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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編
5.どうやって向かえば良い
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人間って奴は、どれほどショックな事が有っても、体を温めてしっかり睡眠を取れば翌朝はそれなりに気力を取り戻しているものらしい。
昨日はあれほど憔悴していた兵士達も、さすがのタフさと言うか訓練の賜物と言うか、朝食はしっかりと平らげていた。
……とは言え、まだショックだけど押し隠しているって人もいるだろうし、思ったより眠れてなくて寝不足って人もいるんだろうけどな。しかし、そんな姿なんて見せずに元気に朝ごはんを食べる兵士達を見てると、それも疑わしくなってくる。
やっぱり兵士だと精神も鍛えられてるのかな。だから、悲しい事が有ってもしっかり兵士としての行動は出来るように訓練しているんだろうか。
だとしたら、彼らの精神鍛錬の度合いに思わず敬服してしまうが、しかし空元気で仕事をなんとかやるって事も有るからなあ……。
俺にはメシを作ったり後衛で補助する事しか出来ないけど、もしかしたらって自体も考えて、かあれらが倒れた時に何とかできるようにしておこう。
……とりあえず、レモンに良く似た気付け薬のリモナの実はすぐに取り出せるようにしておかねばな。うむ。また混乱したら全員の口の中に入れよう。
俺もこの調査隊の一員なんだから、しっかり考えておかなければ!
「ふわぁ……ツカサ君、朝から元気だねえ」
「ん? そ、そう?」
朝食後、次の行動の決定はジェラード艦長と案内役のマグナに任せる事にして、俺は皿洗いなどを黙々とこなしていたのだが、不意に横からツッコミを入れられて俺は面食らってしまった。横には何もせずに椅子にボケーっと座っているオッサン二人が居るのでイラッとはしているんだが、言われてみれば俺にしては元気だ。
連戦に次ぐ連戦だった上に、あんなスプラッタな光景を見ては、心身共に参っても仕方がないだろうと俺自身思っていたのだが、蓋を開けてみたら自分でも驚くほどにケロッとしていた。むしろ今日の方が昨日より元気っていう感じまである。
「そう言えば……なんか、今日はすこぶる体調が良いな……。なんでだろ」
「ムゥ。ツカサは繊細なのかと思っていたが、案外図太いのか」
「そ、そう言われるとなんかアレなんだけど……。まあでも、この場合はいいのかな。途中で倒れたって困るだけだしさ」
「そりゃそうだけど、なーんか不思議だなあ」
ブラックは訝しげにそう言いながら、椅子をがったんがったん揺らす。
子供かとツッコミを入れそうになったが、ブラックの言い分も解らんでは無い。だって俺も自分が不思議でしょうがないんだから。
でも、こういうのって案外単純だったりするんだよな。
俺自身、この世界の諸行無常さに少し慣れたのも有るだろうし、今回は死体が無く精神もあまり患う事が無かったから寝るだけで回復できたのかも知れない。
っていうか、朝から移動しっぱなしでその上あの連戦だったから、弔いが終わった後はもう落ちるように眠ってしまったので、結果的にその深い眠りが効いたってのが一番有り得そうなんだよなあ。俺結構寝付きが良いタイプだし、疲労を後に残さないタイプだから、それが良かったのかも!
