異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編

14.呼び声

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「……行くぞ」

 先程とは打って変わって、ブラックとクロウが先頭に立って、一歩足を踏み出す。

 ジェラード艦長が「入ろう」と言ったのに、ブラック達が先に入る……というのは、何だかおかしな感じだが、これは事前に決められていた事なので仕方がない。
 だって、いま無傷で罠を避けられる人間がいるとしたら、それはもう当然、ブラックとクロウしかいないからな。うん。

 俺や他の人達なら無理なことでも、ブラックとクロウならその高い身体能力で回避できる可能性が高いし、なんなら察知能力だってズバ抜けている。俺達が無駄死にするよりも、ずっと生存確率が高いはずだ。
 ……てなワケで、ジェラード艦長達に頼みこまれてブラックとクロウが切り込み隊長を任されたんだけど……俺としてはちょっと心配でもある。

 だって、いくら強いからって言っても、ブラックもクロウも不死身な訳でもないし、正確無比な動きをし続ける事が出来る訳でもないんだ。
 もしかしたら、うっかり罠に絡め取られて……なんて事もありえなくはない。

 それに……ブラックは、過去二度ほど体の一部を失ってるし……いや、だったら俺が気を付けてやれば良いんだよな。もしブラックとクロウがピンチになっても、俺が二人を助ける準備を事前に完了しておけば完璧だ。

 ブラックはあのバンダナを……も、持っててくれてるだろうけど、傷なんてそこかしこに出来る物なんだから、俺も気を引き締めなきゃな……。
 一応、回復薬はランティナで数十本作って来たけど、いつ尽きるかもわからない。
 いざとなったら黒曜の使者の力を使うけど、それまでは使い所を謝らないように気を付けて進まなくっちゃな……。

 そんな事を考えながら、ブラックとクロウを見つめる。二人は今まさに、黒光りする遺跡の入口に足を踏み入れる所だった。
 思わず、バッグの中の回復薬を探り腰を低くする。いつでも飛び出せるように準備していたが……しかし、二人はあっけなく中に入ってしまった。

 ややあって「安全だ」と合図が有り俺達も【神域】に足を踏み入れる。
 すると――――薄暗かったはずの内部が急に「ブォン」と変な音を立てて、明るくなった。眩しい。蛍光灯みたいな人工的な明るさだ。
 内部は外の奇抜な感じとは違って、色味のない石造りのダンジョンのようだったが、しかし天井に等間隔に嵌め込まれている蛍光灯のような四角い光る石材や、横壁を一直線に奥へと走る謎の緑に光るラインが異様さを醸し出している。

 緑の光が壁に走っている……と言えば、これまでの「超古代!」って感じの遺跡でちょくちょく見かけた光景ではあるが、今回は一際異様な感じがする。
 なんていうか……ちぐはぐっていうか……だって、外観が明らかに継ぎ目のない壁って感じだったのに、なんで内部は古い石造りの遺跡みたいなんだろうとか、そこに蛍光灯みたいな岩が等間隔に嵌め込まれているのって、技術がちぐはぐな感じで気になっちまうんだよな……。

 今までの遺跡が、それぞれちゃんと雰囲気が統一されていただけに、余計に。
 ……これも「神が造った」から、俺には変に思えるのかな。

 なんだかさっきから、妙に警戒しているような気がする。
 俺ってこんなに違和感違和感って騒ぐ奴だっけ……と考えてはみたけど、普段が普段なだけになんとも言えない。だって「違う」って言ったら、俺が何も考えてない奴みたいじゃんか。違うからな、俺は常に考えてる知性派なんだからな、たぶん。

「ツカサ君、どうかした?」
「あ、いや……罠とか大丈夫?」

 俺が気になったのか、戦闘に居るのに声を掛けてくれるブラック。
 大丈夫だと手を振って問い返すと、ブラックとクロウは首を振った。

「それらしいモノも気配も無いねえ……ほんと、わざとらしいくらいに」
「ウム……今の所、仕掛けが作動しているような音もしない」

 クロウの熊耳が僅かにピクピク動いている。俺でなけりゃ見逃しちゃうね。
 しかし……そうなると、安全って事なのかな?
 どうも前庭には何か罠らしい仕掛けが有ったみたいだけど、本来ならその罠で敵を一掃出来たから、入口にはつけなかったんだろうか。いや、そんなまさか。

