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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編
10.五里霧中
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ブラックとクロウの協力によって【白壁香】の試験が済んだ俺達一行は、留まる時間も惜しいと言う事で昼過ぎ頃に早速出発する事になった。
うん。まあ、協力してくれたのだ。あのオッサン二人が。
正直最初はめっちゃ渋ってたけどな。しかし、協力してくれたからこそ、俺は厨房で一人黙々と調理をしていたのである。
そう。さっき二人が俺と同じ所に居なかったのは、外に出て【白壁香】が通用するかどうかを調べるために駆り出されていたせいなのだ。
当然、それもすんなり行ったワケではない。ブラックも最初は「ツカサ君から離れるなんてイヤだ!」なんて言いながら、子供のようにブーブーと不満漏らしていた。が、協力せねば何も先に進まないのだ。
なので、俺がなんとか説得して、手伝って貰ってたってワケ。
……当然のようにご褒美をねだられたが、ま、まあいい。今度はキチンと「この調査が終わってからだぞ!」と釘を刺したからな。
ゴホン。という訳で、ブラック達の協力も有って【白壁香】の効果を発揮できたので、ジェラード艦長の指揮のもと俺達は出発する事になったと言うワケだ。
――――そんで、俺達は早速出発した訳だけど……。
勇んで出発した割には、その道中はとても呆気ない物だった。
……というのも、この【白壁香】の効果が凄まじいのかそれとも余程マグナの調整が素晴らしいのか、俺達一行を覆いながら移動する白い霧のおかげで、まったく敵と遭遇しなかったからだ。
マグナ曰く、新作の曜具である【白壁香】は、とある金属と調合した液体を金の曜気で融合させる事で霧を発生させ、人族が体に巡らせている大地の気の気配を完全に遮断させる事が出来るんだとか……とにかく、その詳しい仕様は俺には解らないが、この曜具のお蔭で異形と全く出逢わなくなったってワケだな。
それにしても、
この白い霧に包まれていると、ピルグリムに上陸した時の乱戦が嘘のように静かだった。まるでバリアーだよ。本当にもう神童サマサマだぜ。
おかげで、俺達は島の中央に存在する【神域】への道程を、予定よりも大幅に短縮する事が出来た。……もしマグナが【白壁香】を作ってくれなかったら、恐らく俺達は砦から出る事すら難しかっただろう。
それどころか、目的地に安全に辿り着く事も出来なかったかも知れない。
本当、マグナには足を向けて寝られないよな……。
しかし、この【白壁香】一つ気になる事が有る。
それは……この霧が、少しお婆ちゃんの家のタンスの香りがするって事だ。
これは一体どういう香りなんだろうか。俺的には懐かしい感じだったが、ジェラード艦長以外のオッサン達は何となく渋い顔をしているので、恐らく人気の香りでは無いと思うんだが……っていうか、みんな嫌いなのかなこの香り……。
艦長が平然としているのは、あれか。やっぱお爺ちゃん……いや、なんでもない。思わなかった事にしよう。俺は懐かしいので好きだ。それで良いとしよう。
色々と思う所は有ったが、みんな有用性は認めているみたいで何も言わないからとりあえずヨシ!
