易だ。
単語の意味は解らない物もあるが、恐らく末端の機械なのか解りやすい説明が多いため、解読は容易だった。
時間をかけさえすれば、何がどこに有るのかはすぐに理解出来る。
本と同じだ。大分類から浚い小分類を掘り下げる事で、目的はすぐ見つかる。
ただ、この【機械】は非常に扱いにくく、そこが一番の難題だった。
「うーん……もうちょっと鍵盤を減らすとか同じ音節を挟んで講師不能になった時に【機械】側でなんとか制御するとか、色々やりようがあると思うんだけどなぁ」
検索に手間取ったが、それでも目的の場所はみつけた。
ツカサ曰く「プログラム」というらしいが、その命令文書は視覚化されており、簡単な説明と「はい」「いいえ」という単語が画面上に現れている。
この合否のどちらかを選択すると、簡単に内容の切り替えが出来るようにしてあるのだろう。とはいえ、部外者にそうと解るような物を設置をしているのは褒められた事ではないが……。
(ま、いいか。内容も罠が無いか確認したし、これで簡単に止まるなら別に僕が気にする事じゃないな)
事が素直に済むのであればそれに越した事はない。
ブラックは迷わず「はい」を選んだ。と、その途端今まで画面以外は薄暗いままだった壁一面が、途切れ途切れの縦の線や横の線を光で表し始める。
どうやら、でこぼこした壁だと思っていた物は全て【機械】の一部だったようだ。
何かウォンウォンと唸っていたようだったが、やがてすぐに音は止まり、画面上に「完了しました」と文字が現れた。どこまでいっても親切な【機械】だ。
しかしこれで遺跡の罠は全部解除された事になる。
「となると……次は、どこに諸悪の根源がいるのかだな」
すぐに今の画面を閉じ、別の画面を呼び出す。
そこにあるのはこの遺跡の地図だ。
「……構造は、今日見たまんまだけど……なんかしっくりこないんだよなぁ」
五階建ての珍しく高い建造物。
古代の遺跡はこんなものなど簡単に建造できたと言うし、そこは別段おかしい所も無いのだが……なんだかどうも、ざっと歩いた遺跡の広さが地図と異なる気がするのだ。どうも少し地図が狭すぎるのではないかと言う風に。
(隠し部屋か何かあるのかな。でも、鍵がかかってる『プログラム』は無かったし……これはいざって時の罠か何かなのかな……)
地図なんてものは、製作者の意図でいくらでも捻じ曲がる。
だからこそ正確な地図を記す者は神に等しく崇められ重宝されるのだ。
まあ、縮尺の狂った地図に有用性が無いと言うわけでもないのだが、やはり真実を真実として記す地図は価値が高くて当然だろう。
それをイヤと言うほど理解しているからこそ、ブラックはこの地図が信用に足る地図なのか測りかねていたのだが……そうして悩んでいる途中、背後に気配を感じた。
これはツカサの気配ではない。間抜けな兵士達の物でも無ければ、いやに気配を殺したあの駄熊とも違った。何度か感じた事のある嫌な気配だ。
となると、そんな相手など一人しかいない。
「…………何か用かな」
振り返ると、そこには陽の光に銀の髪を光らせたこれ見よがしな美形の男がいた。
言うまでもない、ツカサの友人だと言って憚らない厚顔無恥の小僧だ。
思わず冷たく言い放ったブラックに、相手は黙って近付いてきた。
その不気味な行動に振り返ると、青年らしい肩も整った背丈の相手はブラックと数十歩ほど距離を取った場所で止まった。
さて、何を言うのか。
冷めた心地で言葉を待っていたブラックに、相手は不機嫌な低い声を放って来た。
「お前は……最低な男だ……」
「……ハァ。勇んで何を言いに来たかと思ったら、それだけ? だったらさっさと兵士達の所にでも帰ってろよ。僕は忙しいんだ」
この小僧と自分は敵対している。それをお互いに解っているのだから、今更そんな事を言われても「そうですか」としか言いようがない。
邪魔をしに来たのなら帰れと手で追い払う仕草を見せると、相手は何が気に食わなかったのか、一気に熱量を上げて怒鳴って来た。
