異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編

15.なにをもって悪意とすべきか

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   ◆



 名も知らぬ誰かの声が自分を招き、進む内にその声が強くハッキリと聞こえてくるようになる。それを体感している時の気持ちは、どう表せばいいのだろう。

 …………うん、いや、正直言って凄く妙な感じだ。

 だって、今までは現実と切り離されたような意識の中でってパターンが多かったのに、今は紛れもない現実で俺もまったく眠っていないんだぜ。

 視界には知っている人しかいないし、歩く周囲にも何の気配も無いのだが……それでも、声はずっと聞こえているのだ。俺の耳に直接“形容しがたい声”が入って来て、俺達を導いている。これを妙と言わなくてなんと言うんだ。

 しかも、俺達は本当に聞こえているのかどうかも解らない声に従って、ずんずんと進んでってるんだぞ。しかもその「声」の助言が百発百中なワケで、こうなるともう、色々と怪しい感じになって来るじゃないか。

 声は本当に聞こえてるのかとか、ただの俺の幻聴じゃないのかとか。もしホントに聞こえていたとして、それがダークマターなら……安心はできるけど、ソレを艦長達にどう説明するのかって問題も有るし……仮にそうで無かったとしたら、声の正体が分からなくて怖いことになるわけで……。

 最悪の場合、この声がクロッコの用意した物って可能性もあるんだ。
 もしそのが「最悪な予想」が真実だとしたら……もう、目も当てられない。

 だけど、今の俺達はその声に従って進むしかなかった。
 そうしなければ、この【神域】はまともに歩けなかったから。

「ツカサ君、階段は素直に上がっていいの?」

 戦闘で抜身の剣を曝しているブラックに、俺は少し待って頷く。

「……うん。それで良いって。でも、三階の階段は廊下の奥の方にある階段で上がらないと、また二階に戻されるから注意しろって言ってる」

 「言葉」が頭の中に入り込んでくるのを、そのまま伝える。
 声、とは言うけど、実際はちゃんとした音として聞こえて来るんじゃなく、言葉が音になって耳に響いて来る……みたいな感覚に近い。
 ダークマターと話していた時とは全く異なる感覚だ。ホントに幻聴か妄想みたいで、話して聞かせるのすら妙に恥ずかしい。

 だからこそ、この現実感のなさと「頭がおかしくなったんじゃないのか」という不安が、今の状況をより一層「罠ではないか」と考えてしまうのだが……何故か、ブラック達とジェラード艦長一行は俺の言葉を一ミリも疑わない。マグナですら、俺の言葉を真剣に聞いて一言も反論はしなかった。

 そりゃ、まあ……一度目は入口の幻術を破ったし、二度目も「大広間の特定の道を進むと知らずに入口に戻される」という特殊な罠を看破したけど。
 でも、それだけで信じるってのはちょっとカンタン過ぎやしませんか……。

 ……頼む、頼むから反論してくれ、矛盾点を見つけてくれよ。
 これが罠だったら怖いじゃんか、俺の責任になるじゃんかあああ!

 …………そうは言っても、誰も否定しないし「声」の指示を優先するもんだから、俺は応えるしか無くて。結局、入口からずっとナビゲーターを務めていた俺の言葉に、誰も反論してくれなかった。
 ああ……どうか罠じゃありませんように……。

「じゃあ、行くよ」

 祈る俺を余所に、ブラックが階段に足をかける。
 目の前に在る黒く艶めいた階段は、遺跡の壁と同じ材質なのかいやに綺麗だ。
 積み上げられたヒビ一つない石材は、壁のそこかしこに開いたガラスのない窓から差し込む陽光に、キラキラと輝いていた。

 そういえば、この壁って黒一色って訳じゃないんだよな。
 半透明なのかよく解らないけど。日が当たると奥の方までラメが入ってるみたいに、小さな光がキラキラ輝いてるって言うか……なんか宇宙を感じるというか。

 材質は何なんだろう。黒色って言うと、俺達を散々奔走させた【黒籠石】を思い出すけど……ま、まさかな。ハハ、黒籠石だったら俺達ひとたまりもないしな!
 変なこと考えてないでさっさと登ってしまおう。