 俺の【レイン】で操った蔓ごときに落とされて、人力で砕かれたあのガーゴイル的な像が罠だったとかある……? あんなに脆かったのに……?
 まさか、まさかな。あれは油断させるための物だったのかも知れない。
 当然ブラック達もそう思ったのか、剣を抜いて警戒を強めながら前を向いた。

「仕掛けが作動している気配は無いけど、慎重に行こう。おい後ろの兵士ども、絶対に何にも触るなよ。触ったら斬り殺すからな」
「お前達は地面だけ慎重に踏んでいろ」

 …………このオッサンどもったら……。
 いや、まあでも、言いたい事は解る。こういう展開って、絶対に誰かが余計な場所をポチッと押したり手で触れたりして作動するんだもんな。
 先に釘を刺すのは当然と言えば当然だろう。斬り殺すのはどうかと思うが。
 ああほら、兵士達怯えてるし……。

「おい小僧ども、もうちょっと優しく言えねえのか」
「優しく注意して好奇心が治まると思うのか? アンタにしてみりゃみんなガキだろ」
「ムゥ……」

 おいジェラード艦長頑張って。いやでもブラックの事を考えると俺も否定できん。
 そういうミスはしないけど、ブラックも大概子供っぽいもんな……。
 大人が全員「大人だ」なんて嘘だ。絶対に。

「とにかく先に進もう。まずは内部を把握しないといかん」

 マグナの言葉に、ブラックは不機嫌そうに目を細める。

「お前、案内役のくせに中に入った事がないのかよ」

 そう言うと、マグナも不機嫌そうに言葉を返した。
 本当に、分かりやすいくらいの不機嫌そうな声で。

「俺は調査員ではない。【神域】の情報は秘匿されていると言っただろう。この場所を知ってはいるが、中に入るのは調査員だけだった」
「で? その調査員たちは全員揃って出てきたってのかよ。無事で」

 挑発するような言葉を発するブラックに、マグナは一瞬何か怒った顔で声を出そうと口を開き……――何かに気付いたように目を丸くした。

「……そう言えば……誰も、何も言わなかったな……。同行した時の調査員たちは、別に怪我をした様子も無かったし……何かを発見した様子もなかったような」
「そりゃ本当か坊ちゃん」

 ジェラード艦長の言葉に、マグナは確かに頷く。
 だとすると……ここには罠が無いって事なのかな?
 モンスターもいないと考えて良いんだろうか。遺跡とくればスライムやミーレスラットと言った奴らが巣食っているのが普通だけど、そういえばこの島は神が降り立つ島と言う事になっているから、ハナからモンスターは存在しないのかね。

 …………となると……後は、異形とクロッコだけに気を付ければいいんだけど……しかしそれが一番厄介そうで、俺は心の中で溜息を吐いてしまった。

 たぶん、ブラックも同じ気持ちだろうな……。
 もしここにあの諸悪の根源が居るとしたら、アイツの事だから絶対に罠を張ってるだろう。もしかしたら、また【移送】を使って来るかも知れない。
 それを考えると、周囲の異変を見逃すわけにも行かないのだ。

 しかし、俺達はアイツの力を完全に把握している訳ではない。もしも、神族の島で見た「呪符」みたいな物がフェイクだったとしたら、もう俺達にはアイツの能力を察知する事が出来なくなる。その不安は常に付きまとっているのだ。

 ……それを考えると、今までよくアイツが仕掛けて来なかったよな……。
 ここに来るまで待っていたとか……?
 いや、アイツが犯人じゃない可能性もある。だけど、アイツじゃないと“異形”の説明が付かなくなるんだ。それに、どうしていろんな奴の大地の気を奪ったのかって所も全く解ってないし……。ああ、本当にどういうことなんだろう。

 相手の動きが見えない、静かなままなのが余計に不気味だよ。
 もしかして、それも有って俺はずっと警戒しているんだろうか……。

「とにかく、警戒するに越した事はないだおる。進むけど、何か不審な物を見つけた時は絶対に触らずに口に出せ。……ツカサ君も良いね?」
「う、うん。解った……」

 俺にだけ口調を変えるなよ、なんか贔屓されてるみたいだろ。
 だけどその……俺もその特別扱いが嫌じゃないのが、なんかイヤっていうか……。

 …………と、とにかく、気合を入れて進まなきゃって事だよな! うん!