「お前のやっている事はただの精神支配だ!! あんな……っ、あんな風に、ツカサを言いくるめて、弄んで……その、挙句の果てに……ッ」
声が怒りで震えている。
何をそんなに怒っているのかと再び振り返って目を細めると、白い肌を紅潮させ、獣のように牙を剥き出しにして歯噛みしている相手が居た。
さすがに顔が整っているだけあって、憎しみと嫉妬に歪んだ表情でも見られる物になっているが、綺麗なだけの顔は面白くもなんともない。冷めた目で見続けるブラックに、視線の端で握られた拳が更に硬く丸まった。
「挙句の果てに、なに?」
「唆した、挙句に……ツカサにあんな事をさせて……!!」
あんなこと。
ああ、そうか。そう言う事か。さてはこの小僧、ツカサがブラックに奉仕していたのを目撃していたらしい。取るに足らない気配だったので忘れていたが、そういえばあの部屋にツカサを連れ込んだ時から壁越しに誰かが居たような気がする。
どうでも良い事なのですっかり忘れてしまっていた。
だが、そんな明け透けな態度を見せたブラックに相手は更に激昂したらしく、遂にはオークのような形相で胸元を掴みあげて来た。
一体、あの行為の何がそんなに気に入らないと言うのだろうか。
→
人を殺すのとモンスターを殺すのに、何の違いが有ると言うのだろうか。
自分と敵対しない相手を見逃すのは、全ての生物に於いて当然の事であり、人族同士だからという理由によって起こす行動ではない。
害のない物、弱い物、殺す価値もない物、未だ見ぬものをそのまま放っておくのは、生物として当然の事であり何もおかしなことではなかった。
生きている物それそのものが、己の自己都合で全てを判断しているのだ。
だからこそ、深い理由が有ろうが無かろうが、人殺しは人殺しでしかない。
人族が勝手に定めた罪が重くなろうが情状酌量されようが、命ある存在を殺したと言う事実は覆す事など出来ないのである。
極論、人はみな、何らかの生物を殺して生きるしかない存在なのだ。
それを同族に甘く裁量している時点で、人族のための法としか言えない。
人族の法は、人族にしか通用しない。獣人や魔族には鼻で笑われる法だ。むしろ、同族だからと遠慮する人族特有の妙な忌避感の方が嘲笑される。
それが、この世界だ。
律法を批判する気は無いが、崇高な志など持ちえないその日暮らしの冒険者や、常に命の危険を抱える土地に住んでいる者にとっては首を傾げる倫理観だった。
――――だが、そんな綺麗な倫理観を尊ぶ世界も有る。
手を血に染める事の少ない大都市の平民や、戦に出る事もせずに金の亡者となり果てた貴族、花園で暮らし孕み袋として贈られる箱入りの美しい令嬢子息達。綺麗な世界で生きる事を許された存在は、皆一様に生命を奪う事を忌避する。
己の家に出るネズミを殺せと喚くくせに、その血を見るのは嫌がるのだ。
(ほんと、クズって自覚のないクズはイヤだよねえ)
ブラックは、そういう恵まれている存在が嫌いだった。
……いや嫌いと言うほどでもないのかも知れない。ただ、血塗れで街に帰って来た時に化け物でも見るかのように避けられ喚かれるのが鬱陶しかった、というだけだ。
他人が血に塗れる事で安寧を享受しているのだと理解出来ない存在は、ブラックにとってただただ「頭が働かない可哀想な存在」でしかなかった。
だからこそ、いっそう人族と言う存在が愚かに思えたのだが……いざ、可愛く愛しい恋人がそのような倫理を持っているとなると、あの時とは違った気持ちが湧いた。
妙な話だが、ブラックにとってツカサの「同族を殺したくない」という気持ちは、何故だか途轍もなく幼児性を感じて可愛らしく映ったのだ。
けれどそれも、ツカサが「殺して糧を得る」こと自体を否定していないからこそ、そう感じたのかも知れない。そう。彼の中には、自分達と同じ素地があるのだ。
だからこそ、ブラックにとってはツカサの苦しみが可愛く思えたのだろう。