 慎重に階段を進み、やっとの事で俺達は三階に到達した。
 しかし……綺麗な遺跡とは言え、やっぱり経年劣化の影響は有るみたいだ。窓が多い廊下や部屋などは、青く美しい床にヒビが入ったり小石が転がったりしている。壁は相変わらず黒々としているけど、さすがに汚れや蔦には対応しきれないのか、外から這い登って来た植物に貼りつかれたり、砂ぼこりに張り付かれていた。

 ……この遺跡は綺麗に保たれているとばかり思ってたけど……他の遺跡よりも、妙に現実感のある汚れ方をしているな。まるで、俺の世界の廃虚みたいだ。
 でも、本来ならどの遺跡もこうやって徐々に朽ちて行くのが本当なんだよな。

 不思議な術があるから綺麗に保たれているわけで、それがなければこの世界でもちゃんと物は土に還って行くんだ。
 そう思うと、俺はこの遺跡の汚れ具合に少しだけ心が落ち着いたような気がした。

「しかし……最上階までのぼって大丈夫かね。今の所、異形も親玉らしきモンも出て来ないが……元凶がいるとしたら、ここしかねえんだがな……」

 ジェラード艦長の呆れたような緊張したような言葉に、全員が黙り込む。
 みんな、この状況の異様さは感じ取っているんだろう。恐らく、俺が誘導しているのも心の中では「もしかして罠では……」なんて考えているはずだ。
 けれど、それを証明しきれないし、現にいま俺達は声のお蔭で助かっている。
 だから誰も俺に対して「本当に声を信じて大丈夫か」なんて言えないんだ。

 気持ちはよく解る。俺だって信じきれないんだから。
 ……だけど、そう思うと声が頭の中に響いて来る。

『信じられないのは解るが、今は最上階まで進んで貰うしかない。そうして貰わねば、ゆっくり話す事すらも出来ないのだから』

「…………」

 話す。ゆっくり話す?
 俺に今こうやって声を発しているのに、更に話すって言うのか。
 それってどういう事なんだろう。でも、罠だったとしたら「罠じゃない、信じろ!」とか相手も言って来るかもしれないし、言葉を濁すんだから多少は……いやいや、その逡巡してる感じすら罠って事も有るしなぁ……ううん……。

『……相変わらず、そういう事だけは一人前に考えるな……。まあ、いい。最上階は五階だ。四階は二階に上がった階段の方を使ってのぼればいい。五階まで行って、中央の部屋でこのセキュリティを解除しさえすれば、お前達も自由に歩ける……』

 と、頭の中で遠慮なしに声が聞こえて……不自然に途切れた。

「……?」

 どうしたんだろう。
 なんだか不自然に通信が途切れたような感じがしたけど……おい、大丈夫か。
 おい。おーい、声の主、天の声、大丈夫か。聞こえてますかー?

「…………聞こえない……」
「どうしたツカサ、何か感じたのか」

 俺の隣に居たマグナが、間髪入れずに問いかけて来る。
 一番近い場所に居るからか、マグナはさっきから俺の様子に敏感だ。けれど、自分からは言い出しにくかったので、助かったと思って俺は相手に今の事を話した。

「それが……途中で声が不自然に途切れたみたいになって……」
「声が途切れた? もう聞けないの?」

 四階への階段を上る途中で振り返ったブラックに、俺は頭を振る。

「いや、最上階への行き方は教えてくれたんだけど……でも、言い終わった後に何か起こったみたいに、急に途切れちゃって……呼びかけても応答が無いんだ」
「五階に何かあるの」
「なんか、この遺跡の罠を解除する装置が有るみたい。……俺達の目的の物なのかは解らないけど……でも、まずは自由に動けるようにしたほうが良いと思う。声の主が急に喋らなくなったのも、何だか不安だし……」

 そう言うと、ブラックは数秒考えてから小さく頷いた。
 真剣な表情だ。……こんな時のブラックは、いつもと違って少しもふざけなかった。

「解った。とにかく罠を解除しよう。それで何が起こるかは解らないけど……何も無く調査終了ってコトにはならないはずだよ」
「そうだな。何も起こらないよりは、起こった方が良い。とっかかりが見つかる」