「まあアレだよ、俺は寝たら回復する感じだから!」
「えー? そんな事ありえるう?」
有り得るも何も事実元気なんだから仕方がないだろう。
なぜそんな胡乱な目で俺を見るんだこのオッサンは。自分だって回復してないワケじゃないだろうに……あっ、もしかしてこれが歳の差って奴か。
そっか、ブラックはオッサンだもんな……あんだけ凄い動きをしてても、やはり中年ならではの疲れが取れない症状ってのが出てしまってるんだろう。
そうかそうか、若い頃の事を忘れちまってるから俺の回復力を疑ってるんだな。
「大丈夫だブラック、お前だってニンニクとか食べたら、俺みたいに寝て回復出来る体に戻るから。だから気にする事無いぞ、多分!」
「いやちょっとツカサ君、何考えてるの。失礼なこと考えてるよね、今絶対失礼なコト考えてたよねえ!?」
「ニンニクとは何だ」
や、やだなあ、失礼な事なんて考えてませんってば。
慌てて取り繕おうとするが、こういう時のブラックはネチネチ問い詰めて来ることを俺は嫌と言うほど知っている。ヤブヘビだったなあと思うがもう遅い。
「つーかーさーくぅ~ん? 何考えてたのかなぁ~? 失礼じゃないなら言ってくれても良いよねぇ~……?」
「ツカサ、ニンニクとはなんだ」
ええいもう別方向から問いかけて来るんじゃないッ。
クロウの方に問いかけてもブラックがヘソを曲げるし、ブラックの方に答えてもどうせややこしい事になるんだからどうしようもねえ。
「つーかーさーくーん」
「わーもー今はそんな事言ってる場合じゃないだろうがー!」
俺は皿洗いをしてるんだ。変な所に突っかかる暇が有ったらお前も手伝えっての。
洗い場に手を突っ込んだまま俺は少し後退るが、しかしブラックはユラリと椅子から立ち上がって俺に近付いて来ようとする。元々凄く近い場所に居たから、こんな状態では逃れられない。じりじり追い詰められながら、どうしたものかと思っていると。
「おい、何を遊んでるんだお前らは」
「ま、マグナ!」
ちょうどいいタイミングで厨房を覗きに来てくれたのは、やはり俺の親友マグナであった。ありがとう友よ、本当にありがとう。
「チッ、なんだよ何か用か」
あからさまに不機嫌なブラックが舌打ちをするが、マグナはそれに負けじと半眼でブラックを見て、フンと鼻を鳴らす。
「用が有るから来たんだろうが。今後の予定が決まったぞ、ツカサ」
「えっ、本当? ちょっと待って全部洗い終えるから」
結構な時間話し合いをしていたと思ったんだが、どんな結論になったんだろうか。
不満げなオッサン二人を宥めすかしつつも、俺はつつがなく皿を洗い終えて、食堂で席についているジェラード艦長達の所に向かった。
やっぱり兵士達は何とも無いような顔をしてるな。これが訓練の賜物だったら凄いもんだよ。やっぱり国に仕える精鋭なんだなあ、みなさん……。
「おう、来たか。後片付けを任せてすまんな」
「いえいつもやってる事ですから……で、次はどこに向かうんです?」
ブラック達と一緒に少し離れた席に座ると、ジェラード艦長は顔の下半分を覆う髭を扱きながらパイプを吹かした。
「うむ……。向かう、というか、元から我々はある目的地を目指していたのだが、今回は少し進路を変えて進もうと思ってな」
「目的地……えっと、どこに行くんでしたっけ」
そう言えばそんな事を言っていた気がするが、すっかり忘れてしまっていた。
いやまあ一昨日の俺は黒曜の使者の力を使ってヘロヘロだったので許して欲しい。
それはジェラード艦長も理解してくれていたのか、そうだったなと頷いてもう一度俺に説明してくれた。
「俺達の目的地は、この島の中心部に存在する【神域】と呼ばれる場所……遺跡だ。今まで秘匿されていた場所だが、かつての神々はそこに降臨し、体を癒したのだと言われている。もしあの影どもの親玉が居るとすれば……考えたくないがそこに巣を張っている可能性が高い。なにせそこは特別な場所だ。もし神の力を何者かが悪用しているんなら……あのバケモノどもが湧いたのも納得できるだろう?」
「神域の力を……」
「ああ、だとしたら、あの東に観測された光の説明もつく。この島の【神域】を何者かが乗っ取っちまったから、ここの【神域】が狂ってこうなったんだってな」