(いや……それより……最初に『人型』を殺した理由が、僕を守るためだったっていう理由が強いのかもなあ)
人を勢い余って殺してしまうほど、ツカサはブラックの事を思ってくれていた。
己の倫理観を捻じ曲げる程の激情を揺さぶり起こして、自分を救ってくれたのだ。
それを考えると、ブラックは天にも昇りそうなほどの快感を覚えた。
……ツカサは、己が持つ「異世界の常識」を吹き飛ばすほど、ブラックに対して愛情を抱いてくれている。最早彼にとって自分は失えない存在になっているのだ。
これが嬉しいと言わずして、何と言えばいいのだろうか。
今すぐ押し倒したい、愛情を欲望として表しツカサに「自分も同等の思いだ」と何度も伝えたい。自分の興奮と精を、余すところなく受け止めて欲しかった。
だから、肯定したのだ。
ツカサの苦しみを全て肯定した。ブラックがいる世界にやっと足を踏み入れてくれた愛しい唯一の伴侶を、更に自分から離れられなくするために。
(ふ、ふふ……ツカサ君たら、僕にだけは弱みを見せて泣いちゃうなんて……ホントに可愛くて可愛くて仕方ないよ……。僕のこと、そんなに好きなの? 誰よりも、信用してくれてるの? だから、今までやらなかった人殺しも、ふ……ふふっ……)
笑いが、堪えられなくなる。
なんとか喉を絞めて震えを抑え込んだが、それでもさっきまでのツカサを思い出すと、今すぐにでも彼の所に取って返して抱き潰してやりたかった。
(異世界ではどんな理由だろうが人殺しは重罪だって聞いて、ふーんって感じだったけど……そのおかげでツカサ君はもう二度と引き返せなくなったんだと思えば、その罪も捨てたもんじゃないのかもなあ。だって、こんなに苦しんで僕に縋って、僕の肯定一つで救われたみたいな顔して……ふっ……)
歓喜の衝動に耐え切れなくて、思わず笑いが口から零れる。
「ふははっ……」
こうなるともう今やっていた作業も手につかなくなって、ブラックはひとしきり笑った。
先程までのツカサ――――いや、ブラックにたっぷりと慰められて愛情に泥酔したツカサが、自分のペニスに従順に奉仕してくれたことを思い出して。
「はははははっ! ははっ、はっ……ふっ、ふははっ」
あれは本当に、興奮した。
優しく抱きしめて慰め、全てを受け入れる。ブラックにとっては、なんてことない行為だった。何故なら今まで自分はツカサを心の底から拒否した事などないからだ。
ツカサが自分の言葉で救われる。その事に興奮しない訳がない。
だからキスをし続けた。抱き締めつづけた。ツカサが落ち着くまで、甘い言葉で彼を包み、自分を最早拒否できなくなるほどに肯定し彼の心を愛撫し続けたのだ。
そんな状態で「ツカサ君のせいで興奮しちゃった」とペニスを見せたら……普通は、拒否したのかも知れない。だが、ツカサはそうではないのだ。
ブラックを恋人として選んだ彼には、ちゃんとブラックの望みが判っていた。
そして、自分が愛され肯定された事の意味を理解して、今回だけだと恥ずかしがり赤面しつつも、ブラックのいきり立ったペニスを嫌がらずに咥えたのだ。最終的には苦しがりながらもしっかりブラックの精液を飲んでくれた。
なんと素晴らしく、愚かで、可愛いのだろうか。こんなに愛しい存在はいない。
ブラックの与えた愛情に酔って、自分が普段とは全く違う淫らさでブラックの言う事をいつも以上に受け入れている事も自覚しないままに、傅いて奉仕した。
その「きれいなもの」を壊すかのような快楽を、彼だけが知らない。
自分がどれほど淫らで純粋で無知なのかを知らず、ただ愛しいブラックのために、与えられた愛情を疑いもせず応えようとしたのだ。
それを間近に見たブラックの興奮は、最早言うまでもないだろう。
……こんなに劣情と興奮を催す存在は、愛しいツカサ以外にはいなかった。
「あぁ~……こっ、興奮したなぁ……あの時のツカサ君の可愛い顔……っ! あはっあははぁっ、お、思い出したらまた勃起しそう……っ」