 ブラックとクロウは、むしろ罠が存在する方が良いと言っているみたいだ。
 だけど、実際はそういう物なのかも知れない。
 何も見つけられないと言う事は、成果が得られなかったと言う事だ。けれども、罠を発見したうえで逃げ帰れば、それはそれで成果なんだ。

 相手の思惑に乗ってまんまと無傷で帰るより、罠をかいくぐって逃げた方が情報も得られるし、罠が存在する事でその場所に「何らかの意思」が存在すると証明した事になる。それこそが、俺達……いや、冒険者にとっては大事な情報なのだろう。
 だから、二人は罠の発動を良しとしているのかも知れない。

 ……ただ単に「罠にかかるワケが無い」なんて思ってるだけかも知れないが。
 まあ、ブラックは百戦錬磨の凄腕な冒険者だし、クロウも凄い力を持つ一騎当千の武人だ。そういう自信があってもおかしくないけどさぁ。でも何か凄くムカッとするのは何でだ。嫉妬か。嫉妬してるのか俺はちくしょうめ。

 はあ、俺もいつかはドヤ顔で「罠が有った方がいい」なんて言える強さを見に付けたいなあ……などと思いながら、俺達は四階をスルーして五階へと登った。
 遂に最上階ではあるが、全く感慨は無い。
 違った事と言えば、階段の少し先に外へと出る……というか、恐らくバルコニーに通じる大きな出窓と、その対面の壁に大きな両開きの扉が見えた事だろうか。

 今まではぽっかりと口を開けたドアのない部屋ばかりで、なにも無い吹きっ晒しの殺風景な空間ばかりだったのだが、どうやらあの場所は違うらしい。
 明らかに「何かがありそう」だ。

「…………さて、何が出て来るだろうね」
「ここまで安全だった分、とんでもない物が出てきそうだな」

 俺が見ている背中越しのブラックの横顔が、ニヤリと笑う。
 クロウも、表情は見えないが拳を掌にぱしんぱしんと打ちつけて、既に臨戦態勢に入っているようだった。
 もしかして二人は、もう異変を感じ取っているんだろうか。

 思わず気を引き締めた俺に、ブラックは先程とは違うだらしない笑みを浮かべて、ニコニコと俺に話しかけて来た。

「ツカサ君は、ちょっと離れた場所に居てね。何が起こっても良いように」
「ウム。……お前達も下がっていろ。万が一背後から敵が来た時に備えてな」

 そう言って、俺と兵士達に指図をする。
 これはもう明らかにおかしい。普段のブラックなら、ここまで用意周到にして俺達を下がらせる事なんてしないはずだ。

 だってブラックは、戦闘中でも俺をそばに置いていた。俺は足手まといだけど、でもブラックに気を与える事が出来るから、それも加味して置いてくれていたんだ。それは、ブラックが「自分は強い」と思っている表れでもあったはずだ。

 だけど今は、戦う前から俺に退避を命じている。
 下がらせるとしても、いつもはこんな風に念入りに言い聞かせないのに。

「……何か、気配を感じるのか……?」

 問いかけると、ブラックは少し「マズい」という感じの顔をして頬を掻く。
 だが、隠すのも面倒だと思ったのか、溜息を吐いて腰に手を当てた。

「ちょっとね……妙な気配がするんだよ」
「足音がいくつか聞こえる」
「……だけど、普通の足音じゃない」
「…………?」

 交互に言うブラックとクロウ。だけど、それだけではよく解らない。
 一体何を感じているんだと首を傾げる俺達に、ブラックは……やけに真剣な表情を浮かべて、眉根を寄せた。