ってなワケで、俺達はずんずん進んだ。
異形達と戦う事が無くなったと言っても、異形が居なくなった訳ではない。だから、途中で異形らしき影と急接近した時は息を殺して、霧の中でじっと相手が去るのを待ちつつ、出来るだけ距離を稼ごうと一心不乱に頑張った。
……まあ、正直な話「ずんずん進んだ」と言っても、距離的には【神域】と砦との中間ぐらいの距離までしか進まなかったんだけどな。
だって、結局の所、俺達は気配を消しているだけに過ぎないんだ。
いくら相手の五感が極度に鈍いとは言っても、こっちが大地の気の気配を漏らせばイチコロだし、相手だって至近距離で何かが動けば流石に気付くだろう。
だから、異形と接近した時は一々立ち止まるしかなかったんだ。
でも、今の状況を考えたら凄く進んだ方だと思う。だって、頼みの綱の【白壁香】はマグナの絶妙な調整で使えているようなモンだし、本当ならマグナの曜気だってとうに尽きていたはずだ。それに、兵士達も異形と接近する度に緊張していたけど、それでも必死に耐えて口を噤んでやり過ごしていた。
それを思えば、みんな頑張ってくれた方だ。
これ以上を望むのは酷と言うものだし、ぶっちゃけた話、俺も、その……。
「あ……あの……マグナ」
「なんだ」
「こ、このまま進んで、安全に休憩できるところって、あるかな……」
「確か、いくつか島の生物を調査するための洞穴が掘ってあったはずだ。そこに辿り着けば、土の曜気でどうにか身を隠せるだろう」
もう少し頑張れ、と言われて……手を、ぎゅっと握られる。
白い霧の中だから後ろに居る兵士達やブラックには見えていないだろうけど、でも、俺達が今している事を考えると何だか凄く恥ずかしい。
だ、だって。だって俺、今、マグナと手ぇ繋いでんだぞ。
しかも普通の繋ぎ方じゃなくて、指の間に指を絡ませるこっ、恋人繋ぎ……。
…………うう、うううう、こっこんなの友達とやる事じゃねえよ、普通に恥ずかしいよぉお! ああでもこうしないと曜気が渡せないし、マグナも全然恥ずかしがって無いし、そしたら俺が恥ずかしがってる方がおかしいっていうか……。
ああもうどうしてこんな事になっちゃったんだろう。
いや、マグナが「何が有っても傍に居ろ」と言った時点で「おや?」と思うべきだったのかも知れないが、しかしこれはさすがに予想できないだろう。
普通男友達とこんな風に手を繋ぐなんて事あるか? ないよな、俺は無い。
だからせいぜい肩を掴むとか手首を掴むとか、そういう感じだと思ってたのに、いざやるとなるとコレだもんな……ああ、なんで事前にちゃんと確認して置かなかったんだろうか。これじゃブラック達が怒るのも無理ないよ。
今は霧で隠れてるし、ブラック達には「マグナに集中して曜気を送るには、二人が近くに居ない方が良い」と言って適度に離れてくれるよう頼んでいるので、今のところは気付かれていない……と思いたいけど……こんな姿を見られたら、絶対にあらぬ誤解をされてややこしい事態になるに決まっている。
そんな事になる前に何とか休める場所を見つけないと……。
「……あの……マグナ、大丈夫……?」
白い霧の中、道を切り開きながら歩いているマグナに問いかけると、相手は俺の方を向いて、笑ったようだった。
霧でぼやけてよく解らないけど、まだ大丈夫なのかな。
だけど、俺の手を握り締めている手はじっとりと汗が滲んでいる。
最初は少し湿っている程度だったのに、今はとても熱くてこっちまで熱に浮かされてしまいそうなほどだった。
これって、マグナもいっぱいいっぱいって事なんじゃないかな。
このままだと、マグナも倒れてしまうんじゃないだろうか。そうなったら、この繋いだ手の事もバレちゃうし……その前に、異形に見つかって大変な事になる。
今俺達の命綱を握っているのはマグナだ。
倒れて貰っては困る。だけどそれ以上に、その何人もの命綱を持って、必死にこの鬱蒼とした森を進んでいるマグナの姿を見ていると……どうにも心配だった。
笑っているように見えるけど、本当は強がっているのかも知れない。
霧の中では、マグナの表情が上手く見えなかった。
「大丈夫だ。心配するな。……もうすぐだから、あと少しだけツカサも頑張ってくれ」
「うん……」
マグナの手が、俺の手を更に強く握る。
……今まで握った事すら無かったから気付かなかったけど、マグナの掌はとてもゴツゴツしている。だけど、これはいつも触っている掌とは少し違っていた。
硬いけど、ごつごつしているけど、握れば柔らかさが解る。この硬さは多分長い事機械を扱ってきた手の硬さなんだ。職人の手なんだよ。
マグナは俺の友達だけど、やっぱりその凄さは比べ物にならない。
今だって、俺達を全力で助けてくれている。それを思うと……なんだか俺は、こうやって手を握っているだけなのがとても申し訳なくなってしまった。