堪らず、目の前に広がる無数の小さなタイルのような鍵盤に手を押し当てる。
触れた鍵盤は緑の光を発したが、薄暗い部屋では微々たる光だった。
だが、人のいない、薄暗い部屋で良かった。
心底そう思いつつ、ブラックは垂れそうになる涎を舌なめずりして抑える。
(ほ、ほんと……っ、ツカサ君って最高だよ……っ)
彼の心は、驚くほど分かりやすい。そして、純粋で少年その物で瑞々しい。
ブラックからすれば、彼の抱く悪意や邪念は笑うくらいちゃちな物に過ぎなかった。それくらいに、ツカサは頭の中がお花畑な善人だったのだ。
だけど、そんな純粋すぎる彼の好意こそが、ブラックには嬉しかった。
青臭い正義感を持っていても、正反対の汚れた自分を受け入れてくれる。この存在の全てを許して、自分の自尊心すら砕き屈辱に赤面しながら股を開いてくれるのだ。
それも「ブラックを愛しているから」というただ一点だけで。
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それこそが、ブラックの情動を心の底から煽るのだ。
こんなにも自分を愛し、楽しませ、愛されようとしてくれる存在など、この世界には――いや、どんな世界だろうと他に存在しないだろう。
ツカサが自分に溺れると同時に、ブラックもツカサに溺れて行く。
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(あぁ……早く、一緒になろ、ツカサ君……。僕と一緒にオークや盗賊を殺して、一緒の“人殺し”になろ……? ツカサ君は怖がるけど、戦うのも楽しいよ。きっとツカサ君も楽しくなるよ。あは……血にまみれて笑うツカサ君も凄く可愛いだろうなぁ……)
ツカサがツカサであれば、性格の変異など問題ではない。
いや、ブラックは既に知っているのだ。
何にどう慣れようが、彼の心根が変わる事は一生ないのだと。
だからこそ、そんな彼に愛された自分が今は誇らしくてたまらなかった。
「…………っと、いけないいけない……早く仕事を終わらせなくっちゃね……。そうでないと、ツカサ君の所に戻れない」
言いながら気を取り直し、今度は真面目に作業を始める。
何をしているのかと言うと、あの亡者達が守っていた部屋に有る装置……かつて、プレイン共和国の巨岩遺跡で見た【機械】と同じ物を操作し、この遺跡の罠を解除しようとしているのだ。
とは言っても、別段難しい作業ではない。
巨岩遺跡で使われていた言語である【希求語】とは多少違うが、使われている文字の形と文節はとても似ているため、把握は容易だ。
単語の意味は解らない物もあるが、恐らく末端の機械なのか解りやすい説明が多いため、解読は容易だった。
時間をかけさえすれば、何がどこに有るのかはすぐに理解出来る。
本と同じだ。大分類から浚い小分類を掘り下げる事で、目的はすぐ見つかる。
ただ、この【機械】は非常に扱いにくく、そこが一番の難題だった。
「うーん……もうちょっと鍵盤を減らすとか同じ音節を挟んで講師不能になった時に【機械】側でなんとか制御するとか、色々やりようがあると思うんだけどなぁ」
検索に手間取ったが、それでも目的の場所はみつけた。
ツカサ曰く「プログラム」というらしいが、その命令文書は視覚化されており、簡単な説明と「はい」「いいえ」という単語が画面上に現れている。
この合否のどちらかを選択すると、簡単に内容の切り替えが出来るようにしてあるのだろう。とはいえ、部外者にそうと解るような物を設置をしているのは褒められた事ではないが……。
(ま、いいか。内容も罠が無いか確認したし、これで簡単に止まるなら別に僕が気にする事じゃないな)
事が素直に済むのであればそれに越した事はない。
ブラックは迷わず「はい」を選んだ。と、その途端今まで画面以外は薄暗いままだった壁一面が、途切れ途切れの縦の線や横の線を光で表し始める。
どうやら、でこぼこした壁だと思っていた物は全て【機械】の一部だったようだ。