「そこの腑抜け兵士どもは、見ない方が良いかもね」

 そう言うと、クロウも軽く鼻を動かして頷いた。

「戦う意志を失うようなら、最初から居ない方がマシだ」
「そういう事。……だから、ツカサ君は少し離れてて。いいね?」
「う……うん……」

 何だろう。言っている意味は解らないが、何だか嫌な予感がする。
 ブラックの言葉を本当は理解しているけど、解りたくない。そんな気分だ。
 脳が理解を拒否しているんだろうか。だけど、それでも進まない訳には行かない。俺はブラック達の助けになるために、離れる訳には行かないんだ。

 気を引き締めると、俺はジェラード艦長と兵士達を振り返った。

「みなさんは、ドアの左右に分かれて下さい。決してブラック達と一緒に飛び出す事が無いようにしてくださいね」
「あ、ああ……」

 俺の言葉に艦長が頷くのを見取って、ブラックとクロウは再び歩き出した。
 それに、俺も続く。

 扉が近付いて来て、右方向からは日差しが強く差してきた。ああ、やっぱりこっちは広いバルコニーになってるんだ。やっぱり朽ちかけているけど、周囲の密林を眼下に置いて、遥か先に青い海を臨むこの光景は、とても美しい。
 だけど今はその絶景を喜んでいる暇すらない。

 俺はブラックとクロウの背後に。そして兵士達とジェラード艦長は、それぞれ静かに分かれて、ドアの左右に張り付いた。

「……飛び出すなよ」

 ブラックがそう言って、剣を一度軽く振るう。
 刀身の中央に嵌め込まれた赤い宝石が日差しに煌めき、俺は一瞬その美しさに目を奪われて息を呑んだ。けれど、もう止まらない。

 剣は再び大きく振り上がり、しっかりと閉じた重そうな石の扉に向かい――――
 大きく、振り下ろされた。

 瞬間。

「――――!!」

 まるで金属を無理矢理に引き裂いたかのような凄まじい音が響き、その恐ろしい音に思わず耳を塞いでしまう。
 だが、そんな俺達の事など構わず壁ごと斜め切りにされた扉は……部屋の奥へと崩れ落ちるように倒れて行った。

 ついに、扉が開いた。

 誰もがそう思ったと、同時。

「ッ……!?」

 強力な臭気に、思わず誰もが息を止める。
 だがそれを物ともせずにブラック達は部屋の中に入った。
 遅れる訳には行かない。俺は手で口と鼻を覆いながらも、何故か強烈な嫌悪感を感じる周期が満ちる部屋に突入した。

「っ、く……っ」
「なんだ、この臭いは……!」

 俺と一緒について来たマグナが、苦しそうに呻く。
 本当に、酷い臭いだ。鼻を覆っていても、防ぎようがない。許容できるような甘さが含まれている気がするのに、何故か吸った瞬間に吐き気が込み上げてくる。
 独特で、他に表しようがない。知っているような気がするのに、確実な形容が出来ない。そんな酷い悪臭だった。

 そんな臭いが充満した、薄暗い部屋。
 かなり広いように見受けられるが、部屋の奥のぽつぽつと灯る白や緑色といった様々な光以外は部屋を照らすものが無い。とても暗い部屋だ。

 だが、それは――急に部屋を照らした緑の光によって打ち破られた。

「うわっ!」

 唐突に明るくなった部屋に思わず目がチカチカと揺らぐが、堪えて必死にブラック達を追う。ぼやけた視界の中で、ブラックとクロウは既に立ち止まり、何かに対して刃と拳を構えているようだった。

 何と、交戦しようとしているのだろう。
 そう思って、二人の向こう側に目をやり……俺は、息を呑んだ。

「っ、ぐ……」

 途端、あの悪臭が喉に入って来て思わず息が止まる。
 だが今は、それ以上に「その悪臭の正体」に対して声が出なかった。
 ……だって。
 だって、ブラック達の目の前にいる、相手は。

「…………ハハッ、悪趣味ったらないね……」
「同感だ」

 おどけるような声が放られた、その先。
 そこには――――



 変色し体のあらゆるところが腐食した、かつて「兵士だったもの」が……
 ゆらゆらと揺れて、こちらへ向かって来ようとしていた。














※遅れました…申し訳ないです_| ̄|○
 修正もかなり滞ってますが、近日やるので許してください…!

 
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