…………確かに俺はマグナに何とか金の曜気を渡せているけど、それだって、気を抜けばすぐに途切れてしまいそうだ。緊張に酔ってしまったのか、何だかさっきから頭がガンガンして凄く辛い。とてもじゃないが、マグナのように「道を切り開き」ながら「曜具を発動させ微調整し続ける」なんて芸当は出来そうにない。
それを思えば、自分の不甲斐なさと【黒曜の使者】の能力にしか頼る事の出来ない自分に恥ずかしさを覚えずには居られなかった。
しかも、そのチート能力ですら俺は充分に使いこなせていない。
はあ……格好悪いなぁ、俺……。マグナの手を握る事だけしか出来ないなんて。
「……ああ、見えてきたぞ」
「へ?」
「おお、やっとか」
声を出したマグナに気付いたのか、背後からジェラード艦長の声が近付いて来る。
マグナは一旦止まり、輪郭が判るぐらいまで前に来た相手に頷いて見せた。
「これから洞穴に入る。斜めに歩くから気を付けろ」
その言葉に、背後から近付いてきた兵士達がそれぞれ足を止める。
大勢の足音の後にブラックとクロウのも有るのだろうが、今は全く判らなかった。
……うう……なんつうか、これ後で色々言われそうだな……でも俺は人の気配で相手を見分ける事なんて出来ないから仕方ないじゃないか。
「やっと着いたのか?」
「ムゥ……腹がすいたぞ……」
あ、二人の声が聞こえる。よかった、ちょっと遠い距離みたいだから、俺達の姿はハッキリ見えていないみたいだ。無意識に焦ってマグナの手を思わずギュッと握っちまったぜ。ふぅ。
「とにかく、今日はここまでにしよう。あまり進みすぎると、疲労で【白壁香】を操れなくなるかもしれない」
「無理は禁物だな。よし、解った。……おい野郎ども、あと少しだ。いくぞ」
ジェラード艦長の言葉に、兵士達が小さく頷いたような音を立てる。
その音を聞き取って、俺達も慎重に森の中を進んだ。
「……マグナ、洞穴って?」
「少し先に大きい岩があるんだが、その影に穴を掘ってフタをしてあるんだ。元々は、この島の生物を観察するための簡易施設だったのだが……こんな風に使う事になるとはな……。何が幸いするか全く分からんものだ」
そう言いながら、マグナは少し進路を変える。ゆらりと霧が揺れるのを全員が感じ取って、その霧から体が出ないように必死に動きを調節する。
進んでいた道から外れて草叢を進むと、木々の先に何やら見慣れぬ影を見つけた。
それは、確かに岩だ。森の中に不自然なほど巨大な岩が生えている。
近付いてみると、薄ら青い色をしたツルツルな岩だと解ったけど……これってもしや、あの東の端に有る岩山から落ちて来たのかな。
そういえばこの森って、岩らしい岩とかなかったし……ここにある理由を考えたら、それしかないよな。まあ、そのお蔭でコレも目印になってるんだろうけど。
ゆっくりと岩を回ると、マグナが俺の手を引いて屈んだ。
俺もそれに倣って地面に膝を付くと、マグナの手の代わりに草を探る。
と、違和感のある所を見つけた。なんかここ出っ張ってる。草を抜き土を少し除けてみると……なんとそこには、取っ手のような物が生えているではないか。
兵士やブラック達にも手伝って貰って、その土と草に覆われて重くなった取っ手をゆっくり引いてみると……蓋は上部に開き、人ひとりが入れるほどの真四角の穴がそこにぽっかりと空いたのだった。
「さあ、ここだ。お前達先に入ってくれ」
俺達が先に入ると、白壁香が中に流れちゃうからな。
それを説明すると、兵士達とジェラード艦長は素直に中に入ってくれた。
しかし、その次に入るはずのブラックはと言うと……。
「…………ねえ、ツカサ君なんかその小僧と近くない?」
ギクッ。
き、霧のおかげでバレてないと思ったけど、そういや手を繋いでるんだから距離が近いのは当たり前だよな……。
「曜気を貰っているのだから当然だろう。それより早く入れ。異形に見つかる」
「……チッ」
やけにつっけんどんなマグナの言葉に、ブラックは舌打ちをして中に滑り込む。
その後に、クロウも無言で続いたようだった。
…………あれ……なんか三人とも険悪じゃない……?
もしかして俺が知らない間にまた何かあったのか。
「マグナ……あの……ブラック達、なんか失礼な事した……?」
恐る恐る問いかけると、すぐ横に居たマグナはクスリと笑った。
「……いや。何でも無い。……それよりツカサ、早く入ろう」
「う、うん……」
本当かな。あいつら逆恨みとかすぐするからなぁ……。
でも、マグナの言う通り早く洞穴に入って休もう。明日も緊張マックスで歩かなきゃいけないんだからな。うむ。
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