何かウォンウォンと唸っていたようだったが、やがてすぐに音は止まり、画面上に「完了しました」と文字が現れた。どこまでいっても親切な【機械】だ。
しかしこれで遺跡の罠は全部解除された事になる。
「となると……次は、どこに諸悪の根源がいるのかだな」
すぐに今の画面を閉じ、別の画面を呼び出す。
そこにあるのはこの遺跡の地図だ。
「……構造は、今日見たまんまだけど……なんかしっくりこないんだよなぁ」
五階建ての珍しく高い建造物。
古代の遺跡はこんなものなど簡単に建造できたと言うし、そこは別段おかしい所も無いのだが……なんだかどうも、ざっと歩いた遺跡の広さが地図と異なる気がするのだ。どうも少し地図が狭すぎるのではないかと言う風に。
(隠し部屋か何かあるのかな。でも、鍵がかかってる『プログラム』は無かったし……これはいざって時の罠か何かなのかな……)
地図なんてものは、製作者の意図でいくらでも捻じ曲がる。
だからこそ正確な地図を記す者は神に等しく崇められ重宝されるのだ。
まあ、縮尺の狂った地図に有用性が無いと言うわけでもないのだが、やはり真実を真実として記す地図は価値が高くて当然だろう。
それをイヤと言うほど理解しているからこそ、ブラックはこの地図が信用に足る地図なのか測りかねていたのだが……そうして悩んでいる途中、背後に気配を感じた。
これはツカサの気配ではない。間抜けな兵士達の物でも無ければ、いやに気配を殺したあの駄熊とも違った。何度か感じた事のある嫌な気配だ。
となると、そんな相手など一人しかいない。
「…………何か用かな」
振り返ると、そこには陽の光に銀の髪を光らせたこれ見よがしな美形の男がいた。
言うまでもない、ツカサの友人だと言って憚らない厚顔無恥の小僧だ。
思わず冷たく言い放ったブラックに、相手は黙って近付いてきた。
その不気味な行動に振り返ると、青年らしい肩も整った背丈の相手はブラックと数十歩ほど距離を取った場所で止まった。
さて、何を言うのか。
冷めた心地で言葉を待っていたブラックに、相手は不機嫌な低い声を放って来た。
「お前は……最低な男だ……」
「……ハァ。勇んで何を言いに来たかと思ったら、それだけ? だったらさっさと兵士達の所にでも帰ってろよ。僕は忙しいんだ」
この小僧と自分は敵対している。それをお互いに解っているのだから、今更そんな事を言われても「そうですか」としか言いようがない。
邪魔をしに来たのなら帰れと手で追い払う仕草を見せると、相手は何が気に食わなかったのか、一気に熱量を上げて怒鳴って来た。
「お前のやっている事はただの精神支配だ!! あんな……っ、あんな風に、ツカサを言いくるめて、弄んで……その、挙句の果てに……ッ」
声が怒りで震えている。
何をそんなに怒っているのかと再び振り返って目を細めると、白い肌を紅潮させ、獣のように牙を剥き出しにして歯噛みしている相手が居た。
さすがに顔が整っているだけあって、憎しみと嫉妬に歪んだ表情でも見られる物になっているが、綺麗なだけの顔は面白くもなんともない。冷めた目で見続けるブラックに、視線の端で握られた拳が更に硬く丸まった。
「挙句の果てに、なに?」
「唆した、挙句に……ツカサにあんな事をさせて……!!」
あんなこと。
ああ、そうか。そう言う事か。さてはこの小僧、ツカサがブラックに奉仕していたのを目撃していたらしい。取るに足らない気配だったので忘れていたが、そういえばあの部屋にツカサを連れ込んだ時から壁越しに誰かが居たような気がする。
どうでも良い事なのですっかり忘れてしまっていた。
だが、そんな明け透けな態度を見せたブラックに相手は更に激昂したらしく、遂にはオークのような形相で胸元を掴みあげて来た。
一体、あの行為の何がそんなに気に入らないと言うのだろうか。
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