「じゃあ、行くぞ」

 クロウの言葉と共に、全員が一歩踏み出す。
 それぞれ周囲に視線を走らせながら、妙に明るい石造の通路を無言で進んだ。

「…………」

 特に、異変は見当たらない。いや、それがもう異変なのか?
 なんだか考えている内に解らなくなってくる。やけに通路が長いような気もするけど、俺達はこの遺跡の全景を知らないから、道のりが長く思えるのは仕方がないのかも知れない。初めて来た場所って、だいたいそうなるもんな。

 だけど……ここまで長いものかな。
 もしかして、巨岩の遺跡の時みたいに幻惑の術でも使われてるんじゃ……。

「――――――」
「……ん?」
「どうしたツカサ」

 隣から話しかけて来られて、我に返る。
 だけどイマイチ腑に落ちなくて、俺はマグナに問いかけた。

「マグナ、何か言った?」

 そう言うと、相手は首を振る。やっぱりか。そうだろうとは思ってたけど……。
 でも、そしたらさっきのは何だったんだろう。

「――――――……」

 ほら、また聞こえる。
 やっぱりこれ、ちゃんと何かが喋ってるんだよな?

 でも、空耳って可能性もあるし……何度も問いかけるのも迷惑だよな。
 あんまり道のりが長すぎて、沈黙に耐え切れなくなった耳がバカになって来てるんだろうか。ああ、そんな事になってる場合じゃないのに。

 どうしたもんかな……やっぱこういう時は集中するしかないんだろうか。

「――――ェ……」

 また聞こえる。ああもう、俺の脳みそは想像力豊かすぎなんじゃないのか。
 今度はハッキリ声が聞こえたし、まさかそんな……。
 そんな…………。

「…………」
「……ツカサ、どうした」

 横から小声で問いかけられて、思わずビクリと震えて止まってしまう。
 そんな俺に気付いたのか、全員が立ち止まってしまった。
 ブラックとクロウが、振り返って俺のことをじっと見ている。うわ、もう喋るしかなくなっちまったじゃねえかコレ……ああぁ、俺のバカ野郎……。

「ツカサ君、どうかしたの?」
「何かあるなら言え」
「う……あの……空耳、だと、思うんだけど……」

 ボソボソとそう言ったら、ブラックが怪訝そうな顔をして近付いて来る。
 そうして俺の顔をじっと見つめて……真剣な顔で、菫色の目を光らせた。

「言って。何が聞こえたの」
「…………右の壁の光のライン……えっと、通り道を壊せって……」

 確かに、そう聞こえたんだ。
 だけどそんな都合のいい話、絶対に空耳だよな。
 そうは思ったんだけど、ブラックは真剣な顔を崩さないままで口を引き締めた。

「それ、空耳じゃないと思うよ」

 どこか悔しそうな声。
 ブラックの顔を見上げた俺に、相手は少し苦み走った顔で笑うと右の壁にゆっくりと近付いた。そうして、剣を振り上げて――――思いきり壁を斬った。

「――――!!」

 瞬間、バチバチと恐ろしい音がして周囲に緑の閃光が走る。
 咄嗟に腕で顔を覆った俺達の耳に、形容しがたい音自体が捻じ曲がるような、凄く不快な音が聞こえて……消えた。

 恐る恐る、腕の端から顔を覗かせて周囲を確認すると。

「え…………」

 そこには――――――

 先程のわざとらしい石造りの通路とは全く違う……大広間が広がっていた。

 黒く艶やかな壁と、青く光る石材が敷き詰められた床。真正面には壁と同じ黒光りする二本の柱が有り、バルコニーのように突き出た二階の通路を支えている。
 その下の一階……俺達がいる広間からは、いくつかの通路が伸びているようだ。
 背後を見れば、外の世界が見える入り口があった。三歩も離れていない。

 ということは……俺達はいままで幻術で惑わされていたのか。

「……空耳サマサマだね」
「…………うん……」

 ブラックが茶化したように言うけど、実際その声は真面目だ。
 たぶん、ブラックも気付いているんだろう。

 その声の主が……もしかすると、俺達が知っている存在かも知れないって事に。












 
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