ああ、そうか。そう言えばジェラード艦長達にはクロッコの事を話していないんだ。
影や異形が魔物を作り出す機械から生まれたかも知れないって事も、実は伝えていなかったんだよな。だって、それを話す事は色々と問題が有るから。
……本当は、もしかしたらそうなのかも知れないって伝えた方が良いんだと思う。
だけど、それは俺達の推測でしかないし、彼らが知るにはあまりにも重すぎる。
俺達の事もそうだけど、ここでクロッコの事を話せば、彼らは自分達が間接的にでもアイツに協力していた事実を知ってしまうのだ。
そうなれば、今度こそ心が折れてしまうかもしれない。
元々正義感に溢れた真面目な人達なんだ。もしかしたら、仲間の死と同じくらいに心を病んでしまうかも知れない。自分の中の正義が歪んだものだったと知れば、足は知らずに揺らいでしまうだろう。
だから、話せない。……正直、話して責められたら怖いって言う卑怯な感情もあるけど……何より、彼らがどうなるのかを見る方がよほど怖かった。シアンさんもそれを考えていたのか、出発前に俺達に「クロッコの事は話すな」と言ったんだと思う。
…………出来れば、クロッコが関わっていなければ良いと思う。
そうすれば、真実を語らなくて済むし、俺達の取り越し苦労だって笑えるから。
だけどもし本当に……ここに、クロッコが居たとしたら……。
「…………」
「ボウズ、どうした」
「あ、いえ……それで、これからはその【神域】に向かうんですか」
今悟られてはいけないと気を取り直して問いかけると、ジェラード艦長は頷く。
「おう。そうではあるんだが……今現在、俺達が置かれている状況はあまり良くない。恐らく外に出ればまた異形が襲って来るだろう。ここから先に休憩場所が無いことを考えると、このまま飛び出すと最悪の場合【神域】に辿り着けないかもしれん」
「確かに……」
「それじゃいつまで経ってもここを出られないんじゃないの」
ブラックの気のない言葉に、ジェラード艦長はウムと唸るように声を漏らした。
「まあ、そうだな。しかし、我々もただ手をこまねいている訳ではないぞ」
「何か安全に【神域】とやらに行ける案でもあるっての。索敵で一々異形を認識して避けながら歩くのかい? どう考えてもムリだと思うけどね」
「そんな事などハナから考えていない」
尊大な態度で再度問いかけるブラックに、今度はマグナが答えた。
なんだかやけに自信満々な様子だけど、他にもっと良い案が有るんだろうか。
ガタッと立ち上がりそうになっているブラックを抑えつつ、俺はマグナに問うた。
「もっと安全な方法があるのか?」
「無論だ。お前達、俺が限定解除級の金の曜術師と言う事を忘れているだろう」
限定解除。確か、この世界においてのS級みたいな扱いの特別な等級だっけ。
そういえば、マグナは珍しい“金の曜術師”であるうえに【神童】と言われるほどの傑物なんだよな。そこまで自信満々と言う事は、凄い方法が有るのかな。
「もしかして、曜具で何とかしてくれる……とか?」
そう問いかけると、マグナは深く頷いた。
「多少の検証は必要だが、俺に出来ない事は無い。二日で何とかしてやろう」
おお、赤い瞳がメラメラと燃えている。
どんな事を考えているのか俺には解らないけど、こういう時のマグナはきっと曜具の事を考えて興奮しているに違いない。だったら、良い物が出来るだろう。
なんてったって、マグナは曜具を作るのが本当に大好きなメカオタクだからな。
「じゃあ、俺達に手伝えることなら何でも言ってくれよ」
「その言葉を待っていた。ではまず、お前達三人には砦の外を歩いて貰おう」
うん。【神域】に確実に辿り着く事が出来るなら、何でも手伝う……って、え?
ちょっと待て、それどういう事だ。なんの意味が有ってやることなの。
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→
※だいぶ遅れてしまって申し訳ないです……(;´Д`)
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